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インフルエンザ抗体保有状況 -2013年速報第3報- (2013年12月27日現在)

はじめに
 感染症流行予測調査事業における「インフルエンザ感受性調査」は,毎年,インフルエンザの本格的な流行が始まる前に,インフルエンザに対する国民の抗体保有状況(免疫状況)を把握し,抗体保有率が低い年齢層に対するワクチン接種の注意喚起ならびに今後のインフルエンザ対策における資料とすることを目的として実施している。
 わが国で使われているインフルエンザワクチン(3価ワクチン)は,A(H1N1)亜型,A(H3N2)亜型,B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのインフルエンザウイルスがワクチン株として用いられているが,インフルエンザ感受性調査では,これら3つのワクチン株に加え,ワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスについて抗体保有状況の検討を行っている。
 本速報では,2013年度の調査によるインフルエンザに対する年齢群別抗体保有状況について掲載する。

1. 調査対象および方法
 2013年度の調査は,25都道府県から各198名,合計4,950名を対象として実施された。インフルエンザウイルスに対する抗体価の測定は,健常者から採取された血液(血清)を用いて,調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により行われた。採血時期は原則として2013年7~9月(例年のインフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また,HI法に用いたインフルエンザウイルス(調査株)は以下の4つであり,このうちa)~c)は今シーズン(2013/14シーズン)のワクチン株,d)はワクチン株と別系統のB型インフルエンザウイルスである。
a) A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
b) A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]
c) B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]
d) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]

2. 調査結果
 2013年12月27日現在,北海道,山形県,福島県,栃木県,千葉県,東京都,神奈川県,新潟県,富山県,石川県,福井県,長野県,静岡県,三重県,京都府,山口県,愛媛県,高知県,佐賀県,熊本県,宮崎県の21都道府県から合計5,697名の対象者についての結果が報告された。5歳ごとの年齢群別対象者数は,0-4歳群:707名,5-9歳群:446名,10-14歳群:463名,15-19歳群:463名,20-24歳群:412名,25-29歳群:465名,30-34歳群:410名,35-39歳群:446名,40-44歳群:433名,45-49歳群:362名,50-54歳群:378名,55-59歳群:314名,60-64歳群:240名,65-69歳群:95名,70歳以上群:63名であった。
 なお,本速報における抗体保有率とは,感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上の抗体保有率を示し,抗体保有率が60%以上を「高い」,40%以上60%未満を「比較的高い」,25%以上40%未満を「中程度」,10%以上25%未満を「比較的低い」,5%以上10%未満を「低い」,5%未満を「きわめて低い」と表す。

【年齢群別抗体保有状況】
A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
:図1上段
 本ウイルスは2009年に世界的大流行(パンデミック)を起こしたインフルエンザウイルスである。2009/10シーズンは本ウイルスを用いた単価ワクチンが製造され,従来の3価ワクチンとは別に接種が行われたが,2010/11シーズン以降は4シーズン続けてワクチン株の1つとして選定されている。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,10~24歳の各年齢群で60%以上と高く,特に15-19歳群では80%以上を示した。また,5-9歳群および25~54歳の各年齢群では概ね40%以上と比較的高かったが,それ以外の年齢群は中程度以下の抗体保有率であり,特に0-4歳群では25%未満であった。全体では48%と調査株中2番目に高かった。

A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]:図1下段
 本ウイルスは今シーズンのワクチン株の1つとして選定されたウイルスであり,前シーズン(2012/13シーズン)のワクチン株であったA/Victoria(ビクトリア)/361/2011から変更となった。
 本ウイルスに対する全体の抗体保有率は調査株最も高い50%であった。年齢群別の抗体保有率は5~19歳の各年齢群で60%以上と高く,10-14歳群で最も高かった。また,0-4歳群と60-64歳群では中程度であったが,それ以外の年齢群では比較的高い抗体保有率であった。

B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]:図2上段
 今シーズンのB型のワクチン株は前シーズンに続き山形系統が選定されたが,本ウイルスは前シーズンのワクチン株であったB/Wisconsin(ウィスコンシン)/1/2010から変更となったウイルスである。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,20-24歳群をピークに15~29歳の各年齢群で60%以上と高かった。また,10-14歳群および30~54歳の各年齢群では概ね比較的高い抗体保有率であったが,それ以外の年齢群は中程度以下であり,中でも0-4歳群,5-9歳群,65-69歳群は25%未満の抗体保有率であった。全体の抗体保有率は42%であった。

