国立感染症研究所

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速やかに保健所と協力して接触者調査と予防内服を行った髄膜炎菌性髄膜炎の1症例

(IASR Vol. 34 p. 364-365: 2013年12月号)

 

はじめに
髄膜炎菌性髄膜炎はわが国で年間10~20例が報告されている比較的稀な疾患であるが、致命率は10~15%と高く、死亡者の多くは25歳以下の成人や幼小児であり、軽視できない疾患である1)。感染症法では従来は髄膜炎菌による髄膜炎のみが5類全数把握疾患の対象となっていたが、2013年4月から髄膜炎だけではなく敗血症の症例も対象に追加され、「侵襲性髄膜炎菌感染症」として対象疾患になっている。今回我々は速やかに保健所と連携して接触者調査と対策を行った髄膜炎菌性髄膜炎の症例を経験したので報告する。

症例 19歳,女性

臨床症状と経過
既往歴:特記すべき既往歴なし

現病歴:20XX年の入院前日の朝から突然の39℃台の発熱と悪寒が出現し、自宅で様子をみていた。入院当日の朝、1時頃から激しい後頭部痛が出現し、8時前に自室で意識不明になっているところを家人が発見し、当院に救急搬送された。直近の海外渡航歴や周囲での髄膜炎菌感染症例などはなかった。

来院時身体所見:意識レベルGCS 6点(E4V1M1)、体温39℃、血圧128/72 mmHg、脈拍数88回毎分整、呼吸数19回毎分、SpO2 99%(マスク3リットル)。項部硬直を認めた。皮疹はなし。

来院時検査:WBC 22,100/μL、Hb 13.6 g/dL、Plt 11.1×104/μL、AST 27 IU/L、ALT 28 IU/L、BUN 14 mg/dL、Cr 0.58 mg/dL、CRP 20.6 mg/dL。 

腰椎穿刺検査:髄液圧は初圧・終圧ともに高値のために測定不可(>52cmH2O)。多核球 30,336/3μL、単核球1,088/3μL、蛋白 394 mg/dL、ブドウ糖 0 mg/dL、

入院後経過
身体所見および髄液所見より細菌性髄膜炎を疑ったが、入院時に採取した髄液のグラム染色では菌は見えず、経験的治療としてメロペネム(MEPM)とバンコマイシン、さらにデキサメタゾンを併用して治療を開始した。入院第4病日の朝に髄液の増菌培養で発育がみられ、グラム染色でグラム陰性球菌を認めたために髄膜炎菌を疑った。この時点で速やかに保健所に連絡し、同時に接触者調査を開始した。病院の調査に基づき気管内挿管などに携わった医療従事者17名が予防内服を行った。また、保健所の接触者調査は190名に及び、家族・職場同僚15名が髄膜炎菌に対する予防内服を行い、残りの175名は10日間の健康観察を受けた。さらに各市町村の医師会に対しての情報提供も行われた。一部の接触者は咽頭ぬぐい培養も行ったが、髄膜炎菌が検出された者はおらず、また、その後に髄膜炎菌感染症を発症した者もいなかった。入院第8病日には薬剤感受性結果で髄膜炎菌がペニシリン感受性であることが判明し、MEPMからアンピシリンに変更し、第14病日に終了、第24病日に患者は軽快退院となった。

検 査
髄液培養から得られた髄膜炎菌株を国立感染症研究所細菌第一部へ送付し、検査した。血清群はB群、遺伝子型(sequence type)は687であった。

考 察
髄膜炎菌性髄膜炎の臨床像:髄膜炎菌による急性全身性感染症は(1)髄膜炎、(2)敗血症を伴う髄膜炎、(3)髄膜炎を伴わない敗血症の3つの病態に大別される2)。本症例では抗菌薬の前投与はなく、髄膜炎菌は血液培養では検出されず、髄液培養検査でのみ検出された。

髄膜炎菌性髄膜炎は典型的には突然の発熱、嘔気・嘔吐、頭痛や筋肉痛で発症する。髄膜炎の古典的3徴(発熱、項部硬直、意識障害)は27%に認め、この3徴に皮疹を加えると、89%の患者はこれら4つの徴候のうち、2つを示したと報告されている3)。肺炎球菌性髄膜炎やインフルエンザ菌性髄膜炎と比較すると、古典的3徴が揃う頻度は少なく、また、神経学的巣症状に乏しいとされている4)

健常人の数%は髄膜炎菌を咽頭に保菌していることが知られており、細菌性肺炎の原因となることもあるがその頻度は多くはない5)。その他に尿道炎や関節炎、心内膜炎などの原因菌となることもある。

薬剤感受性検査でペニシリン感受性と判明すれば、髄膜炎菌性髄膜炎はペニシリンGなどのペニシリン系薬で治療が可能である。ペニシリン感受性が低下した髄膜炎菌(0.1~1.0 μg/mL)の報告もあり、このような髄膜炎菌に対しては第3世代セファロスポリン系薬などを使用する。治療期間は重症度によって異なるが、一般的には7日間が推奨されている6)

曝露後内服:侵襲性髄膜炎菌感染症の濃厚接触者は1,000人あたり4人の発症リスクが報告されている(通常の発症率の500~800倍)。そのため,患者の発症7日前以内の濃厚接触者には、予防内服が推奨されている。濃厚接触者には(1)家族、(2)保育所などの接触者、(3)患者の口腔内分泌物に直接曝露した者(キス、mouth-to-mouth、気管内挿管など)などが含まれる。曝露後の内服は接触後なるべく早く開始(可能であれば24時間以内)することが推奨され、逆に14日以上経過した場合は投与が推奨されない7)。本症例では、グラム染色で髄膜炎菌が疑われた時点で速やかに保健所と協力して接触者調査を開始し、濃厚接触者には週末も含めて受診を勧めることで速やかに予防内服を行うことができた。

このような曝露後内服が推奨されているのは髄膜炎菌性髄膜炎だけでなく、髄膜炎はなくても敗血症の症例でも対象になるため、今回感染症法の対象が髄膜炎菌性髄膜炎から侵襲性髄膜炎菌感染症に拡大されたことは重要である。しかし一方で、予防内服は接触後なるべく早く開始することが推奨されているため、「7日以内の報告」にかかわらず、診断した医療機関は速やかに所轄保健所へ届出を行い、協力して対応にあたる必要があると考えられた。

 

参考文献
1) Sharip A, et al., PIDJ 25: 191-194, 2006
2) Wolf RE, Birbara CA, Am J Med 44: 243-255, 1968
3) Heckenberg SG, et al. Medicine 87: 185-192, 2008
4) Feigin RD, Dodge PR, Pediatr Clin North Am 23: 541-56, 1976
5) Kerttula Y, et al.. J Infect 14: 21-30, 1987
6) Tunkel AR, et al., Clin Infect Dis 39: 1267- 1284, 2004
7) Cohn AC, et al., MMWR 62(RR-2): 1-28, 2013

 

奈良県立医科大学附属病院感染症センター 笠原 敬 小川 拓 宇野健司 前田光一 三笠桂一
奈良県立医科大学病原体・感染防御医学/感染症センター 中村(内山)ふくみ
奈良県立医科大学附属病院 高度救命救急センター 宮崎敬太 渡邊知朗 奥地一夫
奈良県桜井保健所 山田全啓
国立感染症研究所細菌第一部 高橋英之 大西 真

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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