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流行シーズン途中で臨床症状の変化が認められた長野県中部(松本市)における手足口病について   
 ―過去の臨床症状と比較した2013年の流行状況―

(IASR Vol. 34 p. 306-308: 2013年10月号

 

はじめに:手足口病は、国内ではヒトエンテロウイルスA群に属するコクサッキーウイルスA群16型(CA16)、エンテロウイルス71型(EV71)、コクサッキーウイルスA群10型(CA10)などが毎年の流行における主たる病原体として知られている。

近年、長野県中部では、2006年にEV71、2011年にコクサッキーウイルスA群6型(CA6)による手足口病の流行を経験した。今季においても、本県中部では手足口病が流行した。今季の臨床像と検出ウイルスについて報告する。

過去に流行したEV71 、CA6 の特徴:2006年、本県中部ではEV71による手足口病の流行を経験した。当院において観察された患者の特徴は次の通りである。1)平均年齢が他のウイルスによる手足口病と比較して高いと考えられること、2)約70%が最高体温37.5℃未満であったこと(必ずしも高熱を有する場合ばかりではない)、3)口腔粘膜疹は頬部および舌など口腔前方に1~2mm大程度であったこと、4)皮疹は手掌手背・足底足背、膝と肘、臀部を中心とする紅斑性小水疱であったこと、であった。

2011年には、ヘルパンギーナの主病因ウイルスのひとつであったCA6が、突然手足口病の流行ウイルスとして国内に登場したことは記憶に新しい。当院においても、受診した手足口病患者のうち43例からCA6、CA10、CA16が検出され、その割合は31:10:2であった。主因ウイルスであったCA6では、最初から四肢を中心とした皮疹で受診する患者以外に、発熱とヘルパンギーナ様の口腔粘膜疹(口蓋垂や口蓋弓)が先行した後、皮疹を認める例が全患者の約40%であった。また、発症年齢は2歳以下が多く、経過中の最高体温が37.8℃以上と高く、発疹は半数近くが従来の手足口病の分布範囲を超え、体幹、口唇周囲など広範囲に出現した。中には大きな水疱を認めたため水痘との鑑別に苦慮した例や、治癒後3~4週を経て、爪甲の層状変化や脱落を認めた例も散見された1,2))。これらはいずれも2008年のEV71を主因とする手足口病の臨床像と異なるものである。

今シーズンの流行状況と検出ウイルス:長野県中部地区(松本市)における2013年の手足口病の流行は、第25週(6/17~)から始まり第29週(7/15~)~第30週(7/22~)にピークを迎えた。第31週(7/29~)現在、当院のみにおいても、のべ200名近くが受診した(図1)。期間中、患者から無作為に抽出し、採取した26検体についてウイルスの検出を行ったところ、ウイルスはシーズン当初、EV71が検出されたが、7月中旬以降EV71に加えCA16やCA6も検出され混合流行となっていた。

臨床症状の違いを感じた第28週以前と以降:手足口病におけるEV71優位のCA16との混合流行と考えられる第28週以前と、さらにCA6が混在したと考えられる第29週以降で、患者の年齢や発熱(最高体温)、発疹等の臨床症状の違いがうかがわれた。すなわち、受診者の年齢は、第28週以前では、3~5歳が多くみられたが、それ以降は1~2歳も増加した(図2)。

また、発熱分布は、第28週以前は、患者の70%近くは37.5℃未満であったのに対し、それ以降では37.5℃未満は50%程度に減少した。逆に39.5℃以上の高熱例が10%程度に増加した(図3)。

このように、診療の現場でシーズン途中に疫学的および臨床症状の違いがうかがわれたのは、過去に経験したEV71、CA6が主病因ウイルスであった手足口病の特徴をふまえると、EV71主流の流行からCA6との混合流行に移行したためと推察された。

まとめ:今期前半を終えて、手足口病に関連するところとして、6月初旬にはEV71による無菌性髄膜炎例、7月初旬には、CA6による爪脱落例を伴う手足口病を経験した(いずれも原因ウイルスを特定できた)。また、今期流行内における反復感染例(二度かかり例)も散見された。さらにデータが蓄積されていけば、症候群としての手足口病における起因ウイルスごとの症状について、有意差を持った違いを明らかにすることができる可能性がある。エンテロウイルス属の持つ多様性に一層の関心を払いつつ、今期後半も臨床ウイルス学的なデータの蓄積を継続していきたい。

 

参考文献
1)松岡高史, 他, 小児科臨床 66: 1735- 1741, 2013
2)内山友里恵, 中沢春幸, 長野県環境保全研究所研究報告 8: 77-82, 2012

