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<速報>風疹髄膜脳炎を発症した成人男性の1例

(掲載日 2013/3/12)

 

発熱、全身の紅斑、痙攣重積で当院へ救急搬送され、精査の結果、風疹による髄膜脳炎と診断した1例を経験したため報告する。

症 例:生来健康な25歳男性、2013年2月某日より発熱、両側眼球結膜の充血を認めた。第2病日には39℃を超える高熱を呈したため、近医を受診し、ロキソプロフェン、ガレノキサシンの内服を開始した。第3病日に体幹、四肢、顔面に点状の紅斑が出現した。その後も発熱は持続しており、第5病日に軽度の頭痛が出現し、同日深夜に軽度の嘔気を訴えた後、全身性痙攣を認めたため救急要請された。ワクチン接種歴は不明であったが、家人は風疹の既往はあり、麻疹の既往はないと認識していた。過去1カ月以内の海外渡航歴はなかった。また、明らかな発疹を呈する患者との接触はなかった。

来院時も全身性痙攣が継続しており、ジアゼパム投与によりいったん止痙した。意識状態はGCS:E4V2M5、体温36.6℃、血圧120/60 mmHg、脈拍68回/分、呼吸数22回/分、SpO2 99%(室内気)であった。身体所見上、両側眼球結膜の充血・点状出血と、眼周囲に特に強く、四肢の中央と両上腕部、両大腿部に広がりわずかに隆起する紫斑および点状出血を認めた。発疹は一部癒合傾向を認めた。後頸部をはじめとしてリンパ節腫脹は明らかでなかった。項部硬直は認めず、Kernig signは陰性であった。胸部、腹部所見に異常は認めなかった。

血液検査所見は、WBC 7,760/μl、Plt 13.2万/μl、CRP 0.55 mg/dl、AST 30 IU/L、ALT 36 IU/L、LDH 393 IU/L、CK 81 IU/L、BUN 13.3 mg/dl、Cre 0.97 mg/dlと、軽度の血小板低下以外大きな異常は認めなかった。髄液検査では、細胞数 38.4/μl(好中球 6.7/μl、リンパ球31.7/μl)、糖 62 mg/dl、蛋白 130 mg/dlと異常を認めた。髄液のラテックス凝集反応、グラム染色は陰性であった。頭部CT検査では明らかな異常を認めなかった。インフルエンザ迅速検査、アデノウイルス迅速検査は陰性であり、咽頭ぬぐい液の麻疹PCRも陰性であった。

入院時より髄膜脳炎としてバンコマイシン、セフトリアキソン、アシクロビルによる治療を開始した。入院前に再度全身性痙攣を生じ、意識障害も遷延していることから詳細な持続時間は不明だが痙攣重積と判断し、痙攣コントロールのために挿管人工呼吸管理となった。第7病日には36℃台へ解熱し、皮疹は、入院後消退傾向を示し、経過良好であったため同日に抜管、第8病日には意識清明となり、髄液や血液培養検査は陰性であったため抗菌薬を中止した。第8病日の頭部MRI検査では、脳溝にFLAIR高信号域とGd造影によるpia-subarachnoid patternの増強があり、髄膜炎の所見と考えられた。脳波検査では、両側前頭極部に棘徐波複合、鋭波を認めた。身体所見上、明らかな神経学的異常を認めなかったが、脳波異常を認めたことからカルバマゼピンの内服を継続として、第16病日に退院となった。

近医を受診した第4病日の風疹抗体はIgM(0.13、抗体指数)、IgG(<2.0、EIA index)ともに陰性であった。第9病日の血液検査にて風疹IgMの陽転化 (9.15、抗体指数)の所見を認めた。第6病日の髄液の風疹抗体についてもIgM陽性(2.26、抗体指数)、IgG陰性(0.14、EIA index)と抗体価上昇を認めていた。後日、第6病日の咽頭ぬぐい液PCRにより風疹ウイルスが同定された。なお、髄液の風疹ウイルスPCRについては検査依頼中である。

