国立感染症研究所

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麻疹の検査診断法(real-time PCR法を中心に)

(IASR Vol. 38 p.55-56: 2017年3月号)

麻疹は世界保健機関(WHO)が排除を目指している感染症である。麻疹排除とは「優れたサーベイランス体制が存在するある特定の地域において, 12カ月間以上継続して伝播した麻疹ウイルスが存在しない状態」と定義されている。また, 「優れたサーベイランス」の指標として, 1)麻疹疑い例の80%以上から適切な検体が採取され, 習熟した検査施設で検査診断が実施されること, 2)麻疹と確定されたアウトブレイクの80%以上からウイルス検出に適切な検体が採取され, その検体が習熟した検査施設で検査されること, などの4項目が挙げられている1)。麻疹排除を達成, 維持していくには検査診断に基づいたサーベイランス体制の確立が不可欠である。

他の多くの感染症と同様に麻疹の検査診断法も免疫学的方法とウイルス学的方法に大別できる。免疫学的方法には麻疹IgM抗体検査と急性期と回復期のペア血清中のIgG抗体価を比較する方法があり, また, ウイルス学的方法にはウイルス分離法とRT-PCR法等によるウイルス遺伝子検出法がある。

WHOは検査診断の標準法として, 麻疹IgM抗体測定を推奨し, ウイルス遺伝子検出による診断は原則, 副次的に用いるよう奨めている。ウイルス遺伝子解析を目的とするRT-PCRも, 分離されたウイルスを対象に実施することを原則としている。しかし日本では, 麻疹発症早期における感度が優れていること, また, 遺伝子解析をそのままできることから, 検体から直接nested RT-PCR法でウイルス遺伝子を検出, 診断する方法を用いてきた。一方, nested RT-PCR法は, チューブを開放するステップがあることから, PCRで生成されたアンプリコンが他の反応に混入する可能性があること, 操作がやや煩雑であり時間がかかること等から, 操作が比較的簡単で反応時間も短く, 検出感度もnested RT-PCR法とほぼ同等であり, チューブを開放する必要のないreal-time PCR法の導入が望まれていた。またWHOもnested RT-PCR法からreal-time PCR法への変更を奨めていた。

Real-time PCR法

2015年3月に改訂した病原体検出マニュアル(第3版)において新しくreal-time PCR法を収載した。本方法は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位中の75塩基を増幅, TaqManプローブで検出する系であり, 米国疾病予防管理センター(CDC)が開発し, WHOが推奨している方法を改変したものである2)。主な改変点としては, 原法ではRNA抽出工程の良否を示すRNA抽出対照として, 普遍的に存在するヒトRNase P遺伝子の検出を並行して実施するとしているが, ヒトRNase P遺伝子が逆転写反応を行わない場合でも検体から検出されることがあり, 必ずしもRNAの抽出対照とならないこと, 系が煩雑になること等から日本で使用する系から外した。また, 原法ではCt値40未満の検体を陽性と判定するとなっているが, 用いている機器等の違いのため施設ごとに検出感度が異なる可能性があることを考慮して, 濃度を調節した陽性コントロールを設定し, 陽性コントロールのCt値と検体のCt値を比較して判定することとした(後述)。

試験成立条件と判定法

病原体検出マニュアルでは, real-time PCR法を検査に使用する前に, 10倍段階希釈したスタンダードRNA(地方衛生研究所に配布済み)を用いて検量線を作成し, 表に記載したスロープ値, R2値を満たす系であることを確認することを求めている。系を公開する前に, 麻疹・風疹レファレンスセンターに協力いただき, 各所で使用している機器, 試薬を用いて検量線を検討したところ, 97%の試験で規格に適合した検量線が作成された。また, 実際の試験実施時の成立条件として陰性対照がCt値>40であること, 少なくとも5×101 copy/反応のスタンダードRNAがCt値≦40で検出されることを加えた (3)

判定に用いる陽性コントロールとしては, 5×100 copy/5μLと5×101copy/5μLの濃度のスタンダードRNAを5μL/反応で使用, 5×100copy/反応がCt値≦40の場合は5×100copy/反応を陽性コントロールとし, 5×100copy/反応がCt値>40の場合のみ5×101copy/反応を陽性コントロールとして用いることとした。検体のCt値が陽性コントロールの示すCt値より小さい場合, 陽性と判定する。また, 検体のCt値が陽性コントロールCt値より大きく, かつCt値≦40の場合は判定保留とし, H遺伝子, N遺伝子nested RT-PCRを実施し, その結果をもって判定することとした3)

2016年に地方衛生研究所で1,865症例の麻疹疑い例が検査され, うち1,592症例の診断にreal-time PCRが用いられていた。real-time PCR法ではウイルス遺伝子の解析ができないため, nested RT-PCR法も併用することになる。RT-PCR法は反応チューブを開放する工程があることから, 遺伝子検出法による検査診断は試験室の配置や試験者の動線にも配慮して実施することが求められる。

 

参考文献
  1. WHO, WER 85: 490-495, 2010
    http://www.who.int/wer/2010/wer8549.pdf
  2. Hummel KB, et al., J Virol Meth 132: 166-173, 2006
  3. 駒瀬勝啓, 染谷健二, 關文緒ら, 病原体検出マニュアル麻疹 (第3.3版) 平成27年8月
    http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Measles.V3.3.20150814.pdf

国立感染症研究所ウイルス第三部
 駒瀬勝啓 染谷健二 中津祐一郎 竹田 誠

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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