国立感染症研究所

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フィリピン調査報告(WHO/JICA)

(IASR Vol. 36 p. 70-71: 2015年4月号)

はじめに
フィリピンにおける麻疹のアウトブレイクはフィリピン国内だけでなく、わが国を含めた諸外国への麻疹拡大の原因となっている。これに対し、フィリピン保健省ならびにWHOフィリピン事務所は2014年9月1日より麻疹、風疹、ポリオワクチンの定期接種外の一斉投与(Supplementary Immunization Activ- ity: SIA)を決定した。今回、フィリピン全土でのSIAに際し、外部視察(external monitoring)を行う国際視察団(international monitors) の一員として、独立行政法人国際協力機構(Japan International Co- operation Agency: JICA)の調査団員として参加する機会を得たため、報告する。

フィリピンでの麻疹
フィリピンでは、定期接種のみでは麻疹排除に至らず、1998年以降2013年までに、4回にわたり麻疹含有ワクチン(Measles Contained Vaccine: MCV)のSIAを行っている。フィリピンでは2011年のSIA以降、2012年、2013年と麻疹患者報告数が減少したが、2013年末より再度増加し、2014年1月には9,549例と全国的なアウトブレイクとなった(参照URL: http://www.wpro.who.int/immunization/documents/measles_country_profile_sep2014_phl.pdf)。

訪問先の麻疹の流行状況
我々は、首都マニラの北部に位置する山岳地帯である、コルディレラ行政地域(Cordillera Administra- tive Region: CAR)に属するBenguet州に派遣され、州都であるLa Trinidadを中心に、Tuba、Kapangan、Tublayの4つの市を訪れた。CARでは、2012年には9例のみであった麻疹患者報告数が、2013年には73例に増加し、2014年には1~4月で83例の報告があった。

Benguet州のワクチン接種率
フィリピンは元来、生後9か月の乳児を対象に、定期接種としてMCVを1回接種していたが、2010年より生後12か月を対象に、MMRワクチンを2回目の定期接種として採用した。しかし、2013年のMCVの初回接種率は、CARで82.0%、Benguet州では76.4%であり、2回目のMMRの接種率にいたっては、CARで48.7%、Benguet州で45.8%と非常に低く、結果、麻疹排除には至っていない。

Benguet州でのSIAへの準備状況
フィリピンでは、各州に設置された州保健所(Pro- vincial Health Office: PHO)が、各都市に設置された保健所(Rural Health Unit: RHU)を統括し、RHUが実施主体となり市民への保健医療サービスを提供している()。今回はBenguet州PHOと4市のRHUを視察した。

まず、各保健所で立案されていたSIAの実行計画(microplan)に関しては、人手が十分ではない中、ワクチン接種の日程、手順、各家庭の個別訪問など具体的な計画が策定されていた。また、ワクチンの運搬体系(cold chain)に関しても非常によく整備されていた。これは2006年~2011年にかけてBenguet州を対象にJICAが地域保健システム強化プロジェクトを実施しており、その際に、冷蔵庫やクーラーボックス、保冷材、温度計などの資材調達や整備が行き届いていて、今回のSIAでも大きな力を発揮していた。

住民に対する周知方法も、ポスターやビラの配布はもとより、ソーシャルネットワークサービスなどで専用のサイトを立ち上げたり、礼拝の日に合わせ教会の近くでワクチン接種を呼びかけ、接種を行うなど、各地域の特性、人手などを考慮し工夫がされていた。

しかし、一方でSIAが開始される数日前まで現場にワクチンが供給されず、スタッフへの給与や会場の整備などの予算に関しても不備が目立った。特に小規模の都市のRHUでは、予算不足や予算の支払い遅延が理由で、ボランティアや職員の研修費、昼食代、輸送手段などを所長自らが負担していた。

また、ワクチン接種率を高める工夫、配慮も欠けている点が散見された。例えば、訪問したBenguet州は山岳地域であることから、山間部に家々が立ち並んでおり、道幅も狭いため、徒歩でしか個人の家を訪問できない地域が多い。SIAが実施された9月は雨期にあたり、足元のぬかるんだ山道を一軒一軒訪問していくには条件が厳しく、また、雨具や雨靴なども十分支給されていなかった。

さらに、SIAの評価基準となる接種率を算出するために必要な接種対象年齢人口の算出方法が不正確であった。今回のSIAは5歳未満の小児を対象に行われたが、接種対象年齢人口の算出には、フィリピン全土の国勢調査で算出された5歳未満の小児人口割合を各地域の人口に乗算して決定された。そのため、訪問したBenguet州では、各RHU単位で把握している5歳未満の小児よりも接種対象年齢人口が過度に見積もられ、その結果Benguet州のワクチン接種率は過小評価された。別の場所では過大評価される場合もあり、SIAの効果を判定する上で、非常に大きな問題であった。

フィリピン政府への提言
Benguet州視察後、マニラのWPRO本部にて、Benguet州以外の地域に視察に行った他の国際視察団のメンバーとともに、フィリピン政府への下記の提言を行った。

まず、SIA実施にあたり関係者との連絡を密に取り、その時々の問題点を正確に把握し対応することが必要である点を伝えた。SIA開始直前までワクチンや必要品の供給が遅れていたことはSIAの周知を遅らせ、接種率向上に大きな障害となっていた。また、季節性や地理的条件など各地域の特性を考慮した計画の重要性を伝えた。さらにガイドライン策定にあたり、支出額や代替案、評価方法(接種対象年齢の算出)など、より綿密な計画が必要であることも提言に含めた。我々が視察した4都市は、JICAの貢献もありcold chainは非常によく整備されていたが、その他の地域を視察したメンバーの報告ではcold chainの整備が必要な地域があり、このようなワクチンの保管体制の改善も計画段階から考慮に入れる必要があると提言した。なお、同様の提言はBenget州PHO関係者にも行った。

結局、Benguet州のSIAでのワクチン接種率は96%に達し、CAR全体で90%、フィリピン全土で91%であったことと比較すると、高い接種率を達成できた。しかし、過去にも、SIA後には一時的に麻疹報告数が減少するが、経過とともに再度増加するということを繰り返しており、今後も予断を許さない。

最後に
近年、わが国で報告される麻疹患者報告の中には、遺伝子型や疫学的リンクの調査結果から、フィリピンを起源とする報告が多い。今回の派遣では、フィリピンでの麻疹コントロールに向けた熱意を感じる一方で、その困難さも実感した。

日本における麻疹排除維持のためには、引き続き高いワクチン接種率の維持による、海外からの麻疹持ち込みへの対応策に加え、フィリピンなど麻疹流行国への渡航者の麻疹含有ワクチン接種歴の確認と不足者への接種といった渡航者自身の予防策という、2つの視点からの対応が必要であると考えられた。

謝辞:今回のフィリピン派遣では、フィリピン保健省(DOH)派遣中のJICA専門家・竹中伸一様、JICAフィリピン事務所・伊月温子様、JICA本部・大井綾子様にご尽力いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 

国立感染症研究所感染症疫学センター 奥野英雄 神谷 元

 

 

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