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2013年に沖縄県西表島で発生したレプトスピラ症

(IASR Vol. 35 p. 14-15: 2014年1月号)

 

2013年の夏季に沖縄県西表島の河川を感染源とするレプトスピラ症が多発したので、その概要を報告する。

同年6~10月、八重山地域の医療機関からレプトスピラ症を疑う症例の検査依頼が当研究所に、また西表島を旅行後に本土で発症した観光客の検査依頼が横浜市および岩手県から国立感染症研究所にあり、PCR検査、抗体検査および分離菌の同定検査を実施した。

実験室診断によりレプトスピラ症が確定した8例を表1に示す。陽性者の年齢は、10代、20代および40代が各2名、50代および60代が各1名で、性別は全員男性であった。感染月日が明らかな4例の潜伏期間は、5~11日であった。感染地域は8例とも西表島で、川や滝でのレジャー活動または労働が感染機会と推定された。検査結果は、血液から菌が分離された症例が4例、抗体検査またはPCR検査で陽性と診断された症例が4例であった。感染血清群は、Pyrogenesが5例、 Hebdomadisが2例、Grippotyphosaが1例であった。PCR検査を実施した6例中5例が陽性であったが、そのうち4例は血液または尿のどちらか一方が陽性であった。また、両方とも陰性であった1例(No.5)は、抗菌薬投与後に検体が採取されたとのことであった。以上のことから、PCR検査を実施する際には、急性期の血液と尿の両方を検体とし、抗菌薬投与前に検体が採取されていたかどうかを確認することが、診断の信頼性を確保する上で重要と思われた。

確定診断8例の主な臨床症状として、発熱が8例すべてでみられ、眼球結膜充血が6例,筋肉痛が5例、消化器症状(下痢・嘔気等)が4例、関節痛、ショック症状および頭痛が3例、黄疸が2例、リンパ節腫脹および髄膜炎様症状が1例でみられた。No.1以外の7例が入院を要した。血液検査の各中央値は、T-Bil 1.2 mg/dL、AST 48.5 IU/L、ALT 60.5 IU/L、BUN 19.9 mg/dL、Cre 1.5 mg/dL、CRP 18.5 mg/dL、WBC 11445/μL(好中球89.0%)、Hb 14.2 g/dL、PLT 16.4/μLで、肝機能障害が5例、腎機能障害が4例、播種性血管内凝固症候群(DIC) が1例でみられた.また8例すべてでCRP の高度上昇がみられた。尿検査では、検査した7例中4例が尿潜血陽性、3例が尿蛋白陽性であった。

レプトスピラ症は急性熱性疾患で、感冒様の軽症型から、黄疸、出血、腎不全を伴う重症型(ワイル病)まで、その臨床症状は多彩である。通常5~14日の潜伏期の後に、38~40℃の発熱、悪寒、頭痛、筋痛、結膜充血などの初期症状をもって発病する。今回の8例のうち、重症型の3主徴のいずれかを呈した症例はNo.4~7の4例で、No.7では髄膜炎も合併してみられた。これら4例は発症から受診までの日数が4日以上経過していた。一方、発症から受診までの日数が2日以内であった2例(No.1および3)は、肝機能および腎機能に異常はみられず、発熱も37℃台と比較的軽症であったことから、早期受診・早期診断の重要性がうかがえた。

西表島は面積の90%が亜熱帯の自然林で覆われ、イリオモテヤマネコ等の様々な生物が生息し、夏季には数多くある川や滝でのカヌーやトレッキング等のエコツーリズムが人気である。過去、西表島を含む八重山地域では、1999年夏季に河川でのレジャーに携わる人々の集団発生 (IASR 21: 165-166, 2000)や、西表島旅行中に感染し帰省後に発症した例(IASR 24: 327, 2003およびIASR 29: 8-10, 2008)が報告されている。また、2005~2012年においても、当所の検査で西表島河川での感染者が毎年確認されている。2013年は3月に新石垣空港が開港し、首都圏からの直行便の運航が可能となったことで、4~9月の八重山入域観光客数は556,818人と過去最高を記録した(前年比34.5%増)。今後も観光客数は高い水準で推移すると思われることから、西表島のレジャー関連業者や観光客に向けたレプトスピラ症の予防と早期受診に関する知識の普及啓発が重要と思われた。

