国立感染症研究所

麻しんは「はしか」とも呼ばれ、麻しんウイルス(Paramyxovirus 科Morbillivirus 属)によって引き起こされる感染症で、39℃前後の高熱と耳介後部から始まって体の下方へと広がる赤い発疹を特徴とする全身性疾患である。麻しんに対して免疫を持たない者が感染した場合、典型的な臨床経過としては10~12日間の潜伏期を経て発症し、カタル期(2~4日間)、発疹期(3~5日間)、回復期へと至る。一方、ヒトの体内に入った麻しんウイルスは、免疫を担う全身のリンパ組織を中心に増殖し、一過性に強い免疫機能抑制状態を生じるため、麻しんウイルスそのものによるものだけでなく、合併した別の細菌やウイルス等による感染症が重症化する可能性も生じうる。麻しん肺炎は比較的多い合併症(麻しん患者10人に1~2人)で麻しん脳炎(麻しん患者1,000人に1人)とともに2大死亡原因といわれている。さらに罹患後7~10年の期間を経て発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE、麻しん患者10万人に1人)などの重篤な合併症もある。また、先進国であっても麻しん患者1,000人に1人の割合で死亡する可能性がある。麻しんは接触感染、飛沫感染、空気感染(飛沫核感染)のいずれの感染経路でも感染し、発症した場合に麻しんに特異的な治療方法はない。手洗い、マスク等の感染対策も十分に効果的な予防手段とは言えず、唯一の有効な予防方法はワクチンの接種によって麻しんに対する免疫を予め獲得しておくことであり、2回のワクチン接種を受けていればまず罹らずにすむといえる。

 麻しんは、2008年の1月1日から5類の全数報告疾患に位置づけられた。2008~2010年の発生状況は、それぞれIDWR2009年第4号(https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/idwr0904.html)、同2010年第4号(https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/idwr1004.html)、同2011年第15号(https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/idwr1115.html)で報告したので参照して頂きたい。

 2011年第1~52週(2011年1月3日~2012年1月1日診断のもの、2012年3月9日現在)の麻しん患者発生報告数は33都道府県(2010年から5県減少)から442例であった。これは2010年の447例(2012年3月9日現在)とほぼ同様の報告数であった。週別報告数の推移をみると、第4~6週に小さなピーク、第15~20週に大きなピークを形成していた。特に第17週と第20週は報告数が30例を超え、2009年以降、最も多い週当たりの報告数であった(図1)

 都道府県別に累積報告数をみると、東京都177例、神奈川県45例、愛知県32例、埼玉県29例、千葉県26例、広島県25例、兵庫県14例、栃木県および大阪府12例の順となっていた。2010年10月1日現在の各都道府県の人口をもとに、100万人当たりの報告数に換算すると、東京都13.45、広島県8.74、栃木県5.98、神奈川県4.97、愛知県4.32、千葉県4.18、埼玉県4.03の順であった。日本全体では、100万人当たりの報告数は3.45(2008年86.2、2009年5.72、2010年3.49)となった(図2)

 病型別累積報告数は、臨床診断例126例(28.5%)、検査診断例205例(46.4%)、修飾麻しん(検査診断例)111例(25.1%)となっており、修飾麻しんを含めた検査診断例の割合は71.5%であった。この割合は2010年(73.2%)からやや減少したが、麻しんウイルスの分離・同定またはPCR法の実施率は、2010年の8.3%(修飾麻しんを含めた検査診断例327例中27例)から、2011年は45.6%(同316例中144例)と大幅に増加した。さらに都道府県別で病型別割合をみると、多くの自治体で検査診断例が50%以上を占めていた(図3)

図1. 麻しんの週別報告数(2011年)および累積報告数(2010、2011年)

図2. 麻しんの都道府県別人口100万人当たり報告数(2011年)

図3. 麻しん報告数の都道府県別の病型別割合(2011年)

