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HHV6と複数種のピコルナウイルスが検出された1歳9カ月の男児における急性脳症事例

(IASR Vol. 35 p. 50-51: 2014年2月号)

 

急性脳炎は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」における全数把握5類感染症である。2007年4月の法改正後、急性脳炎としての届出の対象は炎症所見が明らかでなくとも、同様の症状を呈する脳症も含まれるようになった。2007~2010年に急性脳炎(脳症)の症例983事例を調査した研究において、先行する感染症から検出された病原ウイルス上位3種類はインフルエンザ:263症例、ヒトヘルペスウイルス6(HHV6):168症例、ロタウイルス:40症例であり、低頻度でRSウイルス(RSV):17症例、アデノウイルス:7症例、ヒトパレコウイルス(HPeV):2症例などが検出された。ウイルスの重感染(HHV6/RSV)およびウイルスと細菌の重感染(ロタウイルス/カピロバクター)は合わせて5症例(0.5%)報告されているものの報告数は非常に少ない。また、約4割の症例からは病原体が検出されていない1)。今回、急性脳症と診断された患児の検体からHHV6、エンテロウイルス68型(EV68)、HPeV1型およびコクサッキーウイルスA6(CA6)が検出された。また、その家族において患児から検出されたウイルスを含む複数種のピコルナウイルスが検出されたので報告する。

患児は1歳9カ月の男児。当初発熱(38.4℃)および活気不良のため、近医(耳鼻咽喉科医院)を受診し、突発性発疹が疑われた。診察中、けいれんが出現したため救急搬送された。救急搬入時、発熱(39.3℃)を伴うけいれん重積状態で、その後も意識障害が遷延したため急性脳症と診断された。咽頭ぬぐい液および糞便検体に対してはロタウイルス、アデノウイルスおよびRSVの簡易検査が実施され、全血に対してはHHV6の検索が民間検査会社に依頼された。また、家族において感冒様症状の発生が認められたため、エンテロウイルス(EV)感染症等も疑い、大阪府立公衆衛生研究所に病原体検索が依頼された。

民間検査会社の検査により、全血から低コピー(3×102コピー/ml)のHHV6が検出された。ロタウイルス、アデノウイルスおよびRSVの簡易検査の結果はすべて陰性であった。当所には髄液、血清、咽頭ぬぐい液および糞便が検体として提出された。EVに対する遺伝子解析2)を実施した結果、咽頭ぬぐい液および糞便検体からEV68が検出された。また、RD-A、Vero E6、FL、LLC-MK2、Caco-2およびHEp-2細胞で病原体分離を試みたところ、糞便検体を接種したRD-A細胞にCPE(細胞変性効果)が観察された。培養上清に対する遺伝子検索の結果、EVは陰性であったが、EVに類似したCPEを示すことがしられるHPeV1型3)が検出された。そこで、HPeVを標的としたrealtime RT-PCR4)を実施したところ、咽頭ぬぐい液検体からもHPeV遺伝子が検出された。2013シーズン、大阪府では手足口病およびヘルパンギーナの患者からEV71およびCA6が多数検出されていた。特にCA6は培養細胞よりも哺乳マウスでの分離効率が高いため、糞便検体を哺乳マウスに接種したところ、CA6が分離された。髄液検体からHHV6、HHV75)およびHPeVの遺伝子検出を試みたが、いずれも陰性であった。なお、追加で搬入された血清からは、EVおよびHPeVのいずれも検出されなかった。

患児が急性脳症を発症した2013年9月上旬に先行して、母親がその4日前から感冒様症状を呈していた。患児発症の前日から父親にも発熱を伴う感冒様症状が出現し、3歳4カ月の姉も患児と同日から発熱を伴わない感冒様症状を呈していた(図1)。家族全員から咽頭ぬぐい液および糞便検体を採取し、上述の方法で病原体検索を実施した。遺伝子検索の結果、家族内で初発患者と思われる母親の糞便検体からEV68が検出された。また、姉の咽頭ぬぐい液からはライノウイルスおよびHPeV、糞便検体からはエコーウイルス18型(Echo18)およびHPeVが検出された。しかし、父親の検体はすべて陰性であった。家族からの検体に対する培養細胞によるウイルス分離培養結果はすべて陰性であった。なお、家族それぞれから検出されたウイルスと検出方法を表1に示す。

