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The Topic of This Month Vol.35 No.3(No.409)

ロタウイルス 2010~2013年

(IASR Vol. 35 p. 63-64: 2014年3月号)

 

ロタウイルスはレオウイルス科に属する11分節の2本鎖RNAウイルスである。内殻蛋白の抗原性に基づいてA~G群に分類され、ヒトからはA~C群が検出される。ロタウイルスは乳幼児におけるウイルス性急性胃腸炎の主要な原因であり、ほとんどのヒトは5歳までに一度は感染すると考えられている(本号3ページ)。ロタウイルスは糞口感染により伝播し、1~4日の潜伏期を経て、下痢、嘔吐、発熱などの症状を引き起こす。特異的な治療法はなく、点滴や経口補液などの対症療法を行う。通常1週間程度で回復するが、他のウイルス性胃腸炎に比べると重度の脱水症状を呈することが多い。頻度の高い合併症として痙攣があり、痙攣が長時間続く場合は予後不良となり後遺症の危険性も高まる。他にも腎不全や肝機能障害などの合併症を認めることがあり、脳炎・脳症も稀にみられる。医療が充実した先進国ではロタウイルス感染症による死亡は稀だが、発展途上国では小児死亡の主要原因の一つであり、現在でも年間約45万人の子供が亡くなっているとされる(Lancet Infect Dis 12 : 136-141, 2012)。

感染性胃腸炎患者発生状況:ロタウイルス胃腸炎は、感染症法に基づく感染症発生動向調査において、全国約3,000の小児科定点から5類感染症として報告される「感染性胃腸炎」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-18.html)の中に、他の病原体による胃腸炎とともに含まれる。また、法施行規則改正により、2013年10月14日から「感染性胃腸炎(病原体がロタウイルスであるものに限る。)」として、全国約500の基幹定点医療機関からロタウイルス単独で届出がなされることとなった(2013年9月30日健感発0930第1号, 届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-39.html)。この措置によりロタウイルス胃腸炎(特に重症者)の実態把握がより容易になると思われる。

感染性胃腸炎の患者報告は、毎年11~12月にかけて急増し、2~5月にかけてなだらかなピークが見られ、それ以降減少している(図1)。ロタウイルス検出のピークは2~5月のピークと重なり、11~12月のピークはノロウイルス検出(https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data11j.pdf)のピークに重なる。

ロタウイルス検出状況:地方衛生研究所(地衛研)が病原体定点(小児科定点のうちの約10%)の胃腸炎患者から採取された便材料や集団発生例の調査などで採取された検体の病原体検査を行っている。2010~2013年の4年間に、60地衛研がA群を、8地衛研がC群を報告した。

ロタウイルス検出報告数は2005/06~2009/10シーズは700~800例前後であったが、2010/11シーズンに増加した(表1図2)。A群がそのほとんどを占め、C群の報告は少ない(2010/12シーズン以降は0.1~2.2%)。日本ではB群の報告はまだない。

A群ロタウイルス遺伝子型別:A群ロタウイルスは、ウイルス粒子の最外層を構成している2種類の中和抗原蛋白VP7およびVP4の遺伝子配列より、血清型を反映するG型とP型の型別がなされる。ヒトから検出されるロタウイルスの大部分は、G1P[8]、G2P[4]、G3P[8]、G4P[8]、G9P[8]の5種類である(本号4ページ)。わが国においては、現在、一部の地衛研でG型別検査を行い、報告している。(本号ページ)。

2010~2013 年にA群ロタウイルスが検出された3,302例の年齢分布は、1歳(38%)、0歳(16%)、2歳(16%)の順に多く、0~2歳で全体の7割を占める(年齢不詳を除く)(図3)。0歳児では月齢6カ月以上が多かった。この傾向はG1、G3、G9それぞれの遺伝子型に限った場合でも同様の傾向であった。G2型検出例は少ないが、1歳(28%)に次いで15歳以上の割合が多く(21%)、他の型とはやや異なる分布を示した。一方、C群が検出された27例では、5~9歳が最も多く(18例)、次いで10~14歳 (5例)であった。

合併症例:2010~2013年にロタウイルスが検出された症例のうち、脳炎・脳症22例、髄膜炎4例などの重症例の報告があった。腸重積症からのA群ロタウイルス検出も4例あった。

