国立感染症研究所

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フタトゲチマダニ刺咬後に早期診断され良好な経過をたどった重症熱性血小板減少症候群の1例

(IASR Vol. 34 p. 207-208: 2013年7月号)

 

2013年1月に国内で初めて重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスによる感染症患者が報告された1)。その後、西日本で19例の報告があり、うち9例が死亡している(2013年5月27日現在)。今回、比較的発症早期から臨床経過が追え、医療介入により良好な経過をたどったSFTSの1例を経験したので報告する。

症例は徳島県在住の73歳男性(海外渡航歴と3カ月以内の県外移動歴なし)、2013年5月1日に自宅近くで農作業をしていたことが確認されている。同年5月5日左側腹部を刺咬中のマダニに気づき、家人によりほぼ完全な状態で摘除されている。5月6日に感冒様症状を自覚し、翌5月7日(マダニ刺咬後7日目)に発熱と嘔吐、下痢などの症状が出現したため当院初診となった(第1病日)。来院時現症では体温38.0℃、発熱に伴う顔面の紅潮はみられるものの明らかな紅斑や皮疹はみられず、嘔気、下痢症状と臍周囲に軽度の圧痛がみられた。両頚部、腋窩および鼠径リンパ節の腫脹はなく、左側腹部にマダニによる刺咬痕およびその周囲に径約2cmの円形発赤がみられた。なお、刺咬していたマダニは馬原アカリ医学研究所にてフタトゲチマダニ成虫雌と同定され、飽血に近い状態であった(6月28日現在生存、産卵あり)。初診時の血液検査所見では末梢血白血球数 3,000/mm3、血小板数17.1万/mm3、CRP 0.32 mg/dL、AST 37 IU/L、ALT 21 IU/L、LDH 285 IU/L、CK 52 IU/L、一般尿所見では尿蛋白(±)、潜血(±)であった。受診時よりダニ媒介リケッチア感染症(日本紅斑熱やツツガムシ病)が強く疑われたため補液とともにミノサイクリン塩酸塩(200 mg/日)が投与された。第3病日には体温38.1℃、腹部症状に加えて頭痛、全身倦怠感の増強がみられた。血液検査所見では末梢血白血球数1,300/mm3、血小板数11.3万/mm3、CRP 0.24 mg/dL、AST 85 IU/L、ALT 42 IU/L、LDH 391 IU/Lと白血球数の著減と血小板数の減少傾向がみられた。この臨床経過からSFTSを疑い保健所に検査を依頼した。第4病日には体温37.5℃、自覚症状の改善がみられたものの、末梢血白血球数 1,300/mm3(好中球39%、単球8%、リンパ球53%)、血小板数10.3万/mm3、CRP 0.11 mg/dL、AST 92 IU/L、ALT 43 IU/L、LDH 328 IU/L、CK 352 IU/Lとさらに血小板数の減少がみられた。日本紅斑熱等ダニ媒介性リケッチア感染症を考慮して塩酸シプロフロキサシン(400 mg/日)を追加投与した。同日午後に徳島大学病院入院となった。夕刻には前日提出した血液のSFTSウイルスRT-PCR疑陽性と報告され、抗ウイルス剤(リバビリン)が追加された。第7病日のフェリチンは2,172 ng/mLと著増し、第8病日(マダニ刺咬後14日目)に血小板数 5.0万/mm3と最低値を示した。以後順調に病状改善し、重篤な出血傾向や多臓器不全を来すことなく、5月21日(第15病日)軽快退院した。

この間、5月15日に国立感染症研究所からの報告にて急性期血液からのSFTSウイルス遺伝子の増幅によりSFTSウイルス陽性と確認され、徳島県より本県初発例として公表された。

これまでの日本国内での報告2,3)では患者の病状が重篤化あるいは死亡後にSFTSウイルスの検出もしくは抗体陽性結果より診断された症例が多く、治療中のSFTSウイルス感染の判明は少ない。本症例は発病初期より詳細に臨床経過が観察され、治癒しえた本邦初の報告と思われる。中国4-6)では241例のSFTSウイルス感染疑い例のうち171例がRT-PCRや抗体検査で陽性を呈した。171例のうち21例が死亡(致死率12%)している。患者年齢も73歳と壮年から高年に多いとする中国からの報告に合致し、本例の発生時期は5月であり、中国から報告されているマダニが活発となる4~11月に一致している。

本例ではマダニ刺咬後6日目より感冒症状を自覚し、7日目(第1病日)には発熱、消化器症状が出現した。しかし、血液学的に血小板数減少や肝障害はほとんどみられず、白血球数の減少傾向がみられた程度であったが、第3病日には著明な白血球数減少、血小板数減少、肝障害などが出現している。鹿児島県内で発症、死亡した症例についてもマダニが付着してから6~8日後に発熱や腹部症状がみられている。本例では病初期からの経過を通してCRPの上昇はみられず、これはウイルス感染に認められる所見で日本紅斑熱やツツガムシ病とは異なる所見であった。CKについては病初期での上昇はなく、第4病日になって上昇がみられた。なお、経過中血清フェリチンは著増し、血球貪食状態の反映と考えられた。本例では臨床症状の出現が検査値異常の出現より早期であった。マダニとの関連が疑われ、発熱、消化器症状があり、白血球数の増加がなくCRPが陰性のときには、症例定義に合致していない場合でも本症を強く疑うべきである。

治療に関してリバビリン使用の報告はあるが、その有効性については確認されていない。本例ではダニ媒介性リケッチア感染症が疑われたため発症当初よりミノサイクリン塩酸塩が使用され、塩酸シプロフロキサシンが追加投与されている。日本紅斑熱の重症例には、テトラサイクリン系とニューキロノン系抗菌薬による併用療法の有用性が報告されている7)。SFTSにおいては今後の治癒例における治療内容の蓄積、経時的な抗体価の推移やサイトカインの測定などの詳細な解析が待たれる。

今までにマダニから検出されたSFTSウイルス遺伝子は、患者から分離されたものとは完全には一致できていないとの報告もある8)。本例は、フタトゲチマダニ刺咬によりSFTSを発症したことが確認された本邦初の患者であり、そのフタトゲチマダニは生存し、産卵していることから、病原体分離や継卵伝搬などのウイルス学的検索についても今後の研究結果が期待される。

中国でのSFTS感染例では致死率が12%と日本における報告と比べて低い傾向にある。おそらく日本国内での報告はほとんどが重症例であり、軽症に推移した例や不顕性感染例も多く存在する可能性がある。

最後に、SFTSウイルスの検出をして下さった徳島県および国立感染症研究所の関係各位に深謝する。

 

参考文献
1) 西條政幸, 他, IASR 34: 40-41, 2013
2) 西條政幸, 他, IASR 34: 110, 2013
3) 西條政幸, 他, IASR 34: 108-109, 2013
4) Yu XJ, et al., N Engl J Med 364: 1523-1532, 2011
5) Xu B, et al., PLoS Pathog 7: e1002369, 2011
6) Gai ZT, et al., Clin Infect Dis 206: 1095-1102, 2012
7) 馬原文彦, IASR 27: 37-38, 2006
8) 福士秀悦, 他, IASR 32: 193-195, 2011

 

国立病院機構東徳島医療センター 井内 新 青野純典 福野 天 朝田完二 長瀬教夫
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部呼吸器・膠原病内科分野 西條敦郎 東 桃代 木下勝弘 西岡安彦
馬原アカリ医学研究所 藤田博己 馬原文彦

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