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モンゴル帰国者の麻疹症例の経験

(IASR Vol. 37 p. 64-65: 2016年4月号)

はじめに

わが国の麻疹発症者数は, 麻しん風しん混合(MR)ワクチンの2回接種が開始されて以降激減し, WHOは, 2015年日本が麻疹の排除状態にあることを認定した。同年の麻疹発生は35例と過去最低の発生数となった。

昨今の症例は主として輸入例で, インドネシア, マレーシアなどからの渡航者・帰国者による散発例である。近隣のアジア諸国は依然として高蔓延状態にあり, 2015年の人口100万当たりの麻疹発生状況は, 総計でみると27.9で, 国別ではモンゴル144.3と最も高く, ついで中国35.6, パプア・ニューギニア23.4, フィリピン13.9と, 日本の0.2と比較して周辺各国に高蔓延地域が多い。

今回, モンゴルから帰国した日本人が麻疹を発症し, 医療機関をはじめ県内外の多施設を訪問していたことから迅速な対応を求められた事例を経験したので, その経緯と今後に向けての課題について報告する。

症 例

30代, 男性。MRワクチン接種歴・罹患歴不明。帰国後60代の両親と同居。

5年前からモンゴルに渡航し, 夏季休暇のため7月8日から帰国していた。7月10日から頭痛, 発熱を認め, 7月12日には38℃台の高熱となり, 7月13日手掌と足底に発疹を認めたため, 近医を受診した。

初診では, 手足口病との診断で抗菌薬を投与されるも, 7月14日から咳嗽, 咽頭痛, 鼻汁, 結膜充血, 体幹部への発疹, 水様性下痢が出現した。7月15日近医再診するも症状が軽快しないため, 翌16日に麻疹疑いでN病院へ紹介入院となる。

同日臨床診断で麻疹発生届が保健所に提出されたことから, 同日保健所職員が病院を訪問し面接調査を行った。7月17日, 血清および咽頭ぬぐい液のPCR検査で麻疹ウイルス陽性となり診断が確定した。

行動調査

7月2日(発病8日前):帰国前にモンゴルで病院に入院中の知人(おそらく麻疹患者)に午前と午後(1回接触時間:2~3分程度)に食事等を届けていた。

7月8日(発病2日前):モンゴルから北京経由で日本に帰国。集会に参加し, 約70人と約2時間接触

7月9日(発病1日前):運転免許センターで約40人と約30分間同室で講習を受ける。

7月10日(発病日):県外で30代の友人Aと約9時間接触し, 約150分の興行鑑賞

7月11日(発病1日後):県内で家族と友人Aの4人で食事を摂り約1時間接触

7月12日(発病2日後):自宅で療養

7月13日(発病3日後):近医を受診し, 待合で約1時間に43人の外来患者と空間を共有した。受診時はマスクを着用し, 目立った咳症状はなかった。

7月14日(発病4日後):自宅で療養 

7月15日(発病5日後):近医を受診し, 待合で約2時間に33人の外来患者と空間を共有した。受診時はマスクを着用していた。

7月16日(発病6日後):近医を受診し, 約1時間別室(予診室)で待機していた。診察後も同様に別室で待機し, 受診時はマスクを着用していた。同日, 麻疹疑いでN病院へ紹介入院となる。

接触者調査およびモニタリング

上記行動調査から, 感染時期を発症1日前として, 接触時期および接触時間を勘案して以下のとおり最濃厚接触者から順に1)~7)に区分し, リストアップした。

1)同居家族:同居家族である60代の両親を最濃厚接触者として健康観察を実施した。

2)友人A:30代の友人Aについて最濃厚接触者として, 本庁を通じて当該在住県に健康観察を依頼した。

3)診療所スタッフ:診療所スタッフは計15名で, 年齢は20代2名, 30代1名, 40代8名, 50代3名, 60代1名であった。それぞれ接触時間, マスクの着用状況, ワクチン接種の有無, 麻疹罹患状況, 抗体価測定の有無について聞き取り調査した。その結果, 医師以外はマスクを着用していなかった。ワクチン既接種は5名, 不明10名。麻疹の既罹患8名, 不明5名, 未罹患2名であった。抗体価検査は全員未実施であった。20代~40代の未接種かつ未罹患者がなかったため, 最終接触から2週間の健康観察とし, 今後に向けて抗体検査を依頼した。

4)外来待合の接触者:外来待合で同一空間を共有した接触者は, 7月13日・15日の2日間の実人数は計61名であった。7月16日は別室(予診室)待機であり, 接触者リストから除外した。年齢は幼児・学童3人(4.9%), 30代6人(9.8%), 40代3人(4.9%), 50歳以上49人(80.3%)と, 比較的高齢者層が多くを占めた。

幼児・学童および30代・40代の比較的若年者12名に, ワクチン接種歴と罹患歴を聴取した。その結果, 幼児・学童は, 全員MRワクチン2回接種済みであった。30代・40代は, ワクチン接種歴および罹患歴は不明であった。

当初, 30代, 40代にワクチン接種を検討したが, 費用面で調整がつかず, 当該患者がマスクを着用していたこともあり, 最終接触から2週間の健康観察とした。

5)運転免許センター, 6)県外興行所近接同席者, 7)県内飲食店近接同席者:個人の特定が難しく健康観察が困難であるため, 県内外保健所に情報提供し, 地域サーベイランスを依頼した。

2週間の健康観察の結果, 県内外ともに当該事例に関連した新たな麻疹患者は発生しなかった。当該患者の麻疹ウイルス遺伝子型は, 中国で流行していたH1型であった。

考 察

今回, 当該患者が帰国後9日間の接触者のうち, 79人が2週間の健康観察となり, 特定できなかった接触者については地域サーベイランスにより把握したが, 幸い二次感染はみられなかった。受診医療機関には, 外来接触者のリストアップや, 患者への連絡等で迅速かつ適切に対応いただいたことに感謝したい。

麻疹は日本では希少な感染症になりつつあり, 医師にとっても臨床経験が積めない疾患となっている。今回も, 7月12日からコプリック斑を認めていたが, 主治医は, 当初, 手足口病との診断で経過観察しており, 麻疹の臨床診断に3日間を, 確定診断に至るまで計4日間を要した。その後の対応により二次感染はなかったが, 今後は, 高蔓延国への海外渡航歴がある場合は, 麻疹も念頭において鑑別診断していただけるように医師研修会等で啓発していきたい。

医療機関での麻疹対応ガイドラインでは, 「接触後3日以内は麻疹含有ワクチン接種を, 接触後4日以上6日以内であれば, 免疫グロブリン製剤の注射により発症を予防できる可能性がある。」 としている。ただ, 筋注用免疫グロブリン製剤は麻疹発症予防の保険適応が認められているが, ワクチン接種については自費となる。今回も, ワクチン接種の有効性については理解されたが費用面で調整がつかず, 結局, 健康観察に留めた経緯がある。今後, 単発の輸入例が続くことが予想され, 二次感染を確実に封じ込める必要があることから, アウトブレイクの可能性がある事例には, 迅速に行政対応ができるようにワクチン等の公費負担制度を求めたい。

まとめ

麻疹が流行しているモンゴルから帰国した日本人が麻疹を発症し, 保健所において広範囲の行動調査, 接触者調査を実施し, 関係機関の協力の下, 迅速に感染対策が図れた事例を経験したのでここに報告した。

謝辞:本事例の対応にご指導いただきました国立感染症研究所感染症疫学センター多屋馨子先生をはじめ, 大阪府済生会中津病院感染管理室室長で国立感染症研究所感染症疫学センター客員研究員の安井良則先生に深謝します。

 奈良県中和保健所 所長 山田全啓

 

 

 

 

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