国立感染症研究所

 

(掲載日 2012/3/21)

はじめに:インフルエンザウイルスは頻繁に遺伝子変異し、それにともなって抗原性が変化するため、株サーベイランスにより国内外の流行株の性状を通年でモニターする必要がある。また、サーベイランスの成績に基づいて、ワクチン株を適宜見直し、必要に応じて変更する必要がある。国立感染症研究所(感染研)では国内の分離ウイルスについて、ワクチン株および代表的な流行株に対するフェレット感染血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験で抗原性解析を行い、またそれと並行して赤血球凝集素(HA)遺伝子の進化系統樹解析や薬剤感受性試験を実施している。これらの成績は、感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で、ウイルス収集、初期抗原性解析を行っている全国地方衛生研究所(地衛研)へ週単位で情報還元されている。

本稿は、2011年9月以降の国内分離株5~10 %(無作為抽出)について、抗原性解析、薬剤感受性試験を行った途中経過のまとめである。また、今シーズンの主流であるA(H3N2)亜型ウイルスの系統樹も示す。なお、2011/12シーズンの総まとめは、例年どおり10~11月頃発行の病原微生物検出情報月報(IASR)に掲載予定である。

抗原性解析、HA遺伝子系統樹解析
1.A(H1N1)pdm09ウイルス:今シーズンは国内外ともにA(H1N1)pdm09ウイルスの流行が極めて小さく、3月12日時点で国内で分離されたA(H1N1)pdm09ウイルスは3株であった。2株について、感染研で抗原性解析を行ったが、2011年10月分離の1株はワクチン株A/California/7/2009類似株(HI試験で2倍以内の変化)、2012年1月分離株は、A/California/7/2009抗血清に対してHI価が16倍低下した変異株であった。

2.A(H3N2)ウイルス:全国で分離された2,168株のうち90株を抗原性解析した。ワクチン株のA/Victoria/210/2009に類似し、MDCK細胞で分離した代表株〔A/Niigata(新潟)/403/2009〕の抗血清に対する反応性で集計すると、ワクチン類似株は12.2%、HI価が4倍低下し、わずかながら抗原性の変化が見られた株は、42.2%であった(図1)。一方、変異株として分類されるHI価が8倍以上低下した株は45.6%であり、同様の抗血清で集計した前シーズンの3~8月までの結果に比べて、変異株の割合が増加している傾向が見られた。しかし、その大半は、HI価で8倍の差であり、A/Niigata(新潟)/403/2009から大きく変異していなかった。

一方、HA遺伝子について進化系統樹解析を行ったところ、国内分離株のすべては、Victoria/208クレードに位置した(図2)。このクレードは、さらにサブクレード3、4、5、6の4つに区分され、サブクレード3はさらに3A、3B、3Cの3つに分かれる。現在までに解析した国内分離株は主にサブクレード3B、3Cに分類され、一部はサブクレード5、6に分類された。

3.B型:今シーズンは国内ではB Victoria系統とB山形系統が混合流行しており、その比率は2:1である。これは前シーズン9:1であったことに比べると、山形系統の割合が大きく増加していることを示している。現時点までB型の流行は小さいので、今後の傾向を注視する必要がある。

3-1)Victoria系統:国内において分離されたVictoria系統311株のうち23株を抗原性解析した。その結果、すべてB/Brisbane/60/2008ワクチン類似株であった。前シーズンからの変化は見られていない。

3-2)山形系統:分離された山形系統181株のうち22株を抗原性解析した結果、WHOが2012/13シーズン北半球用ワクチン株として推奨したB/Wisconsin/01/2010に抗原性が類似した株は90.9%で、抗原性が大きく変化した株は9.1%であった。

4. 抗インフルエンザ薬耐性株の検出
4-1)ノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)[オセルタミビル(商品名タミフル)、ザナミビル(商品名リレンザ)、ペラミビル(商品名ラピアクタ)、ラニナミビル(商品名イナビル)]に対する耐性株サーベイランスを実施した。その結果、A(H1N1)pdm09、A(H3N2)およびB型ウイルスいずれからも耐性株は検出されなかった。これらの集計結果は病原微生物検出情報(IASR)ウェブサイトにおいて公開されており(http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html)、情報は毎月更新されている。
4-2)M2阻害薬 [アマンタジン(商品名シンメトレル)]に対する耐性株は、M2遺伝子塩基配列解析をもとに行った。その結果、解析したA(H1N1)pdm09およびA(H3N2)ウイルスのすべては、アマンタジンに対する耐性変異をもっていた。

おわりに:2011/12シーズは、流行開始が例年に比べて遅れていたが、患者発生数からみた流行規模は昨年を上回り、過去10シーズンで2番目に大きい規模と見られている。ウイルス分離株数もこれから増えてくることから、感染研における分離株の詳細解析情報も更新していく必要がある。

A(H1N1)pdm09ウイルスは中米(メキシコ、グアテマラなど)を除くほとんどの国で流行がないか小規模であり、流行株も昨シーズンからほとんど変化していない。一方、流行の主流であるA(H3N2)ウイルスの抗原性は、ワクチン株のA/Victoria/210/2009およびWHOのワクチン推奨株であるA/Perth/16/2009類似株から大きく変化していないが、今シーズンの代表的な流行株A/Brisbane/299/2011やA/Victoria/361/2011類似のウイルスが多数を占めつつあることから、WHOは2012/13シーズン北半球用ワクチン推奨株をA/Victoria/361/2011類似株に変更した(http://www.who.int/wer/2012/wer8710.pdf)。B型ウイルスについては、中国では流行株の大半がB型で、Victoria系統が主流である。しかし、同じくB型が流行の主流である台湾では、分離株の96%が山形系統であり、近隣諸国での系統比率は国ごとに異なっている。一方、わが国を含む多くの国ではVictoria系統がやや優位だが、山形系統も増加してきており、どちらの系統が主流になるのか今後の流行状況を注視する必要がある(http://www.who.int/wer/2012/wer8710.pdf)。これら国内外の流行株の解析状況を分析しながら、来シーズンの国内ワクチン株選定が進められている。

国立感染症研究所 インフルエンザウイルス研究センター第1室
・WHOインフルエンザ協力センター
岸田典子 高下恵美 藤崎誠一郎 徐 紅 今井正樹 伊東玲子 土井輝子
江島美穂 金南希 菅原裕美 佐藤彩 小田切孝人 田代眞人
独立行政法人製品評価技術基盤機構
小口晃央 山崎秀司 藤田信之
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ

 

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