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国内感染が確認された回帰熱の2例

(IASR Vol. 34 p. 305: 2013年10月号)

 

回帰熱はスピロヘータ科ボレリア属細菌感染による一病態であり、その病原体ボレリアはヒメダニやシラミによって媒介される。これに加えて、2011年、ロシアでマダニが媒介するBorrelia miyamotoiによる回帰熱が報告され1,2)、また2013年には米国の疫学調査により、ライム病流行地では本ボレリア感染による回帰熱症例が存在することが報告された3,4)

この回帰熱の病原体であるB. miyamotoiは、北海道で1995年に発見されたボレリアで、Ixodes属ダニによって伝播される5)。北海道やロシアではIxodes persulcatus(シュルツェマダニ)によって保菌されている。米国や欧州ではI. ricinusI. scapularisI. pacificusから本菌のDNAが検出されている。また、シュルツェマダニはライム病ボレリアも伝播することが知られている。

一方で本ボレリアは培養が困難なため、これまでに適切な実験室診断法が確立されていなかったこと、またB. miyamotoiを媒介するマダニはライム病ボレリアも保菌している場合もあり、このボレリアとの重複感染がしばしば起こるため、臨床診断が極めて難しいことから、その実態はほとんど把握されていなかった。

国立感染症研究所では、過去にライム病が疑われた患者血清約800検体を用いた後ろ向き疫学調査を実施し、このうち発症後の有熱期に採血された2検体からB. miyamotoi DNAを検出した。またこのうちの1検体ではB. miyamotoi HT31株由来の組換えGlpQ抗原を用いたB.miyamotoi特異的な抗体検査により、回復期ペア血清で抗体上昇が確認された。これら2検体は北海道在住の患者より採取されたものであり、いずれもライム病血清診断でも抗体陽性と判定されている。これら2症例は国内でのマダニ刺咬により感染したものと考えられている。いずれの症例もミノサイクリンもしくはセフトリアキソン投与により回復している。

シュルツェマダニの主な生息地域は北海道であり、その活動期は春~秋である。また本マダニは、長野県など本州中部の高山帯(標高約1,200m以上)等でも生息が確認されている。本マダニ刺咬後に起こる原因不明の発熱性疾患等を呈した患者では、ライム病に加えて本疾患を鑑別対象として加えることが必要1,3,6,7)である。

 

参考文献
1) Platonov AE, et al., Humans infected with relapsing fever spirochete Borrelia miyamotoi, Russia, Emerg Infect Dis. 2011.17(10):1816-1823.
2) IASR. 2011. 32(12): 370-371.
3) Krause PJ, et al., Human Borrelia miyamotoi infection in the United States. N Engl J Med. 2013. 368(3):291-293.
4)  IASR. 2013.34(3):70-71.
5) Fukunaga M, et al., Genetic and phenotypic analysis of Borrelia miyamotoi sp. nov., isolated from the ixodid tick Ixodes persulcatus, the vector for Lyme disease in Japan. Int J Syst Bacteriol. 1995. 45(4):804-810.
6) Gugliotta JL, et al., Meningoencephalitis from Borrelia miyamotoi in an immunocompromised patient. N Engl J Med. 2013. 368(3):240-245.
7) Chowdri HR, et al., Borrelia miyamotoi infection presenting as human granulocytic anaplasmosis: A case report. Ann Intern Med. 2013. 159(1):21-27.

<回帰熱の検査について>
回帰熱の検査は国立感染症研究所・細菌第一部で実施可能です。検査検体は、マダニ刺咬後に発熱、頭痛、倦怠感等を示した患者の、1)発熱期の全血もしくは血清、2)髄膜炎を呈した場合には髄液です。また抗体検査を依頼される場合には、回復期血清による確認が重要です。これら検査をご依頼される場合には、最寄りの保健所などへお問い合わせください。

<回帰熱に関する問合せ先>
国立感染症研究所・細菌第一部 川端寛樹
電話番号:03-5285-1111 内線2224
電子メール:kbata(アットマーク)niid.go.jp

