国立感染症研究所

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最近のE型肝炎の増加について(2016年4月27日現在)

(IASR Vol. 37 p. 134-136: 2016年7月号)

背景および方法

E型肝炎は, E型肝炎ウイルス(HEV)の感染によって引き起こされる急性肝炎である。潜伏期は平均6週間といわれている。臨床症状はA型肝炎との共通点が多く, 発熱, 全身倦怠感, 悪心, 嘔吐, 食欲不振, 腹痛等の消化器症状を伴い, 黄疸が認められるが, 不顕性感染もある。まれに急性肝炎が悪化して劇症肝炎となり死に至るケースもある1)

感染経路は, 各国の衛生状態により異なり, いわゆる途上国では感染者の糞便中に排泄されたウイルスによる経口感染が主で, 常時散発的に発生しており, 時に飲料水を介した大規模集団発生が報告されている2)。一方, 日本をはじめいわゆる先進国では, E型肝炎は動物由来感染症として注目されており, 近年の関心の高まりや, サーベイランスの感度等の向上の要因も含め, 報告も増加している3,4)。HEVの遺伝子型1, 2は途上国からの報告が多く, 遺伝子型3, 4は先進国からの報告が多い4)。また, 欧州, 韓国や台湾の血清抗体調査では, 過去にHEV感染していた者が少なくなかったことが明らかになった5-7)。わが国における2010年の大規模調査(n=22,027)では, 5.3%が抗HEV IgG抗体陽性であり, 女性よりも男性の方が, また西日本よりも東日本の方が, 抗体陽性率が高い傾向がみられた8)。この結果から, Takahashiらは, わが国において約500万人がHEV感染既往者であると推定した8)。わが国では, 「E型肝炎」 は2003年11月の感染症法改正で4類感染症として無症状病原体保有者を含め, 医師に診断後ただちに全症例の届出が義務付けられている(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-01.htmlkekkaku-kansenshou11/01-04-01.html)。

本稿は, 感染症発生動向調査に基づく国内の疫学状況に関する情報を提供することを目的とし, 特に2016年第1週~第16週の報告の増加について検討した。

結 果

感染症発生動向調査において2012年第1週~2016年*(*2015年および2016年は以下すべて第16週までの暫定値)にE型肝炎として届出された症例は744例であった(2016年4月27日現在報告数)。2012年以降, 毎年年間報告数は増加している。とりわけ2016年は第16週時点において, 過去最多だった2015年の同時期の累積症例数(60例)の2倍以上の症例(130例)が報告されている()。2012~2016年に届出された症例では, 国内で感染したと推定された症例(国内例)が94%(701/744)であった(表1)。2016年は98%(128/130)が国内例であった。2012~2016年の国内例の年齢中央値は59歳(範囲18~102歳)で, 性別は男性が80%を占めた。年ごとに大きな変化はなかった。

国内例の報告地域別では, 東日本からの報告が大半を占め(86%;2012~2016年では各年77%, 88%, 84%, 87%, 92%), 都道府県では北海道からの報告が最も多かった(23%;各年35%, 21%, 13%, 20%, 27%)(表2)。推定感染地では, 都道府県不明や記載なしを除く549例のうち, 東日本が83%(各年77%, 84%, 79%, 86%, 89%), 都道府県では北海道が28%(各年39%, 28%, 16%, 23%, 36%), 次いで東京都が13%(各年11%, 17%, 13%, 15%, 5%)であった。2012~2016年は報告地・推定感染地ともに東日本からの報告が多く, 2016年は特に北海道が多かった。また, 症例を報告した都道府県の数は2013年の24から2014年は34に増加した。

国内例701例のうち, 届出時点での死亡例は3例であった(表1)。重症と思われる症例(症状で肝機能異常, 発熱, 全身倦怠感, 食欲不振, 黄疸の項目すべてあり)は70例(10%)であり, 年次推移の割合には大きな変化はみられなかった。また, 肝機能異常のみ(発熱, 全身倦怠感, 食欲不振, 黄疸がすべて無)で報告された症例は全体で108例(15%)であり, 2016年にはその割合が27%となり, 報告数も過去の年間報告数をすでに超えている(表1)。肝機能異常のみの症例の割合の年別推移をみると, 北海道からの報告例ではそれぞれ15%, 4%, 5%, 5%, 34%で, 北海道以外では16%, 13%, 11%, 16%, 24%となり, 2016年に入りともに増加していた(表1)。また, 無症状病原体保有者(以下, 無症候例)は46例(7%)を占め, 献血者のHEVスクリーニングを行う北海道がその大半を占めた 〔34/46(74%)〕。2016年の無症候例10例のうち, 9例は北海道からであった。北海道における無症候例の報告の割合は, 各年15%, 16%, 11%, 33%, 26%で推移し, 2015年以降増加している(表1)。2016年には自覚症状の無い症例(無症候例あるいは肝機能異常のみ)が34%(44/128)を占め, 北海道からの報告例の60%(21/35)を占めた。

国内例701例のうち, 推定感染源の記載があった症例は290例(41%)にとどまった(表1)。感染源記載290例のうち(以下, 重複を含む), ブタ(肉やレバーを含む)喫食があった症例が121例(42%)と最も多く, 次いでイノシシ34例(12%), シカ32例(11%)の順であった。また, ブタ喫食121例のうち, 61例(50%)に豚レバーの喫食, 29例(24%)に生食の記載がみられた(重複を含む)。2016年は, 感染源記載(49/128; 38%)のうち, ブタ喫食が23例(47%), うちレバー喫食が12例(52%), 生食が4例(17%)で(重複を含む), 2015年までと比べて大きな変化はみられなかった。また, 輸血感染が疑われた症例が6例あった(各年1, 0, 1, 4, 0)。