 

沖縄県衛生環境研究所 
  岡野 祥 新垣絵理 高良武俊 加藤峰史 仁平 稔 喜屋武向子 久高 潤   
沖縄県八重山保健所   
  饒平名長令 前津政将 桑江沙耶香  大屋記子 宮川桂子
沖縄県立八重山病院  小坂文昭 松本奈央 伊勢川拓也 島袋 彰   
石垣島徳洲会病院 中川吉丈   
済生会横浜市南部病院 北澤篤志   
横浜市衛生研究所 松本裕子   
岩手県立中央病院 橋本 洋   
岩手県環境保健研究センター 梶田弘子 岩渕香織 齋藤幸一   
国立感染症研究所 小泉信夫 大西 真

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静岡県で開催されたトライアスロン参加後に感染したと推定されたレプトスピラ症の1例

(IASR Vol. 35 p. 16 : 2014年1月号)

 

背 景
1970年代初めまでは年間50例以上の死亡例が報告されていたが、近年の著しい患者数の減少から、多くの医療関係者にとってレプトスピラ症は過去の病気、あるいは輸入感染症の鑑別疾患と認識されることが多くなっている1)

過去の報告からは、農作業(高原での作業を含む)、河川でのレジャーや労働での感染が有名であり、またマレーシア・ボルネオ島で開催された冒険レースEco-Challenge-Sabah 2000の参加者におけるレプトスピラ症の集団発生にて、その感染リスクが広く知らされたことは記憶に新しい2)。しかしながら、発症例が多いことで有名な沖縄県は例外であるが、一般的には日本国内開催のトライアスロンが感染リスクとは考えられていないと思われる。今回我々は、静岡県天竜川支流にて開催されたトライアスロンのコースであった河川が感染源と推定されたトライアスロン参加後に発症したレプトスピラ症の1例を経験した。そのため、疫学的な有益性があると考え、ここに報告する。

症 例 
42歳日本人男性。2013年10月4日起床時から体熱感があったが出勤した。しかし、その日の午後には悪寒と体熱感が増強し、頸部リンパ節にも痛みが出るようになった。そのためロキソプロフェンを内服したが、解熱を得ることはできなかった。何とか勤務を終え自宅に戻ったが、この頃には、体中に痛みを感じるようになり、頭痛にも悩まされるようになっていた。自宅で検温したところ40.2℃であり、経口摂取もできなくなっていたために、夜間救急外来を受診した。インフルエンザ迅速検査が施行され、結果は陰性であり、アセトアミノフェンの処方がなされ帰宅安静加療となった。10月5日には、心窩部痛も始まり経口摂取はさらに困難となった。10月6日まで何とか自宅での安静加療を継続するも症状に改善の兆しがなかったため、10月7日当院を受診した。受診時には、悪寒、頭痛、心窩部痛、多関節痛、筋肉痛に加え、嘔気も出現していた。診察では、頸部は柔らかであり、頸部リンパ節は軽度触知するも圧痛なし。眼球結膜は充血し、心窩部に軽度圧痛を認めた。ケルニッヒ兆候認めず、皮膚には淡い紅斑と左右下肢に毛嚢炎を認めた。インフルエンザ迅速検査陰性であり、血液検査結果では、血小板11万/μLと軽度低下し、eGFR 51.1(mL/min/1.73m2)と低下し、血小板低下と急性腎不全を認めた。髄膜炎も鑑別にあがったため、髄液検査を行ったが、細胞数増加、蛋白増加、糖低下も認めなかった。

