国立感染症研究所 実地疫学研究センター
感染症疫学センター
2023年10月19日現在
(掲載日:2024年2月2日)

急性脳炎(ウエストナイル脳炎、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、東部ウマ脳炎、日本脳炎、ベネズエラウマ脳炎及びリフトバレー熱を除く)(以下、「急性脳炎」という)は、2003年11月から、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査において、5類感染症全数把握疾患に指定されている。

意識障害を伴って死亡した者、又は意識障害を伴って24時間以上入院した者のうち、①38度以上の高熱、②何らかの中枢神経症状、③先行感染症状の3症状から、少なくとも1つの症状を呈した症例は全例が急性脳炎の届出対象となる(1)。今般、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期間中前後を主な対象として、2018年1月から2023年9月までの期間に感染症発生動向調査に報告された、国内の急性脳炎症例(急性脳症診断例を含む)について疫学情報をまとめたので報告する。なお、2022年と2023年の報告数は2023年10月19日時点の暫定値であり、後日更新される場合がある。

2018年1月1日から2023年9月30日までに診断され、届出があった急性脳炎症例は3,288例であった(2023年10月19日現在)。基本属性を表1に示す。男性の割合は55%であり、女性よりもやや多かった。年齢中央値は4歳(四分位範囲1-12歳)であり、5歳未満の小児の症例が全体の半数以上(52%)であった。 多くの症例で発熱(2973例,90%)、意識障害(2903例,88%)、痙攣(2008例,61%)があったが、先行感染症状を認めたとされた症例は1756例(症状欄に記載があった症例の53%)に留まった。発症から診断までの日数の中央値は2日(四分位範囲1-5日)であり、多くの症例が発症から短期間で急性脳炎の届出基準を満たした。報告時死亡例は102例(3%)であった。症例の推定感染地域でほとんどを占めた“国内”のうちでは、動物・蚊・昆虫等からの感染は10例(0%)であったが、“国外”もしくは“国内又は国外”であった12例では、うち4例(33%)の感染経路が動物・蚊・昆虫等からの感染であり、国内のそれを大きく上回った。

表1. 基本属性(2018年1月1日~2023年9月30日、n=3,288) 2023年10月19日時点

2018年1月1日から2023年9月30日までの診断年月別推移を図1に示す。急性脳炎症例は2019年に967症例が届出られたが、COVID-19の国内流行が始まった2020年2月以降は減少し、2020年は477例、2021年は341例、2022年は399例に留まった。2023年は症例数がCOVID-19国内流行中の2020~2022年と比べ増加傾向であり、9月30日時点で前年を上回る422症例が報告されている。

図1. 急性脳炎症例数の推移(2018年1月1日~2023年9月30日 n=3,288) 2023年10月19日時点

届出のあった急性脳炎症例から検出された病原体の報告状況を表2に示す。なお、報告された病原体は、脳組織検体、髄液、または血液からの検出に限らず当該患者から検出されたものであり、診断医が急性脳炎に関わる病原体と推察したものが含まれることに注意が必要である。COVID-19流行前の2018年から2020年1月までは、毎年、インフルエンザウイルスが検出された急性脳炎症例が冬季に多く報告された。しかし、COVID-19流行後の2020年2月以降はインフルエンザウイルスの検出症例数が著減した。2021年と2022年でそれぞれ0例、1例であり、それまで認められていた急性脳炎全体の冬季の届出数のピークが消失に寄与したと考えられる(図1)。2023年1月から再度インフルエンザウイルスの検出症例が認められるようになり、2023年9月30日までに57例が報告されている(2023年10月19日現在)。

表2. 急性脳炎症例から検出された病原体の報告状況(2018年1月1日~2023年9月30日)2023年10月19日時点

 *1 ()は診断年毎に報告された全症例に占める割合を示す
     *2 診断年毎に検出された病原体件数を示す.1症例から複数の病原体が検出された場合、それぞれを計上している.
     *3 診断年毎に検出されたインフルエンザウイルス以外の検出病原体に占める割合を示す
 

