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広島県内の介護老人保健施設併設病院で発生したインフルエンザの集団感染事例

(IASR Vol. 36 p. 207-208: 2015年11月号)

はじめに
2014/15シーズンのインフルエンザは例年よりも早く流行が始まり、A(H3N2)型を主流とし、高齢者施設で死亡例を含む多くの集団発生が報告された。こうした中、広島県内の介護老人保健施設(以下老健)を併設する病院でインフルエンザの集団感染事例が発生し、広島県の依頼を受けて積極的疫学調査を実施したので概要を報告する。

端 緒
2015年1月7日、広島県内の病院から管轄保健所に、病院内でインフルエンザが発生している(入院患者および職員54人)との報告があり、その後死亡例も発生したことを受け、広島県は病院と共に記者発表を行うとともに、アウトブレイクの原因究明のために国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)に積極的疫学調査の依頼を行った。

病院は、内科、外科、整形外科、脳神経外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、呼吸器科、消化器科、循環器科、婦人科、麻酔科および精神科を有するとともに、老健、通所リハビリテーションおよび訪問看護ステーション等を併設している。

病院は東館および西館からなり、193床(一般急性期病棟57床、地域包括ケア病棟56床、医療療養病棟40床、介護療養型医療施設40床;2014年12月26日現在)を有する。老健は入所定員72人(2014年12月26日現在)で、当該建物の3階および4階に療養室を持つ。

調査においての症例定義は次のように定めた。2014年12月19日~2015年1月19日に、病院および老健の入院患者、入所者および職員において、次の条件を満たした者とした。

確定例:インフルエンザ迅速抗原検査により陽性と診断された者

疑い例:37.5℃以上の発熱を認めた者。ただし、他の明らかな発熱の原因がある場合や、発症後48時間以降にインフルエンザ迅速抗原検査陰性の場合は除外。

事例概要
確定例は98例(15%)で、内訳は、入院患者16%、入所者27%、職員11%であった。確定例の年齢中央値は、入院患者84.5歳、入所者91歳と極めて高齢であったのに対し、職員では40歳であった。また、確定例のうち糖尿病、心疾患、呼吸器疾患等の重症化リスクを有する者の割合は、入院患者98%、入所者70%と高かった。肺炎および気管支肺炎を発症した者は7人いたが、脳症を発症した者はいなかった。一方、疑い例は60例(9%)であった。

2014年12月23日にインフルエンザ迅速抗原検査により陽性と診断された病棟職員が初発例であると考えられた。その後、入院患者、老健入所者、老健職員等へと拡大し、2015年1月13日に診断された症例を最後に、確定例は認められなかった。

病院では、外来・病棟合わせて、毎シーズン500例前後のインフルエンザ迅速抗原検査が実施されている。2014/15シーズンは第47週に外来患者の陽性者1人が診断されたが、一部の職員の間でのみ情報共有され、病院・老健の職員全体には通知されていなかった。インフルエンザワクチン接種率は、入所者96%、職員85%と高く、早期から接種されていた。入所者については、2014/15シーズンを含め2011年以降毎シーズン9割以上のワクチン接種率を維持していたが、2014/15シーズンに初めて確定患者を認めた。ワクチン効果については、全員の接種歴が把握できた職員について検討した結果28%であり、Flannery らが報告した米国での外来患者に対する2014/15シーズンのワクチン効果(25%)とほぼ同程度であった。職種別では、看護職、介護職およびリハビリテーション職(以下リハ職)といった入院患者や入所者との接触頻度が高い職種で17%、これら以外の職種で54%であった。また、早期から感染予防策を実施していたリハ職では患者発生を認めなかったが、リハ職を除く看護職および介護職のみでは2%と低値であった。

抗インフルエンザ薬の予防内服については、2014年12月30日、インフルエンザ発症者が院内で最多であった西4病棟職員から実施され、次いで発症者と同室の入院患者、全職員、すべての入院患者および入所者へと対象が広げられたが、流行の終焉間際に実施されたこともあり、本事例からその効果を評価することは困難であった。その他の感染予防策全般については、標準予防策(手指衛生、マスク着用、咳エチケット)に加え、ワクチン接種、予防内服等様々な対応がとられていたが、発生状況の共有がなされていなかったため対応は後手に回り、かつ、発生当初は発生した病棟のみでの限定的な対応であった。

なお、患者から採取されたウイルス株の解析については、採取した16検体のうち、リアルタイムPCR法により1検体からAH3型が検出され、遺伝子解析でクレード3C.3aに分類された。

病院での検査結果を十分に活用し、流行の早期探知を行うとともに、検査結果を施設全体で共有する体制が必要である。

考 察
本事例では、職員や老健入所者で高いワクチン接種率を達成していたにもかかわらず、多くの者がインフルエンザを発症した。インフルエンザワクチンはウイルスの変異や製造過程での制約から効果が変動するため、ワクチン接種のみでのインフルエンザ予防、対策では不十分であることが示された。ただし、高齢者や基礎疾患を有するいわゆるハイリスク群が多数施設、病院内にいたにもかかわらず、合併症、死亡例が少数で抑えられた。また、高いワクチン接種率と流行初期から手指衛生やマスク着用に加え、インフルエンザ患者のリハビリ中止など対策を講じやすかったリハ職では、インフルエンザ発症者は一人もいなかった。

以上よりインフルエンザの発症を予防するためには、インフルエンザワクチンの高い接種率に加え、標準予防策、飛沫および接触予防策を流行初期から総合的に講じることが重要であると考えられた。

国立感染症研究所     
  実地疫学専門家養成コース(FETP) 河端邦夫 石金正裕     
  同インフルエンザウイルス研究センター 小田切孝人     
  同感染症疫学センター 神谷 元 山岸拓也 松井珠乃 大石和徳

 

 

 

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