集団発生:ロタウイルス感染症の集団発生の場所の多くは保育所や幼稚園であるが、小学校、中学校、老人ホーム、福祉施設などでも集団発生がみられる(IASR 33: 13-14, 2012 & 33: 197-198, 2012  & 33: 271, 2012 & 34: 69-70, 2013 & 34: 264-265, 2013)(表2)。集団発生病原体票により地衛研から報告された2010~2013年のロタウイルスによる胃腸炎集団発生は、A群105事例、C群3事例であった(表2)。ほとんどの推定伝播経路は、ヒト-ヒト感染とされ、食品を介する食中毒[K3]事例はA群による2012年の2事例のみであった。また、5事例(A群4事例、C群1事例)は、患者数50人以上の集団発生(2011年4~5月2事例、2012年3~4月3事例)であった 。

予防:ロタウイルスは感染力が非常に強く、ウイルス粒子10~100個で感染が成立すると考えられている。感染者の下痢便1g中には1010 ~1011個ものウイルスが含まれ、衛生状態が改善されている先進国でもロタウイルスの感染予防はきわめて難しい。現在、単価(G1P[8])と5価(G1、G2、G3、G4、P[8])の2種類の経口弱毒生ロタウイルスワクチンがあり、重症化・合併症予防を目的として130カ国以上で導入され、既に53カ国で定期接種化されている(本号9ページ)。わが国でも、それぞれ2011年11月と2012年7月から任意接種が可能となっており、接種率は2012年7月時点で約35%、2013年4月時点で約45%と推定されている(本号11ページ)。

今後の課題:わが国においてもロタウイルスワクチンの定期接種化に向けた検討が進んでいる。海外における複数の研究結果から、重症のロタウイルス下痢症に対する予防効果は、経済的に豊かな国においては約90%とされている(予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会.ロタウイルスワクチン作業班中間報告書.2013年11月18日)。国内においてワクチンを導入した際の有効性や安全性を評価することが今後の主な課題であり、1)ワクチン導入前後のロタウイルス感染症の発生動向(特に重症例)の変化の把握、2)安全性に関して、日本に先だってワクチンを導入している国々から腸重積症の若干の発生頻度の上昇が指摘されているため、ワクチン導入前後の腸重積症の推移の注意深いモニタリング(本号12ページ)、3)ワクチンの選択圧による野生株のウイルス学的な変化について監視するための、国立感染症研究所と地衛研・大学等によるロタウイルスサーベイランス体制の整備検討、等が必要である。

 

特集関連情報

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重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの国内分布調査結果(第二報)

(IASR Vol. 35 p. 75-76: 2014年3月号)

 

マダニ媒介性の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、2013年1月に国内の患者が初めて確認された新興ウイルス感染症である。これまでに患者の発生した自治体は、九州・四国・中国・近畿地方の13県(兵庫、島根、岡山、広島、山口、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、宮崎及び鹿児島県)である。

SFTSウイルス(SFTSV)が分布する地域では、マダニとマダニに吸血される動物との間でSFTSVが循環・保持される仕組みが成立している。ヒトはSFTSVを保有するマダニに咬まれることで感染する。動物はSFTSVに感染しても発症しないが、感染すると抗体ができる。日本国内には、47種のマダニが生息する。SFTSVの国内分布状況を把握し、その自然界での生活環を明らかにすることは、 SFTS患者発生のリスクを評価し、効果的な感染予防対策を立てる上で非常に重要である。

2013年5月から開始された厚生労働科学研究「SFTSの制圧に向けた総合的研究(研究代表者 倉田 毅)」において、マダニからのSFTSV遺伝子検出法および動物のSFTSV抗体測定法が開発された。これらの検査法により、既に患者が発生している地域だけでなく、患者の発生のない地域も含めて、これまでに入手できたマダニや動物血清の検体を用いて調査を実施したところ、以下のことが明らかになった。

