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<速報>2013/14シーズンに札幌市で検出された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス

(掲載日 2014/1/6)

 

2013/14シーズン当初の日本国内におけるインフルエンザウイルスの検出は、A(H3N2)の割合が最も多く、次いでA(H1N1)pdm09、B型ウイルスの順となっている。札幌市では12月27日までにA(H3N2)ウイルス13株、A(H1N1)pdm09ウイルス5株、B型ウイルス1株が分離されている。A(H1N1)pdm09ウイルスの抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスにおいて、札幌市で検出されたA(H1N1)pdm09ウイルスがいずれもNA蛋白にH275Y耐性変異をもち、オセルタミビル(商品名タミフル)およびペラミビル(商品名ラピアクタ)に耐性を示すことが確認されたので報告する1)

日本国内におけるインフルエンザウイルスの抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスは、国立感染症研究所(感染研)と全国の地方衛生研究所が共同で実施している。2013/14シーズンに札幌市の患者から分離されたA(H1N1)pdm09ウイルス5株について、札幌市衛生研究所において遺伝子解析による薬剤耐性マーカーの1次スクリーニングを行ったところ、5株すべてがH275Y変異をもつことが明らかになった。そこで、引き続き感染研においてオセルタミビル、ペラミビル、ザナミビル(商品名リレンザ)およびラニナミビル(商品名イナビル)に対する薬剤感受性試験を実施した。その結果、H275Y変異をもつ5株はいずれもオセルタミビルおよびペラミビルに対して耐性を示すことが確認された。一方、ザナミビルおよびラニナミビルに対しては感受性を保持していた。

一方、11月中旬に札幌市内の病院で、健康成人の重症インフルエンザ症例の発生があり、国立病院機構仙台医療センターでの患者臨床検体の検査によってA(H1N1)pdm09ウイルスの遺伝子が検出された2)http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4216-pr4073.html 参照)。そこで、このウイルスRNAについて、感染研において遺伝子塩基配列の解析を行った結果、札幌市衛生研究所で分離された5株と同様にH275Y変異をもつことが明らかになった。

2013/14シーズンに札幌市で検出されたオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルス計6株は、4例が10歳以下の小児、2例が成人から検出された。いずれも散発例であり、各々の患者の間での直接の感染伝播は無かったと判断された。しかし、6株のウイルスのHA遺伝子およびNA遺伝子の塩基配列はほぼ同じであり、同一の耐性ウイルスが札幌市内で伝播されている可能性が高い。6名の患者は検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、薬剤により患者の体内で耐性ウイルスが選択された可能性は否定される。日本国内における薬剤未投与例からの耐性ウイルスの検出率はシーズンごとに増加傾向にあり、海外の状況も同様である3)。一方、札幌市以外の北海道内においては、今シーズンにこれまで検出されている9検体のすべてはA(H3N2)ウイルスであり、A(H1N1)pdm09ウイルスは検出されていない。

米国においては、2013/14シーズン(第51週まで)に768株のA(H1N1)pdm09ウイルスが解析され、10株(1.3%)のオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスが検出されている4)。その大半は、ルイジアナ州で検出されており、ルイジアナ州におけるA(H1N1)pdm09耐性ウイルスの検出率は57%となっている。また、ルイジアナ州および隣接するミシシッピ州で検出された5株のオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスのうち、少なくとも4例は薬剤未投与例であったことが確認されている。遺伝子配列からは、札幌市の耐性ウイルスはルイジアナ州の耐性ウイルスとは区別される。

2007/08シーズンヨーロッパで出現したオセルタミビル耐性のソ連型A(H1N1)ウイルスは、2008/09シーズンには世界中に拡がり、日本でも耐性株がほぼ100%を占めて大きな問題となった。一般に、H275Y変異をもつオセルタミビル耐性ウイルスは、野生型の感受性ウイルスに比べてウイルスの安定性・適応性が低く、伝播・生存には不利だと考えられてきた。しかし、世界中に拡がったオセルタミビル耐性ソ連型A(H1N1)ウイルスのNA蛋白には、H275Y変異に加えて、新たにR222QとV234Mの2つの変異が起こっており、さらにHA蛋白にはT82K、K141EおよびR189Kの3つの変異が加わっていた。その結果、ウイルスの安定性や適応性が保持されて、野生株である感受性ウイルスを凌駕する結果になったと考えられている5,6)。一方、A(H1N1)pdm09ウイルスについては、NA蛋白のV241I、N369KおよびN386Sの3つの変異がH275Y変異ウイルスの安定化に寄与することが報告されている7)。今シーズンにおける米国ルイジアナ州の耐性ウイルスは、この3つの変異のうちV241IおよびN369Kの2つのみもっていた。これに対して、札幌市の耐性ウイルス6株のすべては、V241IとN369Kの2つに加えて、N386K変異をもっていた。386番目のアミノ酸のKがSと同様にH275Y変異ウイルスの安定化に寄与するかどうかは現時点では不明であるが、その可能性は否定できない。

