国立感染症研究所

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麻しん排除維持のために~自治体間の連携の重要性~(静岡県西部地区におけるカタール国からの輸入症例について)

(IASR Vol. 37 p. 65-67: 2016年4月号)

はじめに

麻しんは発熱, 全身の発疹, カタル症状を特徴とするウイルス感染症で, 非常に感染力が強く, 免疫がない集団に1人の発症者がいると, 12人~14人が感染するとされている(インフルエンザは1人~2人)1)。2007年に発生した, 10代~20代を中心とする大流行を受けて, 厚生労働省が2008年に 「麻しんに関する特定感染症予防指針」 を策定し, 時限的に予防接種対象を拡大するなどの施策を推進した結果, 2015年3月27日に世界保健機関西太平洋地域事務局により, 日本が麻しんの排除状態にあることが認定された。

麻しんの排除状態を維持するためには, 患者発生時の迅速な対応による感染拡大の防止が非常に重要であるが, 今般, 静岡県西部地区で発生した輸入症例への対応について報告する。

初発患者の発生

2015年11月2日, 浜松市内の医療機関から浜松市保健所に麻しん疑い患者(以下 「患者A」)の発生について連絡があり, 浜松市保健環境研究所でのPCR検査により, 11月4日に陽性が判明した。患者Aは静岡県西部保健所管内の事業所Xに勤務していたことから, 浜松市保健所は11月4日15時に, 静岡県西部保健所に連絡した(図1)。

事業所Xへの対応

患者Aは30代男性で, 10月17日~23日まで出張で中東のカタール国に渡航, 29日に発熱していたが, 26日~30日までと, 検査結果が判明した11月4日に出勤していた。

麻しん患者の周囲への感染可能期間は発病1日前~解熱後3日間とされており2), 患者Aはこの期間のうち, 4日間出勤していた。静岡県西部保健所は, 浜松市保健所から連絡を受けた4日の16時50分に事業所Xを訪問し, 状況調査を行った。

その結果, 事業所Xは従業員約7,000人で, 患者Aは約100人が在籍するフロアで勤務, カタール国への同行者がいることが判明したため, 事業所Xに対し, ①接触者およびカタール国同行者の健康観察, ②発症者の出勤自粛および医療機関での早期受診の勧奨, ③他の従業員が医療機関を受診する時の患者Aとの接触歴の申告, ④事業所内診療所で受診した際の発生届提出および検体の確保, について要請した。

患者(2例目)の発生

11月4日の調査後に患者Aのカタール国同行者(40代男性, 以下 「患者B」)が, 10月30日から発疹およびカタル症状を呈していると事業所Xから西部保健所に連絡があり, 静岡県環境衛生科学研究所でのPCR検査により, 陽性が判明した。

患者Aおよび患者Bから検出された麻しんウイルスの遺伝子型は, いずれもD8型であった。
麻しんの潜伏期間は一般的に発症日10~12日前であること2), 患者Aおよび患者Bから検出されたウイルスの遺伝子型が一致したこと等から, 2症例はいずれもカタール国で感染したと考えられた(図2)。

医療機関への対応

麻しんの感染拡大を防止するためには, 感染者の早期探知により, 麻しん感受性者との接触機会を減らすことが重要である。また, 医療機関受診時にも, 感染が広がる可能性があるため, 静岡県西部保健所および浜松市保健所は, 11月5日に, 管内医療機関に対し, 麻しん症例の発生について周知し, 患者受診時の対応について注意喚起するとともに, 麻しんへの感染が疑われる症例は, 速やかに保健所に連絡し, 発生届および患者検体を提出するよう依頼した。

疑い患者の発生から終息

事業所Xでの健康観察や地域の医療機関への依頼により, 11月5日~18日の間に8例(静岡県西部保健所4例, 浜松市保健所4例)の疑い症例について探知したが, PCR検査の結果は, すべて陰性であった。

その後, 麻しん疑い患者は発生せず, 12月2日には, 麻しんアウトブレイクの終息とされる, 「最終接触機会(患者Aおよび患者Bが周囲への感染可能期間に出勤した11月4日)から4週間」 が経過し2), 本事例による, 職場等での感染拡大はないと判断した。

考 察

日本土着とされてきた麻しんウイルス(D5型)は2010年5月以降, 国内で検出されていない3)。しかしながら, 国内における2014~2016年(2月22日現在の報告数)の麻しんウイルス遺伝子型別検出状況をみると, D8型69例中, 海外渡航歴が確認されているものは20例(29%)のみであり4), わずかな輸入症例がアウトブレイクの原因となり得ることを示唆している。

浜松市は静岡県西部に位置する政令指定都市で, 市保健所と静岡県西部保健所とは, 二次医療圏や郡市医師会を共管する関係にあることで, 両者は, 日頃から緊密な連携を図ってきた。

本事例は, 輸入症例の2例のみで終息し, 職場等での感染拡大はみられなかったが, これは, 初発患者を探知した浜松市が, 静岡県西部保健所に速やかに情報提供し, 迅速に患者勤務先への対応を行うことができたことや, 両保健所管内において, 医療機関に周知することで, 麻しん疑い患者の早期探知が図られたことが, 感染拡大防止に大きく寄与したと考えられる。

麻しんのアウトブレイクを防ぎ, 麻しんの排除状態を維持するためには, 症例を1例見つけたら, すぐに対策をとる必要があり, 自治体間や保健所間での速やかな情報共有が最も重要であることを再認識できた。

 参考文献
  1. 国立感染症研究所 麻しんQ&A http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ma/measles/221-infectious-diseases/disease-based/ ma/measles/549-measles-qa.html
  2. 麻しん発生時対応ガイドライン(国立感染症研究所2013年3月)
  3. IASR 36: 65-67, 2015
  4. 国立感染症研究所 麻疹ウイルス分離・検出状況(グラフ)2016年 http://www.niid.go.jp/niid/ja/id/655-disease-based/ma/measles/idsc/4780-iasr-masin-graph.html

静岡県疾病対策課
 野田旬哉 塩津慎一 田中宣幸 奈良雅文
静岡県西部保健所
 竹内彩香 澤田久美子 中西 歩 青野秀子 松井一男 深沢和代 安間 剛
静岡県環境衛生科学研究所
 池ヶ谷朝香 佐原啓二 川森文彦
浜松市保健所 
 加藤里美 尾関啓子
浜松市保健環境研究所 
 古田敏彦 佐原 篤



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