1)マダニについて:九州から北海道の26自治体において、植生マダニ(植物に付着し、動物やヒトを待ち構えているマダニ)とシカに付着しているマダニ(18種4,000匹以上)を調査したところ、複数のマダニ種(タカサゴキララマダニ、フタトゲチマダニ、キチマダニ、オオトゲチマダニ、ヒゲナガチマダニ等)から、SFTSV遺伝子が検出されたが、保有率は5~15%程度とマダニの種類により違いがあった。また、これらのSFTSV保有マダニは、既に患者が確認されている地域(宮崎、鹿児島、徳島、愛媛、高知、岡山、島根、山口、兵庫県)だけではなく、患者が報告されていない地域(三重、滋賀、京都、和歌山、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、栃木、群馬、岩手、宮城県、北海道)においても確認された。調査できたマダニ数が数匹と少なかったため、現時点では判断できなかった3自治体(福岡、熊本、福島県)を除くと、調査した全ての自治体でSFTSV遺伝子を持つマダニがみつかったことから、SFTSV保有マダニは調査していない自治体を含めて国内に広く分布していると考えられる。

2)動物のSFTSV抗体保有状況について:保存血清等を用いて調査した前回の調査[SFTSウイルスの国内分布調査結果(第一報)http://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/sfts-iasrs/3864-pr4043.html]に加えて、平成25年度にシカ(16自治体)、イヌ(2自治体)のSFTSV抗体調査を行った。その結果、シカでは、前回の調査と併せて検体が得られた地域(27自治体)のうち、17自治体(福岡、熊本、宮崎、鹿児島、島根、広島、山口、徳島、愛媛、三重、滋賀、京都、兵庫、和歌山、長野、静岡、宮城県)でSFTSV抗体陽性のシカが確認されたが、その他の10自治体(大分、高知、岐阜、山梨、栃木、群馬、千葉、岩手、福島県、北海道;ただし大分、高知、千葉、福島県は、それぞれ3、1、5、4頭しか調査されていない)では陽性のシカは今回の調査ではみつからなかった。また、シカにおける抗体陽性率は、0%(抗体陽性動物みつからず)から最大で90%と地域差が大きく(陽性シカがみつかった地域での平均は31%)、特にSFTS患者発生地域およびその近隣地域で抗体陽性率が高い傾向がみられた。イヌでは、検体が得られた地域(19自治体)のうち、九州(熊本、宮崎、鹿児島県)、四国(徳島、香川、愛媛、高知県)以外に、患者が報告されていない自治体(三重、富山、岐阜県)でも抗体保有動物が存在した。一方、9自治体(沖縄、長崎、広島、滋賀、愛知、静岡、長野、新潟県、北海道)では陽性のイヌはみつからなかった。

本病の発生が先に報告された中国では、SFTSVの主な媒介マダニはフタトゲチマダニとされ、また、ヤギ、ヒツジ、ウシ、イヌ等の動物がSFTSVの抗体を高率に保有していることから、フタトゲチマダニとこれらの動物との間でSFTSVの生活環ができていると考えられている。一方、日本では、少なくともフタトゲチマダニとタカサゴキララマダニがSFTSVを媒介すると考えられている。今回の調査結果から、これら2種のマダニ以外にもSFTSVを保有するマダニ(特にチマダニ属)が複数種存在することが分かった。今回の調査は、前回の調査[SFTSウイルスの国内分布調査結果(第一報)http://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/sfts-iasrs/3864-pr4043.html]をさらに拡大して実施されたものであり、より多くの地域を対象とした。未だ、マダニ、動物とも全国を網羅的に調査されてはいないが、SFTSV保有マダニは調査していない自治体を含めて国内に広く分布していると考えられる。

今後、研究班としては、各自治体や関係者の協力を得ながら、対象地域や検体採取地点、動物の種類・頭数を広げて調査を実施することにより、マダニと動物におけるSFTSVの生活環をより詳細に解明したい。

なお、今回の調査にあたって御協力をいただいた、大日本猟友会ならびに徳島県他多くの自治体関係者の皆様に深謝申し上げます。

 

国立感染症研究所 獣医科学部  
  森川 茂 宇田晶彦 木村昌伸 藤田 修 加来義浩 今岡浩一
同 昆虫医科学部 澤辺京子
同 細菌第一部 川端寛樹
同 ウイルス第一部 安藤秀二 西條政幸
山口大学共同獣医学部 前田 健 高野 愛
岐阜大学応用生物科学部 柳井徳磨
馬原アカリ医学研究所 藤田博己
福井大学医学部 高田伸弘
厚生労働省結核感染症課 中嶋建介 福島和子

