国立感染症研究所

(2022年11月30日改訂)

梅毒は梅毒トレポネ−マ(学名:Treponema pallidum)による細菌性の性感染症で、世界中に広くみられる。梅毒は ”The Great Imitator (模倣の名人)” と呼ばれるように、全身に多彩な臨床症状をきたす可能性があり、適切な抗菌薬治療を受けなければ、深刻な健康上の影響が起こりうる。また、母子感染により、流産、死産、先天梅毒などを起こしうる。梅毒は、症例数が多いこと、治療に有効な抗菌薬があること、適切な抗菌薬治療により母子感染を防ぎうることなどから、公衆衛生上重点的に対策をすべき疾患として位置付けられている。

疫学

世界では、ペニシリンの普及により、第二次世界大戦後に梅毒の発生は激減した。しかし1990年頃から、複数の国で再流行がみられた。世界保健機関によると、2016年には、世界中で年間約630万人(15~49歳)が梅毒に新規に罹患したと推計されている。

日本においては、1948年から性病予防法に基づいた梅毒の全数報告が開始された。1999年4月からは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づく感染症発生動向調査の全数報告対象疾患となり、届出基準として検査診断が求められるようになった。このようなサーベイランス上の変化はあったものの、日本では1960年代後半に10,000例を超える大規模な流行がみられた後、小規模な報告数の増加を繰り返しながら全体としては減少し、2000年代には500~900例程度となっていた。しかし、2011年頃から増加傾向となり、2019~2020年に一旦減少したものの、2021年以降再度増加に転じた。2022年第1〜42週(2022年1月3日〜10月23日)に診断された梅毒症例の報告数は10,141例となり(2022年10月26日週報集計時点)、約半世紀ぶりの高い水準となった(IDWR 2022年第42号<注目すべき感染症> 梅毒)。近年の傾向として、異性間性的接触による報告数の増加が認められている。また年齢分布については、男性は20~50代、女性は20代に多い。直近6カ月以内の性風俗産業の利用歴・従事歴については、2022年第3四半期(第27~39週)に診断された症例において、男性の4割が利用歴あり、女性の4割が従事歴ありと報告された。先天梅毒は2018年以降、年間20例前後報告されており、2000年代の概ね10例未満と比べて高い水準となっている。

病原体

病原体は梅毒トレポネ−マ(学名:Treponema pallidum)で、直径0.1~0.2 μm、長さ6~20 μmの屈曲した6~14施転のらせん状菌である(図1)。通常の明視野光学顕微鏡では視認できず、暗視野顕微鏡で観察される。

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図1.梅毒トレポネーマの電子顕微鏡像(ネガティブ染色)

現在、試験管での培養は不可能で、ウサギの睾丸内で培養する以外に現実的な方法は見当たらない。1998 年に全ゲノムのDNA 配列が決定、公開されたが、培養の困難さなどから病原性の機構はほとんど解明されていない。

梅毒トレポネーマの唯一の自然宿主はヒトであり、また本菌は低酸素状態でしか長く生存できないため、感染経路は限定される。大部分は、菌を排出している感染者(後述の早期顕症梅毒(Ⅰ期、Ⅱ期)の患者)との粘膜の接触を伴う性行為や疑似性行為によるものである。極めてまれには、傷のある手指が多量の排出菌に汚染された物品に接触して伝播されたとする報告もある。輸血による感染は劇的に減少し、近年では輸血用血液製剤を原因とする症例の報告はない。これは保存血中での本菌の生存期間についての研究が行われ、また、血液のスクリーニングが進んだ結果である。しかし、感染後数週間以内の無症状の感染者では血清反応が陰性の場合があり、新鮮血を用いた緊急輸血などがそれらのドナーから行われる場合には、感染の可能性はある。これら以外に、感染した妊婦の胎盤を通じて胎児に感染する経路があり、先天梅毒の原因となる。

臨床症状

病期に応じて異なる臨床像を呈する一方で、無症候にもなりうる。典型的な自然経過を次に示す。なお、全ての症例が全ての病期を辿るわけではないこと、異なる病期の症状や所見が併存する可能性があること、に留意する。