B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]:図2下段
 本ウイルスは2009/10~2011/12シーズンまで3シーズン連続してワクチン株に選ばれたウイルスであり,本年度調査におけるビクトリア系統の代表として用いた。
 本ウイルスに対する抗体保有率は35-39歳群で最も高く,他の調査株における年齢分布の傾向と異なっていた。また,0-4歳群で比較的低かった以外は,ほとんどの年齢群で比較的高い抗体保有率であり,年齢群による差は他の調査株と比較して小さかった。全体の抗体保有率は42%であり,上記ワクチン株に選定された3株とほぼ同等であった。


図1


図2

コメント
 病原微生物検出情報におけるインフルエンザウイルス分離・検出状況(2013年12月27日現在)によると,今シーズンは2013年第36~51週にA(H1)pdm09亜型64件,A(H3)亜型151件,B型56件(ビクトリア系統31件,山形系統13件,系統不明12件)の報告があり,現時点ではA(H3)亜型の分離・検出報告数が多い1)。また,感染症発生動向調査によるインフルエンザの定点あたり患者報告数は,2013年第51週(12月16日~22日)の速報値で1.39であり2),全国的な流行開始の指標となる1週間あたり1.0の報告数を超えた。本調査で抗体保有率が低かった年齢層においては,ワクチン接種等の予防対策を行うことが望まれる。

1)病原微生物検出情報‐インフルエンザウイルス分離・検出速報 2013/14シーズン
2)感染症発生動向調査‐インフルエンザ流行レベルマップ 2013年第51週(2013年12月25日現在)

国立感染症研究所 感染症疫学センター/インフルエンザウイルス研究センター

 

 国立感染症研究所・感染症情報センターには地方衛生研究所(地研)から「病原体個票」が報告されている。これには感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体(ノロウイルスをはじめ、サポウイルス、ロタウイルス、アストロウイルスなど)の情報が含まれる。

図1.週別ノロウイルス、サポウイルス、ロタウイルス検出報告数、2013/14シーズン
図2.都道府県別ノロウイルス、サポウイルス、ロタウイルス検出報告状況、2013/14シーズン

*2013/14シーズンは2013年第36週/9月~2014年第35週/8月(検体採取週)。

 

データは現在週および過去の週に遡って追加報告が見込まれる。

 

 

*参考:週別Astrovirus検出報告数、2010/11-2013/14シーズン

 

 

 

 

 

(参考)ノロウイルス関連情報(国立医薬品食品衛生研究所)

 

 


 

 

 

ノロウイルス等検出状況 2012/13シーズン (2013年10月24日現在報告数)

 

ノロウイルス等検出状況 2011/12シーズン (2012年11月8日現在報告数)

 

国立感染症研究所感染症疫学センター 病原微生物検出情報事務局

 

 

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<速報>今インフルエンザシーズンの初めに経験したA(H1)pdm09亜型ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎症例について―札幌

(掲載日 2013/12/24)

 

我々は、インフルエンザ流行期のごく初期である2013年11月中旬に、本邦ではここ2インフルエンザシーズンほど影を潜めていたA(H1)pdm09亜型ウイルスが原因と思われる健康成人の重症インフルエンザ症例を経験したので報告する。

症 例: 患者は39歳の女性で、HIVを含め免疫不全はなく、10年前に弁膜症の治療を受けているものの、日常生活上の健康問題はほとんどなかった。2013年11月上旬から37℃台の微熱を伴う乾性咳漱があり、同月16日、38.0℃の発熱と呼吸困難のために札幌のA病院を訪れた。当初咳喘息が疑われ入院し、19日胸部レントゲンとCT検査で両側の間質性肺炎像が認められ、鼻腔ぬぐい液を用いた迅速検査でA型インフルエンザ抗原が陽性となった患者である。その後低酸素血症が確認され急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態に陥り、ICUで挿管管理下に置かれた。