 年齢群別では0~4歳121例(27.4%)、30~34歳54例(12.2%)、5~9歳/20~24歳40例(9.0%)、25~29歳39例(8.8%)、10~14歳/15~19歳35例(7.9%)、35~39歳26例(5.9%)の順となり、20歳以上の成人層が47.7%を占めた。年齢別では、1歳52例、0歳25例、3歳17例、4歳16例で、1歳が患者発生の中心であった(図4、図5)

 麻しん含有ワクチンの接種歴別の報告数は、接種歴なし131例(29.6%)、1回接種140例(31.7%)、2回接種26例(5.9%)、接種歴不明145例(32.8%)となっており、接種歴不明が最も多く、次いで1回接種、接種歴なしの順であった(図5)。このうち、1回の接種歴のある症例の割合が多い5歳以下の症例についてみると、報告数は127例であり、このうち接種歴がある者は63例(63/127=49.6%)であった。これらのなかでワクチンの接種日と麻しんの発症日の記載があったものは41例で、うち8例は接種日から発症日までが28日以下であり、ワクチンそのものの反応も否定できない症例であった。接種歴のある63例のうち、検査診断例は40例(40/63=63.5%)、このうち、具体的な検査結果の記載があったものは21例であったが、麻しんの診断が確実と思われた症例は、PCR法で麻しんウイルス遺伝子の検出があったもの3例(3/63=4.8%)、IgM抗体価8.0以上2例(3.2%)、ペア血清での麻しん抗体価の有意な上昇(IgM抗体価1.78→8.21)1例(1.6%)の計6例(9.5%)のみであった。IgM抗体価0.89~2.89の値(伝染性紅斑などの他疾患との交差反応が指摘され、麻しんでない可能性が高いとされている)をもって「IgM抗体価陽性」と判断され、検査診断例と届出されたものが13例(20.6%)あった。

 遺伝子型の情報を得られた症例は96例あり、D4が最も多く51例(51/96=53.1%)、次いでD936例(37.5%)、D8 8例(8.3%)G3 1例(1.0%)だった。これらの遺伝子型の結果や、国外で感染した症例との疫学的関連の有無の情報をもとに、感染地域について、国外、国内①(国外例と疫学的に関連)、国内②(国外例との疫学的関連は認められなかったが、遺伝子型がD5以外のもの)、国内③(国内①、②以外)、国内または国外かの判別が困難だったもの、国内か国外か不明なものの6つに分類して、感染地域別に週別の報告数を図6に示す。第1~6週に報告された国外感染例とその関連症例は主に広島県からの報告であった1~2)。さらに、第11~26週では、遺伝子型が報告されたのは77例(D4 48例、D8 6例、D9 23例)で、D4 48例のうち46例は東京都からの報告であった3)

図4. 麻しん報告数の年齢群別割合(2011年)

図5. 麻しんの年齢別ワクチン接種歴別報告数(2011年)

図6. 麻しんの週別感染地域別報告数(2011年)

 麻しんの届出票に選択項目として記載されている合併症(肺炎、中耳炎、腸炎、クループ、脳炎)について、年齢群別報告数を表に示す。報告数は腸炎が最も多く15例(15/442=3.4%)、次いで肺炎9例(2.0%、うち1例は腸炎も併発)、中耳炎5例(1.1%)であり、クループと脳炎の報告はなかった。いずれの合併症も5歳未満の報告が多いが、20歳以上の成人での報告も計10例(腸炎7例、肺炎2例、腸炎と肺炎の併発1例)であり、20歳以上の症例全体の4.7%であった。死亡例については少なくとも届出時点では報告例はなかった。
 

   

表. 麻しんの合併症の年齢群別報告数(2011年)

   