その他、咽頭痛なし。鼻汁なし。咳、くしゃみなし。下痢なし。銭湯や温泉にも行っていなかった。動物曝露歴は、自宅で飼っているイヌのみであるが、元気であり濃厚接触もしていなかった。職業は事務職であり、職場での体調不良者もいなかった。家族は妻、14歳の長女、11歳の次女の4人暮らしで、皆元気であった。特徴的な追加病歴として、2013年9月16日に発生していた台風18号が通過した後の9月23日、非常に濁っていた河川がコースとなっていたトライアスロンレースに参加をしていた。

レプトスピラ症の好発時期である9月に、レプトスピラ保有がネズミにて確認されていた静岡県3)の台風後でひどく濁っていた河川でのトライアスロン参加12日後の発熱、頭痛、眼球結膜充血、心窩部痛、全身の関節、筋肉痛の病歴とインフルエンザ迅速検査陰性、髄液所見異常なし、尿中レジオネラ抗原陰性、血小板低下、急性腎不全の検査所見からレプトスピラ症疑いの診断となり、同日入院加療となった。また、確定診断目的に国立感染症研究所細菌第一部へ、入院時採取した尿検体、髄液でのレプトスピラPCR検査を依頼した。

入院後はミノマイシンの静脈内投与が開始され、経口摂取もできるようになったため、その後はドキシサイクリンの内服へ変更となり、経過良好にて2013年10月11日退院となった。退院後に国立感染症研究所から結果報告がなされ、尿中レプトスピラPCR陽性、髄液PCR陰性であった。また11月15日退院後外来で採取した血清では、国内で報告のあるレプトスピラ15血清型生菌を用いた顕微鏡下凝集試験を行い、血清型Australisに対して5,120倍の凝集価が認められ、血清学診断としてもレプトスピラ症の診断となった。

考 察
レプトスピラ症の症状は非特異的であり、症状からの鑑別は多岐に及ぶ。日本国内でのレプトスピラ症発症例の多くは8~10月に集中している。また、台風の後での発症例の報告もあることから4)、8~10月の上気道症状を伴わないインフルエンザ様症状の患者の診察においては、淡水曝露歴有無の問診をとる習慣をつけておくことが、診断に重要と考えられた。

結 語
日本国内での8~10月開催の淡水をコースとしたトライアスロン参加が、レプトスピラ症の感染源となりうる可能性のあることを示唆する1症例を経験した。

 

参考文献
1) IASR 29: 1-2, 2008
2) MMWR 50(2): 21-24, 2001
3) IASR 29: 5-7, 2008
4) IASR 32: 368-369, 2011

 

浜松医療センター感染症内科 
  田島靖久 島谷倫次 髙宮みさき 矢野邦夫    
浜松市保健所保健予防課 長山ひかる

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野菜サラダを原因食品としたYersinia enterocolitica O8 による食中毒事例―東京都

(IASR Vol. 35 p. 17: 2014年1月号)

 

事例概要:2013年4月25日、某予備校から「管内の寮で4月19日~25日の間、約20名の寮生が発熱、腹痛等の症状を呈しており、3名が入院している」と東京都北区保健所に連絡があった。寮では給食業者が寮生に朝夕の食事を提供していた。直ちに食中毒および感染症の両面から調査を開始した。

調査の結果、寮生92名のうち52名(すべて男性)が発症していた(発症率56.5%)。主な症状は、腹痛、発熱、頭痛、下痢であった。症状別発症者数を表1に、日別発症者数を図1に示した。後述のとおり、原因食品と決定した4月17日夕食の喫食から算定した潜伏時間は、37~175.5時間であった。

発症者および調理従事者の検便を実施したところ、発症者26名中18名、調理従事者11名中2名からYersinia enterocolitica(血清型 O8)が検出された。北区保健所は、5月1日、発症者の共通食が寮の食事に限定されること、症状および潜伏期間が同菌のものと一致することから、寮の食事を原因とする食中毒と判断し、3日間(平成25年5月1日~5月3日)の営業停止処分とした。