 

松岡小児科医院 松岡高史  
長野県環境保全研究所感染症部 内山友里恵

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同一ツアー内におけるデング熱、チクングニア熱の発生事例

(IASR Vol. 34 p. 305-306: 2013年10月号)

 

カンボジアでの生活体験ツアーに参加した生徒のグループ内(小中学生8名、引率者1名)から、検疫所の入国時スクリーニングでデング熱およびチクングニア熱を同時に検出したので報告する。

ツアー内容:2013年8月2日成田国際空港から出国し、カンボジアの視察、生活体験後、8月12日に成田国際空港へ帰国のツアー。4~8日はコンポンチャム州内の村落でそれぞれホストファミリー宅に滞在。ツアー参加者が滞在した住居は蚊の侵入が容易な家屋であり、参加者は蚊の忌避剤、蚊取り線香を使用していたが、屋外、屋内にかかわらず蚊に刺されていた。

症例1:12歳女子生徒。検疫時の症状は、発熱(39.6℃)、頭痛、後眼窩痛、関節痛、水様性下痢、全身倦怠感。女子生徒は8月9日より発熱、頭痛、後眼窩痛、関節痛、全身倦怠感で発症し、12日より水様性下痢も認めた。12日の帰国時に、発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。検疫所健康相談室では、渡航地、渡航期間、蚊の刺咬歴から、マラリア、デング熱、チクングニア熱の血液検査が必要であると判断し、検疫医療専門職が説明の上、採血、検査を行った。

(検査結果)デング熱NS1抗原イムノクロマト検査(DENGUE NS1 Ag STRIP: BIO-RAD)陽性、デングウイルス特異的型別プライマーによるTaqMan RT-PCRでデングⅠ型、Ⅳ型陽性。マラリア迅速検査First Response  Malaria  Ag.  pLDH/HRP2  Combo(Premier Medical社製)およびアクリジンオレンジ染色法およびギムザ染色法によるマラリア原虫顕微鏡検査は陰性、チクングニアウイルス特異的プライマーを用いたTaqMan RT-PCRは陰性。以上の結果からデングウイルスⅠ型とⅣ型の重複感染疑いと診断した。重複感染を確定するために現在ウイルスを分離中である。

(経過)検査結果を当日中に保護者へ連絡した。女子生徒は8月12日に東京都内の病院に入院し、対症治療の下に経過観察を受け、8月17日の時点で解熱した。

症例2:14歳男子生徒。検疫時の症状は発熱(38.3℃)、頭痛、関節痛、全身倦怠感。男子生徒は8月9日に泥状便と腹痛を認めたが、消化器症状は1日でほぼ回復した。一方、10日から発熱、頭痛、関節痛、全身倦怠感が出現し、症状が帰国時まで持続した。滞在中の蚊の刺咬歴あり。12日の帰国時に、症例1と同様に発熱を主訴とし検疫所健康相談室を訪室した。同様に、マラリア、デング熱、チクングニア熱の可能性を考慮し、血液検査を行った。

(検査結果)チクングニアウイルス特異的遺伝子陽性。マラリア迅速検査、原虫顕微鏡検査、デング熱NS1抗原、デングウイルス特異的遺伝子はいずれも陰性であった。以上の結果からチクングニアウイルス感染症と診断した。

(経過)検査結果を保護者へ連絡し、男子生徒は8月13日に近医を受診した。外来担当医は生徒の全身状態が良好であったことから、対症治療下に外来経過観察とした。

2012年はデング熱が220例、チクングニア熱が9例報告されている1)。IDWR速報データによれば 2013年第33週現在、131例のデング熱が報告され、チクングニア熱は本症例が2013年の第9例目である。今回の事例では、同一の旅行行程において両感染症が同時に発生していることにおいて注目される。

デングウイルスとチクングニアウイルスは日本には常在しない。デング熱は世界では熱帯地域を中心に毎年5,000万~1億人が感染している2,3)。また、デング熱の発生率は、50年の間で30倍に増加しており、今後も増加すると予想されている4)。一方、チクングニア熱は2011(平成23)年から検疫感染症および感染症法に基づく4類感染症に指定され、日本では年間10例前後の輸入例の報告がある。主な媒介蚊はデングウイルスと同じネッタイシマカと日本にも常在するヒトスジシマカである。今回、同一の村落での感染が疑われる2症例で、それぞれデングウイルス感染(I型、IV型重複感染疑い)、チクングニアウイルス感染がみられたことから、同一地域での両感染症の循環が示唆され、様々な年齢の旅行者がこのような地域に渡航する機会が増加するのに伴い、感染に対するリスクが増加していることは明らかである。