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山形県で検出された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス

(IASR Vol. 35 p. 76-78: 2014年3月号)

 

2013/14シーズン開始以来、札幌市を中心に、抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルスの検出報告が続いている1-3)。山形県において、札幌市および三重県で検出された耐性ウイルスと同一由来と考えられる耐性ウイルスが検出されたので報告する。

日本国内における抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスは、全国の地方衛生研究所(地衛研)と国立感染症研究所(感染研)が共同で実施している。2013/14シーズンに山形県の患者から分離されたA(H1N1)pdm09ウイルス11株について、山形県衛生研究所において遺伝子解析による薬剤耐性マーカーの一次スクリーニングを行ったところ、11株のうち2株がNA蛋白にH275Y耐性変異をもつことが明らかになった。そこで、引き続き感染研においてオセルタミビル(商品名タミフル)、ペラミビル(商品名ラピアクタ)、ザナミビル(商品名リレンザ)およびラニナミビル(商品名イナビル)に対する薬剤感受性試験を行った。その結果、H275Y変異をもつ2株はいずれもオセルタミビルおよびペラミビルに対して耐性を示すことが確認された。一方、ザナミビルおよびラニナミビルに対しては感受性を保持していた。

山形県で検出された2株のオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスについて、NA遺伝子の塩基配列を2013/14シーズンに国内外で検出された耐性ウイルスと比較した結果を図1に示す。山形県で検出された耐性ウイルスは、国内の耐性ウイルスに特徴的なV241I、N369KおよびN386K変異をすべてもっており、札幌市および三重県で検出された耐性ウイルスと同一由来であると考えられる。

オセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスが検出された山形県の2名は同じ小学校に通っており、患者1は患者2の兄弟とクラスメートであった。2名の患者はいずれも検体採取前に抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、薬剤によって患者の体内で耐性ウイルスが選択された可能性は否定される。患者1は、発症1~2日前に関東地方のテーマパークを訪問していた。このテーマパークは海外からの訪問客も多く、患者1がこの訪問の際に抗インフルエンザ薬耐性のA(H1N1)pdm09ウイルスに感染した可能性も考えられる。なお、患者1、患者2ともにザナミビル(リレンザ)の服用により軽快し、家族内に発症者はいなかった。

山形県では2013/14シーズンには、2013年11月に2株、2014年1月に9株の合計11株のA(H1N1)pdm09ウイルスが検出されている。2株のオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスはいずれも2013年11月に検出された。2014年1月に検出されたウイルス9株は、すべての抗インフルエンザ薬に対して感受性を示し、2013年11月に検出されたオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスの地域流行は認められていない。

2013/14シーズンには、2014年第5週までに、国内で22株(7%)のオセルタミビル・ペラミビル耐性A(H1N1)pdm09ウイルスが報告されている。これらの耐性ウイルスは、ウイルスの安定化をもたらす変異を伴っている1,2)。2014年1月からはA(H1N1)pdm09が流行ウイルスの優位を占める傾向がみられることから、今後のインフルエンザの流行に伴って、耐性ウイルスの拡大も懸念される。米国ルイジアナ州および隣接するミシシッピ州においても、オセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスの報告が続いているが、国内の耐性ウイルスは、遺伝子配列から米国の耐性ウイルスとは区別される1,2)。一方、2014年1月中旬に中国から報告された2013/14シーズンのオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスの遺伝子配列から、国内の耐性ウイルスは中国株と共通の祖先に由来する可能性が示された(図1)。

国内で分離されたオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルスについて抗原性解析を行った結果、2013/14シーズンのワクチン株A/California/7/2009の抗原性と一致していることが明らかになった。したがって、今シーズンのワクチンは、オセルタミビル・ペラミビル耐性A(H1N1)pdm09ウイルスに対する有効性が期待される。

