国立感染症研究所

IASR-logo

国外渡航歴のない腸チフス感染例由来菌株の分子疫学的解析ならびに薬剤感受性試験の状況 2013年

(IASR Vol. 35 p. 115-116: 2014年4月号)

腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)を原因とする経口感染性の全身感染症で、持続する39~40℃の発熱を主徴とする。現在、日本では感染症法に基づく3類感染症として、保菌者を含む症例(疑似症患者は対象外)の届出が、診断したすべての医師に義務づけられている。近年は年間20~40例前後が報告され、その約8割は発症前の国外渡航歴があり、国外感染が強く疑われた症例(以下、国外感染例)である[IDWR 2012;14(21):12-15,http://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-idwrs/2264-idwrs-1221.html]。

しかし2013年の8月以降、発症前に海外渡航歴のない症例(以下、国内感染例)が同時期に複数の自治体にわたって散発し、増加が認められた[IDWR 2013; 15(39):7-9, http://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/typhi-idwrc/4019-idwrc-1339.html]。いずれの症例も感染原因・経路は不明で、各症例間の疫学的関連性も不明のままであったが、各症例由来チフス菌の分子疫学的解析ならびに薬剤感受性試験の結果により、7月以降に診断された国内感染例の大部分は、近縁な株に起因することがわかった。

本稿では、2013年の腸チフス国内感染例から分離されたチフス菌株の分子疫学的解析ならびに薬剤感受性試験の結果を、患者の発生状況と合わせて報告する。

2013年に報告された腸チフスは計65例で、推定感染地域別の内訳は、国外感染38例(58%)、国内感染26例(40%)、感染地域不明1例(2%)であった(感染症発生動向調査:2014年2月26日現在)。2013年の国内感染例数は、感染症法施行(1999年4月)後で最多となった。

国内感染例の発生は、8~10月に増加した(図1)。26例中、25例から分離されたチフス菌が国立感染症研究所に送付され、ファージ型別、薬剤感受性検査、7遺伝子座を用いたMultiple-Locus Variable-Number Tandem-Repeats Analysis(MLVA)による解析がおこなわれた。ファージ型別の結果、25株中9株がA、6株がB1に型別され、これら15株はいずれも7月以降に関東近県で報告された腸チフス患者から分離された株であった()。他にはD2が2株、UVS1が3株、E2、M1、25、39、UVS4が各1株存在した。MLVAによる遺伝的関連性を示すminimum spanning treeでは、AおよびB1に型別された15株でクラスターを形成し、それらの中ですべての遺伝子座でリピート数が一致した株は8株であった(図2)。残りの7株は5種類のMLVA型に分かれたが、それぞれ上記8株と比較して1遺伝子座についてのみ繰返し数が異なっており、その派生株であると考えられた。また、この15株は検査されたすべての薬剤に対し感受性であった。以上の結果から、2013年7月以降に観察された関東近県における腸チフス患者の増加は、ファージ型ではAもしくはB1に分類されるものの遺伝学的関連性の高い株を原因とする症例の集積であったと考えられる。

集積した15例はすべて有症状、男女比は1:1.5(男6、女9)、年齢中央値は32歳(6~83歳)で、報告は関東甲越の6都県(東京6、埼玉3、神奈川3、千葉1、新潟1、山梨1)からであった。いずれも同居家族等に感染者はなく、感染原因は不明であり、各症例間の疫学的関連性も不明であった。なお、8月に診断された1例は、発症前2カ月以内に東南アジアへの渡航歴があったが、チフス菌株解析結果から、国内感染例であるとみなした。報告された臨床症状(届出様式に記載されていて選択された症状)の割合は、高熱100%(15例)、下痢87%(13例)、脾腫40%(6例)、比較的徐脈33%(5例)、難聴13%(2例)、腸出血7%(1例)で、バラ疹、腸穿孔、意識障害、便秘、胆石、慢性胆嚢炎の報告はなかった。

同様のMLVA型を示すチフス菌の分離例は、2013年11月の1例を最後にその後の発生はない。しかし、同型菌の感染源は不明のままであるため、引き続き腸チフス患者の発生に注意が必要である。チフス菌の宿主特異性から、感染源はヒトに限られるため、菌に汚染された食品や水の摂取による感染の他に、患者または保菌者との接触(手指から口)によっても感染が起こりうる。国内感染の散発例に対する疫学調査では、患者の喫食歴と共に、家族内の長期保菌者の存在や、腸チフス流行地(南アジア、東南アジア、アフリカ等)へ渡航歴のある者との接触歴を調べることも重要である。医療機関においては、下痢を伴った不明熱患者を診察した場合、発症前2カ月以内に国外渡航歴がなくても、他の熱性疾患との鑑別診断の一つとして、腸チフスも念頭に置くことが望ましい。

謝辞:症例の届出や問い合わせ、菌株送付にご協力いただいた埼玉県衛生研究所、川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当、川崎市健康安全研究所、横浜市保健所、横浜市衛生研究所、東京都健康安全研究センター、新潟県福祉保健部健康対策課、山梨県・福祉保健部健康増進課感染症担当、ならびに各地方感染症情報センター、地方衛生研究所、保健所、届出医療機関の担当者の皆様に深く感謝いたします。

  
国立感染症研究所
感染症疫学センター
  齊藤剛仁 砂川富正 髙橋琢理 八幡裕一郎 金山敦宏 大石和徳
細菌第一部
  森田昌知 泉谷秀昌 大西 真

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version