今回の事例では、蚊に対して忌避剤や蚊取り線香を用いるなど、蚊の刺咬に対する一般的な防御対策を行っていたが、感染を防御することはできなかった。蚊媒介性感染症が流行する地域への渡航では、渡航地域での流行状況の把握、感染リスクを低減する行動様式、旅行行程の配慮、蚊の刺咬防御に対する準備を慎重に行う必要がある。 

また、渡航中、帰国時に発熱を主とする症状がみられた場合は積極的に原因検索をすべきであり、特に、デング熱が疑われる症例では、チクングニア熱についても積極的に疑う必要があるといえよう。

 

参考文献
1)IDWR, http://www.niid.go.jp/niid/images/idwr/kanja/idwr2012/idwr2012-52.pdf,  p24 -25
2)Varatharaj A, Neurology India 58(4): 585-591, 2010
3)WHO media centre, Dengue and severe dengue, WHO Fact sheet N°117,   
     http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs117/en/index.html
4)WHO, Dengue Guidelines for Diagnosis, Treatment, Prevention and Control, WHO 2009
     http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/9789241547871_eng.pdf, p3

 

成田空港検疫所   
  検疫課 磯田貴義 本馬恭子 牧江俊雄 古市美絵子   
    検査課 久世敏輝 金川真澄 森 里美   
    所長 三宅 智

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家族内発症2名の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)患者を含むSFTS患者5名の臨床的特徴

(IASR Vol. 34 p. 312-313: 2013年10月号)

 

2013年1月に国内で初めて重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルス(SFTSV)による感染症患者が報告された1)。その後、西日本にて38例の報告があり、うち16例が死亡している(2013年8月16日現在)。

2013年5~7月にかけて家族内発症の患者2名を含む5名のSFTS患者を経験した。国内のSFTS患者において高い死亡率が報告されているが、今回治療介入した5名のうち4名が回復した。その臨床的特徴と治療経過について報告する。

5名とも愛媛県中南西部在住者で、発症前の海外渡航歴や県外移動歴はなかった。5名の年齢は50歳以上(50代男性1名、70代女性2名と男性1名、90代女性1名)で、そのうち2名は同居している親子であった。5名とも何らかの形で農作業に従事し、4名にはダニ刺咬痕が認められた。5名で38℃以上の発熱、消化器症状(下痢、嘔気)、血小板減少、白血球減少、肝機能障害、血清フェリチンの上昇、DダイマーとFDP上昇が認められ,CRPは陰性であった。3名で尿検査にて顆粒円柱、蛋白尿など尿細管障害を示唆する所見が認められた。5名で骨髄穿刺にてマクロファージによる血球貪食像が確認された。全員の急性期血液からSFTSV遺伝子が検出され、SFTSと診断された。治療として消化器症状に対する対症療法、日本紅斑熱を考慮して4名にミノサイクリンを投与し、血球貪食症候群に対する治療として4名にステロイドを投与した。

患者:50代男性、70代女性、70代男性
3名に対してメチルプレドニゾロン1,000 mg/日を3日間投与した。数日内に白血球数、血小板数は増加に転じ、消化器症状も改善した。肝機能障害、フェリチンなどその他検査値異常も1週間前後の経過で正常化し、特に合併症なく退院した。

患者:90代女性
来院時発熱は認められたが、バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸状態)は安定していた。しかし、失見当識障害がみられ、意思疎通は困難であった。血清フェリチン値が6,507 ng/mlと著明に上昇し、血小板数は2.5万/μlと低下していた。メチルプレドニゾロン500 mg/日を3日間投与し、第3病日を境にして白血球数と血小板数は増加に転じた。第5病日に急性硬膜下血腫および肺炎を発症し、喀痰の分泌が増加し、呼吸状態も悪化し、さらに意識レベルが低下した。対症療法と抗菌薬治療を施行したが呼吸状態が改善せず第9病日に死亡した。