HHV6は主要な脳炎(脳症)の原因ウイルスである。しかし、本症例では血液から検出されたHHV6のDNAコピー数は低く、髄液からは検出されなかった。一方、少数ではあるがEV68、HPeVおよびCA6も脳炎(脳症)患者から検出された報告がNESIDに登録されている。血液からHHV6が検出されているとはいえ、全血からであることから、細胞分画にウイルスが潜伏していた可能性も考えられる。しかし、臨床的には急性脳症の発症に先行して、突発性発疹と診断されていることから、HHV6が原因であった可能性は否定できない。本事例では、複数のピコルナウイルスの感染が確認されており、そのことが病態に関与していた可能性も十分に考えらる。急性脳症の患児に複数のウイルスが重感染する報告は極めて稀である。この報告が可能になったのは、医師による詳細な家族歴の聴取と地方衛生研究所との密な情報交換、培養細胞および哺乳マウスでのウイルス分離培養を実施した成果である。原因病原体が不明であることが多い脳炎(脳症)の原因を検索する際には、地域の感染症流行状況から総合的に検索する対象を絞り込む必要があると考えられた。また、多種の細胞株で病原体の分離培養を試みること、場合によっては哺乳マウスによる分離培養を実施することも病原体検索に効果的であると思われた。

 

参考文献
1) Saito Y, et al., Brain & Development 34: 337-343, 2012
2) 石古 博昭, 他, 臨床とウイルス27: 283-293, 1999
3) Pham NTK, et al., J Clin Microbiol 48: 115-119, 2010
4) Nix WA, et al., J Clin Microbiol 46: 2519-2524, 2008
5) 病原体検出マニュアル「突発性発しん」

 

大阪府立公衆衛生研究所感染症部ウイルス課  
 中田恵子 山崎謙治 駒野 淳 加瀬哲男     
市立枚方市民病院小児科  
 桝田 翠 茂原聖史 大場千鶴 村田真野 柏木 充

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風疹と先天性風しん症候群の排除、2000~2012年

(IASR Vol. 35 p. 52: 2014年2月号)

 

2012年12月までに、WHO加盟194カ国のうち計132カ国(68%)が風疹含有ワクチン(RCV)を導入した。RCVを定期予防接種スケジュールに取り入れている国が全世界人口に占める割合は、2000年の31%から2012年には59%に増加し、RCVを接種した乳幼児の割合は、2000年の22%から2012年の43%へ増加した。RCVを導入した132カ国のうち、124カ国(94%)が初回RCV接種を初回麻しん含有ワクチンと同時に接種しており、8カ国(6%)が2回目の麻疹含有ワクチンと同時に接種している。RCVは11%の国で麻疹ワクチンと合わせて接種されており、89%の国では麻疹と流行性耳下腺炎(水痘ワクチンも含む場合有り)と合わせて接種されている。

2012年には、ヨーロッパ地域(EUR)(30,536例)と西太平洋地域(WPR)(44,275例)で他地域(19,219例)より多くの症例が報告された。この年には2,000例を超える風疹アウトブレイクがルーマニア、日本、ポーランドで報告された。これらの国では、確立した風疹対策プログラムがあったが、プログラム開始初期のRCV導入を女性への接種に焦点を絞っていた。アメリカ地域(AMR)では、2009年に最後の土着株症例と先天性風疹症候群(CRS)が報告され、現在風疹とCRSの排除を維持している。EURでは、2012年には風疹症例数が30,536となり、2000年の621,039から95%減少したが、2011年と比べると増加した。