上記の臨床経過と検査結果より、皮疹やその他の臨床所見が非典型的ではあったが、風疹による髄膜脳炎と診断した。

考 察:本邦において、2012年の夏以降急速に風疹の報告数が増えており、特に東京における報告数の増加が著しい1)。女性と比べて男性が約4倍程度の症例を認め、年代としては、20~40代の成人例の報告が多い2)。風疹ワクチンは、1977年8月より中学生女子のみに定期接種が開始された。1995年4月から乳幼児男女を対象に定期接種が開始された。1989年度~1992年度にかけては麻疹ワクチン接種時にMMRワクチン(麻疹風疹おたふくかぜ混合ワクチン)が選択可能であり、1995年の接種制度移行期の救済措置としてのワクチンが接種可能であったものの、この年代における男性あるいは集団接種を中止したのちの女性において、風疹ワクチンの接種率は極めて低かった。

本症例は、1987年の生まれであり、MMRワクチンの接種や制度移行期の救済措置としての予防接種を行わなかった可能性が高い。また、家人の認識では風疹罹患後と認識していたが、IgG抗体価からその可能性は否定的であった。ワクチン接種歴がなく風疹罹患歴があると認識している者のうち16%は風疹に未罹患であったという報告3)もあり、風疹の場合には罹患歴に関する病歴は確実ではないとも考えられた。

風疹は、微熱、頸部リンパ節腫脹、全身の発疹の三徴を呈するウイルス疾患である。不顕性感染も多く、発症者の多くは軽症例であるが、関節炎、血小板減少、甲状腺炎、脳炎を時に合併する。脳炎を呈するのは、6,000人に1人の頻度と稀な合併症である4)。脳炎症状は、皮疹の出現から通常1~8日後に認められる。主要な神経学的所見は、頭痛、失調、片麻痺であり、意識の変容、昏睡、痙攣を呈するのは稀である。80%は後遺症なく回復するとされる4)。稀な合併症ではあるが、小児よりも成人の方が発生頻度が高いとも報告されており、昨年も本邦で成人の脳炎症例が発生している5)。

結 語:風疹の多くは軽症例であるが、時に脳炎などの重篤な合併症を呈する。現在の流行期においては、風疹患者数の増加に伴い、今後も風疹による重症合併症例の発生が懸念される。このような事実を含めて、妊婦を除く妊娠可能年齢の女性やそのパートナー以外の一般成人に対しても、注意喚起とワクチン接種の勧奨を行っていく必要がある。国立感染症研究所や当院においても風疹流行に関しての啓発ポスター6,7)を作成し、注意を呼びかけている。

また風疹は、非典型的な症状を呈する例も見られることから、全身の紅斑を認める患者では、風疹を鑑別に挙げ精査を行うとともに、診療側の風疹ワクチン接種歴や抗体価の確認を含めて適切な感染拡大防止策を検討することが重要である。

 

参考文献
1) 東京都健康安全研究センター・東京都感染症情報センター  
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/rubella/ [accessed on 2013/3/6]
2) 国立感染症研究所・感染症情報センター  
http://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/rubella/2013pdf/rube13-08.pdf [accessed on 2013/3/6]
3) 感染症学雑誌 62: 652-656, 1988
4) Figueiredo CA, et al., Infection 39: 73-75, 2011
5) IASR <速報>神戸市における風疹発生状況と脳炎患者からの風疹ウイルスの検出  
http://www.niid.go.jp/niid/ja/rubella-m-111/rubella-iasrd/2919-pr3932.html [accessed on 2013/3/6]
6) 国立感染症研究所・風しん予防啓発ポスター  
http://www.niid.go.jp/niid/ja/rubella-poster2013.html [accessed on 2013/3/6]
7) 国立国際医療研究センター・国際感染症センター Webページ
http://www.ncgm.go.jp/dcc/ [accessed on 2013/3/6]

 

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