なお、早期顕症梅毒(Ⅰ期、Ⅱ期)は、最も感染性が高い時期である。また、早期顕症梅毒(Ⅰ期、Ⅱ期)と感染後1年以内の早期潜伏梅毒を早期梅毒、感染後1年以降の後期潜伏梅毒と晩期梅毒を後期梅毒とよぶこともある。

早期顕症梅毒 Ⅰ期:感染後数週間(3週間程度)が経過すると、梅毒トレポネーマの侵入部位に、初期硬結、硬性下疳などの限局性の病変が出現する。また、所属リンパ節腫脹を伴うこともある。これらの症状や所見は無痛性の場合が多く、約3~6週間で自然に軽快する。

早期顕症梅毒 Ⅱ期:Ⅰ期の症状出現から4〜10週間程度経過すると、梅毒トレポネーマが全身へ血行性に移行し、全身に多彩な症状が出現する。特徴的な症状としてバラ疹があり、手掌や手背、下腿、前腕、背部などを中心に、無痛性の紅斑を呈する。その他の皮膚粘膜症状として、丘疹性梅毒疹、粘膜疹、扁平コンジローマなどがある。また、発熱や倦怠感、全身性リンパ節腫脹に加え、消化器系、泌尿器系、筋骨格系の症状や所見を呈することがある。Ⅰ期と同様、これらは自然に軽快する。

潜伏梅毒:梅毒血清反応陽性で症状が認めらない状態をさし、主に早期顕症梅毒 Ⅰ期とⅡ期の間、およびⅡ期の症状消失後にみられる。潜伏梅毒のうち、感染後1年以内を早期潜伏梅毒、感染後1年以降を後期潜伏梅毒とよぶ。早期潜伏梅毒は早期顕症梅毒 Ⅱ期に再度移行しうることから、感染性があるといわれている。一方、後期潜伏梅毒の性的接触での感染性はほぼないとされている。

晩期顕症梅毒:感染後数年〜数十年が経過すると、ゴム腫、大動脈瘤や大動脈弁逆流症などの心血管梅毒、脊髄癆や進行性麻痺などの晩期神経梅毒を呈し、致死的となることがある。ゴム種は非特異的な肉芽種性病変で、どの臓器にも形成されうるが、皮膚、粘膜、骨に形成されることが多く、周囲の組織の破壊を伴う。抗菌薬の普及などにより、現在では晩期顕性梅毒は稀であるといわれている。

神経梅毒:梅毒トレポネーマが中枢神経系に浸潤した状態であり、どの病期でも起こりうる。早期神経梅毒には、無症候の場合と、髄膜炎や脳梗塞等を呈する場合がある。更に、晩期神経梅毒に至ると、脊髄癆や進行麻痺を呈する。

眼梅毒や耳梅毒は中枢神経系の感染を伴う場合と伴わない場合があり、どの病期でも起こりうる。

先天梅毒:梅毒に罹患した母体から胎盤を介して胎児に梅毒トレポネーマが感染することにより、母体のいずれの病期でも起こりうる。出生時は無症状のことが多いが、早期先天梅毒では、生後数ヶ月以内に水疱性発疹、斑状発疹、丘疹状の皮膚症状に加え、全身性リンパ節腫脹、肝脾腫、骨軟骨炎、鼻閉などを呈する。晩期先天梅毒では、生後約2年以降にHutchinson3徴候(実質性角膜炎、内耳性難聴、Hutchinson歯)などを呈する。

病原診断

1.病原体検出

病原体検出は感染症の確定診断の基本であるが、梅毒トレポネーマの検査室での分離は不可能である。そこで顕微鏡観察によりらせん状菌の検出が行なわれてきた。しかし、早期顕症梅毒 Ⅰ期と皮膚病変のあるⅡ期の場合を除き、菌の検出は困難である。Ⅰ期に関しては、症状が現れても血清反応の陽性化まで1週間程度の期間があるので、下疳などの病巣部から病原体検出を積極的に試みる必要がある。病変部の浸出漿液を暗視野顕微鏡あるいはパーカーインクで染色して顕微鏡観察し、らせん状菌を検出する。しかしながら、現在では実施が難しくなっており、PCR法等の核酸診断の利用が研究ベースで一部試行されている。

