国立感染症研究所

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岐阜県における牛の住肉胞子虫侵淫度調査

(IASR Vol. 33 p. 160-161: 2012年6月号)

 

はじめに
2011(平成23)年6月の厚生労働省通知により馬肉の住肉胞子虫Sarcocystis fayeri が寄生虫性食中毒として扱われることとなった。この食中毒は、筋肉に寄生する住肉胞子虫シスト中のブラディゾイトに含まれる毒性タンパク質によって喫食後数時間で嘔吐や下痢が引き起こされるものである1) 。住肉胞子虫は様々な動物の筋肉に寄生しており、感染筋肉の生食による嘔吐や下痢についても報告されてはいたが2,3) 、これまで食肉衛生上あまり問題視されてはこなかった。本邦の牛に寄生するSarcocystis cruzi のシストにおいても以前より毒性タンパク質の存在が報告されているため4) 、岐阜県で食肉処理される牛の住肉胞子虫について調査を行った。なお、S. cruzi の終宿主はイヌ科動物であり、牛は感染犬の糞便内に排出されるスポロシストに汚染された飼料や水を摂食することで感染するとされている2,3) 。

材料および方法
本邦の牛で一般的なS. cruzi のシストは心筋にもっとも多く分布するという報告に基づき5) 、心筋を材料として用いた。平成23年6月より管内と畜場で処理された乳廃用牛:ホルスタイン種53頭、肥育牛:黒毛和種56頭および交雑種62頭、計171頭の心筋(中隔付近、約5×5×1cm)を採材し、斉藤らの方法6) に従い、実体顕微鏡落射照明下でシストを検出した。同サンプルの一部から2×2.5cmの組織切片を作製し、HE染色した後、切片当たりのすべてのシストを数えた。実体鏡下で直接、あるいは切片上でシストを確認したものを陽性と判定した。得られたシストはエタノールで固定し、この中からホルスタイン種2個体、黒毛和種、交雑種各1個体より得られたシストについてPCRおよびダイレクトシークエンスを行った。また、埼玉県食肉衛生センター斉藤守弘先生より分与を受けたS. fayeri の15kDaの毒性タンパク質に対するウサギ免疫血清を用い、牛筋肉中シストの免疫染色を行った。品種による陽性率の比較にはオッズ比を、平均値の比較にはT検定を用いた。

結 果
各群の陽性率は表1に示すように乳廃用牛ホルスタイン種で94.3%ともっとも高く、オッズ比はホルスタイン種では黒毛和種に対し14.4(95%信頼区間:2.69-77.46)、交雑種に対し35(4.02-51.84)、黒毛和種は交雑種に対し2.4(1.15-5.12)であった。平均月齢は、ホルスタイン種は他の2品種に対し、黒毛和種は交雑種に対し有意に高かった(いずれもP<0.01)。検出シスト数は各群で有意な差は見られず、個体によって高いシスト数を示すものもあった(表1)。また、シスト数と月齢には相関は認められなかった。検出されたシストはシスト壁が薄く、S. cruzi の形態的特徴に一致していた。また、シークエンスの結果からもいずれのシストもS. cruzi であることが確認された(DDBJ/EMBL/GenBankデータベース登録番号:AB682779-AB682782)。免疫染色の結果から馬肉で問題となっている毒性タンパク質がS. cruzi においても証明された(図1)。

考 察
住肉胞子虫の感染率は年齢とともに上昇するといわれており6) 、本調査でも他2品種に比べ月齢の高い乳廃用牛ホルスタイン種は94.3%と高いシスト陽性率を示した。この高い陽性率から感染源であるスポロシストに汚染された環境で繰り返し曝露されながら長期間飼育されている可能性が推察される。しかしながら、わが国の現状から農家で飼育されている犬や野生のイヌ科動物が頻繁に牛肉を口にできるとは考えにくい。輸入飼料のスポロシスト汚染やこれまで確認されてはいないが、出産後排出される牛の胎盤を介した犬への感染の可能性など、牛肉中のブラディゾイトを含むシストから犬への感染環以外の経路についても今後検討する必要があろう。また、肥育牛でも32.3~53.6%の割合でシストが検出され、個体によっては1切片あたり10個以上のシストを有しており、S. fayeri と同じ毒性タンパク質が存在することから牛肉の生食でも寄生虫性食中毒が起こり得ると考えられる。馬肉においては冷凍により毒性が失活することが知られているため、牛肉でも安全のため同様の処理が望まれるが、細菌性食中毒に対して定められた牛肉の生食に関する新規格基準では加工に使用する肉塊は凍結させていないものとされ、対応に課題が残る。

 

参考文献
1)鎌田洋一, 食品衛生研究 11: 21-27, 2011
2) Fayer R, Clin Microbiol Rev 17: 894-902, 2004
3)斉藤守弘, 日獣会誌 42: 383-388, 1989
4) Saito M, et al ., J Vet Med Sci 57: 1049-1051, 1995
5)斉藤守弘, 他, 日獣会誌 51: 453-455, 1998
6)斉藤守弘, 他, 日獣会誌 37: 158-162, 1984

岐阜県食肉衛生検査所 松尾加代子
山口大学農学部獣医学科獣医寄生虫病学研究室 佐藤 宏

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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