原因食品については、検食(4月14日~20日)等を検査したところ、4月17日夕食の野菜サラダ(ポークハムカツの付合せ)から同菌が検出された。野菜サラダを賄いとして喫食した調理従事者2名の検便からも同菌が検出されたこと、また、施設調査から、豚肉を扱った器具を介して二次汚染された可能性が高いことから、野菜サラダを原因食品と決定した。

検査結果:糞便検体は、すべてCIN寒天での直接分離培養で検出した。7名の発症者について糞便中のY. enterocolitica菌数を測定した結果、103~104個/gであった。 

原因食品を特定するために検食73検体、原材料6検体、給茶器の水1検体について検査を実施した。各食品にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加え、4℃ 21日間培養後、培養液を対象に、ail 遺伝子(接着と侵入性に関与する病原因子の1つ)をターゲットとしたPCR法でスクリーニング試験を行った。その結果、1検体(野菜サラダ)が陽性となったため、この検体から集中的に菌の分離を試みた。

Y. enterocoliticaが検出された「野菜サラダ」の増菌培養液中には、CIN寒天に発育するYersinia以外の菌が非常に多く、Y. enterocoliticaの分離は非常に困難であった。増菌培養液に等量の0.8%KOH加生理食塩水を加え10秒間混和後に平板へ塗抹するアルカリ処理法は非常に有効であり、CIN寒天上に発育した集落から3集落を調べた結果、そのすべてがY. enterocoliticaであった。さらに、Y. enterocolitica O8群抗体を感作させた免疫磁気ビーズを作製し、培養液から集菌後にCIN寒天へ塗抹分離したところ、ほぼ純培養状にY. enterocoliticaの発育が認められ、釣菌した10集落すべてがY. enterocolitica O8であった。

今回の検査では、培養液から遺伝子検査でスクリーニング試験を行い、陽性であった検体に集中して目的菌の分離を行うことで、効率の良い検査を実施することができた。また、培養液中に夾雑菌が多い場合は、アルカリ処理や免疫磁気ビーズ法を用いた集菌法が非常に効果的であった。しかし、食品の増菌培養に3週間、菌の分離・同定を含めると約1カ月を要したことから、迅速な検査を実施するためには、さらに検討が必要であると考えられた。

 

東京都北区保健所 
  大地貴之 木幡幸恵 鈴木美智子 小澤めぐみ 福田智裕     
東京都健康安全研究センター
  小西典子 石塚理恵 横山敬子 齊木 大 赤瀬 悟 門間千枝 

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鹿児島県川薩保健所管内における風しんの流行状況および対策

(IASR Vol. 35 p. 17-19: 2014年1月号)

 

はじめに
2013(平成25)年5月15日の時点における鹿児島県の人口100万人当たり風しん患者の累積報告数は103であり、都道府県別では東京都(155)、大阪府(136)に次いで全国3番目であった。また、鹿児島県内においては川薩保健所管内からの報告が約90%を占めたことから、当保健所は国立感染症研究所とともに管内の風しん流行の全体像の把握、先天性風疹症候群(CRS)対策の検討などを目的に5月30日から共同で以下の実地疫学調査を実施した。

全体像の把握
方法は感染症発生動向調査(NESID)の情報に加えて、当保健所で作成した患者調査票、管内市町・教育事務所・事業所から得られた情報を利用し、管内の流行の全体像を把握した。症例定義はNESIDの症例定義を用いた。

管内の風しん発病週別の報告数は第8週以降増加傾向で推移し、第24週がピーク(42例)であった(図1)。10月2日現在の累積報告数は337例で、第27週以降は10例未満の報告数で減少傾向を示し、第37週以降の発生報告はない。性別は男性が269例(80%)で、そのうち男性の20~40代は212例(63%)であった(図2)。3主徴(発疹、発熱、リンパ節腫脹)が揃って報告された症例は66%で、99%が発疹を呈していた。

