国立感染症研究所

logo40

関西空港検疫所で経験したロスリバー熱の相談事例

(IASR Vol. 34 p. 378-380: 2013年12月号)

 

オーストラリアには、チクングニアウイルスと近縁なロスリバーウイルスによる蚊媒介性ウイルス感染症であるロスリバー熱が流行している。2013年5月、検疫時にロスリバー熱に関する健康相談事例を経験したので報告する。

事例概要
相談者は31歳女性。2013年5月12日にオーストラリアから関西国際空港へ帰国。関節痛に関する相談のため検疫所健康相談室に立ち寄った。

問診によると、相談者は2013年1月13日よりオーストラリアのメルボルンにワーキングホリデーで滞在。2月28日~3月6日までタスマニアに渡航。メルボルンで蚊に刺された自覚はなく、タスマニア滞在中に右大腿部に蚊刺咬痕を数カ所認めた。3月14日起床時に、左足背の腫脹と疼痛、右膝窩部の疼痛を自覚。翌日には歩行困難となったため、現地の病院を受診し、一般診療科医師による診察を受けた。当初、発熱など感染症を疑わせる症状に乏しく、膠原病や整形外科疾患が疑われ、レントゲン、MRI、血液検査等施行されたが、右膝に破裂後のベイカー嚢胞を認めた以外は明らかな異常を認めなかった。整形外科医師へのコンサルトも行われたが、原因不明のまま経過観察の方針でいったん終診となった。その後も左足背・右膝の疼痛は持続し、下半身に関節痛・筋痛が散発・消退を繰り返し、手指に、朝に強く夕に改善する疼痛が出現することもあった。4月8日左足背の疼痛が突然増悪し、再度歩行困難となったことから再診。別な整形外科医師による診察を受け、血液検査が再度施行され、5月1日血清学的にロスリバーウイルス感染症の診断となった。

健康相談室入室時の体温は37.4℃。関節痛は軽減していたが左足首に残存していた。身体所見上、明らかな関節の発赤、腫脹、変形、皮疹を認めなかった。相談者は膠原病の精査を希望し、実家近郊の医療機関を受診する目的で帰国されたとのことであったが、ウイルス感染症の精査も必要と考えられたことから京都市立病院感染症科を紹介した。その後、相談者は同院を受診し、ロスリバーウイルスの抗体が確認され、本邦初のロスリバーウイルス感染症の輸入症例として報告されている1)(本号20ページ参照)。

ロスリバー熱
特徴:ロスリバー熱は、蚊で媒介されるロスリバーウイルスによる非致死性の発疹性熱性疾患である。ロスリバーウイルスは、トガウイルス科アルファウイルス属に分類されるRNAウイルスで2)、検疫感染症に含まれる蚊媒介性ウイルス感染症であるチクングニア熱の病因となるチクングニアウイルスと近縁なウイルスである。

疫学:ロスリバー熱は、オーストラリア、パプアニューギニア、ソロモン諸島にみられる。疾患自体は1928年に報告されたが、ウイルスは1959年、ロスリバー(Ross River)河口のタウンズビルで捕獲されたハマベヤブカから初めて分離された3)。主な媒介蚊は、沿岸部ではAedes camptorhynchusAedes  vigilax (ハマベヤブカ)、内陸部ではCulex annulirostrisなどである4)。オーストラリアでは毎年約4,800人の患者報告があり、ほとんどが南半球の夏~秋にあたる1~5月にかけて発生し、2~4月にピークとなる5,6)。報告によれば、2010~2011年の1年間にオーストラリアで確認された蚊媒介性疾患患者9,291人のうち、ロスリバー熱は5,653人(人口10万対25.0)と最多であった。また、患者数はクイーンズランド州で最も多いが(1,397人)、南オーストラリア州やビクトリア州で急増しており、南部への急速な感染拡大がみられる6)。現在までに日本国内での患者発生はなく、本例が初の輸入症例となる。

臨床症状:蚊に刺されてから3~11日後に発症するが、約60%は不顕性感染に終わる。症状は多発関節痛がほぼ必発で、発熱、筋肉痛、倦怠感、皮疹、リンパ節腫脹である。関節痛は特に手首・膝・足首、手足指など末梢・両側性に生じやすく、関節腫脹や朝のこわばりがみられることもある。多くは数週間で回復するが、3カ月以上、まれに1年以上持続する例もみられる。症状の再燃・消退を繰り返すことがあるが、症状はそのたびに軽くなっていき、以後は完全に治癒する。病原体診断では、血清中のウイルスの分離、ウイルスRNAの検出、特異的IgG抗体やIgM抗体の検出を行う2,5,7,8)

治療・予防:特異的な治療はなく、疼痛に対するNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)などの対処療法である。予防ワクチンはなく、衣服や昆虫忌避剤などによる防蚊対策が予防の基本である5)

本邦のオーストラリアへの渡航者の状況
日本人のオーストラリア入国者数は、年間約36万人で、3、8月のピーク時には4万人以上に上る9))。関西国際空港にはオーストラリア便が毎日1~2便運航しており、その検疫人員(乗客)は年間約8,000人で、3、8、12月のピーク時には約1万人に上る。渡航者数と罹患率から推測すれば、オーストラリアへの渡航者がロスリバー熱に罹患する可能性が考えられる。

検疫所での健康相談
本例は、帰国時に検疫所の健康相談室に立ち寄り、検疫医療専門職(医師)が問診・診察の上、感染症専門病院を紹介し、ロスリバー熱の本邦初の輸入例として報告された。現在、ロスリバー熱は、検疫感染症に指定されていないが、検疫所では、検疫感染症以外の感染症についても、感染症情報の提供や帰国時の健康相談等を行っている。本例では、検疫所での相談対応が相談者の速やかな受診行動につながった。

 

参考文献
1) TochitaniK, et al., Ross River virus-Japan ex Australia: (Victoria), ProMed
2) Harley D, et al., Clin Microbiol Rev 14(4): 909-932, 2001
3) Doherty RL, et al., Australian Journal of Science 26: 183-184, 1963
4) Russell RC, Annual Review of Entomology 47: 1-31, 2002
5) Blue Book, Communicable Disease Prevention and Control Unit, Department of Health, Victoria Australia
6) Arboviral diseases and malaria in Australia, 2010-11: Annual report of the National Arbovirus and Malaria Advisory Committee
7) Communicable Diseases Factsheet, New South Wales government, Australia 
http://www.health.nsw.gov.au/Infectious/factsheets/Factsheets/rossriver.PDF 

8) Queensland Health Fact Sheet, Queensland government, Australia
    http://www.health.qld.gov.au
9) オース
トラリア政府観光局資料 
http://tourism.australia.com/statistics.aspx

 

関西空港検疫所      
  石原園子 笠松美恵 井村俊郎 片山友子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version