( 掲載日 2014/12/15 ) (IASR Vol. 36 p. 35-37: 2015年3月号)
デング熱は蚊が媒介するデングウイルスの急性感染症で、アジア、中南米等の熱帯・亜熱帯地域で広く流行している1)。近年、日本国内では、海外の流行地で感染した輸入症例が年間200例前後報告されてきたが、国内での感染は、1940年代前半に東南アジア地域の戦地から持ち帰られたデングウイルスが西日本で大規模な流行を起こして以来、報告がなかった2)。
2014年8月26日、東京都内で感染したと考えられるデング熱症例が確認され3)、その後2カ月余りで160名に及ぶ国内感染例が報告される端緒となった4)。本稿は、約70年ぶりに確認された国内感染デング熱の第1例に関する報告である。
症例は都内の学校に通う18歳女性。既往歴に特記事項なし。2014年8月20日(第1病日)夕刻に突然の高熱と全身の痛みで体動困難となり、救急車でさいたま市立病院の救急外来を受診した。来院時、意識JCS I–1、体温39.9℃、血圧115/68 mmHg、脈拍数100/分、呼吸数18/分。身体所見では顔面紅潮、両下肢に多数の虫刺され痕、四肢大関節に強い圧痛を認めた他には特記事項なし。血液検査では明らかな異常を認めず(図)。入院後、まずは伝染性単核球症、伝染性紅斑等のウイルス感染症、SLE等の自己免疫疾患を疑って検査を進めたが、EBV VCA-IgM(-)、CMV-IgM(-)、HIV(-)、ヒトパルボウイルスB19-IgM(-)、抗核抗体(-)との結果で診断には至らなかった。8月22日(第3病日)には嘔吐と下痢が出現し、その後も39℃を超える高熱が持続した。8月25日(第6病日)の頭頚胸腹骨盤部CTでは特記所見なく、同日の血液検査では白血球・血小板の減少を認め、CRPは1.59 mg/dlと軽度の増加を示した(図)。症状や検査値の経過から重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の可能性も考えたが、発症前1カ月以内には国内・国外とも旅行歴がなく、マダニの刺咬を思わせる経過や皮膚病変も確認されなかった。一方、発症直前には都内の代々木公園で頻繁に蚊に刺されていたエピソードがあり、海外渡航歴はなかったものの、デング熱の可能性を疑った。当院では以前よりデング熱輸入症例を経験していたことからデング熱迅速検査キットDENGUE NS1 Ag STRIP(Bio-Rad社)とDengue Duo Cassette(Panbio社)を用意(保険適用外)しており、8月25日(第6病日)に検査を行ったところ、前者でNS1抗原(+)、後者でIgM(+)・IgG(-)の結果が得られた。デング熱の可能性が高まり、患者・家族に説明したところ、入院前に代々木公園で活動をともにしていた級友2名が同時期から同様の症状を呈していることも明らかとなった。このような経過から、さいたま市保健所へデング熱発生届を提出するとともに、代々木公園を感染地とするデング熱の症例が複数発生している可能性が懸念される旨、報告を行った。8月26日(第7病日)には国立感染症研究所(感染研)で確認検査が行われ、第1、第4、第7病日の血清からリアルタイムPCR(TaqMan法)でデングウイルス1型遺伝子が検出された。また、臨床経過において、ヘマトクリット値の増加が認められないことからデング熱と診断し5)、翌27日に厚生労働省から約70年ぶりの国内感染デング熱症例として公表された3)。本症例は8月26日(第7病日)以降、解熱傾向を示し、回復期には全身性の発疹と肝機能障害も認められ(図)、デング熱に合致する臨床経過であった。前述の級友2名も他の医療機関でデング熱と診断され、8月28日に公表されている6)。
デング熱では発熱、頭痛、筋肉痛など非特異的な症状の頻度が高く、流行地での蚊の刺咬歴がなければ診断は困難となる。本症例をデング熱と診断する上でまず参考になったのは2014年1月にドイツから提供された情報で、2013年8月に日本を周遊したドイツ人が帰国直後にデング熱を発症し、日本国内での感染が疑われるとの内容であった7)。デング熱を媒介するヒトスジシマカが国内に広く生息していることは既に周知されており2)、輸入症例を発端とする国内感染例の出現は想定の範囲内であったが、ドイツ人症例の報告により日本国内でのデング熱感染が現実味を増していた。次に、本症例が蚊に刺された“場所”と“頻度”が診断への手がかりとなった。デング熱は都市部で流行しやすいが1)、本症例の感染地となった代々木公園はまさに都会の中心にあった。また、夏に首都圏で蚊に刺されても数カ所程度では病歴として気に留められる可能性は低く、デング熱の診断に結びつけることは困難だったと思われる。実際、当院でも海外渡航歴のない症例でデング熱を疑った経験は今回が初めてであり、本症例では一見して分かるほど多数の蚊に刺されていたことが「デング熱」という疾患の想起につながった。さらに、過去にデング熱輸入症例の診療経験があったことも本症例の診断の助けとなった。一般に診たことのない疾患を鑑別診断に挙げることは難しい。当院では過去4年間に6例のデング熱診療歴があり、少数ながら、その経験が生かされた。最初の3症例では感染研に検査を依頼していたが、その後、院内に迅速検査キットを導入し、本症例でも有熱期間中の診断に役立てることができた。
来年以降もデング熱が国内発生する可能性は十分考えられる。ヒトスジシマカの活動期に突然の高熱を主訴とする患者を診た場合、感染巣が不明であれば末梢血の血球算定検査等をフォローし、白血球・血小板の減少を認めれば、海外渡航歴がなく蚊の刺咬歴が明らかでないケースでもデング熱を疑ってみる必要がある。本症例のように重症感があり、デング熱の診断がつかない場合には、熱源検索目的のCT検査や血球減少に対する骨髄検査など、本来は必要性の乏しい検査が行われる可能性もある。一症例の診療に限らず、公衆衛生的な観点からも一般医療機関で早期に適切な診断を行えることが望ましく、今後デング熱検査がより身近な存在となることを期待する。