337症例のうち検査診断例が195例(58%)で、そのうちPCR確定例が4例であった。流行中期に3人の咽頭ぬぐい液等を採取し、風しんウイルスの遺伝子型の検査を鹿児島県環境保健センターで実施した。そのうち2例が2Bで、2013年の全国的な主流行株と同じであった。

風しん含有ワクチン接種歴は246例(73%)が不明、79例(23%)が無し、1回接種が9例、2回接種が3例であった。学校での集団発生は無かった。

事業所・学校等の所属が判明した141例のうち、医療機関に属する者が6例、その他事業所に属する者が124例(88%)であった。

B事業所内での感染伝播
風しん流行初期に、NESIDに症例26例が長期にわたり報告されたB事業所において、職員への質問紙調査(660人配布、回収率99%)および症例へのインタビュー(17人)を行った。

質問紙調査における症例定義は、診断例(医療機関で風しんと診断されたと回答した者)と、疑い例(医療機関での風しんの診断はされていないが、自己申告で全身性の発疹、または皮膚の発赤がありかつリンパ節腫脹、または発熱の症状を満たしたと回答した者)に分類した。本調査において探知されたB事業所の症例は43例で、そのうち診断例が36例、疑い例が7例であった。B事業所関連の感染伝播の機会は、課内、喫煙所、会議など複数であったことが示唆された。

3月に当保健所は医師会へ風しん流行の周知と風しんの発生届出の徹底を依頼し、B事業所へ風しん流行の注意喚起、予防接種勧奨等の助言を行った。4月にB事業所から再度相談があり、相談に対し当保健所は、職員に対し風しん流行に関する注意喚起と病休取得を助言した。発病から病休取得までの期間の中央値は、3月までが1日で、4月以降が0日であり、4月以降の病休取得までの期間が短縮していた。また、発病日に病休を取得した者は、3月までが29%(5/17)と比べ、4月以降が58%(14/24)で、4月以降の病休取得率が高くなっていた。

症例のインタビューで、ワクチン接種助成を受けなかった理由として、接種の自己負担費用や時間確保が問題点として挙げられた。

CRS対策の検討
流行を探知して以降、当保健所は管内の産婦人科医療機関を訪問し、妊婦の同居家族への情報提供と産褥期のワクチン接種勧奨を依頼、県政広報テレビでCRS予防におけるワクチン接種の重要性を説明する等の対応をとった。また、管内市町と協議し、CRS予防等を目的に5月以降に市町によるワクチン接種費用助成事業が開始された。管内市町の母子保健担当者と協力し、2~4月に母子手帳を取得した妊婦168人に対し、風しん罹患歴、ワクチン接種歴、風しん抗体価等についての質問紙調査を6月中旬に行ったところ、31%において風しんHI抗体価が低かった(32倍未満)。本実地疫学調査の結果を受け、当保健所は管内市町と連携し、風しん抗体価の低い妊婦のフォローアップ等の対策を実施中である。

考 察
管内の流行は、 20~40代の男性が212例で、10月2日時点のNESIDへの累積報告症例数の63%を占め、全国の患者発生報告と同様の性年齢構成であった。この世代は感染症流行予測調査事業において風しん抗体が十分獲得されていないとされている世代であり、この世代への風しんの免疫付与が全国的に重要な対策である。

事業所における風しん患者発生時の対応(特に流行初期)は重要である。事業所は健康管理者と十分な連携を図り、職員の病休の取得、職員への注意喚起を実施することが必要である。また、平時においては事業所の職員が必要なワクチンの接種を受けやすい環境作りが重要であると考えられた。