患者:70代女性
前述の90代女性の娘で、母親が発症した3日後に発熱と消化器症状が出現した。骨髄検査で血球貪食像を認めたが、顆粒系細胞の増加が認められた。血小板数は9万/μl、血清フェリチン値170 ng/mlと上昇していたが、その程度は軽度だったことから血小板数の自然回復が期待できたためステロイドを使用せず加療した。症状、血液検査異常も第2病日には改善傾向がみられ、徐々に軽快した。また、この患者から増幅されたSFTSV遺伝子の塩基配列が母親から増幅されたそれと一致し、由来を同じくするSFTSVによる感染と考えられた。SFTSVは体液を介してヒト-ヒト感染することが報告されている2)。本患者も母親の介助、汚物の処理や衣類の交換を行っていたが、本患者においても大腿部にダニ刺咬痕が認められていた。そのため、ヒト-ヒト感染による発症であるのか、ダニ刺咬による発症であるかは断定できていない。いずれにしても、消化器症状を伴う発熱患者を診察する医療機関においては普段から標準予防策を行い、SFTSが疑われる患者に対しては接触予防策を併せて行うことが重要である。

血球貪食症候群に対する治療として小児ではデキサメサゾン、エトポシドの使用が推奨されているが3)、成人において確立された治療法は存在しない。4名の回復患者に早期のステロイド投与がなされ、3名は合併症を発症することなく回復した。また、今回提示したようにステロイド未使用でも改善する患者の場合もある。今回の報告は、SFTSにステロイド投与を必ずしも推奨するものではない。これまでにSFTSに対してステロイド治療が有効だったという報告はなく、今後の報告の蓄積が待たれる。また高フェリチン血症を呈する疾患として一般的に血球貪食症候群、成人スチル病等が考えられ、その他の鑑別疾患として悪性リンパ腫など悪性腫瘍、SLEや血管炎など自己免疫疾患、血流感染、日本紅斑熱などダニ媒介性リッケチア感染症も考慮される。病歴聴取や身体診察、血液培養の採取など発熱患者に対する通常の診断アプローチは当然なされるべきである。

最後に、SFTSVの検出に協力いただいた国立感染症研究所の関係各位に深謝する。

 

参考文献
1) 西條政幸, 他,IASR 34: 40-41, 2013
2) Gai Z, et al., Clin Infect Dis 54: 249?252, 2012
3) Henter JI, et al., Pediatr Blood Cancer 48(2): 124, 2007

 

愛媛県立中央病院 総合診療科 本間義人 村上晃司     
            呼吸器内科 山本千恵    
伊方町国民健康保険瀬戸診療所内科 川上貴正    
市立大洲病院内科 清水祐宏    
愛媛県立衛生環境研究所  山下育孝 青木里美 菅 美樹 四宮博人

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日本紅斑熱を疑われ血清診断にて発疹熱と診断した1例

(IASR Vol. 34 p. 313-314: 2013年10月号)

 

発疹熱は、主にネズミノミが媒介する発疹熱リケッチア(Rickettsia typhi)によっておこる感染症で、発熱、頭痛、発疹、関節痛などの症状を認める1)。近年では日本国内での発生報告例は稀で、海外からの輸入例の報告が散見される程度である。西日本での夏を中心としたリケッチア感染症としては、日本紅斑熱が散発しており、淡路島においても年に数例の発症をみている。今回我々は、発熱、発疹、刺し口の臨床症状より、当初は日本紅斑熱を疑って加療を行ったが血清診断にてR. typhi の抗体価上昇を認め、発疹熱と診断した症例を経験したので報告する。

症 例
70代男性。淡路島在住。海外渡航歴なし。職業は、観光牧場での運転業務。特にネズミとの接触歴なし。2013年6月に、発熱とともに全身に掻痒感のない皮疹が出現、全身倦怠感、食指不振も出現してきた。症状が改善しないため当院皮膚科を受診したが、肝逸脱酵素上昇も認め、当科を紹介受診した。四肢体幹にびまん性に紅斑が散在し、左そけい部、右膝窩部に虫刺痕を認めた。初診時の血液検査では白血球数14,980/mm3、好中球(St.8% Seg 86%)、血小板11.3万/mm3、CRP 20 mg/dL、プロカルシトニン12.3 ng/mL、AST 89 IU/L、ALT 95 IU/L、LDH 425 IU/L、FDP 24μg/mL、BUN 51.6 mg/dL、Cr 1.53 mg/dLと、白血球上昇、核の左方移動、CRP、プロカルシトニンの上昇と何らかの細菌感染を疑わせる所見、肝逸脱酵素の上昇、腎障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)の所見を認めた。