EURとWPRでの風疹流行から、対策が進んでいる地域でも大規模な流行の危険があることを示している。女性と子供を対象にしたワクチン接種政策を開始すると、風疹の流行を抑えるものの、男性という感受性を持つ大きな集団が取り残されてしまう。この結果、男性での流行の危険性が高くなり、ワクチン未接種妊婦への感染の危険性が高まってしまう。2012年の麻疹含有ワクチンの接種率とRCV接種率との差(83% vs 43%)は麻疹と風疹対策の統合が進んでいないことを示している。風疹対策は次の段階に入ってきており、各国は風疹予防接種対策の導入と強化、風疹とCRS症例のサーベイランス強化に努めるべきである。

 

(CDC, MMWR 62(48): 983-986, 2013) 

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パキスタンにおけるポリオ根絶へ向けた現状、2012年1月~2013年9月

(IASR Vol. 35 p. 52: 2014年2月号)

 

ポリオ常在国3カ国の一つであるパキスタンでは、野生株ポリオウイルス(WPV)感染症例は、2011年198例、2012年58例、2013年は1~9月に52例と減少した。しかし、2012年1月以降のWPV感染症例110例のうち、92例(84%)は紛争地域である連邦直轄部族地域(FATA)およびカイバル・パクトゥンクワ(KP)州で発生しており、報告は年々これらの地域に集中してきている。WPV感染症例110例のうち96例(87%)は36カ月未満で、45例(41%)は経口ポリオワクチン(OPV)未接種、16例(15%)は3回以下の接種で、4回以上接種者は45例(41%)のみであった。2013年1~9月のWPV感染症例52例からはすべて1型ポリオウイルスが分離された。また、伝播型ワクチン由来ポリオウイルス[cVDPV、OPVの接種率が不十分な地域で出現する伝播型ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)]は2012年1月以降52例が報告されている。本事例におけるcVDPVは2型であった。cVDPVは2012年にバロチスタン州から14例報告された後、国内の他地域に広がり、2013年にはFATAで30例規模の流行を起こし、この流行は現在もまだ続いている。このcVDPV 52例のうち、47例(90%)は36カ月未満で、26例(50%)はOPV未接種、4回以上のOPV接種者は17例(33%)のみであった。WPV3型は、2011年に2例、2012年にFATAから3例報告されたが、2012年4月を最後に報告はない。急性弛緩性麻痺(AFP)症例のうち適切な便検体が採取された症例の割合はパキスタン全体で89%、FATAは73%、KP州は85%、15歳未満の10万人あたりの非ポリオAFP(NPAFP)率はパキスタン全体で6.3、FATAは7.9、KP州は9.1であった(AFPサーベイランスは、適切な便検体が採取される割合が80%以上であることと、NPAFP率が1.0以上であることを基準に評価される)。

2012年の国内の1歳未満の乳児への3回の経口ポリオワクチン(OPV3)の接種率は89%であったが、2012年のNPAFP率の結果からは、接種率はもっと低いものと考えられる。月齢6~23カ月のNPAFP症例におけるワクチン接種率はパキスタン全体で65%、バロチスタン州で28%、FATAで38%、KP州で57%であった。2012年1月~2013年9月に、5歳未満の子供を対象に、全国的な補足的ワクチン接種活動(SIAs)が7回、地域のSIAsが9回実施された。しかし、2012年1~7月までの対象者のうち、15%(約17万人)は主にFATA居住者であるなどからSIAsが行えなかった。SIAsが行えなかった対象者の数は2013年には33~35%(37万7千人~40万人)へと増加した。これは、地方政府のワクチン接種禁止令(南北ワジリスタン)およびポリオ接種従事者への攻撃(2012年7月以降22人のポリオ対策従事者と4人の警官がFATA、KP州、カラチでの活動中に死亡)が原因である。

