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背景
風疹は発熱、発疹、リンパ節腫脹を3主徴とするが、比較的軽症に経過し正しく診断されないことも多い一方で、高熱が続き、合併症等を理由に入院を必要とする場合もある。風疹に感受性のある妊娠20週頃までの妊婦が風疹ウイルスに感染すると、白内障、先天性心疾患、難聴等を特徴とする先天性風疹症候群(CRS: congenital rubella syndrome)の児が生まれる可能性がある。風疹、CRSに対しては共に特異的な治療法はないが、感染・発症前のワクチン接種は有効な予防手段であり、風疹含有ワクチンの最大の目的の一つがCRS予防である。
2013年7月16日現在、2008年以降最大の風疹流行が継続中である。近年の流行は、妊娠子育て世代の成人に患者が多いという特徴があり、今後のCRSの発生増加が懸念される。
風疹の疫学的所見
- 厚生省(当時)感染症発生動向調査事業(1982~1999年3月)に基づく定点報告による風疹患者発生数をみると、風疹の全国的大流行は、調査事業の開始された1982年、1987~88年、1992~93年と、ほぼ5年ごとに繰り返されてきた。主な流行年の年間報告数(定点あたり報告数)は、321,880(163.6):1982年、411,772(172.9):1987年、223,758(92.7):1992年であった。当時の定点は、全国約2400か所の小児科医療機関であったが、全国の全小児科医療機関は約3万か所あるため、全国ではその10倍以上の患者が発生していたと考えられる。
- 感染症法に基づいた感染症発生動向調査では、1999年4月以降、風疹は全国約3000か所の小児科医療機関(定点)から毎週、患者数が報告される定点把握疾患であったが、2008年に全ての医師に診断した患者の報告を求める全数報告疾患となった。
- 幼児に風疹含有ワクチンの定期接種が始まった1995年度以降、風疹の大規模な全国流行はみられていない。
- 2004年に患者推計数 3.9万人(定点報告数4,239)の流行が発生した後、報告数は減少し、2010年には全数報告として年間87人となった。2011年は複数の集団発生が確認されたが、地域内の小規模な発生にとどまった。しかし、2012年から報告数が急増し、1年間で2,392人と、2010年に比べ27倍となった。その後も報告数は増加し続け、2013年1月1日~7月7日の約6か月で既に12,469 人(暫定数)と2012年1年間の5倍以上となり、2012年同期(~7月8日)と比較すると約20倍となった。2013年1月1日~7月7日までに報告された地域は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の4都県で約45%を占めているが、過去4週間の増加を見ると、これらの4都県に加えて、大阪府、兵庫県、鹿児島県、京都府、福岡県、愛知県、和歌山県からの報告数が多い。性、年齢群別では、男性が77%(9,586人)、うち20~40代が82%(7,879人、報告全体を分母とした場合には63%)となっている。女性では20代が41%と最も多い。予防接種歴は64%が不明で、30%が無しであった。
- 2013年の診断週別風疹報告数は、全国では第19~22週の800人台/週をピークとしその後減少傾向にある。19~22週の4週間と23~26週の4週間の症例数を地域別に比較すると、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県の4県の合計が、1678人から988人と41%減少しているのに対し、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の1都3県では、1098人から831人と24%減にとどまっている。愛知県、福岡県、鹿児島県を含む15県では、増加が認められる。