 2011年の麻しんの報告数および年間の人口100万人当たりの報告数は2010年とほぼ同様の値であった。好発年齢については、2008年には約50%を占めていた10代は2009年以降15%程度となったが、相対的に20代以降の成人層の割合が増加し2011年には約50%を占めた。麻しんの診断は検査診断、特にPCR法による麻しんウイルスの遺伝子検出がより積極的に行われるようになり、その結果2006~2008年に流行の中心となっていた遺伝子型D5は2010年5月以降検出されていないこと、代わってヨーロッパや東南アジア諸国での流行株であるD4、D8、D9などが検出されていることがわかった。海外で感染した症例を発端に、学校や地域の流行に拡大する事例も認められ、麻しん含有ワクチンの接種率が全体として95%以下、つまり国内に麻しんの感受性者(ワクチン未接種および/または麻しん未罹患の者)が現状程度存在する状態では、今後もそのような事例が発生すると予想される。

 検査診断が積極的に行われるようになった一方、その検査結果の判断については必ずしも適切になされていないと思われる症例も散見される。2009年以降の日本の麻しん発生状況のように、麻しん症例が少なくなった(有病率が低くなった)環境では、もはや麻しんは臨床症状に基づき「一目で診断できてあたり前」の感染症ではなく「否定されるのは当たり前」、「疑っても検査診断で否定されることが珍しくない」感染症となった。検査実施にあたっては、発病日から検体採取日までの期間が適切であることが重要であり、適切な時期に実施された検査の結果については、ぜひ「最近の知見に基づく麻疹の検査診断の考え方(https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/pdf01/arugorizumu.pdf)」等を参考にしていただき、的確な診断をしていただきたい。

 2012年度は、日本における麻しん排除達成の目標年度である。排除を達成するためには、日本国内における麻しんウイルスへの感受性者を極力なくすことが不可欠で、そのためには2回の麻しん含有ワクチン接種率を95%以上にすることが求められる。2008年4月1日から2013年3月31日までの5年間の期限付き措置として、1回しか定期予防接種(以下、定期接種)の機会がなかった年齢層のうち、第3期(中学校1年生相当年齢)、第4期(高校3年生相当年齢)の年齢の者に対する2回目の定期接種が導入された。2009年以降、20歳未満の症例の占める割合が相対的に減少したのは、このようなワクチン対策の効果ともいえる。しかし日本全体でみると、定期接種対象者の麻しん含有ワクチン接種率は90%に届いていない。従来麻しんの流行期は春から初夏であり、定期接種対象者(1歳児、小学校入学前1年間の者、中学1年生相当年齢の者、高校3年生相当年齢の者)は、すみやかに接種を受けていただきたい(自治体によっては定期接種対象者以外の小児などでも公費助成が受けられる場合がある)。また、昨年の報告症例の半分を占めた成人についても、麻しんの罹患歴がない、または不明な方で、麻しん予防接種が未接種あるいは1回のみの接種の方、予防接種歴が不明の方は、定期接種対象外であっても積極的に麻しん予防接種を受けていただきたい。特に麻しんに感染したり、感染させたりするリスクの高い医療従事者や学校・福祉関係の従事者、海外旅行を予定している者も罹患歴や接種歴が不明な場合には、積極的に接種を受けることが勧められる。

 以下に、麻しん関連情報として感染症情報センターのホームページに掲載されている主な項目とそのURLを挙げる。麻しん対策として活用いただければ幸いである。


■麻疹(はしか):https://www0.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ma/measles.html
 1. 麻しん予防接種情報:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/01.html
 2. 教育啓発:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/02.html
 3. 発生動向:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/03.html
 4. 対策・ガイドラインなど:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/04.html
 5. 自治体等の取り組み:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/05.html
 6. Q&A:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/QA.html
 7. 関連情報:https://idsc.niid.go.jp/disease/measles/06.html

【参考文献】
1)IASR速報記事、麻疹ウイルス.広島県内における海外からの輸入麻疹およびそれに引き続く関連患者の発生 https://idsc.niid.go.jp/iasr/rapid/pr3742.html
2)IASR速報記事、麻疹ウイルス.広島県で検出されたD8型麻疹ウイルスの輸入症例による家族内感染 https://idsc.niid.go.jp/iasr/rapid/pr3772.html
3)IASR速報記事、麻疹ウイルス.東京都における麻しんウイルスの検出状況について https://idsc.niid.go.jp/iasr/rapid/pr3752.html

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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