また、国内のオセルタミビル・ペラミビル耐性ウイルス感染患者の症状・病態は、札幌での重症の肺炎症例4)を除き、感受性ウイルス感染患者とは違いはないと報告されている。ウイルス遺伝子の解析では、2009年の(H1N1)2009パンデミックの際にヨーロッパの重症患者の一部で報告された、鳥型レセプターへの結合性を高めるようなHA遺伝子の変異(D222G、Q223Rなど)5-7) は起こっておらず、耐性ウイルスの病原性が増強している所見はない。

2014年1月28日に日本小児科学会インフルエンザ対策ワーキンググループにより2013/2014シーズンのインフルエンザ治療指針が示された8)。その中で、現時点での外来治療における対応として、「多くは自然軽快する疾患でもあり、抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない」とされている。また、NA蛋白にH275Y耐性変異をもつインフルエンザウイルスに関して、小児ではオセルタミビル投与群と非投与群の間で有熱期間に差がなかったという報告もある9)。日本国内の抗インフルエンザ薬耐性ウイルスの検出状況は地衛研と感染研により随時発表されている10)。抗インフルエンザ薬の投与に際しては、各地域での耐性ウイルスの検出状況に注意を払うことが必要であろう。

オセルタミビル、ペラミビルおよびザナミビルは研究用試薬を購入し、ラニナミビルは第一三共株式会社から研究用に提供を受けた。

 

参考文献
1) 2013/14シーズンに札幌市で検出された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flutoppage/593-idsc/iasr-news/4232-pr4081.html
2) Takashita E, et al., Euro Surveill 19: pii: 20666, 2014
3) 家族内感染が疑われたオセルタミビル投与前の小児患者から分離された抗インフルエンザ薬耐性A(H1N1)pdm09ウイルス―三重県
http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flutoppage/593-idsc/iasr-news/4313-pr4084.html
4) 今インフルエンザシーズンの初めに経験したA(H1)pdm09亜型ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎症例について―札幌 http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/4216-pr4073.html
5) Chutinimitkul S, et al., J Virol 84: 11802-11813, 2010
6) Liu Y, et al., J Virol 84: 12069-12074, 2010
7) Zhang Y, et al., J Virol 86: 9666-9674, 2012
8) 日本小児科学会インフルエンザ対策ワーキンググループ, 2013/2014シーズンのインフルエンザ治療指針 http://www.jpeds.or.jp/modules/news/index.php?content_id=86
9) Saito R, et al., Pediatr Infect Dis J 29: 898-904, 2010
10) 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス http://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2068-flu/flu-dr/

 

国立感染症研究所 インフルエンザウイルス研究センター  
 高下恵美 江島美穂 伊東玲子 三浦 舞 藤崎誠一郎 中村和哉 岸田典子 徐 紅 
 土井輝子 佐藤 彩 菅原裕美 小田切孝人 田代眞人
横山小児科医院  
 横山新吉
山形県衛生研究所 微生物部  
 青木洋子 矢作一枝 的場洋平 水田克巳
山形県健康福祉部 健康福祉企画課  
 池田辰也

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インフルエンザA(H1N1)pdm09 による生来健康小児の急性インフルエンザ脳症死亡例の報告―長野県

(IASR Vol. 35 p. 78-79: 2014年3月号)

 

今シーズン流行初期である2014年1月中旬に、生来健康な9歳児がインフルエンザ脳症を発症し、発症から2日目に死亡した。患児の鼻咽頭から検出されたウイルスがA(H1N1)pdm09 であった。A(H1N1)pdm09による小児重症例が認められたことにより、今シーズンA(H1N1)pdm09による急性脳症に関して注意を喚起すべきと考えられたため報告する。