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A型肝炎ウイルスによる家族内での集団感染事例―川崎市

(IASR Vol. 34 p. 311-312: 2013年10月号)

 

2013年3~7月までの長期間にわたり、川崎市内の一家族内においてA型肝炎ウイルス(HAV)による集団感染が認められたので報告する。

同居家族は夫(39歳)、妻(45歳)、長男(5歳)の3名で、3月中旬に夫が発熱、嘔吐、黄疸を呈し医療機関を受診した。その際、HAV特異的IgM抗体の上昇が認められ、HAV感染症と診断された。同一時期に職場ならびに近親者での発症はみられず、原因となった食品は不明であった。夫の発症から2カ月後に、妻が発熱を訴え医療機関を受診した。その後、嘔吐、黄疸が出現し、1週間経過後も症状が改善しないため入院するに至った。本研究所にてPCR検査を実施したところ、発症から12日目に採取した妻の血清からHAV遺伝子が検出され、VP1/2A領域(498bp)のDNAシークエンス解析の結果、1A-1のクラスターに属することが確認された(図1)。また、長男は母親の入院期間中は保育園を休園していたが、その間も発症することなく無症候であった。しかし、母親の発症から1ヵ月後に採取した長男の糞便からもPCR検査でHAV遺伝子が検出され、ウイルスの排泄状況の確認ならびに保育園での集団生活に際する周囲への蔓延防止の観点から継続的な検査を行う必要があると判断した。2週間毎の再検査を行ったところ、2度目の検査でもHAVが検出され、継続してウイルスが排泄されていることが確認されたが、3度目の検査ではHAV陰性となり、本児が感染源となるリスクは回避された(図2)。

興味深いことに、男児から検出されたVP1/2A領域の遺伝子配列を解析したところ、初回の検査では母親から検出された遺伝子と100%一致していたものの、2度目の検査では、2A領域に6塩基の欠損が生じていた(図3)。

HAVは潜伏期間が長く、ウイルスの糞便への排泄期間も発症の前後2~3週間と長いため、家族など接触が密である集団内では発症リスクが高い傾向がある。また一般的に、成人では肝機能障害の症状が強く、劇症化することもあるが、小児では不顕性感染や軽症例であることが多いとされている。本事例でも男児の糞便検体から長期間のウイルス排泄が確認されたにもかかわらず、急性肝炎特有の症状は認められなかった。小児におけるHAV感染の報告は少なく、年齢による症状の重症化など、病態は依然として不明な点が多い。今回男児から検出された6塩基欠損の遺伝子についてその役割は不明であるが、少ない小児の貴重な感染事例として、より詳細な解析を行っていきたい。

 

参考文献
1) IASR, https://idsc.niid.go.jp/iasr/31/368/inx368-j.html

 

川崎市健康安全研究所
     中島閲子 石川真理子 松島勇紀 駒根綾子 清水英明 三崎貴子 岩瀬耕一 岡部信彦

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無菌性髄膜炎患者からのエコーウイルス30型の検出状況(2013年)―滋賀県

(IASR Vol. 34 p. 309-310: 2013年10月号)

 

2013年5~6月に無菌性髄膜炎患者(疑い含む)16名の検査をしたところ、12名からエコーウイルス30型(以下E30)が検出された。その12名由来の検体は、2カ所の病原体定点医療機関で採取されたものであった。E30が検出された患者の性別は男性6名、女性4名で、2名は不明であった。年齢分布は4歳が4名と最も多く、次いで5歳と6歳が各2名、8歳が1名であったが、残り3名は不明であった。記載のあった11名の主な症状は、発熱(11名)、頭痛(4名)、嘔吐(3名)および上気道炎(3名)であった。発熱は37.4℃~39.4℃で、平均は38.7℃であった。