NA蛋白にH275Y変異をもつインフルエンザウイルスに関しては、オセルタミビルの臨床効果の低下が、特に小児において顕著に認められることが報告されている8,9,10)。また、ペラミビルの作用機序はオセルタミビルと同様であり、オセルタミビル耐性ウイルスはペラミビルに対して交叉耐性を示すことが報告されている11,12)。しかし、作用機序の異なるザナミビルとラニナミビルには交叉耐性を示さない。A(H1N1)pdm09ウイルスについては、日本国内で使用されている4種類の抗インフルエンザ薬のすべてに耐性を示す変異ウイルスは、これまでに1例も報告されていない。今回の札幌市の耐性ウイルスについても、オセルタミビルとペラミビルに対する感受性は500倍以上低下していたが、ザナミビルとラニナミビルに対する感受性は低下していなかった。地域における耐性ウイルスの検出状況を考慮し、臨床経過から薬剤耐性が疑われる場合には、交叉耐性を示さない薬剤を使用することを考慮すべきであろう。

オセルタミビル、ペラミビルおよびザナミビルは研究用試薬を購入し、ラニナミビルは第一三共株式会社から研究用に提供を受けた。

 

参考文献
1) Takashita E, et al., Euro Surveill 19: pii: 20666, 2014
2) 武井健太郎, 他,  http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4216-pr4073.html
3) Takashita E, et al., Influenza Other Respir Viruses 7: 1390-1399, 2013
4) US CDC, FluView 2013-2014 Influenza Season Week 51 ending December 21, 2013
5) Bloom JD, et al., Science 328: 1272-1275, 2010
6) Ginting TE, et al., J Virol 86: 121-127, 2012
7) Hurt AC, et al., J Infect Dis 206: 148-157, 2012
8) Kawai N, et al., J Infect 59: 207-212, 2009
9) Kawai N, et al., Clin Infect Dis 49: 1828-1835, 2009
10) Saito R, et al., Pediatr Infect Dis J 29: 898-904, 2010
11) Baum EZ, et al., Antiviral Res 59: 13-22, 2003
12) Baz M, et al., Antiviral Res 74: 159-162, 2007

 

国立感染症研究所 インフルエンザウイルス研究センター  
  高下恵美 江島美穂 伊東玲子 三浦 舞 小田切孝人 田代眞人
札幌市衛生研究所 保健科学課 微生物係
  大西麻実
札幌市保健所 感染症総合対策課 感染症総合対策係
  川西稔展
国立病院機構仙台医療センター 臨床研究部 ウイルスセンター
  西村秀一

国立感染症研究所・感染症情報センターには地方衛生研究所(地研)から「病原体個票」が報告されている。これには感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体の情報が含まれる(参考図)。
国立感染症研究所感染症疫学センター 病原微生物検出情報事務局

 

 

※PDF版よりピックアップして掲載しています。

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インフルエンザ抗体保有状況 -2013年速報第3報- (2013年12月27日現在)

はじめに
 感染症流行予測調査事業における「インフルエンザ感受性調査」は,毎年,インフルエンザの本格的な流行が始まる前に,インフルエンザに対する国民の抗体保有状況(免疫状況)を把握し,抗体保有率が低い年齢層に対するワクチン接種の注意喚起ならびに今後のインフルエンザ対策における資料とすることを目的として実施している。
 わが国で使われているインフルエンザワクチン(3価ワクチン)は,A(H1N1)亜型,A(H3N2)亜型,B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのインフルエンザウイルスがワクチン株として用いられているが,インフルエンザ感受性調査では,これら3つのワクチン株に加え,ワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスについて抗体保有状況の検討を行っている。
 本速報では,2013年度の調査によるインフルエンザに対する年齢群別抗体保有状況について掲載する。

1. 調査対象および方法
 2013年度の調査は,25都道府県から各198名,合計4,950名を対象として実施された。インフルエンザウイルスに対する抗体価の測定は,健常者から採取された血液(血清)を用いて,調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により行われた。採血時期は原則として2013年7~9月(例年のインフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また,HI法に用いたインフルエンザウイルス(調査株)は以下の4つであり,このうちa)~c)は今シーズン(2013/14シーズン)のワクチン株,d)はワクチン株と別系統のB型インフルエンザウイルスである。
a) A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
b) A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]
c) B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]
d) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]

