国立感染症研究所

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特別養護老人ホームにおけるライノウイルスの集団感染事例―富山県

(IASR Vol. 37 p.179-180: 2016年9月号)

ヒトライノウイルス(HRV)は, 小児を中心に幅広い年代層が罹患する上気道炎の主な原因であり, 喘息の増悪に関与することが知られている。年間を通して流行するが, 春と秋に感染者が多い1)

2016年6月中旬~7月中旬にかけて, 富山県内の特別養護老人ホームにおいて上気道症状を中心とした呼吸器疾患の集団感染が発生した。発症した入所者からHRVが検出されたので概要を報告する。

2016年6月27日に当該施設(入所者75名, 短期利用15名, 職員57名)から管轄保健所に発熱や咳などの呼吸器症状を呈する入所者が多数いるとの報告があった。保健所は施設内の患者発生状況を調査した。その結果, 2016年6月14日~7月14日の間に発熱, 咳, 鼻汁を主症状とする入所者が31名(41.3%), 職員が12名(21.1%) 確認された()。患者の多くは上気道炎であったが, 3名が肺炎, 4名が気管支炎と診断され, 2名が入院した。インフルエンザウイルス, 尿中肺炎球菌抗原, 尿中レジオネラ抗原の迅速検査を5名について, 喀痰の抗酸菌検査(塗抹および培養検査), 結核菌を対象にした核酸増幅検査(PCR)を4名について実施したが, いずれも検出されなかった。

保健所は, 原因となった病原体を明らかにするために, 呼吸器症状を呈した入所者6名から, 6月30日に鼻腔ぬぐい液を採取し, 当研究所に検査を依頼した。当所では, ヒトパラインフルエンザウイルス, RSウイルス, ヒトメタニューモウイルス, HRV, エンテロウイルス, ヒトボカウイルスおよびアデノウイルスを対象としたPCRを実施した。その結果, 6名中3名からHRV遺伝子が検出された()。その他の呼吸器ウイルスは検出されなかった。 HRV遺伝子増幅・検出には, VP4-VP2領域を増幅するプライマーセットEVP2, EVP4, およびOL68-1を用いた2,3)。得られたHRV遺伝子をシークエンス解析したところ, 3名から検出されたHRVはBLAST検索により, すべてHRV-A(HRV species A)と推定され, 解析株間の塩基配列は100%一致した。このことから, 本事例はHRV-Aを原因とする集団感染と推定された。

なお, 当該施設では, 面会および短期入所利用者の制限, 施設内の消毒, 手洗い手拭きの励行, マスク着用, 換気, 発症者の早期発見と居室分離, 風呂食事の順番の遵守などの感染拡大防止対策を実施した。その結果, 7月12日以降, 新たな患者は確認されていない。

集団生活の場において, HRVを含む呼吸器ウイルス感染症は, 飛沫や接触により感染が拡大しやすい4,5)。また, 感染者が高齢かつ基礎疾患(慢性肺疾患や糖尿病など)を有する場合は, 重症化することもある。高齢者施設で本事例のような呼吸器感染症が発生した場合, 早期に感染拡大防止対策を講じることが重要である。また, 各地域での呼吸器感染症の流行状況を知ることも予防対策に役立つと考えられる。しかしながら, 呼吸器感染症の原因病原体のうち, 医療機関で使用可能な迅速検査キットはインフルエンザウイルス, RSウイルス, アデノウイルス, 溶血性連鎖球菌などに限られており, HRVを検出する迅速試薬は市販されていない。また, HRV感染症は感染症発生動向調査病原体検査の対象外であり, 地域の流行状況を把握することは難しいと思われる。したがって, 施設では入所者のみならず職員の健康状態も日常から把握することや, 来所者にも注意を促すこと, 早期の予防対策を実施することが重要である。

HRVは100種類以上の血清型があり, それらはVP1遺伝子やVP2-4領域の遺伝子解析により3種(HRV-A, HRV-BおよびHRV-C)に分類される。また, HRV-Cによる肺炎などによる入院例も多く報告されている6)。今後, 本事例において検出されたHRV-Aも, 高齢者では重症化する可能性を念頭におくことが重要と考えられる。

謝辞:本報告を行うにあたり, 検体採取および情報提供にご協力くださいました関係各位に深謝いたします。

 

参考文献
  1. White DO, et al., 医学ウイルス学 第4版, 近代出版, p355-357, 1996
  2. Ishiko H, et al., J Infect Dis 185: 744-754, 2002
  3. Rotbart HA, et al., J Clin Microbiol 28: 438-442, 1990
  4. 横井 一ら, IASR 34: 234-235, 2013
  5. 矢野拓弥ら, IASR 36: 163-164, 2015
  6. Knipe DM, et al., Rhinoviruses, Field’s Virology 第6版, p531-545, 2013

富山県衛生研究所ウイルス部
 板持雅恵 稲畑 良 稲崎倫子 名古屋真弓 佐賀由美子 米田哲也 小渕正次
富山県厚生部健康課
 三井千恵子 新保孝治 加納紅代

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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