考 察

2016年は第1週から報告数の増加がみられるが, 年齢性別分布, 地域分布, 推定感染源の割合は, 近年の傾向と同様である。届出時点では死亡例の増加はみられていない。2016年には, 肝機能異常のみの報告数とその割合の増加が, 北海道内外の報告例でともにみられたことから, 肝機能異常のみでもE型肝炎の検査が実施されることにより, 診断され届出される症例が最近増加している可能性は否定できない。なお, 2016年2~3月に北海道旭川市で, 肝機能異常を認めた高齢者介護施設入所者2名がE型肝炎と診断され, その後全入所者への血液検査を実施し, 新たに7例のE型肝炎感染者が報告された9)

E型肝炎は, これまでも, 検査を取り巻く変化による報告数増加の可能性が指摘されてきた。IgA検出による報告数は, 2013年から大きく増加し(表1), E型肝炎のIgA抗体検出キットの保険適用(2011年10月), 感染症発生動向調査のE型肝炎届出基準検査方法へのIgA抗体検出の追加(2013年4月)による影響が考えられた1,10,11)

E型肝炎の感染経路に関しては, 不明な点も少なくないが, 豚の生肉やレバー等の生食はHEV感染のリスクが高いと考えられている。また, 豚レバーの生食は, E型肝炎以外にも, サルモネラ属菌や, カンピロバクター・ジェジュニ/コリ等の食中毒のリスクがある。これまで一般的に生食用として提供されてこなかった豚の食肉(内臓を含む)が, 飲食店等で 「豚のレバ刺し」 などで提供されている等の実態を受け, 厚生労働省は公衆衛生上のリスクが高いと判断し, 2015年6月12日から, 豚の生肉やレバー等の内臓を生食用として販売・提供することを禁止した12-14)。また, 野生鳥獣であるイノシシやシカ等の食肉からもHEV, 食中毒菌および寄生虫が検出されている。わが国の野生シカにおいては, 抗体をもつ個体は極めて少数でHEVの宿主とは考えられていないが, シカ肉からヒトへの直接伝播の報告もある15)。発生動向調査からも推定感染原因としてシカ肉喫食が記載されている症例が毎年数例報告されている。厚生労働省は, 「食肉を介するE型肝炎ウイルス感染事例について(E型肝炎Q&A)」15)および「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」16)を掲載し, 野生動物の肝臓・生肉喫食を避け, 十分加熱調理して喫食することの必要性を訴えている14)。国民全体にE型肝炎の感染のリスクについてより一層の周知徹底と理解が重要である。

E型肝炎は潜伏期間が長いため感染源や感染経路の特定は通常困難であるが, 分子疫学的解析により明らかになることもある15)。また, 地域ごとに国内の原因HEVの遺伝子分布には差があり(北海道地方では遺伝子型4が多いのに対し, 東北以南では遺伝子型3の方が多い), 遺伝子型4のHEVに感染した患者の方が遺伝子型3の患者より重症化しやすい可能性があるといった報告もある17)。このように, わが国におけるHEVの疫学を明らかにする上で患者から検出されたHEVの分子疫学的解析も重要な情報となる。

 

参考文献
  1. IASR 35: 1-2, 2014
  2. WHO Fact sheet N°280, July 2015
  3. Ahmed A, et al., Int J Hepatol 2015: 872431
  4. Marano G, et al., Blood Transfus 2015 Jan; 13(1): 6-17
  5. Mansuy JM, et al., Euro Surveill 2015 May 14; 20(19). pii: 21127
  6. Hewitt PE, et al., Lancet 2014 Nov 15; 384(9956): 1766-1773
  7. 砂川富正, IASR 35: 12-13, 2014
  8. Takahashi M, et al.,(2010), J Med Virol 82: 271-281
  9. 旭川市保健所健康推進課 「E型肝炎患者の集団発生について」
    http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/700/723/729/d056213_d/fil/0405_03.pdf  
  10. Kanayama A, et al., J Med Microbiol 64(7): 752-758, 2015
  11. IDWR 注目すべき感染症「最近のE型肝炎の状況」
    https://www0.niid.go.jp/niid/idsc/idwr/IDWR2015/idwr2015-24.pdf
  12. 厚生労働省医薬食品局食品安全部長「食品, 添加物等の規格基準の一部を改正する件について」(2015年6月2日掲載)
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/150602hp_1.pdf
  13. 厚生労働省「豚のお肉や内臓を生食するのは, やめましょう」
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syouhisya/121004/
  14. 厚生労働省「豚肉や豚レバーを生で食べないで!」
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/leaflet-ippann.pdf
  15. 厚生労働省「E型肝炎ウイルスの感染事例・E型肝炎Q&A」
    http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/08/h0819-2a.html
  16. 厚生労働省「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/GLhonbun_1.pdf
  17. 厚生労働科学研究費補助金・肝炎等克服実用化研究事業「経口感染によるウイルス性肝炎(A型及びE型)の感染防止, 病態解明, 遺伝的多様性及び治療に関する研究」平成26年度研究報告書

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