エンテロウイルスの検査は、PCR法による遺伝子検出と培養細胞によるウイルス分離/同定を実施した。遺伝子検査には、EVP2/OL-68-1およびEVP4/OL-68-1のプライマーを用いてRT-semi nested PCR後、バンドが得られたものについてダイレクトシークエンスを行いGenBank中の登録株と系統解析を行った。クラスターを形成した株のうち代表株につきCODEHOP-snPCR法によるVP1シークエンス、および分離株すべてについて中和試験により血清型を決定した。なおウイルス分離には、RD-18S、Vero-E6およびHEp-2の各細胞を用いている。その他ウイルスの遺伝子検査についても、症状に応じて実施した。

E30が検出された症例一覧を表1に示す。E30は、遺伝子検査により12名由来の検体から検出され、材料別では髄液11件中11件および咽頭ぬぐい液3件中3件から検出された。

また、ウイルス分離は検体量不足のため2名については実施できなかったが、9名から分離株を得、材料別では髄液9件中8件および咽頭ぬぐい液3件中3件から分離された。

E30が検出された12名中3名では、髄液からアデノウイルス(以下AD)も同時に検出されている。

VP1領域275bpの系統解析の結果、滋賀分離株-20130140CはBastianii株(標準株)と約80%一致しており、2008~2010年に検出された国内分離株とは約7%異なっていた()。

2013年3~7月に採取された無菌性髄膜炎患者(疑い含む)からのウイルス検出状況を表2に示す。3月にコクサッキーウイルスB群3型(以下CB3)およびエコーウイルス18型(以下E18)が検出されている。

滋賀県感染症発生動向調査における無菌性髄膜炎の定点当たりの患者数は、2013年第16週に0.14人/定点を示し、第22週は0.28人/定点であった。

管轄保健所でこれら無菌性髄膜炎患者(疑い含む)の調査を行ったところ、疫学的な関連性は認められなかった。

E30は、滋賀県では1990~1991年、1997~1998年および2003年に多く分離されている。現在も検体搬入が続いており、前回の流行から感受性個体が蓄積しているため、今後のE30の動向について注視していきたい。

 

滋賀県衛生科学センター  児玉弘美 小菅裕也 山田香織 鈴木智之 小嶋美穂子 石川和彦 井上剛彦  
滋賀県長浜保健所 谷口秀美  
国立感染症研究所 吉田 弘

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無菌性髄膜炎患者からのエンテロウイルスの検出―大分県

(IASR Vol. 34 p. 308-309: 2013年10月号)

 

大分県において、2013年第4週~第32週までに採取された無菌性髄膜炎患者検体からのウイルス検出状況について報告する。

患者発生状況:患者定点からの報告は多くない。しかし、第24週(6/10~6/16)以降、検査定点より無菌性髄膜炎と診断されて当センターに搬入される検体が増加し、第31週(7/22~7/28)に入ってようやく減少してきた(図1)。

材料および方法:2013年1~8月に無菌性髄膜炎と診断され、当所に搬入された患者27名36検体(髄液23検体、咽頭ぬぐい液13検体)を検査材料とした。エンテロウイルスの遺伝子検査は、まず、スクリーニングとしてVP4/VP2領域を標的としたsemi-nested PCR法1)を行った。エンテロウイルス陽性のものについては、VP1領域を標的としたnested PCR法2)およびダイレクトシークエンスで塩基配列を決定し、BLASTによる相同性検索で型別同定を行った。また、得られた塩基配列(355bp)を用いて近隣結合法による系統解析を行った。

ウイルス分離は、7細胞(HEp-2、RD-18S、Caco-2、MARC-145、Vero 9013、Vero E6、LLC-MK2)を使用し、1代を1週間として3代目まで継代および観察を行った。分離株は中和試験を行うとともに、VP1領域を標的としたnested PCR法を用いて同定した。

結果および考察:遺伝子検査を実施した36検体のうち、22検体からエンテロウイルスが検出された。型の内訳は、Echovirus30(Echo30)が13検体、Echovirus6(Echo6)が7検体、Coxsackievirus A9(CA9)が2検体であった。検出された患者の年齢分布をみると、5~9歳が最も多く17検体であった。エンテロウイルス以外ではCMVとHHV6が各1件ずつ検出された(表1)。