当保健所は風しん対策のためにNESIDからは得られない事業所名等の情報を医療機関の協力により追加収集をした。追加収集を行った情報は管内の風しん対策に活用された。今後、風しん患者発生時の迅速な対応実施のためにNESIDの発生届出は事業所名等の情報が付加されるような体制整備が必要である。

CRS対策は当保健所管内でのCRSのサーベイランスの強化、CRS児出生時の支援とともに、風しん抗体価の低い妊娠可能年齢女性へのワクチン接種促進が重要である。

謝辞:本事例の調査にご協力いただきました薩摩川内市、さつま町、北薩教育事務所、具志ひふ科クリニック、坂口病院、宮崎小児科、相良医院、久留医院、川内こどもクリニック、済生会川内病院、田島産婦人科、川原産婦人科、河村医院産婦人科内科、医師会の関係者の皆様には調査に関して多大なるご配慮等をいただき、厚く御礼申し上げます。

 

鹿児島県北薩地域振興局保健福祉環境部
  (川薩保健所)
  川上義和 吉國謙一郎 永山広子 揚松龍治    
鹿児島県環境保健センター 濵田結花    
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP) 牧野友彦
感染症疫学センター 八幡裕一郎 中島一敏 松井珠乃 大石和徳

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エコーウイルス9型による無菌性髄膜炎の地域流行、2013年―東京都

(IASR Vol. 35 p. 19-20: 2014年1月号)

 

2013年6~9月にかけて東京都特別区の1地域において小児を中心にエコーウイルス9型による無菌性髄膜炎の流行を認めたので報告する。2013年7月11日、無菌性髄膜炎でA区M地域在住の小児5名が入院していると医療機関から行政機関に情報提供があった。都内A区T病院小児科での過去5年間の無菌性髄膜炎入院患者は毎月5人以下であったが、2013年7月の入院患者数は17日時点で13人となり、アウトブレイクが明らかとなった。東京都健康安全研究センターでは、関連する保健所、医療機関と連携し、原因究明のための検体検査と全体像把握のための記述疫学を行った。

(1) ウイルス検査
2013年7月16日~8月21日の期間に無菌性髄膜炎患者13人の髄液検体(13検体)が東京都健康安全研究センターに搬入された。住所地別の内訳は、A区在住7人、K区在住5人、他区在住1人であった。無菌性髄膜炎の都内での病原ウイルス検出状況を鑑み、エンテロウイルス属の検索を実施した。検査方法は、国立感染症研究所の無菌性髄膜炎病原体検出マニュアルに記載されている方法に準拠した。遺伝子検査においては、RT-PCR法によりVP1領域の遺伝子を増幅し遺伝子検出を試みた。この結果、13件中12件でエンテロウイルス属が陽性となった。検出された遺伝子の塩基配列から型別を決定し、結果はエコーウイルス9型10件、型別不明2件であった。エコーウイルス9型10件の塩基配列を検討したところ、99%以上の相同性が確認された。培養細胞による分離検査においては、Vero E6、RD-18S細胞を用いて実施し、2件でウイルスが分離された。ウイルス分離後、血清を用いて中和試験を行い、いずれもエコーウイルス9型と同定された。

(2) 記述疫学
症例定義は2013年6月8日以降に発症し、A区T病院小児科、そして周辺6カ所の病院小児科に無菌性髄膜炎と診断され入院した者とした。遺伝子検査で髄液からエコーウイルス9型が検出された者または血液検査でエコーウイルス9型抗体価が有意上昇した者を「確定例」、確定例と疫学的リンクのある者を「可能性例」、確定例と可能性例以外で、A区に在住する者またはA区と隣接する5区に在住する者を「疑い例」(ただし、エコーウイルス9型以外のウイルスによるものと診断された症例は除く)とした。