最近のイスラエルやシリアでのポリオ流行のウイルス株は2012年のパキスタンの株と遺伝的に関連していた。このことは、パキスタンの紛争地域はパキスタン国内のみならず、全世界的なポリオ根絶計画への大いなる脅威となっていることを示している。パキスタンでのポリオ流行を止めるためには、人道的、宗教的、そして政府の関与によるさらなる努力が必要である。

 

(WHO, WER, 88(47): 501-508, 2013)

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今インフルエンザシーズンの初めに経験したA(H1)pdm09亜型ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎症例について―札幌

(IASR Vol. 35 p. 41-42: 2014年2月号)

 

我々は、インフルエンザ流行期のごく初期である2013年11月中旬に、本邦ではここ2インフルエンザシーズンほど影を潜めていたA(H1)pdm09亜型ウイルスが原因と思われる健康成人の重症インフルエンザ症例を経験したので報告する。

症 例: 患者は39歳の女性で、HIVを含め免疫不全はなく、10年前に弁膜症の治療を受けているものの、日常生活上の健康問題はほとんどなかった。2013年11月上旬から37℃台の微熱を伴う乾性咳漱があり、同月16日、38.0℃の発熱と呼吸困難のために札幌のA病院を訪れた。当初咳喘息が疑われ入院し、19日胸部レントゲンとCT検査で両側の間質性肺炎像が認められ、鼻腔ぬぐい液を用いた迅速検査でA型インフルエンザ抗原が陽性となった患者である。その後低酸素血症が確認され急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態に陥り、ICUで挿管管理下に置かれた。

12月に入って喀痰からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため、細菌性肺炎としての治療も開始されており、報告日(12月13日)現在、多臓器不全の傾向にある。

ウイルス学的検査成績と診断と抗ウイルス治療: 入院後9日目に採取された気管吸引喀痰と11日目に採取された咽頭ぬぐい液についてウイルス分離とLamp法によるウイルス遺伝子検出を行ったところ、前者からLamp法でA(H1)pdm09ウイルス遺伝子が検出された。また、11月20日と12月2日に採取されたペア血清について市販の抗原(デンカ生研)を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験を行ったところ、A/California/07/2009(H1N1pdm09)ウイルス抗原に対して急性期HI価1:10のところ、2週間後の血清で1:320と大きな上昇が認められた。一方、A/Texas/50/2012 (H3N2)、B/Massachusetts/2/2012(山形系統)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)に対してはすべて1:20 となり、A(H1)pdm09ウイルスによる感染があったことが血清学的にも支持された。なお本症例の診断上、先行する間質性肺炎・肺線維症などの基礎疾患は除外されていることから、同ウイルス感染による重症肺炎と診断される。

インフルエンザが強く疑われ始めた19日(発症3日後)から、ウイルスに対する特異的治療としてラピアクタ300mg/日、タミフル150mg/日がそれぞれ11月28、30日まで投与されたが、症状の改善には至らなかった。

考 察: 札幌地域では2013年11月4日採取の試料からA(H3) 亜型ウイルスが分離されているものの、その後は11月15日採取の試料からA(H1)pdm09亜型ウイルスが今シーズン初分離されているが1)、本症例はそれとほぼ同時期、流行のごく初期に出現した重症インフルエンザといえる。

本疾患の原因となったと思われるA(H1)pdm09亜型ウイルスは、2009~2010年にかけて大流行した。初期には健康成人にも多くの肺炎が報告されたが2)、その後二次感染による重症化も報告されている3)。本症例はこれらの報告を髣髴とさせるものであった。その後本邦では、同ウイルスはごく少数しか分離されていない4)。しかしながら、世界的にみると、一昨年あたりから分離ウイルスの中で大きな割合を占めるようになってきており5)、今後わが国でも再び警戒しておく必要があろう。その観点で、患者は職員が海外と行き来のある旅行関連の会社に勤務しており、今回の原因ウイルスが海外から持ち込まれた可能性もある。一方、同ウイルスがすでに水面下で地域流行していて感染した可能性も否定できない。