- 感染症発生動向調査からの暫定的な情報に基づくと、2013年第27週(診断週)時点の風疹の主な症状は、発熱が89.2%、発疹が99.5%、リンパ節腫脹が71.7%、関節痛・関節炎が19.1%に認められた。また、2012年には風疹の合併症として急性脳炎が5例、血小板減少性紫斑病が13例報告され、2013年は7月7日時点でそれぞれ11例、54例が報告されていた。これらの合併症の、文献的な発生頻度はそれぞれ4,000~6,000例に1例、3,000~5,000例に1例程度とされている(参照:感染症発生動向調査週報2001年第3巻第29週、感染症発生動向調査週報2013年通巻第15巻第17・18合併号)。
- 2013年1月~6月30日に感染症発生動向調査に報告された風疹の感染原因・感染経路に関する情報として、「職場・会社・同僚・仕事現場・仕事上の接触」などの職場、「家族・夫・妻・父・母・兄・姉・妹・子ども・子供・息子・娘・祖父・祖母」などの家族、「学校・塾・保育所・保育園・小学・中学・高校・大学・幼稚園・スクール」などの学校、「院内感染・見舞・病院出入り・病院勤務・入院していた患者」などの医療機関を示唆する語句が、それぞれ少なくとも970例、581例、141例、15例確認された(一部重複あり)。
先天性風疹症候群(CRS)
- 1965年、沖縄県で風疹の大流行が発生し、妊婦の25~30%が風疹ウイルスに感染したと推定された。妊娠初期4か月間に感染した妊婦は2000~2400人と推定されたが、その人数の17~20%に相当する408人のCRSの出生が確認された。この比率は過去の知見と矛盾はない。日本では、1999年4月の感染症法施行まで、CRSサーベイランスは無かった。1993年に行われた、聴覚特別支援学校を対象とした全国調査に基づく報告では、1981~89年に出生した272人のCRSが確認されている。その報告によると、出生10万対CRS罹患率は、1981~82年及び1987~88流行期には1.56~9.95と、非流行期の0.20~0.72に比較して高いことが示された。
- 1999年4月以降、感染症法のもと、すべての医師にCRSの報告が義務付けられた。
- 1999年4月1日~2013年7月7日の間に、CRS は32例報告された。2004年の10例を除き、年間の報告数は0~2例であったが、現在の風疹流行が始まった2012年以降は、13例のCRSが以下の地域から報告された:東京(3例)、兵庫(2)、愛知(2)、大阪(2)、香川(1)、埼玉(1)、神奈川(1)、千葉(1)。32例中21例は母親が妊娠中に風疹と診断されていた。母親の予防接種歴が記録で確認されているのは1例のみであった。
風疹に対する免疫(予防接種・抗体保有率)
地域別の比較は、感染症流行予測調査事業による抗体検査が全自治体で実施されていないことから、実施14自治体の結果であるが、20~40代の地域別の抗体保有率(HI抗体価1:8以上)は、女性では調査した14自治体のほとんどで90%以上(92~100%)であったが、1自治体のみ82%であった。一方、男性では90%以上(94~99%)を示したのは2自治体のみであり、80%台(80~86%)が9自治体、70%台(77~79%)が3自治体であった。患者報告数が多い自治体と抗体保有率が低い自治体に明らかな相関はみられなかった。抗体保有率の低い自治体では今後の感染拡大が懸念される。
風疹含有ワクチンの副反応
- 風疹含有ワクチンは、安全性の高いワクチンである。比較的よく見られる副反応とまれな副反応について下記に示す。
- 比較的よく見られる反応(頻度は数%~数十%・数日以内に治ることがほとんど)
- 全身性の反応としては、初回接種時の発熱・発疹、年少児では発熱とともに熱性けいれん、じんましんなどのアレルギー反応、リンパ節腫脹、関節痛等が知られている。成人では小児に比べて関節痛の頻度が高い。
- 頻度は低いが、局所反応としては、接種部位の発赤、腫脹がある。
- 重い副反応(頻度はまれ)
アナフィラキシー、脳炎・脳症、血小板減少性紫斑病、年長者では血管迷走神経反射による失神等が知られている。
現在の対応
- 厚生労働省による対応
