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7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)導入が侵襲性細菌感染症に及ぼす効果:2012

(IASR Vol. 34 p. 62-63: 2013年3月号)

 

はじめに
肺炎球菌は、小児期における侵襲性感染症の起因菌として頻度が高い。細菌性髄膜炎、敗血症、肺炎はその代表的な疾患であり、治療が進歩した今日においても重篤な経過となることがあるため、ワクチンによる予防が重要である。これまでに小児結合型肺炎球菌ワクチンが定期接種となっている国々においては、侵襲性感染症の減少が報告されている1)。本邦では、2010年2月から結合型7価肺炎球菌ワクチン(PCV7)が市販され、2011年に入り多くの自治体では公費助成で接種可能になった。

われわれは、厚生労働科学研究事業研究班「ワクチンの有用性向上のためのエビデンス及び方策に関する研究」班(神谷班)、「新しく開発されたHib、肺炎球菌、ロタウイルス、HPV等の各ワクチンの有効性、安全性ならびにその投与方法に関する基礎的・臨床的研究」班(2011年2月に神谷研究代表者が逝去したため庵原・神谷班に名称変更)として、小児侵襲性細菌感染症のアクティブサーベイランスを継続して実施している。今回は公費助成開始後2年間において、PCV7が侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)に与えたインパクトについて報告する。

調査方法
本研究において報告対象とした患者は、生後0日~15歳未満で、肺炎球菌、インフルエンザ菌、B群レンサ球菌(GBS)による侵襲性細菌感染症(血液、髄液、関節液など、本来は無菌環境である身体内部から採取した検体から起因菌が分離された感染症)に罹患した全例とした。罹患率の算出には、総務省統計局発表の各年10月1日時点の5歳未満人口(ただし2012年は2013年2月14日時点でデータ未公表のため、2011年のものを使用)を用いた。2011年10月時点での10道県を合わせた5歳未満人口推計値は1,199,000人であり、全国の5歳未満人口の推計値(5,303,000人)の22.6%を占めていた。調査期間は、2008年1月~2012年12月までの5年間、前方視的に全数把握調査を実施した。

調査対象地域は、北海道、福島県、新潟県、千葉県、三重県、岡山県、高知県、福岡県、鹿児島県、沖縄県の10道県である。これらの地域で、人口ベースの患者発生状況調査を行った。菌の同定・血清型判定と薬剤感受性解析は、国立感染症研究所で実施した。なお、北海道は髄膜炎のみの調査であり、他の9県は侵襲性感染症すべての調査である。

結 果
1)IPD 罹患率の変化
2008年1月~2012年12月に各県より報告された患者数を表1に示した。5歳未満の患者数は10道県合計で、肺炎球菌髄膜炎9例、髄膜炎以外のIPD (以下非髄膜炎)が 106例であった。これらの報告数より、各疾患の5歳未満人口10万人当たりの罹患率を算出し、ワクチン公費助成前3年間(2008~2010年)と、2011年および2012年の罹患率比較を行った(表2)。2008~2010年のIPD 平均罹患率は、髄膜炎 2.8、非髄膜炎22.2であったが、2011年にはそれぞれ 2.1、18.1に減少し、減少率は25%、18%であった。2012年も罹患率減少傾向は継続し、髄膜炎 0.8(減少率71%)、非髄膜炎10.6(減少率52%)にまで減少した。

2)侵襲性インフルエンザ菌b型(Hib)、GBS感染症罹患率
侵襲性Hib感染症は、髄膜炎で92%、非髄膜炎感染症でも82%の罹患率減少を認めた。GBS感染症は減少傾向を示さなかった(表2)。

3)肺炎球菌血清型の変化
2010~2012年において、IPD 症例から分離された菌の血清型について検討した(図1)。2010年はPCV7に含まれる血清型(vaccine serotypes, VT)が79%を占めていた。2011年には、VTは65%に減少し、PCV7に含まれない血清型(non-vaccine serotypes, nVT)は35%に増加し、特に血清型19A の占める割合の増加が目立った(9%→16%)。2012年にはnVTの増加はさらに顕著となり(74%)、VTは26%であった。nVTの増加として、19A以外の血清型の増加が主であった(19%→51%)。

