国立感染症研究所

乳児ボツリヌス症とは

 1976 年、米国において最初の乳児ボツリヌス症の例が報告された。乳児ボツリヌス症は、食品中に含まれる毒素による一般的なボツリヌス食中毒と異なり、ボツリヌ ス菌芽胞を生後1 年未満の乳児が経口的に摂取した結果、腸管内で菌が発芽・増殖して産生した毒素により発症する。腸管内での菌の増殖が、便の検査によって確認される。生後 2週目以前の乳児における感染報告例は少なく、母乳(初乳)に含まれる成分が菌の定着・増殖を抑制している可能性がある。

疫 学・病原体
 国内では、1986 年の千葉県での初発例以来、ハチミツが主要な原因食品として注目されてきた。この初発例では、患者の便から分離されたものと同型のClostridium botulinum A型菌が輸入ハチミツから検出され、原因食品と断定された。この症例を重くみた厚生省(当時)は翌年10月、「1歳未満の乳児にハチミツを与えないよう に」と各都道府県に通知した。以来、国内で報告された20 例足らずの大半は、産生する毒素の性質でA型からG型までに区別されるボツリヌス菌のうちのA型菌によるものであるが、B型、C型菌によるものも報告され ている(表1)。感染源としては、国内患者の半数がハチミツを摂取した後に発症しているが、最近ではそれ以外の原因食品でのC型、1996 年東京でのA 型菌毒素の報告例では、野菜スープが原因食とされている。
 ボツリヌス菌は元来土壌細菌であり、国内の土壌中から比較的容易に見いだすことができるが、国内の乳児ボツリヌス症の原因となったA型、B型菌は国内の 土壌中には稀であるため、国内での汚染よりはむしろ海外で汚染された輸入食品が原因になった可能性が考えられる。
 乳児ボツリヌス症では、ボツリヌス食中毒と同様に末梢神経が冒される。弛緩性の麻痺、呼吸麻痺を主症状とするが、致命率はボツリヌス食中毒とは異なり 1〜3%と低い。乳児の突然死症候群(sudden infant death syndrome)の1原因という説もあり、突然死症候群の数%は本症によるという海外での報告もある。国内でも北海道の例は突然死型と報告されている。 また、ボツリヌス菌以外の近縁菌も乳児ボツリヌス症を起こすことがあり、ボツリヌスF 型毒素を産生するClostridium baratii による1979年の例と、ボツリヌスE 型毒素を産生するClostridium butyricum による1984 年の例が報告されている。
 ボツリヌス菌は、その生理的な性質からI 群とII 群に、また上述のように産生する毒素の型によりA型からG型までに分けられる。毒素は、強い毒性を持つ神経毒素と、それを胃などの消化酵素から保護する無 毒成分の複合体として菌から放出され、腸管から吸収された後に、神経毒素が無毒成分から解離して毒性を示すと考えられている。また、一部の型の毒素ではこ れに加え、蛋白分解酵素による活性化が毒性の発現に必要である。

臨床症状
 出生後順調に発育していた乳児が便秘傾向を示す。大半の患者は便秘状態が数日続き、全身の筋力が低下する脱力状態(floppy)になり、ほ乳力が低下し泣き声が小さくなる。特に、顔面は無表情となり、頸部筋肉の弛緩により頭部を支えられなくなる(図1)。眼瞼下垂、瞳孔散大、対光反射が緩慢になるなど、ボツリヌス食中毒と同様な症状が認められる。また、頑固な便秘のために、便から長期間(1〜2カ月)菌が排泄される例も珍しくない(図2)。

図1. 乳児ボツリヌス症での筋肉の弛緩
図2. 乳児ボツリヌス症患者での便中のA 型菌と毒素の推移

病原診断
 診断には、臨床的な筋電図による診断と、検査室での毒素または菌の検出による診断がある。
(1)毒素の検出(血清、便抽出液、食品)
 患者の血清や便からボツリヌス毒素を検出することで診断が可能である。また、食品からの検出により、原因食品の推定も可能である。毒素の検出には動物試験が確実で、毒素に対する感受性も他の試験法に比べて高い。
 動物試験では、マウスに検体を注射し、毒素特有の麻痺が起こるかどうかをみる。検体(血清、便抽出液、あるいは食品)に蛋白分解酵素トリプシンを添加し て毒素の活性化を行った後、マウス腹腔内に注射する。検体にボツリヌス毒素が含まれていれば、毒素による運動筋の麻痺により、歩行障害、眼球の異常運動、 腹部の陥凹が見られ、検体に含まれる毒素の活性が高ければ、マウスは数時間から3 日前後で死亡する。また、その症状がボツリヌス毒素によることをさらに確認し、毒素の型を決定するため、各型のボツリヌス毒素に対する抗毒素を用いた中和 試験を行う。たとえば、陽性の検体に抗A 型抗毒素を添加してからマウスに注射しても症状が起きず(中和されたという)、他の型に対する抗毒素でそのような中和がみられなければ、その検体にはA型 毒素が含まれていたことになる。
(2)菌の検出(便)
 菌(毒素も)を検出するための検体としては便が最も適しているが、患者は便秘をしていて便の採取が困難なことが多い。便秘を改善するために浣腸が行われ ることがあるが、その場合には、腸粘膜を傷つけて毒素の吸収を増大させることのないよう注意が必要である。便が得られれば菌の分離と毒素の検出に用いられ るが、便が得られない場合でも、回収された洗浄液が使用できる。また、肛門をぬぐった綿棒等からも菌が分離できることがある。
 一般的に菌および毒素の検出・確認は、治療のための抗菌薬投与が行われる前に採取した検体の方が、治療中の検体よりも容易である。菌の検出は、平板培地 (GAM 寒天、または血液寒天)に検体を直接塗布して行うか、または試料に強化クックドミート培地または肝片加肝臓ブイヨン培地を加えて増菌培養を行った後、あら ためて分離を行う。

治療・予防
 ボツリヌス食中毒は毒素そのものを摂取して発症するが、乳児ボツリヌス症の場合は生体内で増殖した菌が毒素を産生して病気を引き起こす。そのためまれに は、治療として抗菌薬投与による除菌が行われる場合がある。また、ボツリヌス食中毒で行われる抗毒素療法は、患者が乳児であること、致命率が高くないこと などの理由から、一般には行われない。
 患者は頑固な便秘を呈するため、発症後長期間にわたり菌および毒素が便より検出され続ける。そのため、入院中の患児の看護・管理においては、医療従事者が二次感染の伝播者となることのないよう十分な注意が必要である。
 離乳前の乳児は、離乳後にくらべると腸管内の微生物叢がまだ不安定で、ボツリヌス菌の感染に対する抵抗力が低いと考えられている。そのため、乳児ボツリ ヌス症の予防には、芽胞による汚染の可能性がある食品(ハチミツ、コーンシロップ、野菜ジュースなど)を避けることが唯一の方法である。

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)
 「ボツリヌス症」
は全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら

 

《備考》
 「乳児ボツリヌス症」を「ボツリヌス症」全般に変更した。
 生物テロへの使用(噴霧された毒素の吸入など)が危惧されている。


(国立感染症研究所細菌・血液製剤部 高橋元秀 岩城正昭)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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