国立感染症研究所

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細胞傷害性T細胞が誘導するHIVの進化

(IASR Vol. 34 p. 259-261: 2013年9月号)

 

HIVは変異性が最も高いウイルスとして知られている。その理由としては、RNAウイルスであるためにreverse transcriptase による翻訳ミスが起こるためと考えられる。しかし、ある変異体がその個体や集団の中で増殖して優位を示すにはいくつかの条件が必要となる。変異によりHIV自体の感染性が高まる場合、すなわちHIVの侵入や複製が亢進するような場合、その個体や集団でその変異ウイルスが優位を示すことになる。一方、細胞性免疫によりHIVの増殖は完全ではないが抑制されることはよく知られているが、この免疫系による増殖抑制が働かなくなるような変異HIVが出現すると、このような変異HIVは個体のなかで優位を示してくると考えられる。免疫系のなかでも細胞傷害性T細胞(CTL)を介した変異HIVの選択が、もっともよく知られている。

CTLから逃避するHIVウイルス(逃避変異HIV)の選択
HIVは感染し増殖する過程で起きる変異の中で、CTLの認識に重要な部位のアミノ酸に変異を起こし、CTLが認識できないような変異が起こることがある。このような変異を持ったHIVが感染した細胞をCTLは認識できなくなるので、変異したHIVが感染した細胞は排除されることはなく体内で増殖していき、このCTLから逃避した変異HIV(逃避変異HIV)が体内で優位になっていく。逃避変異ウイルスは必ずしもCTL が直接認識するHLAクラスI分子に結合するペプチド(エピトープ)上に限定されず、エピトープの周辺で起きる場合もある。これは周辺で起きても、細胞内での抗原提示過程(エピトープペプチドの作製の過程)で障害を受けることがあるからである。

逃避変異ウイルスの集団での蓄積
ある人でCTLにより選択された逃避変異ウイルスは、感染を通して集団の中で蓄積することが考えられる。たとえばHLA-A*02:01をもった感染者内で選択された逃避変異HIVは、HLA-A*02:01を持っていない人に感染した場合、次の2つのことが考えられる。この逃避変異HIVの体内での増殖力が変異していないwild-type HIVと比べて同じ場合(fitness が同じ場合)は、新たな宿主においても同じようにこの逃避変異ウイルスは増殖し、体内で優位を示す。一方、この逃避変異HIVの増殖力が低下した場合(fitness が低下した場合)は、新たな宿主では特異的なCTLは誘導されないので、CTLによる排除が起きず、混入しているわずかな数の増殖力がより強いwild typeのウイルスの方が優位になる。このように一見変異ウイルスがなくなり元のwild typeのウイルスに戻るようになることを、reversionと呼んでいる。このreversionは逃避変異中では限られた変異体に見られるもので、逃避変異HIVの多くはfitness が変わらないため、逃避変異体は集団に蓄積されると考えられる。

Reversion が起こらず集団に高頻度で蓄積される例としては、RT135番目の変異がある。HLA-B*51により提示されるエピトープの一つであるPol エピトープ TAFTIPSIを認識するCTLは、強いHIV増殖抑制能をもっており、このためこのエピトープ部位がwild typeであるHIV は体内で特異的CTL により効率的に排除され、この部位の逃避変異を持ったHIV が選択される。実際、日本を含めた世界9か所のコホートで 2,207人のHIV感染者のこの部位の変異の出現を解析してみたところ、HLA-B*51陽性者の96%にRT135に変異が見られ、一方HLA-B*51陰性者の29%でも変異が見られたが、統計学的解析ではP= 7.6×10-89 と、HLA-B*51陽性者と陰性者の間で強い有意差がみられた。また各コホートのHLA-B*51の頻度とエピトープの変異の頻度に強い相関がみられ()、HLA-B*51に相関した変異の選択がおきていること確認できた。このエピトープの8番目はwild typeではIle だが、変異の8割ほどはThrになっており、他にLeu 、Argなどが少数であるが見られた。この3つの逃避変異は、CTLにより認識されず選択されることが明らかになっている。また、これらの変異体のfitnessは低下しておらず、rever-sionが起こらず集団に蓄積されると考えられた。実際、1,994人のHLA-B*51陰性者の29%でも変異が見られており、9カ所のコホートで、各コホートのHLA-B*51の頻度とHLA-B*51を持ってない感染者のこのエピトープの変異の頻度との相関を解析したところ、強い相関がみられた()。このことから、この逃避変異はHLA-B*51の患者で選択され世界中で蓄積されていることが明らかになった。

日本人での免疫逃避変異の選択と蓄積
我々は最近、無治療日本人HIV感染者 430人のHIVのGag、Nef、Pol領域の変異とHLAの相関を解析した。その結果、147カ所の部位にHLAアリールに関連した284個の変異を同定した。これらの変異の多数は、CTLにより選択され蓄積したものであると考えられた。白人が主な他の海外のコホートと比較すると、半数以上の変異が異なっており、HIVはそれぞれの人種で誘導されるCTLの違いにより、それぞれ特有の進化をしていると考えられた。

 

熊本大学エイズ学研究センター      
        センター長・教授 滝口雅文

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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