国立感染症研究所

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風疹診断後に麻疹と判明した一症例

(IASR Vol. 34 p. 347-348: 2013年11月号)

 

2013年は大阪府内で大規模な風疹流行がみられており、第36週現在において患者数は3,000名を超えている。このような状況下において、風疹と診断された後に麻疹であることが判明した症例を経験したので概要を報告する。

症 例:29歳女性、2013年4月30日から38℃の発熱をきたし、いったん解熱後、5月3日から再び39℃の発熱がみられた。5月3日から風疹様の発疹と咽頭痛、5月4日にリンパ節の腫脹がみられ、近医で風疹と診断された。咳、鼻汁、結膜充血といったカタル症状はなく、コプリック斑も認めなかった。海外渡航歴や発疹性疾患患者との接触歴はなく、感染源は不明であった。風疹の血清IgM等の検査は行われていなかった。

症例の子(4カ月齢、女児)が5月10日に発疹をきたし、11日より39℃の発熱、12日にはコプリック斑を認めた。5月13日の血清学的検査で、麻疹に対する血清IgM値が9.37となり麻疹と診断された。5月15日に採取された患児の血液、咽頭ぬぐい、尿検体からRT-nested PCR法による検査で麻疹ウイルスのNおよびH遺伝子が陽性となり、咽頭ぬぐい液からVero/SLAM細胞を用いたウイルス分離培養検査で麻疹ウイルスが分離された。増幅されたN遺伝子の核酸配列を解析した結果、麻疹ウイルスの遺伝子型はD8に分類された()。

患児の接触者調査で母親(本症例)の病歴から家庭内における母から子への麻疹伝播の可能性が疑われた。5月16日に本症例の血液、咽頭ぬぐい、尿検体が採取され、RT-nested PCR法を用いた麻疹検査に供された。その結果、すべての検体で遺伝子型D8の麻疹ウイルスが検出された。増幅されたウイルス遺伝子配列は子に由来するものと同一であった。また、5月15日に検体採取した麻疹に対する血清IgM値は4.4、IgGは128以上で、血清学的にも麻疹であったことが裏付けられた。本症例はカタル症状を欠き、最終的に修飾麻疹と診断された。なお、本症例の麻疹ワクチン接種歴は1回(昭和60年、28年前)であった。

考 察:本症例が近医で風疹と診断された背景には昨今の風疹流行がある。2008年以降大阪府内の麻疹患者数は大きく減少し、2012年には年間4名であった。麻疹に対する注意喚起は十分ではない一方で、2012年以降、風疹が大規模な流行を見せており、府内では先天性風疹症候群も報告されるなど大きく注目されていた。2013年の感染症発生動向調査によると、大阪府では女性で最も多く風疹が報告されているのは10代後半~20代であり、本症例も属している年齢層であった。そのような状況下で、発疹が風疹様でカタル症状もない修飾麻疹が風疹と臨床診断されたと推察される。成人では過去に麻疹ワクチン接種歴や罹患歴のあることも少なくない。そのため麻疹が典型的な症状を示さない修飾麻疹になる例も多く、臨床症状だけで麻疹と風疹を鑑別することは容易ではない。本症例も子が麻疹と診断されなければ見逃されていたであろう。麻疹排除の観点からみても、風疹流行対策の立場からも、発疹性疾患の鑑別には積極的なIgMおよびPCR検査を行うことが肝要と思われる。

本事例で検出された遺伝子型D8の麻疹ウイルスは、近年日本国内で東南アジアやオーストラリアからの輸入関連事例を中心として散発的な発生が報告されている1)。遺伝子型D8の麻疹ウイルスは2012年以前には大阪府内で検出されなかった。一方、2013年第11週以降第37週現在、府内で報告された11例の麻疹患者のうち9例から検出された。このうち、海外渡航歴のある事例は2例、麻疹患者との接触歴が判明した事例は5例であった。本事例は国内で感染したが感染源が不詳の2例のうちの1症例であり、疫学調査の結果から大阪府内で麻疹ウイルスに感染したと思われた。

本症例はワクチン接種歴が1回あったにもかかわらず麻疹ウイルスに感染し、非典型的な修飾麻疹を発症したことから、いわゆるsecondary vaccine failure (SVF)が考えられた。わが国で現在20代の大部分~30代の成人は麻疹ワクチンを1回しか接種されていない。麻疹が一定のレベルで流行する状況下では、自然と麻疹に曝露されるため、麻疹に対する免疫は増強される(ブースター効果)。しかし、麻疹の流行が極めてコントロールされた現在では、このような効果はあまり期待できない2,3)。麻疹ワクチンの効果は年齢とともに減衰するため、この世代の麻疹感染リスクは徐々に高くなると思われる。実際、全国的にみると麻疹患者の47%は20~30代で、この割合は年々増加の傾向にある4)。本症例もこの年齢階層であった。この世代は母親になる機会も多い。麻疹に対する抗体価が低いと、乳児への移行抗体レベルも十分ではなく、子への麻疹感染リスクも高くなる。本事例においても母体の抗体量が不十分だったために子への麻疹伝播が防げなかったと考えられる。

結 語:本症例は風疹流行下で麻疹が風疹と誤診される危険性を示す典型的な例と思われた。日本国内での麻疹排除が進んでいる現在の環境下では、成人のSVFおよび乳児の感染予防対策を効果的に進める必要があり、成人の感受性者に対する対策をより積極的に検討する必要があると考えられる。

 

参考文献
1) IASR 34: 36-37, 2013
2) Strebel PM, Papania MJ, Dayan GH, Measles vaccine, In: Plotkin SA, Orenstein WA, Offit PA, editors, Vaccines, 5th ed. Philadelphia: Saunders; 2008, p. 353-398
3) Leuridan E, Hens N, Hutse V, Ieven M, Aerts M, Van Damme P, Early waning of maternal measles antibodies in era of measles elimination: longitudinal study, BMJ, 2010 May 18; 340: c1626. doi: 10.1136/bmj.c1626
4) IASR 34: 21-23, 2013

 

大阪府立公衆衛生研究所
    倉田貴子 上林大起 駒野 淳 加瀬哲男 高橋和郎
大阪府健康医療部 保健医療室 地域保健感染症課
    松井陽子 福村和美 松本治子 大平文人
大阪府守口保健所
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