国立感染症研究所

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妊娠中の水痘:帯状疱疹ウイルス初感染により妊娠第2三半期に子宮内胎児死亡に至った1症例―兵庫県

(IASR Vol. 34 p. 294-295: 2013年10月号)

 

水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)は、ほとんどが小児期に初感染し、また、ワクチンの普及により、本邦を含め世界的にも成人の抗体保有率は90%以上であり、妊婦がVZVに初感染する頻度は0.07~0.1%と稀である1,2)。妊婦が水痘に罹患した場合、母体においては重篤な水痘肺炎を引き起こす可能性があり、母体死亡率は13~14%とされる3)。また、児に対しては、感染時期によって、流産、先天性水痘症候群(CVS)、早産、子宮内胎児発育不全、乳児期帯状疱疹、周産期水痘が発症する危険性がある4)。しかし、VZVの胎児に対する病原性は比較的弱く、CVSのような奇形をきたすことはあっても、妊娠第2三半期以降に子宮内胎児死亡をきたすような重篤な胎児感染の報告は、世界的にもなかった。今回、妊娠中のVZV初感染により、妊娠第2三半期に子宮内胎児死亡となり、免疫染色とPCRによりVZV胎児感染が証明された症例を経験したので報告する5)

症例報告
31歳。1回経産婦。自然妊娠。前医で妊婦健診を受けていた。妊娠13週4日に全身性発疹が出現、近医皮膚科を受診し、水痘と診断された。14週6日に当科外来紹介初診。初診時には、顔面と体幹に痂皮化した皮疹を多数認めたが、超音波で胎児に異常を認めず、外来経過観察とした。

ウイルス検査所見
近医皮膚科受診時(13週6日): VZV-IgG <2.0 mIU/ml、VZV-IgM 7.21 C.O.I (正常値<0.8)、水疱中VZV抗原(+)

当科初診時(14週6日):VZV-IgG 850 mIU/ml (正常値<2.0 mIU/ml)、VZV-IgM 7.2 C.O.I 

再診時(妊娠16週6日)、皮疹は軽快していたが、超音波で胎児心拍停止と著明な胎児皮下浮腫を認めた。当科入院し、誘発死産の結果、17週1日に女児(138g)を娩出した。患者の希望により剖検を行ったところ、肉眼的所見で外表・内臓奇形は認められなかったが、著明な全身浮腫および胸・腹水と肝腫大を認めた。組織学的には、死産児の脳、心臓、肺、肝臓、膵臓、副腎、腎臓、腸管、骨髄と胎盤のすべてにおいて、多核細胞およびすりガラス状~核内封入体を有する大型細胞が散見され(図1)、抗VZV抗体を用いた免疫染色で、先述の臓器すべてにおいて陽性であった(図2)。さらに、剖検時に採取した各種検体をPCR検査に供したところ、胸・腹水中VZV-DNA >5.0×107 copy/ml、 羊水中VZV-DNA >5.0×107 copy/ml、脳組織中VZV-DNA陽性であった。その他、絨毛染色体検査は正常であり、絨毛羊膜炎は認められなかった。

考 察
妊婦のVZV初感染は稀であるが、母体において、特に、妊娠後期で重篤な水痘肺炎を、胎児においては、初感染の時期によって異なった病態を引き起こし得る。妊婦が妊娠第1三半期にVZV初感染を起こした場合、約3%が流産あるいはCVSを起こすとされ、特に、同時期におけるCVSの発症率は1%以下とされる6)。妊娠13週~36週に水痘に罹患した場合には、児の2.5%が乳児期帯状疱疹を発症する。また、分娩21日前~分娩後2日目までに母体初感染を起こした場合には、周産期水痘を発症する可能性があり、母体からの抗体移行のない分娩5日前~分娩後2日目までの母体初感染では、児に重篤な水痘を引き起こし、かつては、死亡率が約30%に及ぶとされた6)。しかし、VZVの胎児に対する病原性は比較的弱いものと考えられており、これまで、妊娠第1三半期(妊娠8週)の流産症例で胎芽と絨毛の免疫染色、電子顕微鏡でVZV子宮内感染が証明された報告が1編あるが7)、妊娠第2三半期以降では、母体の水痘肺炎が重篤化し、全身状態の悪化から子宮内胎児死亡に至るようなケースを除いては、VZV胎児感染が子宮内胎児死亡の直接原因になり得ることを証明した報告は無かった。今回の症例は、妊娠中の水痘が妊娠第2三半期に胎児死亡をきたすような重篤な胎児感染を起こし得ることを、免疫染色とPCR検査を用いて証明した初めての報告であり5)、妊娠前のVZV抗体未保有者に対するワクチン接種の必要性を考える上で、新しい知見を提供するものと考えられる。

 

参考文献
1) Seward JF, et al., J Infect Dis 197: 82-89, 2008
2) Sauerbrei A, et al., J Perinatol 20: 548-554, 2000
3) Harger JH, et al., J Infect Dis 185: 422-427, 2002
4) Gershon AA, et al., Infectious diseases of the fetus and newborn infant, 4th edition: 565-618, 1995
5) Tanimura K, et al., J Med Virol 85: 935-938, 2013
6) Enders G, et al., Lancet 343: 1548-1551, 1994
7) Oyer CE, et al., Hum Pathol 29: 94-95, 1998

 

神戸大学大学院医学研究科 外科系講座産科婦人科  谷村憲司 小嶋伸恵 山田秀人          
病理学講座病理学分野   山崎 隆 仙波秀峰 横崎 宏

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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