国立感染症研究所

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平成24年度(2012/13シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(IASR Vol. 33 p. 297-300: 2012年11月号)

 

1.ワクチン株決定の手続き
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され、これに基づいて厚労省が決定・通達している。感染研では、全国76カ所の地方衛生研究所と感染研、厚労省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた国内の流行状況、および約5,400株に及ぶ国内分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による国民の抗体保有状況調査の成績、さらに周辺諸国から送付されたウイルス株に対する解析結果およびWHO世界インフルエンザ監視対応システム(GISRS)を介した世界各地の情報などに基づいて、次年度シーズンの流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択した。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討した。2月上旬~4月中旬にかけて、4回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする上記検討会議で、上述の成績、および最新の流行株の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行った。さらにWHOにより2月23日に出された北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、4月16日に次シーズンのワクチン株を選定した。感染研はこれを厚労省健康局長に報告し、それに基づいて決定通知が5月21日に公布された(IASR 33: 161, 2012)。

本稿に記載したウイルス株分析情報は、ワクチン株が選定された2012年4月時点での集計成績に基づいており、それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2011年9月~2012年8月)での成績は、本号4ページを参照されたい。

2.ワクチン株構成およびワクチン株
国内における2011/12インフルエンザシーズンは、2011年の第49週から始まり、患者発生数からみた流行規模は過去10シーズンの中では2番目に大きかった。2011/12シーズンの特徴は、季節性インフルエンザウイルスとなったA(H1N1)pdm09による流行が国内外ともに極めて小さいことであり、国内での検出・分離数は4月末までに11例に留まり、この亜型ウイルスによる流行はみられなかった。一方、流行の主流はA(H3N2)ウイルスであり、全検出・分離株数の78%を占めた。2011/12シーズンのB型ウイルスは、国内外ともにB/Victoria系統とB/山形系統が混合流行しており、多くの国では両系統が拮抗している状況であった。わが国では、両系統ウイルスの分離比は2:1とB/Victoria系統が優位であったが、国内外ともB/山形系統が徐々に増加する傾向がみられた。

WHOは世界140カ所のWHO国内インフルエンザセンターから収集した流行株の抗原性解析、遺伝子解析およびワクチン接種後の血清抗体との交叉反応性などを総合的に評価し、今冬(2012/13シーズン)の北半球用ワクチン株は、前シーズンの株からA(H3N2) およびB型を変更した下記3価ワクチンを推奨した。わが国もWHOの解析成績、国内分離株の成績および厚労省流行予測事業によるインフルエンザウイルス抗体保有調査の成績などを総合的に評価して、WHO推奨株と同様の3株からなる3価ワクチンとすることが妥当であると結論づけた。

  ワクチン株
  A/California/7/2009 (H1N1)pdm09
  A/Victoria/361/2011 (H3N2)
  B/Wisconsin/1/2010(山形系統)
 

3.ワクチン株選定理由
3-1)A/California/7/2009 (H1N1)pdm09
2011/12シーズンは、上記のように本亜型ウイルスによる流行は、メキシコ、グアテマラおよびアルゼンチンなど中南米諸国でみられたのみで、多くの国では流行が極めて小さいという状況であった。分離株のほとんどは、ワクチン株A/California/7/2009 類似株で、遺伝的にも抗原的にも2010/11シーズンからほとんど変化していない。少数検出された変異株も集積傾向は無く、散発的な発生であった。さらに、A/California/7/2009ワクチン接種後のヒト血清は、最近の流行株と比較的よく反応することから、依然A/California/7/2009 によるワクチン効果が期待できる。また、下記のA(H3N2)ワクチンで問題となっている孵化鶏卵(卵と標記)馴化の影響は今のところ出ていない。このことから、WHOは、2012/13シーズン北半球向けワクチン株としてA/California/7/2009類似株を引き続き推奨した。

わが国ではA(H1N1)pdm09ウイルスによる流行は無く、分離株は少数に留まった。ワクチン製造用としては、A/California/7/2009の高増殖株X-179Aが、製造効率が良好で、2シーズン続けて使用されてきた実績もある。

以上から、2012/13シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として、前シーズンと同じA/California/7/2009(H1N1)pdm09株が選定され、製造株としてはA/California/7/2009(X-179A)が選定された。