インフルエンザウイルス以外の病原体の検出状況は、年齢群別に異なる傾向がみられた。2018年から2021年までに最も多く報告された病原体は、15歳未満ではヒトヘルペスウイルス6・7であり、15歳以上では単純ヘルペスウイルス1型・2型であった(図2)。

図2. インフルエンザウイルスを除く病原体検出割合(2018年1月1日~2023年9月30日) 2023年10月19日時点

急性脳炎症例のうちSARS-CoV-2が検出された例は、2021年に初めての1例が報告されて以降、2022年中までに69例(同年の急性脳炎症例の17%)に上った。年齢群別の病原体検出割合では、変異株であるオミクロンの流行時に小児のCOVID-19症例数が増加した2022年から、15歳未満、特に5歳以上15歳未満において、SARS-CoV-2の検出割合が急増した(2),(3),(4)(図2 )。

報告時死亡例102例のうち、病原体が検出された症例は72例(71%)であった。このうち、インフルエンザウイルスが検出された症例が44例(病原体が検出された報告時死亡症例の61%)と最も多く、この44例の年齢中央値は10.5歳(四分位範囲3-39.5歳)であった。インフルエンザウイルスに次いでSARS-CoV-2が検出された症例が多く、2023年9月30日までに5例(病原体が検出された報告時死亡症例の7%)が報告され、年齢中央値は7歳(範囲:1-18歳)であった。

2023年の急性脳炎症例において検出された病原体の特徴的所見として、ヒトパレコウイルスの増加がある。2018年から2022年のヒトパレコウイルス検出例は5年間で合計18例であったが、2023年は9か月間(9月30日まで)に31例が11道府県から届け出られ、千葉県から12例、北海道から7例、神奈川県から4例と、一部の地域において集積が見られた(図3)。検出例が確認され始めた時期が、ウイルス・細菌核酸多項目同時検出(髄液)が保険収載された時期(2022年10月)と重なるため、検出機会の増加が影響した可能性もあるが (5) ~ (7) 、ヒトパレコウイルスの数年毎の流行に伴う重症例である脳炎の増加を捉えている可能性があると考えられた。

図3. ヒトパレコウイルス検出例の推移(2018年1月1日~2023年9月30日 n=49) 2023年10月19日時点

急性脳炎は様々な病原体に起因する症候群であるため、その疫学情報は、検索された病原体の種類や診断時の感染症の流行状況に影響を受ける。しかし、急性脳炎の届出に病原体診断は必須ではないことから、届出症例における検出病原体は、病原体不明の報告が最も多いことは重大な制限事項である(各年42%~65%)。

国内で急性脳炎に関わる病原体の実態把握のため、厚生労働省は2023年9月5日の事務連絡で可能な限り、地方衛生研究所等での病原体検査を実施するように求めた (8) 。今後、急性脳炎に関わる病原体の解明を進めるとともに、新興感染症流行に対応できるキャパシティを確保するためにも、平時の病原体検索の実施・報告体制の整備・拡充を図る必要がある。

 
[参考文献]
  1. 厚生労働省. 感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について (2023年11月15日取得)
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html
  2. 国立感染症研究所. SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第7報)(2023年11月15日取得)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10945-sars-cov-2-b-1-1-529-7.html
  3. 厚生労働省. データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報- (2023年11月21日取得)
    https://covid19.mhlw.go.jp/ mhlw.go.jp
  4. 国立感染症研究所. 新型コロナウイルス感染後の20歳未満の死亡例に関する積極的疫学調査(第二報)(2023年12月11日取得)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-cfeir/11727-20.html
  5. 相澤悠太 , 2022, パレコウイルスとは - 小児のパレコウイルス感染症(科学研究費助成事業 若手研究「国内におけるパレコウイルスA3の前方視的疫学調査」), (2023年11月15日取得, )
  6. 相澤悠太, 齋藤昭彦. 2. ヒトパレコウイルス. ウイルス. 2015;65(1):17-26
  7. 厚生労働省保健局医療課長. 保医発0930 第9号 令和4年9月30日
  8. 厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課. 急性脳炎等に係る実態把握について(協力依頼) 令和5年9月6日

 


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