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先天梅毒児の臨床像および母親の背景情報(暫定報告)

(IASR Vol. 38 p.61-62: 2017年3月号)

感染症発生動向調査の届出によると, 2013年以降, 20代を中心とした女性の梅毒報告数が増加しており, それに伴って先天梅毒の報告数も2013年に4例, 2014年に10例(先天梅毒と報告された成人例1例を含む), 2015年に13例, 2016年に14例(2017年1月10日集計暫定値)と増加傾向にある1)

 先天梅毒はTreponema pallidumが母子伝播することにより発生し, 母体が無治療の場合には40%の児が死に至る可能性のある重篤な疾患である2)。梅毒感染妊婦に対しては, 病期に応じた適切な抗菌薬治療を分娩4週間前までに完遂することで, 先天梅毒の発生を予防することが可能である3,4)。先天梅毒発生の危険因子として, 既報では妊婦健診の未受診もしくは不定期受診, 若年妊娠, 経済的困窮, 低学歴, 他の性感染症の既往・合併, 薬物・アルコール摂取歴, 性産業従事歴等の母親の背景要因が報告されているが5-8), 本邦におけるそのような情報はなく, また, 先天梅毒の届出項目にも含まれていない。そこで, これらの情報や児の臨床経過を収集し, 先天梅毒の発生を予防するための対策立案に繋げることを目的に, 厚生労働科学研究班による本研究を実施したため, 暫定結果を報告する。

対象は2016年3~12月に感染症発生動向調査に報告された先天梅毒12例のうち, 同年12月までに主治医および母親に同意が得られた7症例とした。方法は, 自治体了承のもと, 自記式質問紙の記入を主治医および母親に依頼し, 児の臨床情報, 親の背景情報等を収集した。同意が得られた母親には対面式インタビューも行い, 結果を記述した。なお, 本研究は国立感染症研究所の倫理委員会で承認された。

先天梅毒7例の臨床像を示す()。全例が新生児期に診断され, 5例中4例(不明の2例を除く)は37週未満の早産で出生した。3例は無症状で, 4例は非特異的な複数の症状・所見を認めた。検査診断はT. pallidumを抗原とするIgM抗体(FTA-ABS IgM抗体)検査もしくは胎盤のPCR検査でなされ, 不明の1例を除き, 血清カルジオリピン抗体価が母親の抗体価よりも4倍以上高値を示した症例は1例のみであった。

患児の母親7例の年齢中央値は25歳(10代2例, 20代3例, 30代1例, 40代1例)で, 未婚, 性産業従事歴, クラミジア感染症の合併, 生活保護受給歴等の背景を認めた()。6例の国籍は日本であった。妊婦健診受診歴は, 未受診が2例, 不定期受診が1例, 定期受診が4例であった。未受診例の2例は飛び込み分娩, および墜落分娩に至り, 分娩時に梅毒と診断された。不定期受診例の1例は, 妊娠25週で初回受診し, 梅毒スクリーニング検査(以後, スクリーニング検査)で異常を認め治療が検討されていたが, 次回の健診日前の妊娠28週に分娩に至ったため分娩後に治療開始となった。定期受診例の4例中2例は, 初期のスクリーニング検査は陰性であったが, その後の妊娠中に早期梅毒症状と考えられる発熱, 発疹, 陰部症状等を認めており, 妊娠中に感染したと考えられた。他の2例は梅毒感染の既往があり, 1例は初期のスクリーニング検査でRPR値が陽性であったものの活動性の判断が困難であり, 診断・治療に至らなかった。他1例は, 初期のスクリーニング検査で非活動性の結果であったが, 妊娠35週で再度スクリーニング検査が実施された際に活動性の梅毒感染が疑われたため, 分娩前日から母体治療が開始されていた。

母親へのインタビューの結果, 全例で, 学校教育やメディア・雑誌, 妊婦健診等のいずれの情報源からも, 妊娠中に気を付けるべき性感染症の情報を得ていなかった。また, 梅毒の胎児への影響や, 反復感染のリスク, パートナーの治療の必要性等の情報が欲しかったとの意見があった。情報提供方法は, 母子健康手帳交付時に配布されるパンフレットや育児アプリ等によると良いとの意見があった。

以上の結果から, 先天梅毒児の母親は既報と同様に, 若年妊娠, 未婚, 他の性感染症の既往・合併, 性産業従事歴, 妊婦健診が未受診もしくは不定期受診である等の背景を持っており, これらは先天梅毒発生のリスクに関連した要因であると考えられた。一方, 妊婦健診を定期受診していたが, 梅毒の活動性の判断の困難さや, 後期のスクリーニング検査が実施されていないために適切な診断・治療に至らなかった症例もあり, 重要な課題であると考えられた。

本結果から, 先天梅毒の発生を予防するためには, 一般市民への性感染症予防知識の普及と, 医療従事者への啓発が必要であると考えられた。特に, 梅毒感染の既往のある妊婦においては再感染等も考慮し, 慎重に検査結果の解釈を行うことが重要である。また, 先天梅毒発生のリスクに関連した背景要因を有する妊婦の診療においては, 妊娠中期・後期のスクリーニング検査の実施を考慮し, さらに発熱・発疹等の症状を認めた際に梅毒も鑑別に挙げることが重要である。妊婦のみでなく児においても, 症状・所見のみから先天梅毒を疑うことは難しいことから, 梅毒の流行状況や母親の背景要因を考慮に入れることで, 先天梅毒の適切な診断・治療に繋がると考えられた。

引き続き本研究を継続し, 先天梅毒の発生予防のための対策立案に寄与する知見を集積していきたい。本研究にご協力いただいた患者様, 医療機関の先生方をはじめ, 発生動向調査に関わるすべての医療機関および自治体関係者の皆様に深謝致します。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, IASR 36: 230, 2015
  2. Congenital Syphilis-CDC Fact Sheet
    https://www.cdc.gov/std/syphilis/stdfact-congenital-syphilis.htm
  3. Alexander JM, et al., Obstet Gynecol 93: 5-8, 1999
  4. Workowski KA, Bolan GA, CDC MMWR Recomm Rep 64: 1-137, 2015
  5. Celeste Souza Rodrigues, et al., Rev Saude Publica 42: 851-858, 2008
  6. Qin JB, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 33(12): 2183-2198, 2014
  7. 水主川 純ら, 日本周産期・新生児医学会雑誌 46: 1263-1266, 2010
  8. 国立感染症研究所, IASR 34: 113-114, 2013

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)
 金井瑞恵 錦 信吾
同 感染症疫学センター
 島田智恵 有馬雄三 砂川富正 高橋琢理 松井珠乃 大石和徳
国立国際医療研究センター国際感染症センター
 国際感染症対策室 堀 成美
東京医科大学病院渡航者医療センター 多田有希
国立感染症研究所細菌第一部 大西 真

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