本症例はA病院にとって今シーズン最初のインフルエンザ症例であり、当初は喘息との判断で一般病棟に入院している。迅速検査で感染が疑われた後で隣のベッドの患者1名、病棟看護師数名がインフルエンザを発症し迅速診断陽性となり、一時病棟での感染拡大が疑われる事態となった。重症化した二次感染例は出ず無事収束したものの、ほとんど準備のできていない状態での突然のインフルエンザの出現は、医療現場に大きな動揺をもたらす出来事であり、日常的な感染対策の重要性が改めて認識させられた。

 

参考文献
1) 札幌市衛生研究所, 札幌市における主な感染症の発生動向、インフルエンザ第48週 
http://www.city.sapporo.jp/eiken/infect/trend/graph/l501.html
2) Chowell G, et al., N Eng J Med 361: 674-679, 2009
3) CDC, MMWR 58: 1071-1074, 2009
4)  IASR 33: 285-294, 2012 
5) Influenza update, WHO,
http://www.who.int/influenza/surveillance_monitoring/updates/2013_12_09_surveillance_update_200.pdf

 

手稲渓仁会病院  
  武井健太郎 水戸陽貴 岸田直樹 芹澤良幹
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター  
  伊藤洋子 大宮 卓 西村秀一

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フランス領ポリネシア・ボラボラ島帰国後にZika feverと診断された日本人旅行者の2例

(IASR Vol. 35 p. 45-46: 2014年2月号)

 

フランス領ポリネシアのボラボラ島に渡航した後、Zika熱(Zika fever)と診断された輸入症例2例を報告する。今回の2症例は本邦で初めてZika feverと診断された症例である。

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家族内感染が疑われたオセルタミビル投与前の小児患者から分離された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス―三重県

(IASR Vol. 35 p. 43-45: 2014年2月号)

 

2013/14シーズン、国内で分離されたA(H1N1)pdm09ウイルスの抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスにおいて、31株中6株(19%)がオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスであった1)(2014年1月6日現在)。

これらの抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルスのうち5株は、2013年11月および12月に札幌市で発生した散発事例2)である。今回、本県において2013年12月に札幌市に滞在していた抗インフルエンザ薬の投与歴のない患児より、抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルスが分離されたので報告する。

本県では、2013年9月3株、12月下旬1株、2014年1月上旬に3株の計7株のA(H1N1)pdm09ウイルスが分離された(2014年1月14日現在)3)表1)。これらの7株についてNA遺伝子を対象とした遺伝子塩基配列の解析およびTaqMan RT-PCR法の2法を用いた275位のアミノ酸におけるヒスチジン(H)からチロシン(Y)への置換(H275Y耐性変異)のスクリーニングを実施した。

H275Y耐性変異のスクリーニング
H275Y耐性変異の検出には臨床検体およびMDCK細胞により分離したA(H1N1)pdm09ウイルス株から抽出したRNAを用いた。

NA遺伝子塩基配列の解析により7株のうち1株(A/Mie/27/2013)が、臨床検体およびMDCK細胞分離株ともにH275Y耐性変異を有することが判明した。さらにA/Mie/27/2013株を用いたTaqMan RT-PCR法による解析からも同様の結果(耐性株)を得た。

なお、A/Mie/27/2013(耐性株)のNA蛋白は、札幌市の耐性ウイルス株と同様2)にV241I、N369K、N386Kの変異を有していた。

ノイラミニダーゼ(NA)阻害薬に対する感受性試験
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターで実施されたA/Mie/27/2013(耐性株)のNA阻害薬に対する感受性試験では、オセルタミビル、ペラミビル、ザナミビル、ラニナミビルに対するIC50値は364.80nM、16.52nM、0.18nM、0.93nMで、感受性参照株と比較してオセルタミビルおよびペラミビルに対する感受性が著しく低下していたが、ザナミビルおよびラニナミビルに対しては感受性を保持していた。