症 例 
9歳男性。今シーズンインフルエンザワクチンは未接種。2014年1月9日より咳嗽、鼻汁出現。1月10日朝6時38.5℃の発熱出現。同日、前医A(総合病院小児科)を受診、鎮咳去痰薬と解熱剤(アセトアミノフェン)が処方された。抗インフルエンザ薬は投与されず。11日咳嗽、鼻汁が増悪したが、お昼に少量食事摂取(プリン)。「ドスン」というベッドから落ちるような音が聞こえ、うなり声、尿便失禁、開眼しているも視線合わず、顔色不良という状況で発見された。13時50分に救急要請、前医Aへ搬送された。搬送中に嘔吐あり、呼びかけには反応なし。同医で迅速診断キットにてインフルエンザA陽性。集中治療目的で当院にドクターヘリ搬送となった。当院到着時、Glasgow coma scale(GCS); E1V1M4で、眼球左方偏位、左上肢屈曲位で硬直していた。痙攣持続していると判断され、気道確保など集中治療開始したが、ショック状態は続いていたため、人工心肺装置を装着し循環管理開始した。また、出血傾向あり播種性血管内凝固症候群(DIC)も合併していた。抗インフルエンザ薬(ペラミビル)に加えて、ステロイドパルス、シクロスポリンなどインフルエンザ脳症に対する特異療法を開始した。しかし、脳波は平坦となり、入院翌日には瞳孔散大と対光反射の消失を認めたため、人工心肺中止し、永眠された。Autopsy imaging(AI)としてのMRI撮影、病理解剖を行い、脳幹、視床、基底核中心に高信号域を認め、大脳皮質にも一部広がりを認めた。

Sick contact:児発症と同時期に父、弟2人(5歳、2歳)が迅速診断キットでインフルエンザA陽性であった。
既往歴・家族歴:特記すべきことなし
剖検結果:肉眼的には、脳浮腫が強く、小脳扁桃ヘルニアや孔ヘルニアなどの脳ヘルニアをきたしていた可能性が高い、また散在性に脳壊死を認めた。
ウイルス学的検査:咽頭と鼻腔ぬぐい液(2014年1月11日17時採取)を長野県環境保全研究所に送付し、RT-PCR法を用いて遺伝子検査を実施したところ、A(H1N1)pdm09が検出された。また、MDCK細胞で分離されたA(H1N1)pdm09株に対し、TaqMan RT-PCR法を用いてNA(ノイラミニダーゼ)遺伝子を解析したところ、オセルタミビルおよびペラミビルの臨床効果の低下に関与しているといわれている耐性変異(H275Y変異)は検出されなかった。

考 察
本症例はA(H1N1)pdm09による急性脳症を発症し、集中治療にもかかわらず死亡された症例である。原因微生物と思われるA(H1N1)pdm09ウイルスは、今シーズン国内からも報告され1)、重症例の報告もある2)。A(H1N1)pdm09ウイルスによる急性脳症は、2009/10年流行期には331例と、それ以前の季節型インフルエンザ流行期での急性脳症発症数に比べて多いという報告がされている(Guら)3)。今シーズンA(H1N1)pdm09ウイルスの再流行により、急性脳症症例が増加することが懸念されるため報告した。

急性脳症は、感染症(多くの場合、ウイルス感染症)を契機に急激に生じた脳機能の全般的な障害と水口4)は定義している。急性脳症は様々な分類がなされているが、本症例は、顕著なDICとショックを合併し、Hemorrhagic shock with encephalopathy syndrome(HSE症候群)に合致する。HSE症候群は、「サイトカインの嵐」を主病態とする予後不良で、急性期死亡率が高い疾患である。本症例は、救急要請から2時間半後の集中治療室入室時にはすでにショック、DIC状態と病勢が強く救命しえなかった。

小児のインフルエンザ脳症の生存率を向上できる画期的な治療法の開発が待たれる。

 

参考文献
1) IASR 34: 343-345, 2013
2) IASR 35: 41-42, 2014
3) Gu Y, et al., PLoS One 2013; 8(1): e54786
4) 水口雅, 小児感染免疫 20(1): 43-50, 2008

 

長野県立こども病院小児集中治療科 笠井正志 黒坂了正  
同臨床検査科 小木曽嘉文  
長野県環境保全研究所感染症部 小林広記

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増加しつつある梅毒   
     ―感染症発生動向調査からみた梅毒の動向―

(IASR Vol. 35 p. 79-80: 2014年3月号)

 

梅毒は多くの先進諸国同様、日本でも減少傾向にあったため、昔の病気と考えられていた。しかし近年、欧米では男性と性交をする男性(Men who have sex with men: MSM)を中心に感染が広がっていることが報告されている1-3)。そこで、日本における近年の梅毒の発生動向を調べることにした。

