国立感染症研究所

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中国における鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症の発生

(IASR Vol. 34 p. 342-343: 2013年11月号)

 

WHOの発表では、2013年10月24日現在、中国本土および台湾から137例の症例が報告されており、うち45例が死亡、4例が入院中で、88例が退院している。年齢・性別が判明した131例では年齢中央値は61歳(4歳~91歳)、性別は女性が31%(40人)であった。

現在報告されている初発例の発症日は2013年2月19日であり、3月中旬までは散発的に、3月下旬~4月中旬までは継続して症例の発症が報告された。4月下旬からは症例の報告が減少し、5月21日以降しばらく発症はなかったが、7月に入って2例の発症があった。7月27日発症の症例の後途絶えていたが、10月に入って新たに10月7日および10月16日発症の2例が報告されている()。

中国本土では、症例は上海市から1例目が報告された後、3月には浙江省、江蘇省、安徽省、4月には河南省、北京市、湖南省、山東省、福建省、江西省からそれぞれの発症が報告され、7月に入って新たに河北省と広東省で1例ずつ、10月に入って浙江省で2例の発症が報告された。現時点で報告地域は2市10省となっている。症例は、浙江省(48例)、上海市(34例)、江蘇省(27例)で多く報告されている。台湾からの症例は、4月に報告された1例で、江蘇省に滞在し、上海を経て帰国した後3日目に発症した。

症例の多くが少なくとも一つの併存症を持っており、発熱と咳が最もよく認められた症状であり、両側性のすりガラス状陰影と浸潤影が最もよくみられた所見であった。確定例の大半は肺炎に罹患し、その70%が急性呼吸促迫症候群(ARDS)を発症していた。一方では、軽症から中等症の症例が病院定点サーベイランスで検出されていることから、重症例として検出された確定例は、中国国内での全症例のうちの氷山の一角であることが推察されている。ほとんどの症例が抗ウイルス剤の投与を受けていたが、発症後7日目(中央値)に開始されていた。ウイルスの検出は下気道検体からのほうが、鼻咽頭スワブより感度が良いことが指摘されている。

症例130例のうち、75%の症例に発症日前14日以内の家禽との接触歴があり、また鳥への曝露から発症までの推定潜伏期の中央値は3.1日(95%信頼区間:2.6-3.6)であった。浙江省で2013年4~5月に実施された鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス(以下H7N9ウイルス)に対する血清HI抗体価の調査において、一般の健常人ではほとんどが抗体陰性であったが、家禽市場で働く健常人の6%(25/396)に抗体陽性者が認められ、家禽市場の従業者で不顕性感染が起きていることが示唆されている。確定例に対する接触者調査からはいくつかの家族内クラスターにおいて、限定的なヒトーヒト感染が確認されており、その曝露から発症まで潜伏期は6~7日であった。

一方、周囲の養鶏場や農場のニワトリ約4万羽が調べられたが、すべてH7N9ウイルス感染は陰性であり、また患者発生地域でも、一部の鳥市場の46羽に感染が確認されたのみである。また、多数のブタが調査されたが、陽性例はみつかっていない。したがって、ヒトへの感染源としてニワトリが疑われているものの、H7N9ウイルスの中間宿主動物やヒトへの伝播経路は不明である。5月初めに流行地域の鳥市場を閉鎖した後には、新たな患者発生は大幅に減少しているが、感染源と推定されるニワトリを処分した効果なのか、夏季に向かいインフルエンザの活動が低下する季節的要因なのかは不明である。

当該ウイルスは少なくとも3種類の異なる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子交雑体であると考えられる。ヒト分離ウイルス15株は遺伝子系統樹解析の結果から互いに非常に類似していた。しかし、そのうちの1株(A/Shanghai/1/2013)は、塩基配列上では他の14株とは区別され、共通の祖先から分岐した別系統の近縁ウイルスが同時期に伝播していたことが示された。

上海市、江蘇省、浙江省のハト、ニワトリおよび環境からの分離ウイルス7株の遺伝子系統樹解析の結果からは、上記ヒト分離ウイルスのうちの上記14株と類似性が高く、同系統のウイルスと考えられる。しかし、鳥とヒトのウイルス株の間には明らかに異なる塩基配列もあり、今回報告された鳥分離ウイルスが今回報告された患者に直接に感染したものであるとは考えにくい。

ヒト分離ウイルス15株のすべてのHA遺伝子は、ヒト型のレセプターへの結合能を上昇させる変異を有しており、このことはin vitroのレセプター結合実験でも確認された。しかし、これら分離株は、トリ型レセプターへの結合能も併せて保持しているため、まだ継続的にヒトーヒト間で感染伝播するまでにはヒト型に馴化していないと判断される。しかし、追加の変異によってその能力を獲得する可能性があるので、パンデミックを起こす可能性については、H5N1鳥インフルエンザウイルスよりも高いと推定される。

PB2遺伝子を解析したヒト分離ウイルス11株のすべてに、RNAポリメラーゼの至適温度を鳥の体温(41℃)から哺乳類の上気道温度(34℃)に低下させる変異が観察された。

ヒト分離ウイルス15株および鳥、環境からの分離ウイルス7株、合計22株の遺伝子解析の結果からは、鳥に対して高病原性を示す遺伝的マーカーの変異はみられず、ニワトリやウズラなど家禽への感染実験でも低病原性であることが確認された。またブタへの感染実験においても不顕性感染であることが確認され、この系統のウイルスがこれらの哺乳動物の間で症状を示さずに伝播され、ヒトへの感染源になる可能性が示唆された。

NA遺伝子の塩基配列からは、ヒト分離株のうちの1株A/Shanghai/1/2013が、抗インフルエンザ薬のオセルタミビル、ペラミビルおよびザナミビルに対する耐性変異(R292K)をもつことが指摘されていたが、詳細な遺伝子解析やクローニング実験から耐性株と感受性野生株との混合ウイルスであることが確認された。台湾のヒト分離ウイルスも耐性変異株と感受性野生株の混合ウイルスで、オセルタミビルに感受性が低下していた。

直近で浙江省から2例の患者報告があったことから、冬季にかけてH7N9ウイルスの流行が再び活発になる可能性も否定できず、引き続き中国における患者発生状況および国内への患者の流入の可能性を注視する必要がある。

 

国立感染症研究所 インフルエンザウイルス研究センター   
  藤崎誠一郎 小田切孝人 田代眞人
同実地疫学専門家養成コース 田渕文子
同感染症疫学センター  山岸拓也 松井珠乃 大石和徳

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