国立感染症研究所

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Mycoplasma pneumoniae の病原性因子

(IASR Vol. 33 p. 263-264: 2012年10月号)

 

Mycoplasma pneumoniae は飛沫感染により体内に侵入すると、呼吸器の上皮細胞表面で増殖を開始し、上皮細胞を破壊する。しかしながら、マイコプラズマは他の病原性細菌と異なり、外毒素やプロテアーゼなどの酵素の産生に乏しく、病原性因子についてはいまだ不明な点も多い。以下、マイコプラズマの病原性因子について解説する。

1.細胞毒性
M. pneumoniae の細胞毒性を示す因子の1つとして、菌が産生する過酸化水素が考えられる。過酸化水素はフラビンを最終受容体とする電子伝達系の結果として放出される。この過酸化水素はM. pneumoniae の示す溶血性の原因因子であることがしられている1) 。

また、M. pneumoniae は外毒素を産生しないと考えられてきたが、近年M. pneumoniae のゲノムに百日咳毒素様の遺伝子が存在することが明らかとなり、community-acquired respiratory distress syndrome toxin(CARDS TX)と名付けられた2) 。実際にCARDS TXの組換えタンパク質は細胞毒性を示し、重要な病原性因子であると考えられた。しかしながら、非病原性のマイコプラズマもこの遺伝子を持っていること、培養液中にはこの毒素が検出されないことなどから、CARDS TXとM. pneumoniae の病原性との関連はいまだ不明な点が多い。

その他に、宿主細胞内に取り込まれ、アポトーシスを引き起こすnuclease等が報告されている3) 。

2.マイコプラズマによる炎症誘導因子
炎症は生体防御の一環であるが、過度の炎症は組織を損傷する。M. pmeumoniae 肺炎においても、炎症誘導とそれにともなう肺組織の障害を引き起こす因子が病原性因子の1つであると考えられる。

Toll-like Receptor (TLR)は様々な微生物の構成成分を認識して炎症を誘導するレセプターであり、M. pneumoniae 感染では菌体の表面に存在するリポプロテインが宿主細胞のTLR2に認識されることで炎症が誘導される4) 。細菌にはTLR2, 6複合体に認識されるジアシルリポプロテインとTLR1, 2複合体に認識されるトリアシルリポプロテインがある。M. pneumoniae からはTLR2, 6およびTLR1, 2依存的に炎症を誘導するリポプロテインがそれぞれ同定されている。マイコプラズマはトリアシルリポプロテインを合成する酵素をゲノム上では欠いているが、ジアシルリポプロテイン、トリアシルリポプロテイン双方の存在が確認されている5) 。しかしながら、非病原性マイコプラズマを含む様々な細菌がリポプロテインを持っているため、リポプロテインとTLRだけではマイコプラズマ肺炎の病態を説明することはできない。

3.動物細胞への接着および滑走運動
M. pneumoniae はフラスコ型の突起部分、接着器官と呼ばれる接着に必要なタンパク質が集まった部位で呼吸器上皮細胞の繊毛に付着した後、滑走運動と呼ばれる運動で細胞表面に移動し、接着する。その接着・滑走運動に中心的な役割を果たしているのはP1アドヘジンと呼ばれるタンパク質およびP30、P40、P65、P90、HMW1-3などのアクセサリータンパク質である6) 。

接着能を失った臨床分離株や継代培養株ではハムスターやフェレットの肺において病理組織学上の変化を示さないことがしられている。また、M. pneumoniae の接着はヒトのマクロファージにおいてATPとそのレセプターであるP2X7 receptor依存的に細胞内レセプターであるinflammasomeを活性化し、TLR2非依存的に炎症を誘導する7) 。これらのことからM. pneumoniae の接着は宿主の呼吸器上皮細胞への定着だけではなく、炎症誘導に重要な因子としても働いていると推定される。

マイコプラズマの病原性因子を図1にまとめる。それぞれの因子はマイコプラズマ肺炎を惹起するために重要な役割を担っているが、それぞれ単体ではM. pneumoniae の病態、宿主特異性や器官特異性などを完全に説明することは難しく、これらの因子が複雑に絡み合いM. pneumoniae 肺炎の病態を形成しているものと考えられる。

 

参考資料
1) Somerson NL, et al., Science 150: 226-228, 1965
2) Kannan TR, et al., Proc Natl Acad Sci USA 103: 6724-6729, 2006
3) Somarajan SR, et al., Cell Microbiol 12: 1821-1831, 2010
4) Shimizu T, et al., J Immunol 175: 4641-4646, 2005
5) Kurokawa K, et al., J Biol Chem 287: 13170-13181, 2012
6) Krause DC, et al., FEMS Microbiol Lett 198: 1-7, 2001
7) Shimizu T, et al., Immunology 133: 51-61, 2011

 

山口大学共同獣医学部 清水 隆



 

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