3-2)A/Victoria/361/2011 (H3N2)
A(H3N2)亜型ウイルスの国内検出・分離報告数は4,550株で、2011/12シーズンの流行の主流であった。海外諸国でもわが国と同様に、A(H3N2) 亜型が流行の主流となった国が多かった。最近の本亜型ウイルスは、HA遺伝子の進化系統樹において、A/Perth/16/2009株やワクチン株A/Victoria/210/2009で代表されるA/Perth/16クレードと、A/Victoria/208/2009株で代表されるA/Victoria/208クレードとに大別される。2011/12シーズンの分離株の大半は後者のクレードに入り、これらはさらに分岐して、サブクレード3B、3Cおよび5と6に分類された。これらサブクレード間には抗原性に大きな違いは無い。2011年WHOがワクチン株に推奨したウイルス株(A/Perth/16/2009およびその類似ワクチン株A/Victoria/210/2009)から赤血球凝集抑制(HI)試験で8倍以上抗原性が変異していたウイルスが、シーズン初期から増加傾向を示し、世界全体では35~44%を占めるようになった。一方、2011/12シーズンにMDCK細胞で分離したA/Victoria/361/2011株(サブクレード3C)やA/Brisbane/299/2011株(サブクレード6)に対して作製したフェレット感染血清は、解析した変異株を含む最近の流行株の97~100%とよく反応した。このことから、これら2株は2011/12シーズンを代表する流行株であることが示された。

一方、2011/12シーズンのA/Victoria/210/2009ワクチン接種後のヒト血清と最近の流行株との交叉反応性を、感染研を含むWHOインフルエンザ協力センター、WHO品質管理ラボで評価したところ、2011/12シーズンを代表する流行株の約半数は、有効交叉反応性の目安とされる50%を下回っていることがわかり、現行のA/Victoria/210/2009ワクチンでは2012/13シーズンは防御効果が大きく低下する可能性が示唆された。従って、WHOは上記すべての解析結果を総合的に分析し、2012/13シーズン向けにはワクチン株の変更が適当と判断し、ワクチン株としては代表株であるA/Victoria/361/2011類似株を推奨した。

インフルエンザワクチンの製造には卵分離株を用いることになっているため、細胞で分離した適切なワクチン候補株が見つかった場合は、臨床検体から卵で再分離される。最近のA(H3N2) 亜型ウイルスでは、卵で分離増殖させると、HAタンパクのレセプター結合部位周辺にある抗原サイトB領域またはその近傍のアミノ酸に置換が生じ、その結果、ヒトのウイルスの抗原性を反映しているMDCK細胞分離株に比べて抗原性が変化する傾向がある。この結果、卵分離のA/Victoria/361/2011 株やA/Brisbane/299/2011 株で作製したフェレット感染抗血清は、MDCK細胞で分離した流行株との反応性が大きく低下しており、調べた分離株の72~100%でHI価が8~16倍以上低下していた(米国CDC およびWHOメルボルンセンター成績)。同様に、感染研で解析した国内株についても、分離株の94%は8~16倍以上HI価が低下していた。

今回、2012/13シーズン向けのワクチン製造用高増殖株として、A/Victoria/361/2011 (IVR-165)、A/Brisbane/299/2011(IVR-164)および2011/12シーズンに作製されたA/Perth/10/2010(X-207)が検討された。これら3株の高増殖株について、フェレット感染抗血清を作製し、流行株との反応性をHI試験で評価した結果、いずれの抗血清も大半の流行株に対してHI価で16~32倍以上の反応性の低下が認められた(IVR-165で75%、IVR-164で97%、X-207で74%)。従って、3つの高増殖株とも、その作製に用いられた原株(野生株)からは大きく抗原変異していることが明らかになった。

そこで、これらの高増殖株に加えて、抗原性がより流行株に近いと期待される卵分離の野生株A/Brisbane/299/2011 およびA/Perth/10/2010 についても、国内ワクチン製造4社で増殖性、抗原性、タンパク収量など製造効率について検討した。その結果、2つの野生株は卵での増殖性が極めて悪く、ワクチン製造には不適と判断された。一方、今回新規に検討したIVR-165、IVR-164に加えて、昨年度検討したA/Perth/10/2010(X-207)、A/Iowa/19/2010(X-209)、A/Iowa/19/2010(X-209A)を再検討したところ、その中では、IVR-165が最も製造効率が良好で、ウイルス蛋白収量は2011/12シーズン向けワクチンA/Victoria/210/2009(X-187)に比べ116%と現行ワクチン以上の製造効率が期待できた。

以上の解析結果から、検討した卵分離の野生株および製造用高増殖株は、いずれも流行株からは抗原性が変異していることは明白であるが、それらの中では、抗原性の変化の程度が比較的軽度であり、卵での継代においてアミノ酸置換も安定であり、製造効率も良好である高増殖株IVR-165を選択することが適当であるとの結論に至った。従って、ワクチン株としてA/Victoria/361/2011株、製造株としてはA/Victoria/361/2011(IVR-165)が選定された。

