logo

Brucella canis 感染国内症例-名古屋市

(IASR Vol. 33 p. 189: 2012年7月号)

 

ブルセラ症はブルセラ属菌により引き起こされる人獣共通感染症であり、世界中で発症のみられる感染症である。本邦での報告はまれであるが、輸入感染症や犬から感染した症例の報告が散見する。今回我々はBrucella canis 感染症2例を経験した。感染が発症した背景や感染発生後の対応を含めて報告する。

患者1:71歳男性。高血圧以外には特に既往のないペットショップの従業員。2008年8月に3週間続く発熱と全身倦怠感を主訴に当院救急外来を受診した。来院前に近医では第3世代セフェム系抗菌薬が処方されていたが、症状には改善がみられていなかった。来院時37.8℃の発熱を認めたが身体所見上は特記すべき異常所見はみられず、血液検査では軽度の肝機能障害と腎機能障害、CTでは軽度の肝脾腫を認めていた。入院2日目に入院時に採取した血液培養からグラム陰性桿菌が同定されたため、セフトリアキソン(CTRX)の投与を開始したが症状には改善がみられず、入院5日目に入院時の培養陽性となった菌が培地で発育の悪い球桿菌であるとの情報が細菌検査室から入った。菌の性状や患者背景からブルセラ症を含めた動物由来感染症の可能性が疑われたため、同日からドキシサイクリン(DOXY) 200mg/日の投与を開始し、次第に発熱と全身倦怠感は軽快した。分離された菌株は国立感染症研究所に検査依頼し、PCRの結果からB. canis であることが同定された。血清の抗B. canis 抗体価は1,280倍で陽性であった。B. canis による菌血症であったことが確認されたため、入院10日目からストレプトマイシン(SM)1g/日の投与を追加し、6週間のDOXYと2週間のSMの併用で治療を行った。

患者2:44歳男性、生来健康。患者1の勤務するペットショップの営業者。患者1の症状発症と同一時期から同様の発熱と倦怠感を認めた。同様に近医でホスホマイシン(FOM)などの抗菌薬加療が行われていたが効果なく、患者1の診断確定後に当院での精査を行った。身体所見上は特記すべき所見はなく、血液検査では軽度の肝機能障害を認めるのみであった。本患者も同様に血液培養からB. canis が同定され、血清の抗B. canis 抗体価は320倍であった。DOXY 200mg/日とリファンピシン(RFP) 600mg/日の併用で6週間の治療を行い、発熱と倦怠感、肝機能障害ともに改善した。

上記の2症例はともに発症の2カ月ほど前に流産した犬の胎仔と胎盤の処置をマスクや手袋などの防護なしに行ったとのことであり、その時に感染した可能性が高いと考えられた。保健所の介入もあって、ペットショップの他の従業員や家族、獣医、細菌検体を扱った当院の検査技師についても血液培養、抗体価について検査を行ったがすべて陰性であった。検査に関わった技師3名についてはDOXYとRFPの予防内服を行った。

当該ペットショップの犬37頭(成犬23頭、仔犬14頭)についてもB. canis に対する血清の抗体検査とPCRを施行し、計15頭が抗体、PCRの両方またはいずれかが陽性であり、それらはすべて成犬であった。検査陽性となった犬とその仔犬はすべて安楽殺処分となった。検査陽性となった犬の仔はそれまでに8頭がペットとして買われており、それらの検査結果はすべて抗体、PCRともに陰性であった(次項参照)。

ここに報告した2症例は特異的な症状を示さず不明熱の様相を呈していたが、血液培養からの菌検出により診断することができた。2症例とも抗菌薬の併用治療により良好な治療経過であった。保健所の介入もあり、動物や感染者と濃厚接触のあった従業員や家族、菌に曝露した検査技師についても抗体検査、PCRを施行した。またブルセラ症は検査室での感染のリスクも高いため、曝露した検査技師3名には抗菌薬の予防投与を行った。

1999年にブルセラ症が4類感染症になって以降、本症例の報告までにヒトのB. canis 感染症は7例の報告があった。ヒトのブルセラ症は慢性の経過で特徴的な症状を呈さないことも多く、B. canis 感染症の場合には感染源となっている犬もブルセラ菌感染による症状が軽微か無症状であることが多い。このため、ヒトのB. canis 感染症は診断のなされていないケースも多いと考えられ、実際はより多くの感染例があるものと考えられる。感染の伝播を防ぎ、感染した場合に対して早期に対応できるようにするためには、ペットを扱う業者や飼育者、医療者へのB. canis 感染症に対する知識の普及が重要であると考える。

 

 参考文献
1)今岡浩一, モダンメディア 55: 76-85,  2009
2) Nomura A, et al ., Emerg Infect Dis 16: 1183-1185,  2010

 

中部ろうさい病院リウマチ膠原病科 野村篤史 藤田芳郎
       同  腎臓内科      志水英明
       同  細菌検査室     今西 一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan