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ザルコシスティス総論

(IASR Vol. 33 p. 157-158: 2012年6月号)

 

ザルコシスティスの寄生虫学
ザルコシスティスは胞子虫類のコクシジウム目に属し、トキソプラズマ、アイメリア等に近縁の寄生性原虫である。宿主域は幅広く、ハ虫類、鳥類、およびヒトを含む哺乳類に感染する。その生活環には終宿主と中間宿主の2つの動物を必要とする(図1)。中間宿主は筋肉中に多数のブラディゾイト(増殖虫体)を内包するザルコシストを形成する、多種類の草食動物が中間宿主となる。一方、終宿主は中間宿主動物の肉(ザルコシスト)を食べることで、消化管に原虫が感染後、有性生殖が行われ最終的にオーシスト排出を行う。イヌ、ネコ科の食肉動物が終宿主となる。ザルコシスティス属としては130種類ほどあるといわれるが、種分類は宿主の違い、ザルコシストの形態的特徴などに基づく場合が多く、必ずしも種特異性は明確ではない。

ヒトのザルコシスティス症
ヒトではザルコシスティスが感染する寄生虫症として2つの病態が知られる。ひとつはヒトが終宿主となる場合の消化管ザルコシスティス症で、食肉摂食後3~6時間で下痢、嘔吐、腹痛等の消化器症状が現れるが、これらは一過性で回復する(1日程度)。原因となるザルコシスティスの種類はSarcocystis hominis (ウシが中間宿主)とS. suihominis (ブタが中間宿主)で、ザルコシストを含む生(なま)、あるいは加熱不十分な牛肉、豚肉の摂取が感染の原因となる。感染後2~3週間程度で糞便中にオーシストの排出が見られる(実際にはオーシストのシスト壁が弱く、壊れて出てくるスポロシストが検出される)。主として食肉文化の多様なヨーロッパに多く見られており、タルタルステーキやレアステーキなど牛肉、豚肉が生(なま)あるいはそれに近い加熱処理で食される習慣が背景にある。もうひとつの筋肉ザルコシスティス症は、ある種の動物(終宿主)が排出したオーシストが水や食物を汚染し、ヒトがそれを経口摂取することで、消化管を経て筋肉内にて増殖しザルコシストが形成される。主として発熱と筋肉痛の症状があらわれるが数週間程度で寛解する。ほとんどの場合、無症状に経過する。これまで100例ほどの報告があったが、2011年にマレー半島への旅行者32人に好酸球性筋炎を主徴とする急性筋肉ザルコシスティス症が集団発生している。

診断、治療と予防
消化管ザルコシスティス症が疑われる場合は、顕微鏡的に糞便よりスポロシストを検出すること、筋肉ザルコシスティス症の場合は、筋肉生検でHE染色やPAS染色によりザルコシストを検出することが診断の基本となる。免疫学的診断法もあるが一般的ではない。本症は自然寛解するので、2つの病態ともに特に化学療法による治療法は確立していない。食肉からの感染を防ぐには、加熱調理、冷凍処理が有効である。豚肉の場合、70℃で15分あるいは100℃で5分間の加熱、また、-4℃で48時間あるいは-20℃で24時間の凍結で感染性が消失する。家畜の感染を防ぐには、与える飼料、水または畜舎などのスポロシスト汚染を防ぐことが重要であり、ヒトの場合も同様で、水を煮沸する、食品は清浄な水で洗浄することが予防のポイントである。

動物のザルコシスティス感染
家畜であるウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマはザルコシスティスの中間宿主動物であり、複数の種類が感染する(表1)。不顕性の場合が多いが、ウシのS. cruzi 、ヒツジのS. tenella の病原性は強い。ウシのS. cruzi 感染率は多くの国で90%以上と高いが、原虫感染量は明らかではない。国内ではウシのS. cruzi 感染率は輸入個体でおよそ50%、国産牛では品種によるが30~90%、また肥育牛でも30~50%(本号14ページ参照)の感染が見られている。S. hominis は1999年に初めての感染例が国産牛で報告されたが、国内感染率の調査はない。ウマではS. fayeri S. bertrami S. equicanis の3種類が筋肉寄生性で、宿主のウマに対してほとんど病害を示さない。終宿主はイヌである。一方、S. neurona は神経組織に寄生し、病原性が高くEPM馬原発性脊髄炎の原因となる。オポッサムが終宿主として知られる。筋肉感染のウマザルコシスティスとしての感染率は米国13%、ドイツ15%、英国62%、モロッコ46%、国内ではS. fayeri 感染率として軽種馬0%、重種馬17%が報告されている。家畜以外では様々なザルコシスティス種がエゾシカ、カモシカやその他の野生動物から国内で検出されている。

馬肉生食による食中毒と研究の現状
食中毒の原因はS. fayeri であるが、同種を含めウマのザルコシスティスがヒトへの健康被害に関連した例はこれまで報告がなく、なぜこの10年ほどで問題となったのか明らかではない。ヨーロッパのイタリア、フランスで、アジアでは韓国(済州島)、中国(大連)などで馬肉の生食は見られるが、ザルコシスティスによる食中毒の報告はない。毒性研究では動物実験や培養細胞を用いた実験よりS. fayeri に下痢原性があることが認められており、物質的には15kDaタンパク質が関与していることが示されている。このタンパク質はウシのS. cruzi に含まれ、ウサギに対する毒性が明らかな15kDaタンパク質と同様のものと考えられている。冷凍処理により毒性は消失することから、生きたザルコシストあるいはブラディゾイトの存在が下痢発症に関与しているものと推測されている。なお、嘔吐発症の原因は明らかではない。いずれにしても、現在のところ、本食中毒が感染型か毒物型なのか特定はなされていない。毒性の変化、馬の原虫感染量の変化、あるいは馬肉の流通、消費量の変化など、本食中毒問題には様々な要因が関連していることが想定される。

馬肉以外の食肉のザルコシスティス食中毒の可能性
ウシ、ブタ、ヤギ、シカなど、国内で生食可能な食肉の中にはザルコシスティス摂取の可能性があるものがあり、家畜あるいは野生動物の食肉生食(筋肉および内臓肉の刺身等)で生じた原因不明の食中毒に際してはザルコシスティスの検査を考慮すべきものと思われる。検査が必要な場合は、残品に関しては通知法に準じた方法で検査が可能である。また、ヒト感染性のS. hominis あるいはS. suihominis の感染が疑われた場合は、ホルマリン-エーテル(酢酸エチル)法を用いて糞便検査を行う。

 

国立感染症研究所寄生動物部 八木田健司

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