季節的、地理的に、また発熱、発疹、刺し口の症状から日本紅斑熱を疑い、ミノサイクリン200mg/日を開始したところ、入院後第3病日には解熱し、肝障害、腎障害、血小板減少も速やかに改善した。同日より黒色便を認め、上部消化管内視鏡にて多発する十二指腸潰瘍認め止血を行ったが、翌日にも再度下血、内視鏡にて十二指腸に新たな露出血管あり止血を行った。第6病日にも下血し、第7病日にHb 4.2 g/dLと著明な貧血を認め、上部内視鏡にて新たな露出血管を認め止血を行った。第8病日、第10病日,第13病日の上部内視鏡再検においても、新たな出血を認めたため、止血処置を行った。その後の内視鏡検査で止血確認できたため第28病日に退院となった。ミノサイクリンは第10病日まで投与し、炎症所見、皮疹の改善を見て中止した。各種リケッチア感染を疑って実施した入院当初の血清診断では、間接免疫ペルオキシダーゼ(IP)反応でOrientia tsutsugamushi の6型(Gilliam、Karp、Kato、Irie/Kawasaki、Hirano/Kuroki、Shimokoshi)とRickettsia japonica は、それぞれIgG <40倍、IgM <40倍、R. typhi はIgG 640倍、IgM 40倍、R. prowazekii にIgG 160倍、IgM <40倍、Weil-Felix反応はOX2、OX19、OXKともに<20倍であったが、2週間後にはIP反応O. tsutsugamushi はIgG、IgMともにすべての型別で<40倍、R. japonica IgG 5,120倍、IgM 320倍、R. typhi IgG 10,240倍、IgM 320倍、R. prowazekii IgG 1,280倍、IgM 320倍、Weil-Felix反応OX2 <20倍、OX19 40倍、OXK <20倍であった。陽転した日本紅斑熱と発疹熱の抗体価は近似していて、Weil-Felix反応でも紅斑熱と発疹熱の双方に反応するOX19が陽転したことから、これらの反応系からの両疾患の鑑別はできなかった。そこでリケッチアの多糖体抗原で感作した赤血球による間接赤血球凝集反応2)を試みたところ、凝集価は、初回血清では紅斑熱群と発疹チフス群ともに<40倍であったが、2週間目においては、紅斑熱群<40倍に対して発疹チフス群は160倍と有意に上昇していた。これらの血清診断における各リケッチアに対する抗体価と臨床経過を合わせて発疹熱と診断した。

考 察
発疹熱は、世界中で散発的な流行はあるものの、届出義務はないため近年での日本での報告例は少なく、海外からの輸入例をのぞけば、1977年の長崎県対馬3)、1986年の福島県4)、1994年の福井県5)、1997年の鳥取県6)と、2003年の徳島県の報告7)のみである。福井県での報告例では、同様の症状の患者が約30名認められ、確定診断はついていないものの、これらの患者も発疹熱であったと考えられている。現在でも地域によってはネズミがヒトの居住地域に多く生息している実態を考慮すると、実際にはネズミ寄生性のネズミノミを介して多くの発生が推測され、そのほとんどは確定診断されていない可能性がある。発疹性の発熱疾患であるリケッチア感染症は、わが国ではつつが虫病と日本紅斑熱が知られており、淡路島地方では両者のベクターの生息状況の違いからか、北部ではつつが虫病が、南部では諭鶴羽山系を中心に日本紅斑熱が認められている。いずれも毎年数例ずつの報告があり、臨床症状からの鑑別は困難だが、発生時期や発生場所により疫学的な鑑別がある程度可能である。本症例では、臨床症状より日本紅斑熱を疑ったが、治療経過からはミノサイクリン開始後の解熱までの経過が48時間以内であり、日本紅斑熱に比較し短期間であった。発疹チフス群のR. typhi R. prowazekii では明らかにR. typhi に対する抗体が高かったものの、痂皮を伴う刺し口を認め、ダニ刺咬があり、R. japonica の抗体価も上昇していたことから日本紅斑熱との混合感染の可能性も考えられた。しかし、間接赤血球凝集反応から日本紅斑熱は否定的とされた。R. japonica R. typhi の血清反応においては交差反応が報告されており8)、これまでに日本紅斑熱の軽症例とみなされていた症例のなかには、発疹熱の混在の可能性もあるものと考えられた。日本紅斑熱が疑われた場合には、鑑別診断としてつつが虫病だけでなく発疹熱も考慮することが必要である。

発疹熱は一般的に軽症が多いとされ、自然軽快例も多いとされるが、稀には重症化し多臓器不全をきたし死亡の転帰をとることもある。適切な抗菌薬を使用すれば死亡率は1%、使用しない場合には4%といわれている1)

R. typhi の自然界における媒介者はネズミノミが主体で、主にドブネズミや住家性のクマネズミに寄生しており、人への感染は、これらのネズミに由来するネズミノミの刺咬、または刺咬部位の痒みにより生ずる皮膚のかき傷からノミの糞便中にあるリケッチアが侵入して発症する。本症例では職歴でも家庭でも、とくにネズミとの目立った接触はないとのことであったが、クマネズミは一般的な住家性ネズミであり、近年日本の都会でも増加傾向にあるといわれており、今後発疹熱も再興感染症の一つとして注意が必要と考えられる。

 

参考文献
1) Civen R, et al., Clin Infect Dis 46: 913-918, 2008
2) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報31: 23-29, 1988
3) 坪井義昌, 他, 昭和52年国立予防衛生研究所年報 110, 1978
4) 藤田博己, 他, 大原綜合病院年報50: 37-40, 2010
5) 高木和貴, 他, 感染症学雑誌75: 341-344, 2001
6) 常井幹生, 他, 第61回山陰小児科学会 1998
7) Sakaguchi S, et al., Emerg Infect Dis 10: 964-965, 2004
8) Uchiyama T, et al., Microbiol Immunol 39: 951-957, 1995

 

兵庫県立淡路医療センター内科 野村哲彦 倉田啓史 池田宜央
馬原アカリ医学研究所 藤田博己

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ワクチン安全性に関する報告

(IASR Vol. 34 p. 315: 2013年10月号)

 

ワクチンの安全性に関する専門家会合であるGACVSの第28回会合が2013年6月に開かれた。その内容を報告する。

アジアでのHibを含む5価ワクチン: Hibを含む5価ワクチンがDPTに代わって導入されてきたが、各国の副反応の状況は以下の通り。

スリランカ:Crucell製を2008年1月に導入後4例の死亡、24例の副反応が認められ一時中止。DTwPとB型肝炎に戻した。

ブターン:Panacea製を2009年9月に導入。5例の脳炎/髄膜炎の発症あり中断。中断前の重症副反応がさらに4例みつかり調査中。

インド:インド血清研究所製を2011年12月から導入、83例の副反応が報告された。

ベトナム:Crucell製を2010年1月から導入。重篤な副反応43例と死亡27例が報告され、2013年5月に中断。

帯状疱疹ワクチンの安全性:2006年のZostavax®(Merck)承認後7年間の安全性調査をVaccine Adverse Event Reporting System (VAERS)で評価(CDCの報告)。12,000の有害事象が報告され、1,057例は重篤だった(帯状疱疹、疼痛、発疹)。データマイニングの結果、ワクチン無効例も有害事象として報告されていた。

水痘ワクチンの免疫不全者での安全性:野生水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の疾患が細胞性免疫に障害のある症例ではより重症化することから、免疫不全者でもワクチンの意義が考えられている。がん、HIV、移植後の免疫不全小児に対するワクチンの有効性と安全性の研究3件を検証した。HIVでCD4が15%以上の小児では水痘ワクチン2回接種は安全で有効と考えられている。水痘ワクチンが定期接種されている場合、免疫不全に気づかずに接種されてしまう危険に注意を要する。

周産期の予防接種:妊娠中のワクチン接種は、母体の感染予防や、抗体が胎児に移行することで生まれる前から免疫を賦与するという有用性が考えられるが、妊娠中および授乳中の母親へのワクチン接種はメーカーの保守的な態度で推奨されない場合もあるため、安全性の根拠が必要。また、ワクチンキャンペーンで使われることで、意図せずに妊婦に接種してしまう可能性のあるワクチンについての安全性評価も必要である。

不活化ウイルス、細菌およびトキソイドワクチンは妊娠への悪影響がみられず、妊娠を理由に接種を避ける必要はない。生ワクチンは理論的には胎児にリスクがあるが、弱毒生ワクチン(風疹、MMR、経口ポリオ)について安全性を示す文献が多い。これらのワクチン接種後でも胎児への悪影響は報告されておらず、ワクチンキャンペーンで過ってMMRを接種された妊婦がその妊娠を中断する必要はない。妊娠中のワクチン接種は母体を守るだけでなく新生児を守るためにも、有用性が勝るといえる。

サハラ以南アフリカでの黄熱ワクチンの安全性:1930年代に17D由来黄熱ワクチンの導入により疾病は大幅に減少したものの、社会環境の変化などから近年再発している。2006年にはWHOはUNICEFとGAVIと協力して黄熱イニシアティブが始められた。西部および中央アフリカの9カ国で安全性の評価を行った。3,800万ドースが接種され、3,116例の副反応(重症164例)が報告された。重症のうち22例は黄熱ワクチンと関連し、うち6例は急性神経障害(YEL-AND)、5例は内臓障害(YEL-AVD)を起こしたとされ、これらの頻度は過小評価されている。

