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エンテロウイルスD68型(EV-D68)に関する国内の疫学状況のまとめ(更新)(2016年1月20日現在)

(IASR Vol. 37 p. 33-35: 2016年2月号)

エンテロウイルスD68型(EV-D68あるはEV68などと表記される)は、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属のエンテロウイルスD群に属するエンベロープを持たないRNAウイルスである。エンテロウイルス属には、ポリオウイルス(エンテロウイルスC群)や、 無菌性髄膜炎の原因となるエコーウイルス(エンテロウイルスB群)、手足口病の原因となりうるエンテロウイルス(EV)71型(エンテロウイルスA群)などが含まれる。EV-D68に感染した場合、無症候もあるが、発症した場合の主な臨床所見は呼吸器症状であり、鼻汁、くしゃみ、咳といった軽度なものから喘息様発作、呼吸困難や肺炎等の重度のものまで様々な症状を呈する。EV-D68感染の診断には、鼻咽頭検体からのウイルス検査などの実験室診断が必要となる。

2014年の米国でのEV-D68感染症の大規模流行をうけ1)、2014年にわが国におけるEV-D68 の検出状況について報告した2)が、今回は2015年の国内状況を含めた更新情報をまとめた。

国内における検出状況
2005~2015年(2016年1月20日現在報告)までに、わが国では35都府県から538例のEV-D68検出の報告があった(2005年2例、2006年2例、2007年8例、2008年報告なし、2009年4例、2010年129例、2011年3例、2012年1例、2013年122例、2014年9例、2015年258例)。2009年までは年間に数例程度の報告であったが、2010年には20府県から129例、2013年には26都府県から122例、2015年には28都府県から258例報告された。報告数の多い年をみると、夏から秋にかけて検出が増加していたが、2015年は9月が突出していた(図1)(2005年1月~2015年12月の月別報告数はhttp://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/ev68/151006/ev68mon_160120.gif、都道府県別報告状況はhttp://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/ev68/151006/ev68_160120.gif参照)。

性別は、男性55%、女性45%であった(性別不明9例を除く)。症例の年齢は1歳が18%と最も多く、0歳が16%、2歳、3歳がそれぞれ12%で、0~6歳で80%を占めた(年齢中央値:3歳、範囲:0~53歳)(図2)。年齢群別では、0~4歳68%、5~9歳21%、10~14歳8.1%、15~19歳0.8%、20歳以上1.7%であった。20歳以上(9例)の検出は、2010年1例、2012年1例、2013年3例、2015年4例であった。

EV-D68検出検体が採取された医療機関は、小児科定点(後述)が53%(n=287)、基幹定点が7%(n=36)、定点以外が40%(n=214)であった。

臨床診断名:病原体個票に記載された診断名は、下気道炎が214例(40%)と最も多く、次いで上気道炎101例(19%)、気管支喘息84例(16%)等で、7割以上が呼吸器疾患と診断されていた(表1)。急性弛緩性麻痺2例(ともに2015年)、急性片麻痺1例(2006年)、末梢神経麻痺1例(2010年)、脊髄炎1例(2015年)あった。その他に、心肺停止(死亡例)2例(2010年、2013年)や、ボルンホルム病(流行性筋痛症)2例(ともに2013年)、Hopkins症候群疑い1例(2015年)等が含まれていた。20歳以上の症例の診断名は、下気道炎4例、上気道炎3例、発疹症1例、不明1例であった(各年の臨床診断名別の割合はhttp://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/ev68/151006/ev68en_160120.gif参照)。

EV-D68検出症例の疫学的な発生状況は、散発が480例(89%)、地域流行が28例(5%)、家族内発生が25例(5%)、集団発生14例(3%)であった(重複あり)。集団発生と記載された症例は、2010年2例、2013年3例、2015年9例で、2010年の幼稚園・小学校における上気道炎、2013年の保育所における集団発生(診断名不明)、2015年の保育所におけるRSウイルス感染症やかぜ症候群、小学校における下気道炎等からの検出であった。

臨床症状:病原体個票に記載された臨床症状の上位は、発熱が402例(75%)、下気道炎症状(肺炎、気管支炎を含む)が285例(53%)、上気道炎症状が122例(23%)、胃腸炎症状が35例(7%)、発疹30例(7%)、口内炎15例(3%)、結膜炎9例(2%)等であった(重複あり)(参考表)。その他に、熱性けいれん6例、意識障害6例、髄膜炎5例、麻痺4例(診断名を含めると8例)、脳炎3例、脊髄炎2例等が報告されていた。発疹や口内炎などの症状は、主に手足口病と診断された症例から報告されていた。その他に、症状もしくは診断名に喘息・喘鳴と記載された症例が113例(21%)あった。