3-3)B/Wisconsin/1/2010
2011/12シーズンの国内におけるB型インフルエンザの流行は、シーズンを通してVictoria系統と山形系統の混合流行で、その比率は、2:1であった(本号4ページ参照)。周辺諸国での状況は、中国北部、韓国はVictoria系統が主流、香港や台湾、中国南部は山形系統が主流と、国・地域ごとに流行パターンが異なっていた。世界全体では両系統ウイルスの分離比は2:1でVictoria系統がやや優位ではあったが、山形系統も増える傾向が多くの国でみられた。

Victoria系統については、多くの国で分離株の大半が依然として現行ワクチン株B/Brisbane/60/2008に抗原性が類似しており、HI試験で8倍以上の抗原変異株の出現率は、0~20%と昨シーズンから大きくは変化していない。一方、山形系統については、最近の分離株は2008/09シーズンのワクチン株B/Florida/4/2006から抗原性が大きく変化しており、ほとんどの分離株は最近の代表株B/Wisconsin/1/2010に類似していた。さらに、HA遺伝子系統樹解析でも最近の分離株は、B/Wisconsin/1/2010で代表されるクレード3に分類され、B/Florida/4/2006からは遺伝的にも大きく変化していた。

今シーズンのワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との交叉反応性の評価では、卵分離のVictoria系統株に比べて山形系統株の反応性が有意に低い傾向がみられた。さらに、2011(平成23)年度の流行予測事業による国民の抗体保有状況調査では、B/Brisbane/60/2008に対する抗体は0~4歳、50~54歳、65~70歳群を除く全年齢層で高い抗体保有が認められた。一方、B/Wisconsin/1/2010に対しては、全年齢層で低い抗体保有状況であった(本号10ページ参照)。

現状においては、来シーズンにどちらの系統のB型ウイルスが流行するかを予想することは極めて困難である。米国では両系統のB型ワクチンを用いた4価ワクチンの導入も検討されているが、わが国では生物学的製剤規準によって、総タンパク量の上限(240μg)が規定されているので、現状では4価ワクチンの導入は不可能である。

以上のことから、現時点ではVictoria系統が流行の優位ではあるが、多くの人はVictoria系統のウイルスに対する基礎免疫を獲得しているので、2012/13シーズンにVictoria系統が流行した場合にも、それほど大きな健康被害は生じないと予想される。一方、もし2012/13シーズンに山形系統による流行が主流となった場合は、この系統ウイルスに対する抗体保有レベルが低いことから、健康被害が大きくなる可能性がある。これらの状況を考慮して、WHOの推奨どおり山形系統からワクチン株を選定するのが妥当との判断に至った。

国内ワクチン製造4社で製造候補株B/Wisconsin/1/2010(BX-41A)について製造効率を検討した結果、旧ワクチン株B/Florida/4/2006と同等の蛋白収量があり、継代による抗原性も安定していることから、製造株としてはBX-41Aが適当と判断された。

従って、2012/13シーズンのB型ワクチンには、山形系統からB/Wisconsin/1/2010株、製造株としてはB/Wisconsin/1/2010(BX-41A)が選定された。

B型ウイルスは卵に馴化するとHAタンパクのレセプター結合領域周辺の糖鎖付加部位のアミノ酸に置換が起こり、糖鎖が脱落した卵型変異株になる。これはVictoria系統、山形系統いずれのウイルスにも起こる現象である。ワクチンを卵で製造する限り、糖鎖欠損変異が起こることは避けられず、B/Wisconsin/1/2010(BX-41A)株も例外ではない。糖鎖欠損変異株で誘導される抗体は、糖鎖が付加されている流行株との反応性が低下し、ワクチン効果が減弱する可能性が指摘されている。しかし、B/Wisconsin/1/2010ワクチン株は、糖鎖欠損変異をもつものの、これに対するフェレット感染血清は細胞で分離した山形系統流行株とHI試験でよく反応し、この変異の影響はみられなかった。

2011/12シーズンのようにVictoria系統と山形系統の2系統のウイルスが混合流行している事態を踏まえて、今後はわが国においても、両系統のワクチンを含む4価ワクチンの導入も検討すべきである。

また、今回のワクチン製造株の選定にあたっては、A(H3N2) ウイルス株については、発育鶏卵分離ウイルスとMDCK細胞分離ウイルスの抗原性が異なるために、ワクチン接種者の血清抗体の評価については、HI試験では必ずしも正確な評価をすることが難しいことが示された。この新たな問題の解決が、今後のワクチン株選定における課題となっている。

 

国立感染症研究所 インフルエンザワクチン株選定会議事務局 インフルエンザウイルス研究センター
小田切孝人 田代眞人

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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