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梅毒による口腔咽頭病変

(IASR Vol. 36 p. 23-24: 2015年2月号)


背 景

梅毒は、Treponema pallidum subsp. pallidumによる、慢性の全身感染症である。わが国において、2012年より報告数が急増しており、2013年の報告数1,226例のうち、443例(36%)はmen who have sex with men (MSM)である1)。梅毒による口腔病変は感染性が強く、オーラル・セックスによって感染が拡大している可能性がある。当院において経験した口腔咽頭梅毒の2症例を提示し、考察を加える。

症例1:30歳 MSM
主訴:咽頭粘膜病変
既往歴:2008年 HIV陽性
現病歴:2008年6月に保健所にてHIV陽性が判明し、当院紹介受診。初診時のCD4値 281/μl、HIVウイルス量 1.6x104/mlであり、同年11月に抗HIV療法が導入された。2011年7月下旬に、当院にHIV感染症のための定期受診時、咽頭に粘膜斑(乳白斑)を認めた(図1)。本人の自覚症状は無かった。

現症:両側の軟口蓋に沿って、弧状に拡がる乳白斑を認めた。性器、肛門周囲、およびその他の皮膚に発疹を認めなかった。

検査:RPR 150.0 R.U.(メディエース® RPR、積水メディカル株式会社)、TP抗体法 36,050.0 T.U.(メディエース® TPLA®、積水メディカル株式会社)、CD4値 551/μl、HIVウイルス量 検出限界未満

経過:乳白斑および梅毒血清反応より、第II期梅毒による口腔咽頭病変が疑われた。受診10日後より、アモキシシリン 3g+プロベネシド 1.5g/日 2週間投与による駆梅療法を実施した。治療約1カ月後の再診時、乳白斑は消失していた。治療約6カ月後の採血にて、RPR 6.1 R.U.、TP抗体法 725.0 T.U.であり、治癒と判断した。

症例2:29歳 MSM
主訴:口唇と咽頭の有痛性の粘膜病変
既往歴:19歳 急性B型肝炎、25歳 HIV陽性
現病歴:2008年他院でHIV陽性判明。2012年1月のCD4値 194/μl、HIVウイルス量 1.0x104/ml。2012年2月当院紹介受診。初診時、口腔内に多発する有痛性の潰瘍を多数認めた。梅毒血清反応が陽性であったため、駆梅療法を実施したところ、口腔内潰瘍が消失した。同月に抗HIV療法が導入された。同年8月に同性との性交渉があった。9月再診時、CD4値 417/μl、HIVウイルス量 検出限界未満、RPR 26.6 R.U.、TP抗体法 1,615.0 T.U.であった。下口唇および咽頭に出現した、有痛性の粘膜病変を主訴に、12月再診となった。

現症:下口唇に辺縁が軽度隆起した浅い潰瘍を認めた(図2)。右咽頭にもびらん様の粘膜病変を認めた。

検査:RPR 245.0 R.U.、TP抗体法 26,250.0 T.U.、下口唇粘膜病変擦過物のpolymerase chain reaction (PCR)法 梅毒DNA陽性

経過:有痛性であること、感染機会からの期間、血清反応、およびPCR結果より、第II期梅毒(再感染)による口腔咽頭病変が疑われ、ドキシサイクリン 200mg 10日間による駆梅療法を実施したところ、2週間後再診時には潰瘍性病変は消失していた。治療約3カ月後再診時、RPR 25.3 R.U.、TP 2,775.0 T.U.と改善がみられた。

考 察
口腔咽頭梅毒は、初期硬結、硬性下疳(第I期梅毒)、粘膜斑・乳白斑(第II期梅毒、症例1)といった梅毒特有の病変を呈することが多いが2)、HIV陽性者の梅毒再感染の場合は、それに当てはまらない非定型的な臨床像を呈する(症例2)。

口腔咽頭梅毒の多くは第II期梅毒で発見されることが多く3)、第II期梅毒の30%において、有痛性の口腔内の浅い潰瘍形成がみられるとの報告がある4)。ただし稀ではあるが、症例1のように、口腔咽頭病変が唯一の症状である症例が存在する5)

当院において2013年に診断した梅毒症例76例のうち、6例(7.9%)においてPCRによって証明された梅毒による口腔咽頭病変を認めた(2例:第I期梅毒、4例:第II期梅毒)。梅毒による口腔咽頭病変の鑑別診断は多岐にわたる。診断は、臨床症状、血清反応、および生検による組織診によってなされる。ただし組織診の所見は非特異的で、診断の決め手にならないことがあり、その有用性は意見が分かれる6)。プライマリ・ケアの現場で本症を疑うことは難しい。性感染症診療の現場では、患者のsexual historyを把握し、口腔咽頭病変を呈する性感染症として、梅毒を常に鑑別診断に含めておく必要がある。またHIV陽性者の場合、非典型的で多彩な口腔咽頭病変を呈することがある。PCR法は将来、診断および他疾患との鑑別の上で、有用なツールになり得る。

MSMが主要な患者層である当院において2013年に診断された76例の梅毒症例は、同年の東京都の報告数の18%、全国の6.2%を占めている。受診はしても診断されていない、あるいは診断はされても届出されていない症例が相当数あると考えられ、医療機関における積極的な検査診断と届出を徹底することの重要性を再確認したい。

謝辞:梅毒PCR法を施行頂いた、国立感染症研究所 細菌第一部の中山周一先生、石原朋子先生、志牟田 健先生ならびに大西 真先生に深謝いたします。

 
参考文献
  1. 高橋琢理, 他, IASR 35: 79-80, 2014
  2. 余田敬子, 皮膚科サブスペシャリティーシリーズ, 本田まりこ, 他編, 文光堂, 東京, 2009, 33-36
  3. Leuci S, et al., Oral Diseases 2012; October: 1-9
  4. Thomas RF, et al., New Eng J Med 2010; 362: 740-748
  5. Paz A, Potasman I, Travel Med Infect Dis 2004; 2: 37-39
  6. Carneiro J, et al., Clinics 2006; 61: 161-166


しらかば診療所 井戸田一朗 畑 寿太郎
国立国際医療研究センター 国際感染症センター 加藤康幸

 

 

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