国立感染症研究所

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腸腰筋膿瘍を呈したBrucella melitensis 輸入感染症例

(IASR Vol. 33 p. 187-188: 2012年7月号)

 

はじめに
ブルセラ症は、ブルセラ属菌により引き起こされる世界的に重要な人獣共通感染症である。中南米・メキシコ・アラビア海沿岸・インド・東南アジアの地域に患者が多い。国内では、感染症法により全数届出となった1999年4月~2012年3月に19例が届け出られている。国内では家畜対策が功を奏し、家畜ブルセラ菌(Brucella melitensisB. abortusB. suis)感染例は現在では輸入患者に限られている。主症状は通常、発熱、倦怠感、背筋痛、関節痛などインフルエンザ様で特徴が少なく、症状のみでは診断が困難である。また、まれに骨髄炎、心内膜炎、中枢神経症状などの合併症を示すこともある。今回は、B. melitensis による腸腰筋膿瘍を呈した輸入患者を経験したので報告する。

症例:48歳、女性、ペルー人

主訴:腰痛

現病歴:2009年10月にペルーに帰国し、現地のチーズや肉を食していた。ペルー産のチーズを日本に持ち帰り、夫と子どもも食していた。12月頃から腹痛があり当院内科を受診し膵炎の疑いがあり、内服にて経過観察していた。2010年2月21日、腰痛を訴えて当院救急外来を受診した。3月31日、CT画像上腸腰筋膿瘍(図1)を疑い、整形外科入院となった。MRI検査で第3・第4椎間板炎を認めた。椎間板穿刺液と腸腰筋内の膿が培養検査に提出された。Stapylococcus aureus の感染を疑いフロモキセフ(FMOX)の点滴を開始した。4月2日38℃の発熱があり、血液培養を開始した。再度腸腰筋内の膿を15ml吸引し、培養に提出された。

血液検査:WBC 8,200/μl、CRP 14.25 mg/dl

微生物検査:4月2日の膿の外観は白血球を多く含む橙赤色で粘調性のあるものだった。塗抹・培養は当初ともに陰性だったが、培養を継続したところ、4月5日チョコレート寒天培地に微小なコロニー(図2)とGAM半流動培地の上層部に濁りを認めた。グラム陰性小桿菌が観察された(図3)。サブカルチャーにて増菌したが、当院の同定キットでは同定できず、4月7日岐阜大学の大楠准教授に相談したところ、Brucella菌の疑いが強いと助言をいただき、翌日、行政検査として国立感染症研究所に検体を送付し、ブルセラ属菌特異的PCRによりB. melitensis と同定(図4)された。なお、同時に送付した血清を用いた試験管凝集反応でも、B. abortus に対して80倍陽性、B. canis に対して320倍陽性と、B. melitensis 感染の特徴を示していた。

治療:当初、S. aureus 感染を疑い、FMOXを使用していたが、B. melitensis の疑いがあるという情報を得たので、リファンピシン(RFP)内服とミノサイクリン(MINO)とゲンタマイシン(GM)点滴投与に変更した。解熱したが膿量の減少はみられなかった。透視下で穿刺を行い、膿の吸引とMINOの注入を3カ月継続したが膿の減少を認めなかった。しかし、その後の培養は陰性であった。7月27日からシプロフロキサシン(CPFX)点滴投与を追加し、膿瘍の減少を認めた。9月1日に退院し、その後炎症反応と血沈が完全に陰性化するまでRFPとMINOの内服を7カ月継続した。

検査にかかわる医師、技師の感染対策
膿の吸引は、放射線科の透視下で実施したので、Brucella 菌の疑いがあるという情報を放射線科へ伝え、ゴーグル付きマスク、ディスポーザブルエプロン、手袋を着用の上、実施してもらった(図5)。Brucella 菌が疑われる前に、微生物検査室の技師は、培地のにおいを嗅ぐという行為を行ってしまった。Brucella 菌は、安全キャビネットが広く使用されるようになる前は実験室感染が多い菌として知られており、培地のにおいを嗅ぐ行為も感染リスクを伴う。そのため、検査従事者には、抗菌薬の予防内服(RFPとMINOの3週間内服)が行われた。

感染症法
ブルセラ症は、4類感染症であり、診断した医師は最寄りの保健所長を経由して直ちに都道府県知事に届け出なければならない。また、B. melitensisB. abortusB. suisB. canis は三種病原体に指定されている。今回のケースでは、B. melitensis 感染と診断されるとともに保健所に届出、また、当院にて保持されていた分離菌株は滅菌廃棄処置を行った。

まとめ
今回、当初は塗抹陰性と報告したが、菌名がわかってから再度塗抹を鏡検したところ、桿菌らしきものが認められた。ブルセラ属菌は非常に小さく、日本ではなじみもないことから、ややもすると見落としがちにもなる。ブルセラ症流行地への海外渡航歴があり、不明熱等ブルセラ症様の症状を示している場合は、ブルセラ症も念頭に置いて、注意深く検査しなければならない。また、コロニーのにおいを嗅ぐという行為は微生物検査上、重要な情報を与えてくれる。しかしながら、検査室では安全キャビネットは通常使用されておらず、このようなケースでは、検査上日常的に行われている行為が危険をもたらすことを認識した。なお、持ち込んだチーズはすべて食されており、検査不能であったが、これらを食した夫と子どもには症状は見られず、患者はペルーに帰国時に感染したと考えられた。

 

豊川市民病院臨床検査科微生物検査室 森田さゆり 峯田有美子 浅井蓉子 松岡好之
豊川市民病院整形外科 長原正静

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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