ウイルス分離については、Echo30が8株、Echo6が5株、ともにRD-18S およびCaco-2で分離できた。CA9はCaco-2で2株分離できた。

今回得られたEcho30およびEcho6と、これまで国内外で報告されている株の系統樹を作成したところ、今回分離されたEcho30株は、VP1部分配列においてBastianii(参照株)と約80%一致しているが、GenBankに登録されている2008~2010年国内分離株とは5%程度異なっていた(図2)。Echo6については2010~2012年に欧州で報告された株とほぼ同一クラスターを形成した(図3)。

Echo30については、無菌性髄膜炎の患者検体から最も多く検出されているが、咽頭炎や手足口病、ヘルパンギーナ、肺炎と診断された患者からも検出されている。またEcho6についても咽頭炎で検出されている。好発年齢が幼稚園や小学校に通う児童であることより、9月以降の動向に注意が必要と考える。

 

参考文献
1) Ishiko H, et al., J Infect Dis 185: 744-754, 2002
2) Nix WA, et al., J Clin Microbiol 44: 2698-2704, 2006

 

大分県衛生環境研究センター 加藤聖紀 本田顕子 田中幸代 小河正雄

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重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの国内分布調査結果(第一報)

(IASR Vol. 34 p. 303-304: 2013年10月号)

 

マダニ媒介性の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、2013年1月に国内の患者が初めて確認され、遺伝子検査(RT-PCR)法によるSFTSの診断検査体制が全国的に整備された。その結果、2013年春(マダニの活動開始期)以降、28名のSFTS患者が確定されている(8月26日時点)。遡り調査の結果も含めると、2005年から現在までに計39名の患者が九州・四国・中国・近畿地方の13県(兵庫、島根、岡山、広島、山口、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、宮崎及び鹿児島県)から報告されており、同地域にはSFTSウイルス(SFTSV)が分布していることが明らかである(http://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/3143-sfts.html)。

本病の発生が先に報告された中国では、SFTSVの主な媒介マダニはフタトゲチマダニとされ、また、ヤギ、ヒツジ、ウシ、イヌ等の動物がSFTSVの抗体を高率に保有している(すなわち、SFTSV感染歴がある)ことが報告されている。SFTSが流行している地域では、マダニとマダニに吸血される動物との間でSFTSVが循環・保持される仕組みが成立している。ヒトはSFTSVを有するマダニに咬まれることでSFTSに感染する。(なお、動物は感染しても発症しない。また、これまでに動物の血液等を介してSFTSVに感染し、SFTSに罹患した患者の報告はない)。日本国内には、命名されているものだけで47種のマダニが生息するとされるが、SFTSVを媒介するマダニの種類やその生息地域、SFTSVの保有率、動物との相互関係等、実態は明らかでない。SFTSVの国内分布状況を把握し、そのライフサイクルを明らかにすることは、患者発生のリスクを評価し、効果的な感染予防対策を立てる上で非常に重要である。

ヒトの患者血清からSFTSV遺伝子を検出する方法については既に確立され、診断検査に用いられているが、本年5月から開始された厚生労働科学研究「SFTSの制圧に向けた総合的研究(研究代表者 倉田毅)」において、マダニからのSFTSV遺伝子検出法及び動物のSFTSV抗体測定法が開発された。これらの新たに開発された検査法により、既に患者が発生している地域を中心に、一部、発生のない地域も含めて、これまでに入手できたマダニや動物血清の検体を用いて予備的調査を実施したところ、以下のことが明らかになった。

1)マダニについて: 中国、四国、近畿及び中部地方(9自治体)内のいくつかの地点について調査したところ、採取されたマダニ11種のうち、複数のマダニ種(フタトゲチマダニ、ヒゲナガチマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ及びタカサゴキララマダニ)から、SFTSV遺伝子が検出された。また、これらのSFTSV保有マダニは、既に患者が確認されている地域(島根、山口、徳島、高知、兵庫県)だけではなく、患者が報告されていない地域(近畿:和歌山県、中部:福井、山梨、静岡県)においても確認された。

2)動物のSFTSV抗体保有状況について: 保存血清等を用いて調査した結果、シカでは、検体が得られた地域(19自治体)のうち、九州(福岡、熊本、宮崎、鹿児島県)、四国(愛媛県)、中国(島根、広島、山口県)、近畿(和歌山県)及び中部(長野県)地方でSFTSV抗体陽性動物が確認されたが、その他の地域(北海道、岩手、栃木、千葉、静岡、兵庫、徳島、高知、大分県)では陽性のシカは見つからなかった。イノシシでは、検体が得られた地域(15自治体)のうち、九州(熊本、鹿児島県)、四国(徳島、香川、愛媛、高知県)及び中国(広島県)地方で抗体陽性動物が確認されたが、その抗体陽性率は、シカの抗体陽性率に比較して低かった。また、その他の地域(千葉、長野、静岡、三重、兵庫、島根、大分、宮崎県)では抗体保有イノシシは見つからなかった。さらに、猟犬では、検体が得られた地域(16自治体)のうち、九州(熊本、宮崎、鹿児島県)、四国(香川、高知県)地方以外に、患者が報告されていない地域(近畿:三重県、中部:富山、岐阜県)でも抗体保有動物が存在した。一方、患者発生のある広島及び長崎県やその他の地域(新潟、長野、静岡、愛知、滋賀、沖縄県)では陽性の猟犬はみつからなかった。

以上のように、新たに開発された検査方法(マダニからのSFTSV遺伝子検出法及び動物のSFTSV抗体測定法)を用いて調査したところ、SFTSV保有マダニやSFTSV抗体陽性動物が、これまでに患者発生の報告があった地域以外でも確認されたことから、今後、さらに調査を行う必要が認められた。

今回の調査は、過去に他の感染症の調査のために収集されたマダニや動物血清検体なども含め、限られた期間内に、限られた地点において採取された検体について実施されており、地域ごとの検体数にもばらつきがあるなど、全国や各地域の実態を網羅的に反映したものではなく、得られた結果は暫定的なものである。今後、研究班としては、各自治体や関係者の協力を得ながら、対象地域や検体採取地点、動物の種類・頭数を広げて調査を実施することにより、マダニと動物におけるSFTSVのライフサイクルや各地域内におけるSFTSV保有マダニの分布様式・密度など、より詳細な実態解明を行っていきたい。

なお、今回の調査にあたって御協力をいただいた、大日本猟友会ならびに関係者の皆様に深謝申し上げます。

 

国立感染症研究所 獣医科学部  
     森川茂、宇田晶彦、加来義浩、木村昌伸、今岡浩一
同 ウイルス第一部  
     福士秀悦、吉河智城、谷英樹、下島昌幸、安藤秀二、西條政幸
同 昆虫医科学部  澤辺京子
同 細菌第一部  川端寛樹
同 動物管理室  新倉綾
山口大学共同獣医学部  前田健、高野愛
岐阜大学応用生物科学部  柳井徳磨
馬原アカリ医学研究所  藤田博己
福井大学医学部  高田伸弘

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麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)接種後に風疹に罹患した成人男性の1例-川崎市

(IASR Vol. 34 p. 310-311: 2013年10月号)

 

川崎市において、麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の副反応と風疹の罹患との鑑別に苦慮し、PCR検査で風疹の自然感染と判明した症例を経験した。

症 例:39歳男性、川崎市における「風しんの流行に伴う緊急対策事業」の接種対象であったため、2013年6月に麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を接種した。接種時の体温は36.3℃で、過去1カ月以内に家族や友人に麻疹、風疹に罹患した者はいなかった。勤務先の会社には、約1カ月前および3週間前に中国に海外出張した職員がいたが発症はなく、他に風疹に罹患した職員もいなかった。本人の海外渡航歴はなかった。

MRワクチン接種12日後に顔面および頭部に散在性紅丘疹が出現し、接種14日後には全身に広がったが、発熱はなかった。同日、医療機関を受診した際には、全身性発疹、頚部リンパ節軽度腫脹、耳介前部リンパ節腫脹、眼球結膜充血、膝関節痛が認められた。体温は36.8℃であったが、発疹が全身におよんでおり、麻疹、風疹などのウイルス感染症に罹患したか、あるいはワクチンによる副反応であるかの判別が困難であったため、ウイルス診断目的で血液、咽頭ぬぐい液、尿を採取し、症状消失まで自宅療養となった。