4)ワクチン接種後罹患例
PCV7 1回以上の接種歴があるIPD症例について検討した。2010年は6例のみであったが、2011年は24例、2012年には62例に増加した。分離菌の血清型が判明した症例におけるPCV7カバー率は、2010年は83.3%(5/6)であったが、2011年は15.8%(3/19)、2012年は96.9%(31/32)と増加を認めた。

考 察
PCV7が導入された国々からはIPD発症数の大幅な減少が報告されている。米国ではPCV7導入後わずか1年で5歳未満のIPD罹患率が59%減少した1)。その後Center for Disease Control (CDC) から5年後のデータが報告されており、5歳未満のPCV7血清型によるIPDは98%減少していた2)。本研究班では、昨年の2011年調査において早くもIPD の罹患率減少が観察され始めたことを報告した3)。今回は、ワクチン公費助成開始後2年目となる2012年の調査結果を加えて解析を行った。公費助成前期間と比較したIPD減少率は、髄膜炎で71%、非髄膜炎では52%であり、2011年に引き続き減少が観察された。欧米各国のデータと遜色の無い減少率であり、PCV7接種による発症抑制効果の現れと考えられる。しかしながら、Hib侵襲性感染症の減少率(髄膜炎92%、非髄膜炎82%)には及ばなかった。その要因として、1)本邦での市販開始時期の違い(Hibワクチンは2008年12月から、PCV7 は2010年から市販開始)、2)肺炎球菌の血清型の多様性、などが推察される。PCV7導入後のnVT の増加現象は、欧米ではすでにSerotype replacementとして報告されている1,4)。米国では、血清型19Aを中心としたnVTによるIPDの増加があり、PCV7導入3年目以降のIPD罹患率がプラトーになった要因とされている2)。本研究においても、VTの占める割合は2010年の79%から2012年は26%に減少し、19Aのみならず多様なnVTの増加が明らかであり、IPD罹患率に影響を及ぼしたと思われる。PCV7接種後罹患例においては、nVTの割合はさらに高くなり、VTによるBreakthrough infectionは1例のみであった。米国におけるABCs(Active Bacterial Core surveil-lance )による調査でも、ワクチン接種後罹患例は主としてnVTの感染によることが報告されており5)、PCV7によるIPD発症抑制効果の高さを裏付けるデータと考える。

今回の調査により、本邦においてもPCV7導入が、5歳未満小児においてIPD罹患率の大幅な低下をもたらしたことが明らかとなった。さらに肺炎、中耳炎に対する効果や、PCV7非接種年齢層に対する間接効果も期待される。一方でSerotype replacementの発生、進行も確認されていることから、今後も分離菌の血清型解析に努め、全数把握アクティブサーベイランスを推進する必要があると考える。

 

参考文献
1) Whitney CG, et al., New Engl J Med 348: 1737-1746, 2003
2) CDC, MMWR 57: 144-148, 2008
3)庵原俊昭,他,IASR 33: 71-72, 2012
4) Hicks LA, et al., J Infect Dis 196: 1346-1354, 2007
5) Park SY, et al., J Pediatr 156: 478-483, 2010

 

国立病院機構三重病院小児科 菅  秀 庵原俊昭 浅田和豊
札幌市立病院看護学部 富樫武弘
福島県立医科大学小児科 細矢光亮 陶山和秀
千葉大学小児科 石和田稔彦
新潟大学小児科 齋藤昭彦 大石智洋
岡山大学保健学研究科 小田 慈
高知大学小児科 脇口 宏 佐藤哲也
国立病院機構福岡病院 岡田賢司
鹿児島大学小児科 西 順一郎
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 安慶田英樹
国立感染症研究所 柴山恵吾 常  彬

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