検体・検出方法:522例(97%)がPCR等によりEV-D68の遺伝子が検出され〔検体は咽頭ぬぐい液504例(97%)、喀痰・気管吸引液11例(2%)、糞便10例(2%)、血液3例、皮膚病巣1例、結膜ぬぐい液1例(重複あり)〕、そのうち484例(93%)はシークエンスにより、38例(7%)はリアルタイムPCR等によりEV-D68と同定されていた。糞便から検出された症例の診断名は、感染性胃腸炎、急性脳炎、急性片麻痺等であった。

培養細胞等による分離により検出・同定された症例は56例(10%)〔分離検体は咽頭ぬぐい液52例(93%)、喀痰・気管吸引液3例、糞便1例〕で(検査法の重複あり)、分離培養に用いられた細胞として、FL(15)、CaCo-2(14)、A549(11)、RD-A(9)、RD18S(4)、Vero(4)、動物(3)、HEF(2)、HeLa(1)、LLC-MK2(1)(※細胞の重複あり)などが主に記載されていた。

発症日から検体採取日までの日数は、発症日不明(n=24)を除く514例中、1日が最も多く36%、次いで2日が18%、0日が14%で、80%が発症日から0~3日、95%が7日以内に検体が採取されていた(図3)。また、同一症例から他の病原体も検出された症例が17%(93/538例)あった。

わが国では、小児科定点(全国約3,000の医療機関)の約10%および基幹定点(全国約500カ所の病床数300以上の医療機関)を病原体定点として、必要に応じて患者より検体を採取し、全国の地方衛生研究所(地衛研)において病原体サーベイランスが行われている。検出された病原体に関する情報は、地衛研から感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原微生物検出情報(IASR)に病原体個票等により報告されている。EV-D68による感染症は呼吸器疾患が多く、NESID病原体サーベイランス*の主たる対象疾患ではないため、自主的な病原体検索を行った地衛研から調査・研究結果に基づいて報告された場合が多く、また、EV-D68はすべての自治体の検査機関(地衛研など)で検査が行われているわけではない(*病原体サーベイランス対象疾患はhttp://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2308-related-articles/related-articles-424/5738-dj4241.html参照)。

米国において2014年8月~2015年1月にかけてEV-D68感染に伴う小児の重症呼吸不全症が1,000例以上報告され、その一部に弛緩性麻痺症状がみられたと報告された1,3)。現時点では麻痺症状とEV-D68の因果関係は不明である。わが国においても、2014年後半から全国の各医療機関や地衛研からEV-D68検出の報告が相次いだ4-14)。多くは喘息などの重症呼吸疾患からの検出で、急性弛緩性脊髄炎や弛緩性麻痺等の症例も報告されたが、すべて呼吸器検体からのEV-D68検出であった。上述のような状況から、2015年は病原体サーベイランスにおいて検査検体数が増加した可能性もあるが、EV-D68が小児における呼吸器疾患の重要な要因であることが示唆された。また、EV-D68が引き起こす様々な病態を理解する上でも病原体サーベイランスは非常に有用であると考える。

謝辞:病原体サーベイランスにご協力いただいている全国の衛生研究所、保健所、医療機関の皆様に感謝申し上げます。

参考文献
  1. CDC, Enterovirus D68
    http://www.cdc.gov/non-polio-enterovirus/about/ev-d68.html
  2. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 他, エンテロウイルス68型に関する主な知見と国内の疫学状況のまとめ(2014年11月4日現在)
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/ev-d68/2335-idsc/iasr-news/5167-pr4181.html
  3. US CDC, Statement from the U.S. Centers for Disease Control and Prevention,
    http://s3.documentcloud.org/documents/1061769/statement-from-the-u.pdf
  4. 島津幸枝, 他, IASR 35: 295-296, 2014
  5. 伊藤健太, 他, IASR 36: 193-195, 2015
  6. 豊福悦史, 他, IASR 36: 226-227, 2015
  7. 改田 厚, 他, IASR 36: 247-248, 2015
  8. 幾瀬 樹, 他, IASR 36: 248-249, 2015
  9. 藤井慶樹, 他, IASR 36: 249-250, 2015
  10. 伊藤卓洋, 他, IASR 36: 250-252, 2015
  11. 筒井理華, 他, IASR 37: 12-13, 2016
  12. 豊福悦史, 他, IASR 37: 13-14, 2016
  13. 川村和久, 他, IASR 37: 14-15, 2016
  14. 厚生労働省健康局結核感染症課, 【事務連絡】急性 弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)
    http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20151021_AFP.pdf

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   感染症疫学センター
   ウイルス第二部

 

 

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