2012年の風疹流行開始後、厚生労働省は、2012年5月25日、同年7月19日、2013年1月29日、同年2月26日に、事務連絡及び課長通知を発出し、自治体や関係機関向けに、風疹流行に対する注意喚起とともに、定期接種の積極的な勧奨の他、①妊婦の夫、子ども及びその他の同居家族、②10代後半から40代の女性、③産褥早期の女性に対して、風疹含有ワクチン(麻疹風疹混合ワクチンなど)の任意接種の検討をするように周知を図ること、産婦人科・小児科医療機関等への情報提供を依頼した。さらに、日本医師会、日本産婦人科学会等と連携して、政府広報・厚労省ホームページ、メールマガジン、ポスター等で注意喚起を行った。また、職域、新婚夫婦等、ターゲット層を絞ったリーフレットの作成、日本医師会と連携した情報提供と夜間休日の接種機会の確保、日本産婦人科学会等と連携して、妊娠中の感染症予防策の情報提供を実施した。
2013年5月以降の任意のMRワクチン接種者数の急激な増加により、現在の接種者数の水準がこのまま続いた場合、今夏以降にMRワクチンが一時的に不足する恐れがでたことから、7月2日、課長通知を発出し、関係者に風しんワクチンの安定供給に関する協力を依頼すると共に、任意接種においては、上記①及び②のうち、抗体価が十分であると確認できた人以外の人を優先して接種を実施できるように協力を依頼した。
- 産婦人科を対象とした相談体制
風疹ウイルスに感染した(疑いを含む)妊娠中の女性を診療する医療機関(1次施設)を支援するため、厚生労働省研究班により、産婦人科医を対象とした相談窓口(2次施設)が地域ごとに設置されている。
<リスクアセスメント>
- 20~40代の男性を中心に風疹の流行が継続しており、今後も流行地域の拡大、感染者数の発生が続くと考えられる。今後のCRSの発生数の予測は調査研究結果を待たねばならないが、現在の流行状況を勘案すると、さらに増加すると考えられる。2013年のCRSの報告は、6月9日時点で既に2012年の報告数より増加した。今後も風疹流行が継続し、CRS予防策が十分なされない場合には、CRSの報告は更に続くと思われる。
- 2013年の流行は、全国的には第19~22週をピークに減少傾向にあるが、流行のトレンドは地域によって異なっており、むしろ増加している地域も認められる。引き続き警戒が必要である。
- CRS予防の観点からは、今後妊娠する可能性のある女性に対し、妊娠前にワクチン接種を行うことが最も重要である。この場合、妊娠している可能性がないかについての問診を尽くすことに加えて、接種後、少なくとも2 か月間の避妊が必要なことを再度説明する必要がある。しかし、万が一、ワクチン接種した後に妊娠が分かった場合でも、世界的にみてもこれまでにワクチンによるCRSの発生報告はない。
- さらに、妊娠中の女性の夫や子どもなどの同居家族が、風疹含有ワクチンを接種することによって、妊娠中の女性が風疹ウイルスに感染する可能性を下げることが期待される。
- 現在の流行を抑制するためには、他の年齢層よりも風疹に対する抗体保有率が低く、流行の2/3を占める20代~40代の男性が風疹含有ワクチンを接種することにより免疫を持つことが重要である。その際、流行が発生している地域における緊急性は高いと考える。
- 一般的に、風疹は家庭内、学校、職場、医療機関等で感染が拡大することが知られており、そのような場における感染拡大防止が重要である。学校保健安全法による出席停止期間は、発疹が消失するまでである。風疹ウイルスの排泄期間は発疹出現の前後約1週間とされているが、解熱すると排泄されるウイルス量は激減し、急速に感染力は消失する。症状を有する間は出勤や外出等は控える事が望ましい。
参考資料 風疹含有ワクチン1回接種者における年齢/年齢群別風疹抗体保有状況、2012年(暫定値)~2012年度感染症流行予測調査より~
※ 2012年度感染症流行予測調査事業風疹感受性調査実施都道府県:宮城県、山形県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、長野県、愛知県、三重県、京都府、山口県、高知県、福岡県
【抗体価測定:赤血球凝集抑制法(HI法)/n=1,447】
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