国立感染症研究所

中国における鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応

平成25年4月19日現在
国立感染症研究所

 

背景

 以下のリスクアセスメントは、現時点で得られている情報に基づいており、新たな情報により内容を更新していかなければならない。事態が流動的であり当面は1〜2週間おきに定期的にリスクアセスメントを更新していく予定である。

 

疫学的所見

  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによるヒト感染例は今回の中国での感染事例が世界初の報告である。
  • 4月18日までに82症例が報告されており、うち17例が死亡している。
  • 現在報告されている初発例の発症日は2月19日であり、3月中旬までは散発的な報告であったが3月下旬から症例が増加し、現在も継続して報告されている。
  • 症例は上海市から1例目が報告された後、3月7日には浙江省、3月中旬には安徽省と江蘇省、4月には河南省と北京市からそれぞれ1例目が報告され、現時点では報告地域は中国国内2市4省となっている。中国国内ではサーベイランスが強化されているため、今後感染地域がさらに拡大する可能性がある。
  • 症例の男女比は2.7で男性に多く、年齢は中央値64歳で範囲は4歳から87歳にまで及んでいる。
  • 一部の症例の60%程度に家禽との接触歴が認められたが、感染源は特定されていない。
  • 公表されている死亡例3例の情報では、患者の臨床像は全身症状を伴う肺炎であった。ノイラミニダーゼ阻害薬は7-8日目に投与されており、治療の遅れが重症化に関連している可能性がある。
  • 軽症例および無症候性感染者が報告されており感染者における臨床像・自然経過・免疫応答・治療反応性等の情報の集積が待たれるところである。
  • 現時点では、感染源・感染経路が不明である。
  • ヒト―ヒト感染の可能性については、3月下旬に同一家族内での複数の有症者が発生した事例があることなどから限定的なヒト―ヒト感染が起こっている可能性も否定できない。ただし確定例に対する接触者調査からはヒト-ヒト感染は確認されていない。

ウイルス学的所見

  • 当該ウイルスは3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子交雑体であると考えられる。
  • ヒト分離ウイルス4株(A/Shanghai/1/2013, A/Shanghai/2/2013、 A/Anhui/1/2013, A/Hangzhou/1/2013)は遺伝子系統樹解析の結果から互いに非常に類似していた。しかし、そのうちの1株(A/Shanghai/1/2013)は、塩基配列上では他の3株とは区別され、共通の祖先から分岐した別系統の近縁ウイルスが同時期に伝播していたことが示された。
  • 上海市鳥市場のハト、ニワトリおよび環境からの分離ウイルス3株:A/pigeon/Shanghai/S1069/2013, A/chicken/Shanghai/S1053/2013, A/environment/Shanghai/S1088/2013)は、遺伝子系統樹解析の結果からは、上記ヒト分離ウイルスのうちの3株(A/Shanghai/2/2013,A/Anhui/1/2013, A/Hangzhou/1/2013)と類似性が高く、同系統のウイルスと考えられる。しかし、両者の間には、明らかに異なる塩基配列もあり、今回報告された鳥分離ウイルスが、今回報告された患者に直接に感染したものであるとは考えにくい。
  • ヒト分離ウイルス4株全てのHA遺伝子は、ヒト型のレセプターへの結合能を上昇させる変異を有していた。またヒト分離株全てのPB2遺伝子には、RNAポリメラーゼの至適温度を鳥の体温(41℃)から哺乳類の上気道温度(34℃)に低下させる変異が観察された。これらの株については、ヒト上気道に感染しやすく、また増殖しやすいように変化している可能性が強く示唆された。
  • 鳥、環境からの分離ウイルス3株のHA遺伝子の解析では、ヒト型のレセプターへの結合能が上昇していたが、RNAポリメラーゼの至適温度を低下させる変異は観察されなかった。
  • 今回の4症例、鳥、環境から検出されたウイルスの遺伝子解析の結果からは、これらのウイルスは鳥に対して低病原性であり、家禽、野鳥に感染しても症状を出さないと考えられる。また一般的に、H7亜型のインフルエンザウイルスはブタにおいても不顕性感染であることが知られている。従って、この系統のウイルスがこれらの哺乳動物の間で症状を示さずに伝播され、ヒトへの感染源になっている可能性がある。
  • NA遺伝子の塩基配列からは、ヒト分離株のうちの1株A/Shanghai/1/2013が、抗インフルエンザ薬のオセルタミビルおよびザナミビルに対する感受性が低下している可能性が指摘された。しかし、現時点での酵素活性測定結果では、オセルタミビル、ザナミビルには感受性があるとされている。
  • M遺伝子については、解析した全てのウイルスが、アマンタジン、リマンタジンに対して耐性であると判断された。
  • 初期の限られた症例に対してウイルス学的な詳細解析が実施されている段階であり、さらなる所見の蓄積が望まれる。

リスクアセスメントと今後の対応

  • 感染源、感染経路が絞り込まれていないため、特に国内未発生の段階においては、中国での感染源、感染経路調査に協力していく必要がある。
  • 今後、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染者が中国から国内に入国する可能性があるため、情報収集・リスクの評価・必要な対応に関する準備を行う。
  • どこまでの感染者を対象にすべきか国内の強化サーベイランスの対象が絞りこみにくいのが現状である。当面は、中国からの帰国者に対しては、発熱、肺炎等の明らかな臨床所見を示す鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染を疑う患者に対して確定検査を積極的に実施していくことが必要である。現在、地方衛生研究所においても、PCR検査によりH7亜型の検査ができる体制が整いつつある。
  • 限定的なヒトーヒト感染が起こっている可能性があることから、国内に入国した感染者から家族内などで二次感染が起こりえることを考慮する。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の患者が発生した場合は、患者搬送時を含め適切な感染拡大防止策をとること、事例を通じた感染リスクの評価を行うこと、適切に情報提供を行うことを目的とした積極的疫学調査の実施が必要である。
  • 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の患者の治療について、専門家のコンサルテーションを受けることができる体制を整えておく必要がある。なお、鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスはノイラミニダーゼ阻害剤に感受性であることから、早期診断・早期治療により、重症例の減少が期待できる。
  • 現時点で、ヒトーヒト感染は確認できていないが、ヒト分離の鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスがヒトへの適応性を高めていることは明らかであり、パンデミックを起こす可能性は否定できない。適時のリスク評価にもとづいて、パンデミックへの対応強化を準備する。

 

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