2. 調査結果
 2013年12月27日現在,北海道,山形県,福島県,栃木県,千葉県,東京都,神奈川県,新潟県,富山県,石川県,福井県,長野県,静岡県,三重県,京都府,山口県,愛媛県,高知県,佐賀県,熊本県,宮崎県の21都道府県から合計5,697名の対象者についての結果が報告された。5歳ごとの年齢群別対象者数は,0-4歳群:707名,5-9歳群:446名,10-14歳群:463名,15-19歳群:463名,20-24歳群:412名,25-29歳群:465名,30-34歳群:410名,35-39歳群:446名,40-44歳群:433名,45-49歳群:362名,50-54歳群:378名,55-59歳群:314名,60-64歳群:240名,65-69歳群:95名,70歳以上群:63名であった。
 なお,本速報における抗体保有率とは,感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上の抗体保有率を示し,抗体保有率が60%以上を「高い」,40%以上60%未満を「比較的高い」,25%以上40%未満を「中程度」,10%以上25%未満を「比較的低い」,5%以上10%未満を「低い」,5%未満を「きわめて低い」と表す。

【年齢群別抗体保有状況】
A/California(カリフォルニア)/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
:図1上段
 本ウイルスは2009年に世界的大流行(パンデミック)を起こしたインフルエンザウイルスである。2009/10シーズンは本ウイルスを用いた単価ワクチンが製造され,従来の3価ワクチンとは別に接種が行われたが,2010/11シーズン以降は4シーズン続けてワクチン株の1つとして選定されている。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,10~24歳の各年齢群で60%以上と高く,特に15-19歳群では80%以上を示した。また,5-9歳群および25~54歳の各年齢群では概ね40%以上と比較的高かったが,それ以外の年齢群は中程度以下の抗体保有率であり,特に0-4歳群では25%未満であった。全体では48%と調査株中2番目に高かった。

A/Texas(テキサス)/50/2012 [A(H3N2)亜型]:図1下段
 本ウイルスは今シーズンのワクチン株の1つとして選定されたウイルスであり,前シーズン(2012/13シーズン)のワクチン株であったA/Victoria(ビクトリア)/361/2011から変更となった。
 本ウイルスに対する全体の抗体保有率は調査株最も高い50%であった。年齢群別の抗体保有率は5~19歳の各年齢群で60%以上と高く,10-14歳群で最も高かった。また,0-4歳群と60-64歳群では中程度であったが,それ以外の年齢群では比較的高い抗体保有率であった。

B/Massachusetts(マサチューセッツ)/02/2012 [B型(山形系統)]:図2上段
 今シーズンのB型のワクチン株は前シーズンに続き山形系統が選定されたが,本ウイルスは前シーズンのワクチン株であったB/Wisconsin(ウィスコンシン)/1/2010から変更となったウイルスである。
 本ウイルスに対する抗体保有率は,20-24歳群をピークに15~29歳の各年齢群で60%以上と高かった。また,10-14歳群および30~54歳の各年齢群では概ね比較的高い抗体保有率であったが,それ以外の年齢群は中程度以下であり,中でも0-4歳群,5-9歳群,65-69歳群は25%未満の抗体保有率であった。全体の抗体保有率は42%であった。

B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]:図2下段
 本ウイルスは2009/10~2011/12シーズンまで3シーズン連続してワクチン株に選ばれたウイルスであり,本年度調査におけるビクトリア系統の代表として用いた。
 本ウイルスに対する抗体保有率は35-39歳群で最も高く,他の調査株における年齢分布の傾向と異なっていた。また,0-4歳群で比較的低かった以外は,ほとんどの年齢群で比較的高い抗体保有率であり,年齢群による差は他の調査株と比較して小さかった。全体の抗体保有率は42%であり,上記ワクチン株に選定された3株とほぼ同等であった。


図1


図2

コメント
 病原微生物検出情報におけるインフルエンザウイルス分離・検出状況(2013年12月27日現在)によると,今シーズンは2013年第36~51週にA(H1)pdm09亜型64件,A(H3)亜型151件,B型56件(ビクトリア系統31件,山形系統13件,系統不明12件)の報告があり,現時点ではA(H3)亜型の分離・検出報告数が多い1)。また,感染症発生動向調査によるインフルエンザの定点あたり患者報告数は,2013年第51週(12月16日~22日)の速報値で1.39であり2),全国的な流行開始の指標となる1週間あたり1.0の報告数を超えた。本調査で抗体保有率が低かった年齢層においては,ワクチン接種等の予防対策を行うことが望まれる。

1)病原微生物検出情報‐インフルエンザウイルス分離・検出速報 2013/14シーズン
2)感染症発生動向調査‐インフルエンザ流行レベルマップ 2013年第51週(2013年12月25日現在)

国立感染症研究所 感染症疫学センター/インフルエンザウイルス研究センター

 

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