日本脳炎ワクチンの安全性:細胞培養による日本脳炎の弱毒生ワクチン(Chengdu研究所作製)は25年前に承認され、8カ月および2歳時に接種されており、4億ドース以上が接種されてきている。中国CDCの市販後調査では、2009~2012年に6,024例の副反応を認め、重症は熱性けいれん、血小板減少性紫斑、脳炎・髄膜炎を含む70例だった。7,000万以上が接種された環境で、この数字は低い副反応と考えられた。

ヒトパピローマウイルスワクチン:GACVSは2009年6月にHPVワクチンの評価を行っており、今回はそれ以来のものである。これまで1億7,500万ドースが出荷され、概ね副反応状況に変化はないが、失神や静脈血栓が新たに報告されるようになった。ギラン・バレー症候群や脳梗塞との関連については、接種を受ける年齢や関連する行動(経口ピルの服用など)といった交絡因子を考慮すれば積極的に考えるものではなく、またアナフィラキシーは認められなかった。

日本では800万以上が頒布されているが、複合性局所疼痛症候群 (CRPS) が報告され、広く報道されている。24件の報告があったが、通常の市販後調査では7件の報告だけだった。診断の不確実さおよび症例情報の不十分さのため専門家会合はワクチンとの因果関係を確認することはできなかった。日本政府はHPVを提供し続けているが、積極的な勧奨は中断している状況であり、GACVSはHPVの安全性評価を変更しないこととした。

           (WHO, WER, 88, No.29, 301-312, 2013)
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The Topic of This Month Vol.34 No.10(No.404)

水痘・帯状疱疹とそのワクチン

(IASR Vol. 34 p. 287-288: 2013年10月号)

 

水痘は、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の初感染による疾患で、感染症法に基づく5類感染症(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-19.html)、学校保健安全法による第2種学校感染症である。水痘発症後、VZVは神経節に潜伏し、免疫低下に伴い再活性化し、帯状疱疹を発症する。

水痘患者発生状況:流行季節は冬から春で、以後、秋にかけ漸次患者数が減少する。毎年、小児を中心に推定約100万人が発症しているが、この2~3年は、患者報告数がやや減少している(図1)。2010年までは80%近くの患者が4歳以下であったが、低年齢層への水痘ワクチン接種の増加を反映してか、その後はその割合が減少傾向にある(図2)。しかし、同じ小児科定点からの報告疾患である水痘と風疹を比較すると、1995年から男女幼児に定期接種が始まった風疹では患者が激減したのに対し、任意接種の水痘では多数の患者が報告され続けている。

重症化:VZVの感染力は強く、空気感染等で広がり、不顕性感染は極めて稀である。わが国では、ワクチン未接種で自然罹患した400人に1人以上が入院し、毎年20人弱が死亡していると推定されている(水痘ワクチンに関するファクトシート:国立感染症研究所、http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000bx23-att/2r9852000000bxqx.pdf)。わが国では、2004年以降、ワクチンで予防可能な疾患である麻疹、風疹、おたふくかぜ、水痘の中で水痘による死亡が最も多く報告されている。

国内の多くの小児医療専門施設で、院内発症が問題となっている。徹底した感染対策を行っている小児医療機関でも、院内での水痘発症は防ぎきれず、病棟閉鎖になる場合もある(http://www.theidaten.jp/journal_cont/20130328J-41-2.htm)。

移植など免疫抑制下にある児にとっては水痘発症が致命的となるため、外来を含めた院内感染対策の徹底が求められるとともに、移植患児に対する術後の水痘ワクチンの有効性・安全性を示すエビデンスが蓄積されている(本号3ページ)。さらに、白血病や悪性腫瘍などの免疫抑制状態下の患者では、病初期に特徴的な皮疹が出現せず、腹痛や腰背部痛で発症し、多臓器不全や播種性血管内凝固症候群に至る症例がある(本号4ページ)。ハイリスク児に加え、成人水痘は重症化することが多く、肺炎の合併もある(本号&7ページ)。

妊婦が妊娠20週頃までに水痘に罹患すると、1~2%の頻度で先天性水痘症候群が発生し、胎児・新生児に重篤な障害を起こし、死産に至る症例も稀に報告されている(本号8ページ)。また、分娩前5日~産褥2日間に妊産婦が水痘を発症した場合、新生児は胎盤を通してVZVに感染しているが、移行抗体がないため重篤化しやすい。