12月に入って喀痰からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため、細菌性肺炎としての治療も開始されており、報告日(12月13日)現在、多臓器不全の傾向にある。

ウイルス学的検査成績と診断と抗ウイルス治療: 入院後9日目に採取された気管吸引喀痰と11日目に採取された咽頭ぬぐい液についてウイルス分離とLamp法によるウイルス遺伝子検出を行ったところ、前者からLamp法でA(H1)pdm09ウイルス遺伝子が検出された。また、11月20日と12月2日に採取されたペア血清について市販の抗原(デンカ生研)を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験を行ったところ、A/California/07/2009(H1N1pdm09)ウイルス抗原に対して急性期HI価1:10のところ、2週間後の血清で1:320と大きな上昇が認められた。一方、A/Texas/50/2012 (H3N2)、B/Massachusetts/2/2012(山形系統)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)に対してはすべて1:20 となり、A(H1)pdm09ウイルスによる感染があったことが血清学的にも支持された。なお本症例の診断上、先行する間質性肺炎・肺線維症などの基礎疾患は除外されていることから、同ウイルス感染による重症肺炎と診断される。

インフルエンザが強く疑われ始めた19日(発症3日後)から、ウイルスに対する特異的治療としてラピアクタ300mg/日、タミフル150mg/日がそれぞれ11月28、30日まで投与されたが、症状の改善には至らなかった。

考 察: 札幌地域では2013年11月4日採取の試料からA(H3) 亜型ウイルスが分離されているものの、その後は11月15日採取の試料からA(H1)pdm09亜型ウイルスが今シーズン初分離されているが1)、本症例はそれとほぼ同時期、流行のごく初期に出現した重症インフルエンザといえる。

本疾患の原因となったと思われるA(H1)pdm09亜型ウイルスは、2009~2010年にかけて大流行した。初期には健康成人にも多くの肺炎が報告されたが2)、その後二次感染による重症化も報告されている3)。本症例はこれらの報告を髣髴とさせるものであった。その後本邦では、同ウイルスはごく少数しか分離されていない4)。しかしながら、世界的にみると、一昨年あたりから分離ウイルスの中で大きな割合を占めるようになってきており5)、今後わが国でも再び警戒しておく必要があろう。その観点で、患者は職員が海外と行き来のある旅行関連の会社に勤務しており、今回の原因ウイルスが海外から持ち込まれた可能性もある。一方、同ウイルスがすでに水面下で地域流行していて感染した可能性も否定できない。

本症例はA病院にとって今シーズン最初のインフルエンザ症例であり、当初は喘息との判断で一般病棟に入院している。迅速検査で感染が疑われた後で隣のベッドの患者1名、病棟看護師数名がインフルエンザを発症し迅速診断陽性となり、一時病棟での感染拡大が疑われる事態となった。重症化した二次感染例は出ず無事収束したものの、ほとんど準備のできていない状態での突然のインフルエンザの出現は、医療現場に大きな動揺をもたらす出来事であり、日常的な感染対策の重要性が改めて認識させられた。

 

参考文献
1) 札幌市衛生研究所, 札幌市における主な感染症の発生動向、インフルエンザ第48週 
http://www.city.sapporo.jp/eiken/infect/trend/graph/l501.html
2) Chowell G, Bertozzi SM, Colchero MA, et al., Severe respiratory disease concurrent with the circulation of H1N1 influenza, N Eng J Med 361: 674-679, 2009
3) CDC, Bacterial coinfections in lung tissue specimens from fatal cases of 2009 pandemic influenza A (H1N1)-United States, May-August 2009, MMWR 58: 1071-1074, 2009
4) IASR 33: 285-294, 2012 
5) Influenza update, WHO,
http://www.who.int/influenza/surveillance_monitoring/updates/2013_12_09_surveillance_update_200.pdf

 

手稲渓仁会病院  
  武井健太郎 水戸陽貴 岸田直樹 芹澤良幹
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター  
  伊藤洋子 大宮 卓 西村秀一

国立感染症研究所・感染症情報センターには地方衛生研究所(地研)から「病原体個票」が報告されている。これには感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体の情報が含まれる(参考図)。
国立感染症研究所感染症疫学センター 病原微生物検出情報事務局

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