2.血清学的診断

血清抗体価測定は、臨床現場でより一般に行われている検査である。感染後、初めにカルジオリピンに対する抗体価(非トレポネーマ抗原による検査:VDRL、RPR、自動化法)が上昇し、次いでトレポネーマに対する特異的抗体価(トレポネーマ抗原による検査:FTA-ABS、TPHA、TPLA)が上昇する。抗カルジオリピン抗体価は治療に反応して低下するため、治療効果の判定にも利用される。しかし、特異的抗原ではないため、生物学的偽陽性反応がありうる。一方、抗トレポネーマ抗体測定の特異性は高いが、治療後も抗体価は漸減するものの継続的に陽性となるため、過去の感染との区別がつきにくい。つまり、抗トレポネーマ抗体価陽性は潜伏梅毒あるいは梅毒既往の可能性を示す。梅毒の症状が認められない場合には、抗トレポネーマ抗体の上昇に加えて、抗カルジオリピン抗体価の上昇(通常16倍または16RU)を確認することが重要である。

治療

治療にはペニシリン系などの抗菌薬が有効であり、治療内容は病期などを考慮して決定する。日本では、梅毒の世界的な標準治療薬であるベンジルペニシリンベンザチン筋注製剤が使用できない状況が長年続いていたが、2021年9月に国内での販売製造が承認された。同製剤は早期梅毒、後期梅毒、早期先天梅毒に適応があるが、神経梅毒の治療には使用されないことに注意が必要である。なお、治療開始後24時間以内にJarish-Herxheimer反応と呼ばれる発熱、発疹などの症状が起こりうることに注意が必要である。治療の詳細については、学会のガイドラインなどから最新の情報を参照されたい。

治療効果判定は、症状経過を観察することに加え、抗カルジオリピン抗体と抗トレポネーマ抗体の同時測定を、一貫した同じ検査キットで概ね4週間毎に実施し、抗カルジオリピン抗体価の低下を確認することで行う。抗カルジオリピン抗体価の低下は、2の冪(べき)数表記の用手法検査では抗体価が治療開始前の値の1/4以下、連続数値表記の自動化法検査では抗体価が治療開始前の値の1/2以下への低下を目安とする。

予防

梅毒に罹患した者との性交渉を避けることが基本である。粘膜や皮膚が梅毒の病変などと直接接触しないように、また病変の存在に気づかない場合もあることから、性交渉の際はコンドームを適切に使用する。ただし、コンドームが覆わない部分から感染する可能性もあるため、完全には予防することはできない。

医療機関においては、梅毒の早期診断、早期治療、パートナーなどの受診勧奨や、他の性感染症の疑いで受診した人に対して積極的に梅毒の検査を行うことが重要である。

また、国内の梅毒症例の疫学に示された感染リスクの高い集団に対して、啓発を行うことも重要である。具体的な啓発のポイントとしては、不特定多数の人との性的接触が感染リスクを高めること、オーラルセックスやアナルセックスでも感染すること、コンドームを適切に使用することで感染のリスクを下げられること、梅毒が疑われる症状が自然に消退したとしても医療機関を受診する必要があること、梅毒が治癒しても新たな梅毒の罹患は予防できないこと、などが挙げられる。

先天梅毒を予防するには、梅毒スクリーニング検査を含む妊婦健診の推進、妊娠中に少しでも心当たりや疑わしい症状があった際の積極的な梅毒検査の実施、梅毒と診断された時の早期治療の実施、妊娠中の安全な性交渉に関する啓発、などが重要である。

感染症法における取り扱い

全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。なお、2019年1月から届出様式が変更され、妊娠の有無、直近6カ月以内の性風俗産業の従事歴及び利用歴の有無などが記載項目として追加された。

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