予防と治療:水痘の積極的な予防法は罹患前の水痘ワクチン接種である。しかし、罹患歴や予防接種歴がなくVZVに曝露した場合、曝露後3日以内に緊急ワクチン接種することで発症および重症化予防が可能である。健康保険適用はないが、曝露後予防に抗ヘルペスウイルス薬のアシクロビルやバラシクロビルが使われる場合もあり、海外では水痘・帯状疱疹免疫グロブリン(VZIG)も使用される。重症水痘および重症化が予測されるハイリスク児の治療にVZIGの日本での認可と供給を求める医療現場からの意見も多い。

水痘ワクチンの接種状況:日本で開発された岡株水痘生ワクチンは、その有効性および安全性からみて世界保健機関(WHO)により最も望ましい水痘ワクチンであると認められている。わが国では、ワクチン接種対象として、生後12カ月以上の水痘既往歴のない者、ハイリスク群患者やその家族、医療関係者などが挙げられている。任意接種である水痘ワクチンの接種率は正確に把握されていないが、出生数に対するワクチン出荷量を基に、30~40%程度と考えられてきた。この2~3年、ワクチン接種に対する意識の高まり、地方自治体の接種費用助成の広がりから、生産量がこれまでの2倍程度に増加している(図3)。しかし、欧米での状況を受けて2回接種が拡大しているため、生産量に比例して接種率がその分増えているというわけではない。実際の接種率を把握する手立てが必要である。なお、地域により出生数に対するワクチンの出荷量に大きな差がある(図4)。

水痘ワクチンの安全性と有効性:ゼラチンフリーとなった2000年以降、健常児への接種で重篤な副反応は発生していない。また、ワクチン被接種者からの2次感染は極めて少なく、報告症例も世界で過去10件程度に留まっている。一方、その有効性は、1995年に定期接種となった米国での発症・入院・死亡者数の激減という疫学的状況が如実に語っている(本号9ページ)。1回接種者が流行中に中等度ないしは重症水痘に罹患する頻度は5%以下であり、軽症まで含めても水痘に罹患する頻度は15~20%程度である。水痘は2回接種でほぼ完全に予防できるので、2回接種が公衆衛生学的観点からも重要である(本号10ページ)。家族の看護負担も含めた費用対効果をみると、水痘ワクチンの有用性を示唆しており、現在厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会は、定期接種化に向けた検討を行っている。

帯状疱疹:宮崎県における調査によると(本号12ページ)、80歳までに3人に1人という高頻度での発症が推定されている。小豆島での調査では、水痘抗原皮内テストが帯状疱疹のリスク評価の指標となることが示された(本号14ページ)。帯状疱疹は、皮疹だけではなく、前駆痛から疱疹後神経痛の痛みにより、生活の質(QOL)が著しく低下する。また、帯状疱疹の1病型で、顔面神経麻痺を伴うRamsay Hunt症候群は難治性である(本号15ページ)。早期治療により軽症化を図れるが、抜本的にはワクチンによる制御が重要である。

帯状疱疹の発症と細胞性免疫能の低下に相関がある。水痘ワクチンで細胞性免疫能を増強し帯状疱疹を予防できるかが検討され、米国では2006年に米国食品医薬品局により帯状疱疹ワクチンが承認された。米国での臨床治験では、帯状疱疹発症頻度、疱疹後神経痛の発生、重症例が、それぞれ50%以上減少した。わが国の水痘ワクチンは、米国の帯状疱疹ワクチンと同じ岡株であり、同程度の力価を持っている。わが国では2004年から、水痘ワクチンによって、加齢等により低下したVZVに対する細胞性免疫が増強されることが添付文書の薬効薬理の項に記載されるようになった。

検査:水痘、帯状疱疹ともに臨床的診断は比較的容易であるが、確定診断として、抗体検査が、民間の検査センターで実施されている。なお、水疱部分に多量のVZVが存在するため、水疱内容液を用いれば、ウイルス分離や核酸検査によるウイルス遺伝子検出が可能であるが、健康保険適用にはなっていない。重篤例における病理所見については、本号16ページを参照されたい。

今後、水痘ワクチンの効果の把握と安全性管理を目的として、病原体サーベイランス体制を構築する必要がある。このために必要なワクチン株と野生株の比較的簡単な判別法は、「病原体検出マニュアル:国立感染症研究所」(http://www.niid.go.jp/niid/ja/labo-manual.html)に記載されている。

 

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