症例数は計85人で、確定例33人、可能性例15人、疑い例37人であった。症例は6月20日~9月18日の期間に発症し、発症のピークは7月12日であった。9月19日以降最大潜伏期間1)の2倍となる12日間新たな発症がみられなかったことから9月30日に終息と判断した(図1)。性別は、男性48人(男女比1.3:1)、年齢は11か月~13歳(中央値5歳)であった(図2)。入院日数は3~11日(平均7.1日)で、髄膜脳炎症例が1人あったが、後遺症例や死亡例はなかった。

集団生活の所属内訳は、保育所32人、幼稚園12人、小学校31人、中学校5人、不明3人、未所属2人であった。居住地別では、A区66人(うちM地域22人)、K区14人、他区3人であった。6月20日~7月11日までの発症者の居住地はA区M地域であり、流行はA区M地域で始まった。その後、K区のK幼稚園で流行が起こったが、7月11日発症の確定例(PCR陽性)はM地域居住かつK幼稚園所属であったことから、M地域との疫学的リンクが確認できた。7月25日以降M地域以外のA区の複数の保育所を中心に流行が続いた。3人以上の発症が確認された施設の内訳は、A区M地域で保育所1カ所、小学校2カ所、中学校の野球部1カ所、M地域を除くA区で保育所3カ所、K区で幼稚園1カ所、小学校1カ所であった。

家族内発症は16家族で確認された(兄弟姉妹間13家族、父または母への感染4家族:重複あり)。家族内感染から施設への持ち込み、またその逆の施設内感染から家庭への持ち込みが確認された。

(3) 考 察
家庭内、保育所を主とした施設で発生がみられ、これらの場所での感染者との濃厚接触が感染の要因と考えられた。流行が長期化した原因についてはいくつか考えられた。まず、家族内感染→施設への持込み→施設内感染→家庭への持込みという感染の連鎖を断ち切ることが困難であった。不顕性感染者も感染源となりうるため、その者達から感染が広がった可能性があった。エンテロウイルス属は、感染力が強いばかりでなく、咽頭からは発症後1週間程度、糞便中には数週間ウイルスが排泄されるため曝露を受ける期間が長く、さらに消毒薬に抵抗性が強いという特性もあった。

K区の幼稚園では、7月22日以降の夏季保育を中止し、以降閉園措置を取った。この対応は非常に効果的であり、早期の終息に至った。

しかし、保育所では休園することが難しく、登園の自粛を保護者に依頼することが精一杯であった。さらに、延長保育の場合は人手の問題から園児がクラスを越えて集められる状況となり、クラスを越えて感染が拡大する要因となった可能性が考えられる。当然のことながら、保育時間が長くなれば食事や排泄の回数は増え、感染のリスクも増加する。保育所でのエンテロウイルス感染症対策の難しさが、本事例の流行の背景と考えられた。

感染症のアウトブレイクがみられた場合、感染伝播についてリスク因子を明らかにすることは重要であるが、実際には非発症者も含めた調査を実施することは難しい。調査を実施できる環境づくりを進めていく必要があるものと考えられる。

今回の地域流行では基幹定点サーベイランスによるアウトブレイク探知はできなかった。都内には基幹定点病院が25カ所あるが、この地域に基幹定点病院は設置されていなかった。現状では発生動向の傾向を明らかにすることはできるが、無菌性髄膜炎のアウトブレイクの探知には基幹定点では限界があり、これは今後の課題として挙げられた。今回のアウトブレイクは、医療機関が異常を探知したことが発見のきっかけとなった。感染症対策には、普段から医療機関と行政機関が顔の見える関係を構築しておくことが重要と感じられた。

 

参考文献
1)小児感染症学 改訂第2版, 編集:岡部信彦, 診断と治療社, pp404-409, 2011

 

東京都健康安全研究センター  
 杉下由行 早田紀子 秋場哲哉 長谷川道弥   林 志直 甲斐明美 住友眞佐美
東京女子医科大学東医療センター小児科  
 鈴木葉子 志田洋子
日本医科大学小児科 板橋寿和
国立感染症研究所感染症疫学センター 多屋馨子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan