国立感染症研究所

logo40

小豆島での帯状疱疹の疫学調査

(IASR Vol. 34 p. 300-301: 2013年10月号)

 

はじめに
帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化よって引き起こされる感染症で、年間の罹患率は1,000人当たり3~5人程度とされているが、加齢とともに増加がみられ、高齢化が進行しているわが国においては、今後ますます患者の増加が予想される。抗ヘルペスウイルス薬が登場して以来、帯状疱疹の治療成績は飛躍的に向上したが、現在でも、長期にわたり帯状疱疹後神経痛(PHN)で苦しむ患者が少なくない。

米国においては、水痘ワクチンの力価を高めたワクチン(Zostavax)®を用いて、大規模臨床試験が行われた結果、その有効性が明らかとなり1)、すでに帯状疱疹予防ワクチンとして高齢者を対象に広く使用されている。一方わが国では、帯状疱疹ワクチンは承認されておらず、発症者の疾病負担および医療費負担の軽減のために帯状疱疹ワクチンの開発が期待されている。これまでに高橋らは、水痘ワクチンを高齢者に接種するとVZV特異的細胞性免疫の増強効果がみられることを報告している2)。この結果をもとに、本邦では「水痘ウイルスに対して免疫能が低下した高齢者」が、水痘ワクチンの接種対象者として追加承認された。しかし、わが国の水痘ワクチンについては、まだ帯状疱疹予防ワクチンとしての承認は得られていない。

そこでわれわれは、香川県小豆郡において、50歳以上の住民を対象として、コミュニティベースの前向き大規模疫学研究を実施し、帯状疱疹の発生頻度、発症者における痛みの程度と持続期間、生活習慣および社会心理的要因と細胞性免疫の程度および帯状疱疹発症との関係、VZVに対する免疫の程度と帯状疱疹発症や重症度との相関についての検討を行った3-6)(平成20~22年度政策創薬総合研究事業「帯状疱疹ワクチン開発のための疫学研究」研究代表者・山西弘一、平成23~24年度政策創薬マッチング研究事業「小豆郡における帯状疱疹発症の大規模疫学研究」研究代表者・山西弘一)。ここでは、この大規模疫学調査により得られた解析結果の中から、主に帯状疱疹と免疫との関係についての知見を紹介する。

香川県小豆郡における帯状疱疹疫学研究
1)帯状疱疹およびPHNの発症率:香川県小豆郡在住の50歳以上の12,522人を対象にして3年間の調査を行った結果、臨床症状から帯状疱疹の発症を疑われた症例は438人で、そのうち396人からPCR試験にてVZV特異的DNAが検出された。PCR試験結果に基づく帯状疱疹の年間発症率は1.07%であった。また、帯状疱疹発症者396人のうち、PHNに移行したものは57人で、移行率は14.4%であった。

2)VZVに対する細胞性免疫および液性免疫と年齢との関係:VZV特異的細胞性免疫を調べる目的で、水痘抗原を用いた皮内テストを5,683人に行った結果、水痘皮内反応は加齢に伴い減衰することが明らかとなった5)図1)。一方、液性免疫(VZV特異的抗体価)は加齢に伴い増強する傾向がみられた。帯状疱疹の発症リスクが加齢とともに上昇することを考え合わせると、帯状疱疹の発症には液性免疫より細胞性免疫が強く関与しているものと推察された。

3)帯状疱疹発症リスクと水痘皮内反応との関係:水痘皮内テストの紅斑長径が10mm以上を陽性、10mm未満を陰性としたとき、ハザード比は陰性者1に対して、陽性者は0.27(95%信頼区間:0.19-0.37)であった。すなわち陰性者の発症リスクは、陽性者と比べて3.7倍高いことがわかった。この結果から、VZV特異的細胞性免疫が帯状疱疹の発症予防に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

4)帯状疱疹重症度と免疫との関係:帯状疱疹発症者について、皮疹重症度スコアや急性期・亜急性期の疼痛重症度スコアと、細胞性免疫(水痘皮内反応)および液性免疫(VZV特異的抗体価)との関係を検討したところ、皮内反応が強いグループほど、皮疹および疼痛重症度が軽いことが判明した6)図2)。一方、液性免疫と重症度との間には有意な相関はみられなかった。以上の結果から、VZV特異的細胞性免疫が帯状疱疹の発症予防だけでなく、重症化の予防にも重要な役割を果たしていること、一方、VZV特異的液性免疫は帯状疱疹の重症度に影響しないことが明らかになった。

5)PHNと水痘皮内反応との関係:水痘皮内テストの紅斑長径が5mm以上を陽性、5mm未満を陰性とした場合、PHNを発症するハザード比は、陰性者1に対して陽性者は僅か0.07であった(95%信頼区間:0.03-0.20)。すなわち陰性者の発症リスクは、陽性者に比べて14.3倍高いことがわかった。この結果から、VZV特異的細胞性免疫はPHNの発症予防にも重要な役割を担っていることが明らかになった。

今後の展望
今回の疫学研究によって、日本人の高齢者における帯状疱疹のコミュニティベースでの正確な発症率が明らかになった。また、帯状疱疹の発症リスクや重症化の抑制に必要な細胞性免疫の程度も明らかになるなど、ワクチン開発に有益な知見が得られた。はじめに述べたように、以前の研究で、高齢者に既存の水痘ワクチンを接種することにより、VZV特異的細胞性免疫が増強されることは既に公知となっている2)。この結果と今回の疫学研究の結果を考え合わせると、VZV特異的細胞性免疫の増強効果を有する既存の水痘ワクチンを、帯状疱疹の予防に利用できる可能性が大いに高まったといえる。わが国においても帯状疱疹ワクチンが早期に使用可能になることを願っている。

 

参考文献
1) Oxman MN, et al., N Engl J Med 352: 2271-2284, 2005
2) Takahashi M, et al., Vaccine 21: 3845-3853, 2003
3) Takao Y, et al., J Emidemiol 22: 167-174, 2012
4) Tang H, et al., J Clin Virol 55: 46-50, 2012
5) Okuno Y, et al., Epidemiol Infect 141: 706-713, 2013
6) Asada H, et al., J Dermatol Sci 69(3): 243-249, 2013

 

奈良県立医科大学皮膚科 浅田秀夫

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version