2001~2013年までの感染症発生動向調査年報と人口動態統計を用いて、近年の梅毒の動向を調べた。感染症発生動向調査に関しては、2012年までのデータは年報を用い、2013年のデータは2014年1月10日現在の暫定集計を用いた。人口は厚生労働省の人口動態統計(各年の10月1日現在の人口、2013年は推定値)を用いた。

2013年の梅毒総報告数は1,226例であり、前年2012年の総報告数875例に対して1.4倍に増加していた(図1)。人口10万当たり発生率は2012年が0.7であったのに対し、2013年は1.0であった(図2)。なお、感染症発生動向調査における梅毒の捕捉率について、年次変動を示すデータはない。

性別は男性が989例(80.7%)と多数を占めており、男性の人口10万当たり発生率は1.6であった(女性は0.4)。年齢群別の人口10万人当たり発生率をみると、男性では25~29歳が3.9で最も高く、次いで35~39歳の3.4であった。男性の20~50代の発生率はいずれも2012年より増加していた(図3)。女性では20~24歳が1.3で最も高く、次いで25~29歳の0.9であった。

症状は無症候が473例(38.6%)、早期顕症Ⅰ期が220例(17.9%)、早期顕症Ⅱ期が469例(38.3%)、晩期顕症が60例(4.9%)、先天梅毒が4例(0.3%)であった。2012年と比べると男女ともに無症候と早期顕症Ⅱ期の増加が目立った。

感染経路は、男性では861例(87.1%)が性的接触と報告されており、同性間または異性/同性間性的接触が443例(51.5%)と過半数を占め、そのうち同性間性的接触が432例(50.2%)、異性/同性間性的接触11例(1.3%)、異性間性的接触は309例(35.9%)であった(図4)。女性は160例(67.5%)が性的接触と報告されており、異性間性的接触が141例(88.1%)と多くを占めた。

梅毒は近年、10~40代の男性同性間性的接触感染が急増してきている。これは異性間性的接触による感染者が多くを占めるとされる性器クラミジア感染症や淋菌感染症が増加していないこととは対照的である4)。同じくMSMが感染者の多くを占めるHIV感染症の新規報告数が横ばいとなっているが5)、現行の報告制度では各疾患の報告同士の関連が不明なため、梅毒との関係は把握が困難である。女性も増加傾向にあり、MSM間での感染の流行が波及している可能性がある。また、小児の先天梅毒は、妊娠中の性感染対策の不備に起因していると考えられる。妊婦の梅毒検査の実施状況、妊婦の梅毒感染率、適切な治療と治療効果判定の有無、など、先天梅毒に関する疫学情報の把握を行い、適切な対策を行っていく必要がある。梅毒は診断が下れば治療は比較的容易だが、診断の遅れから神経梅毒などを発症し後遺症が残ることも稀ではない。梅毒の予防には、100%ではないもののコンドームに効果が認められている6)。増加傾向にある梅毒の国内外での動向を把握し、医療関係者や罹患率が高い層に対して予防の重要性を含めて情報提供していくことが必要である。

 

参考文献
1) 2012 Sexually Transmitted Disease Surveillance, Centers for Disease Control and Prevention (http://www.cdc.gov/std/stats12/syphilis.htm, 閲覧2014年2月14日)
2) Savage EJ, Marsh K, Duffell S, et al., Rapid increase in gonorrhea and syphilis diagnoses in England in 2011, Euro Surveill. 2012;17(29):pii20224
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20224
3) Bremer V, Marcus U, Hamouda O, Syphilis on the rise again in Germany-results from surveillance data for 2011, Euro Surveill.2012;17(29):pii20222
http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20222
4) IASR 29: 239-241, 2008
5) IASR 34: 251-252, 2013
6) Kamali A, Quigley M, Nakiyingi J, et al., Syndromic management of sexually-transmitted infections and behaviour change interventions on transmission of HIV-1 in rural Uganda: a community randomised trial, Lancet 361: 645-652, 2003
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2803%2912598-6/abstract

 

国立感染症研究所感染症疫学センター 
  高橋琢理 山岸拓也 齊藤剛仁 有馬雄三 砂川富正 大石和徳
同細菌第一部 中山周一 大西 真
川崎市健康安全研究所 岡部信彦

 

 

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