HA遺伝子系統樹解析
今シーズンに本県で分離された7株中6株のA(H1N1)pdm09ウイルスについてHA遺伝子系統樹解析を実施した。これらの株はすべて、HAタンパク質にD97N、S185Tのアミノ酸置換を持つクレード6に分類された(図1)。

A/Mie/27/2013(耐性株)は、2013/14シーズン初期(2013年9月)にインドネシアへ渡航歴のある患者から分離された株(A/Mie/22/2013株、A/Mie/23/2013株)4)とのHAアミノ酸と比較すると、3カ所(アミノ酸番号:15、269、283)が異なっていた。

H275Y耐性変異株が分離された罹患者の疫学情報
本事例の患児は、オランダから帰国後、2013年12月20~24日まで札幌市に滞在していた。その後、三重県へ帰省し、同年12月25日に亀山市のインフルエンザ定点医療機関(小児科)を受診した。検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与は受けておらず、薬剤により患児の体内で耐性ウイルスが選択的に発生した可能性は否定される。 

また、患児がインフルエンザ症状を発症する前に、父母に発熱症状が確認されていた。父親についての詳細な検査情報はないが、母親は患児が発症する前日に医療機関を受診し、インフルエンザ迅速診断キットによりA型インフルエンザと診断されたがA(H1N1)pdm09ウイルスへの罹患の有無は検査には至っておらず不明ではあるが、家族内感染の可能性が考えられた事例だと思われた。なお、母親にはザナミビルが処方されていた。その後、本患児は受診しておらず、予後および感染拡大等の詳細は不明である。

2013年11月には、A(H1N1)pdm09ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎の症例報告5)がされており、特に2009年の流行時に重症化となる傾向がみられたハイリスクグループ(基礎疾患、乳幼児、妊婦等)への感染6)には注視する必要があると思われる。本事例は、札幌市で耐性株がまとまって検出された時期に患者家族が札幌市に滞在していたことと、遺伝子配列が札幌市の耐性株と全く同じであったことから、札幌で耐性株に感染し、三重県に持ち帰ったケースと考えられる。今後、国内でのA(H1N1)pdm09ウイルスの流行動向および抗インフルエンザ薬耐性株の出現状況を注意深くモニタリングし、医療機関における投与薬剤の選択戦略を検討するための情報提供をしていきたいと考えている。

謝辞:本報告を行うにあたり、NA阻害薬に対する感受性試験の実施および貴重なご意見をいただきました国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センターの高下恵美先生、藤崎誠一郎先生、小田切孝人先生、田代眞人先生にお礼申し上げます。

 

参考文献
1) 国立感染症研究所, 抗インフルエンザ耐性株サーベイランス
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2068-flu/flu-dr/
2) 高下恵美,他, IASR 35: 42-43, 2014
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4232-pr4081.html
3) 三重県感染症情報センター, 2013/14シーズンのインフルエンザウイルス分離・検出状況   http://www.kenkou.pref.mie.jp/topic/influ/bunri/bunrihyou1314.htm
4) 矢野拓弥,他, IASR 34: 343-345,2013  
http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2257-related-articles/related-articles-405/3989-pr4051.html
5) 武井健太郎,他, IASR 35: 41-42, 2014 
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4216-pr4073.html
6) 熊野浩太郎,臨床とウイルス38(1): 106-120,2010

 

三重県保健環境研究所   
 矢野拓弥 前田千恵 赤地重宏 山寺基子 松野由香里 永井佑樹
 小林章人 楠原 一  小林隆司 福田美和 中川由美子 高橋裕明
 奈良谷性子 山内昭則 天野秀臣 西中隆道  
鈴鹿保健所 太田茂治 坂井温子  
落合小児科医院 落合 仁  
独立行政法人国立病院機構三重病院 庵原俊昭

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