川崎市健康安全研究所でのPCR検査およびDNAシークエンス解析で、採取したすべての検体から遺伝子型1E風疹ウイルスが検出された。ワクチン株である遺伝子型1a風疹ウイルスではなかったため、自然感染により風疹に罹患していたことが判明した。

考 察:わが国では2012年の夏以降風疹患者が急増している。川崎市においても、2008年以降の届出数は年間1~3件であったものの、2011年、2012年は11件、71件と増加し、2013年は診断週第27週までの集計で440件と著増している。市内での大きな流行に伴い、川崎市では2013年4月22日より「風しんの流行に伴う緊急対策事業」としてMRワクチン接種費用の一部助成を開始した1)。今回の症例は、この事業を利用したMRワクチンの接種後2週間以内の発症例であったが、検出された遺伝子型よりワクチン接種による副反応ではないことが確定している。風疹の潜伏期間は2~3週間であるため、接種の2~9日前に流行株に曝露し感染したと考えられる。

風疹ウイルスの遺伝子型分類(genotyping)は、これまでに13の遺伝子型(1a、1B、1C、1D、1E、1F、1G、1h、1i、1j、2A、2B、2C)が報告されている2, 3)。かつてわが国では、遺伝子型1a 、1D、1jウイルスが時代とともに変遷しながら流行してきたが4)、近年では世界的な流行が認められている2B型が主流であり、次いで1E型が多い5)。2B型ウイルスは中東、ヨーロッパ、中南米、アフリカ、南~東南~東アジアで報告されており、1E型ウイルスは、中東、ヨーロッパ、アフリカ、西太平洋地域で発生している。

川崎市内で流行している風疹ウイルスも、その遺伝子型は2B型が多く、過去に1E型が検出されたのは2011年と2012年に各1件ずつ、計2件のみであった。今回検出された1E型は、2012年に検出されたものと遺伝子配列が100%一致しており、2011年に検出された1E型とは配列が異なることが確認されている6)。本症例は、2013年には市内で検出されていない遺伝子型のウイルスに感染しているが、感染経路は特定できておらず、海外から輸入されたウイルスに偶然曝露したか、あるいは輸入されたウイルスが国内に定着し今回の感染に至ったかは不明である。いずれにしても、ワクチン接種後の発症であったため、ワクチンの副反応との鑑別は難しく、感染対策および疫学的な検討を行う上でもPCR法による病原体遺伝子の検索は非常に有用であった。

結 語:本症例は、MRワクチン接種後にもかかわらず、抗体獲得前に野生株ウイルスに感染した事例であった。風疹特異的IgM抗体の上昇のみではワクチンの副反応との鑑別が困難な場合もあり、症状の程度や発症時期を考慮して速やかに遺伝子検査を実施し、感染対策につなげる必要があると考える。

 

参考文献
1)予防接種費用(麻しん風しん混合ワクチン)の一部助成について 川崎市ホームページ, http://www.city.kawasaki.jp/350/page/0000047465.html [accessed on 2013/9/11]
2)Abernathy ES, et al., J Infect Dis 204 Suppl 1: S524-532, 2011
3)IASR 34: 91-92, 2013
4) IASR 32: 260-262, 2011
5) IASR風疹ウイルス分離・検出状況 2012~2013年(2013年7月4日現在), http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-rubella.html [accessed on 2013/9/11]
6)IASR 32: 258-259, 2011

 

川崎市健康安全研究所 
  三﨑貴子 中島閲子 大嶋孝弘 丸山 絢 清水英明 岩瀬耕一 岡部信彦
内科小児科 宮島医院 
  宮島真之
川崎市川崎保健所 
  小河内麻衣 占部真美子 瀧澤浩子 雨宮文明
川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当
  小泉祐子 平岡真理子 瀬戸成子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan