国立感染症研究所

黄熱のリスクアセスメント

2016年5月19日
国立感染症研究所

背景

黄熱は、黄熱ウイルス(フラビウイルス科フラビウイルス属)による感染症であり、感染症法上は、4類感染症に分類される。宿主はヒトとヒト以外の霊長類(サル)である。媒介動物でありまた保有宿主でもある蚊に刺されることにより感染する。媒介蚊は、主にアフリカではAedes属、南アメリカではHaemagogus属である。蚊の生息域に従い、アフリカでは北緯15度から南緯15度の熱帯地方、南アメリカでは北はパナマから南緯15度の熱帯地方で、流行が見られる(1)。同地域において、9億人が感染リスクにさらされていると推測されている。WHOの試算では、年間84,000~170,000人の患者が発生し、最大で死者が60,000人に及ぶとされている(2)。黄熱の正確な患者数は不明であるが、2013年にアフリカで13万人の患者が発生し、78,000人が死亡したとする試算もある(3)。

黄熱ウイルスは、①熱帯雨林(森林)型サイクル、②都市型サイクル、③中間(サバンナ)型サイクルの3つの生活環で自然界において維持されている(4)。熱帯雨林(森林)型サイクルは、森林内での、主にヒト以外の霊長類と蚊の間での伝播であり、アフリカではAedes africanus、南アメリカではHaemagogus属およびSabethes属の蚊が媒介する。都市型サイクルは、ヒトと蚊の間での伝播で、ネッタイシマカ(Aedes aegypti)が媒介蚊として知られている。中間(サバンナ)型サイクルはアフリカのジャングルの周辺境界部でみられ、ヒト-蚊-ヒト以外の霊長類の間での感染環で維持されている。いずれも蚊を媒介して感染が成立し、ヒトの体液等からの直接感染は起こらないとされている。

黄熱ウイルスに感染したとしても、多くは不顕性感染であり、一部の感染者が3-6日の潜伏期間ののち発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、背部痛、悪心嘔吐等で発症する。発症した患者の15%が重症化し、数時間から一日程度の寛解期を経て、高熱が再燃し、黄疸や出血傾向などを来たし、ショックや多臓器不全に至る場合がある。重症化した場合の致命率は20~50%と高い。また、特異的な治療法はなく、対症療法が中心となる。一方、予防には黄熱ワクチン接種が必要である。日本国内で使用されている17D-204株由来黄熱ワクチンの有効性は高く、接種後10日後には90%の接種者で、接種後14日には、ほぼ100%の接種者で中和抗体が産生される(5)。黄熱ワクチンの安全性は高いとされているが、生後9ヶ月未満の小児,卵・鶏肉・ゼラチンに対して重篤なアレルギーのある者や重度の免疫不全を有する者には、接種禁忌である。また、60歳以上の人では接種後の副反応のリスクが増すため、予防接種後の副反応のリスクを慎重に評価すべきである。

このように黄熱は、重篤化する可能性があり、予防接種により予防可能な疾患であることから、黄熱リスク国の中には、入国に際し、黄熱予防接種証明書(イエローカード)の提示を義務づけている国がある。こうした国に入国する際は、入国10日前までに黄熱の予防接種を受けていることが必要である。提示が義務づけられていない黄熱リスク国についても入国する場合は、事前の予防接種を行うことが推奨されている。なお、黄熱予防接種について、日本国内においては、検疫所及びその他の特定の機関においてのみで接種可能である。

疫学情報

リスク国・地域の現在の流行状況

  • 2015年12月末よりアンゴラ共和国でアウトブレイクが発生している。2016年5月11日までに、疑い例を含む2267人の患者(293人が死亡)が報告されている。首都ルアンダを中心に、流行が続いている。世界保健機関は、2016年2月より予防接種キャンペーンを展開しており、これまでに700万人に接種を行っている。 
  • アンゴラ共和国からの輸入例として、2016年3月22日~5月4日までに、コンゴ民主共和国で39例の患者が報告されている。また、ケニア共和国、ナミビア共和国においても輸入例が報告されている。
  • コンゴ民主共和国では、少なくとも2例の国内発生例が確認されており、その他に約10例の国内発生の疑い例が発生しており、現在疫学調査が実施されている。
  • ウガンダにおいても一部の地域において51例の黄熱疑い例と7例の確定例の発生が報告されているが、本症例集積についてはアンゴラ共和国のアウトブレイクとは疫学的に関係がないことが判明している。
  • 南アメリカにおいては、2015年にはペルー、ボリビア、ブラジルの3か国で流行が確認されたが、2016年度は4月22日時点で、ペルー1か国からのみ25例が報告されている。

リスク国・地域以外での発生状況

  • 我が国においては、第二次世界大戦終戦以後、輸入例を含め、黄熱の発生報告はない。
  • アメリカ合衆国とヨーロッパにおいて、1970~2013年の間、計10例の海外渡航者による輸入例が報告されている。渡航先は、西アフリカが5例、南アメリカが5例であった。
  • これまでアジア、オセアニア地域では、黄熱患者発生の報告はなかったが、今回のアンゴラ共和国でのアウトブレイクに関連し、2016年3月13日に中国で1例目の黄熱輸入例が報告された。その後、5月4日までに計11例の輸入例(いずれもワクチン未接種)が報告されている。現在のところ、中国国内での国内感染は確認されていない。

国内侵入、国内発生に関するリスクおよび対応

  • ワクチン未接種の者が、アフリカや南アメリカのリスク国・地域で蚊にさされることで、黄熱ウイルスに感染し、日本国内で黄熱と診断される可能性がある。
  • 黄熱ウイルスの主な媒介蚊であるネッタイシマカは、日本国内には生息していない。岩手県・秋田県以南の国内で広く定着が確認されているヒトスジシマカ(Aedes albopictus)の媒介能については、ネッタイシマカと比較すると黄熱ウイルスをヒトに感染させる能力は低いという報告があるが、ヒトスジシマカの媒介能については、更なる科学的検討が必要である。ただし、これまでに輸入例が報告されたアメリカ合衆国、ヨーロッパ、中国において、輸入例を発端とした国内感染例は報告されておらず、現時点では、黄熱ウイルスがワクチン未接種の入国者を介して日本国内に持ち込まれることが原因となり、蚊とヒトの間で感染環が成立して黄熱が国内で流行する可能性は低いと考えられる。
  • 患者の早期治療のため、医療機関においては、渡航歴を聴取することを徹底するとともに、黄熱リスク地域・国への渡航歴がある者が発熱を認めた場合には、早期に医療機関を受診すること、また医療従事者に自身の黄熱リスク地域・国への渡航歴について説明することの重要性を周知しておくことが望ましい。
  • 現在流行が確認されているアンゴラ共和国、コンゴ民主共和国は、共に入国に際し、生後9ヶ月以上のすべての渡航者に黄熱予防接種証明書の提示を義務づけているため、渡航予定者は渡航の10日前までに黄熱の予防接種を受けることが必要である。現在流行が確認されている国の周辺の黄熱リスク国・地域へ渡航する場合についても、黄熱予防接種証明書の提示が義務づけられているか否かに関わらず、黄熱の予防接種を受けることが推奨される。
  • また、黄熱の発生状況の変化にともない、流行国およびその周辺国では、黄熱に対する検疫の対応が変わる可能性があることから、渡航予定者は、渡航先の在外公館からの最新の情報に十分に注意する必要がある。

参考文献

  1. Jentes ES, et al. The revised global yellow fever risk map and recommendations for vaccination, 2010: consensus of the Informal WHO Working Group on Geographic Risk for Yellow Fever. Lancet Infect Dis. 2011 Aug;11(8):622-32.
  2. Fact Sheet: Yellow fever, WHO. Mar 2016.http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/
  3. Garske T, et al. Yellow Fever in Africa: estimating the burden of disease and impact of mass vaccination from outbreak and serological data. PLoS Med. 2014 May 6;11(5):e1001638.
  4. Staples JE et al. Yellow fever vaccine: recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR Recomm Rep. 2010 Jul 30;59(RR-7):1-27.
  5. Wisseman CL et al. Immunological Studies with Group B Arthropod-Borne Viruses. I. Broadened Neutralizing Antibody Spectrum induced by Strain 17D Yellow Fever Vaccine in Human Subjects previously infected with Japanese Encephalitis Virus. Am J Trop Med Hyg 1962; 11: 550-61.
  6. Situation Report: Yellow fever, WHO. 12 May 2016.http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/206312/1/yellowsitrep_12May2016_eng.pdf?ua=1
  7. Epidemiological Alert: Yellow fever, PAHO/WHO. 22 April 2016. http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=34247&lang=en
  8. http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/infectious-diseases-related-to-travel/yellow-fever
  9. http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/yellow-fever-risk-assessment-Angola-China.pdf

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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