国立感染症研究所

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ドイツを中心としたEAgg-EHEC O104:H4による大規模集団事例

(IASR Vol. 33 p. 131-132: 2012年5月号)

 

2011年5月、ドイツ北部を中心に溶血性尿毒症症候群(HUS)が多発する事例が発生した。最初の確定例の発症日は5月8日とされている。明らかな関連が認められる最後の症例が発生した7月4日から3週間たった7月26日にアウトブレイクの終息宣言が行われた。

非典型的な腸管出血性大腸菌(EHEC)を原因とする、成人患者を多く含む大規模の集団事例であり、加えて重症化例が多数であったことが大きな特徴とされる。ロベルト・コッホ研究所からの報告書“Final presentation and evaluation of the epidemiological findings in the EHEC O104:H4 outbreak, Germany 2011”に基づいて、大規模集団事例の概要を示す。

アウトブレイクの概要
ドイツにおけるEHEC感染症は例年1,000例程度の報告がなされている。今回のアウトブレイクでは、5月8日~7月4日の間に3,842例のEHEC感染症患者が発生した。加えて、EHEC感染症患者のうちHUS症例は855例と極めて多数にのぼった。例年同時期のHUS発生数(約13例)と比較して67倍の増加となる。これは、EHEC感染者が多数発生したことに加え、有症状者に対するHUS発症割合が顕著に高いことに起因する。有症状者に対するHUS患者の割合は通常5~10%と考えられているが、本事例では22%と非常に高い割合でHUSが発生した。死亡者も53名と多く、これまでのEHECアウトブレイクの中で最も大きなインパクトを与える事例となった。また、今回の事例では患者発生がドイツ以外の複数の国で確認され(15カ国で、54例のHUS症例を含む137名の感染者)、国際的な広がりが認められた。

ドイツにおける過去10年間のHUS症例(n= 696)において5歳以下の子供の占める割合は69%であったことに対して、本事例では約2%であった。HUS患者の大部分が成人であり(中央値は42歳)、腸炎症状のみの症例においても大部分が成人の発症であった(中央値は46歳)。男女比も女性に多い傾向が認められた。

今回のドイツにおけるアウトブレイクに関して推定される汚染食材の喫食と発症までの期間を解析した結果、中央値で8日(四分位範囲6~10日)と推測された。これはEHEC O157による感染症の潜伏期間よりもやや長めである。また、下痢発症からHUS発症までの期間は中央値で5日(4~7日)とされた。

原因菌と原因食材
本事例で分離されたEHECはO104:H4と型別された。EHEC O104:H4による感染症は極めて稀であるが、過去にはドイツ(2001年)、フランス(2004、2009年)、韓国(2005年)、イタリア(2009年)、グルジア共和国(2009年)で血清型O104:H4を原因とするHUS症例が発生している。

典型的なEHECの病原性は、LEE (locus of enterocyte effacement)と呼ばれる染色体上に存在する遺伝子群に依存した腸管細胞への付着性と、志賀毒素(Shiga-toxin: Stx)産生性によって規定されると考えられている。今回のO104:H4株は、Stx2型産生株であったが、LEE陰性の非典型的なEHECであることが示された。一方で、腸管凝集性大腸菌の持つ付着因子を有することが示された。そのため、今回のO104:H4株は腸管凝集付着性のEHEC(EAgg-EHEC)と位置づけられている。上述した過去のO104:H4分離株のうち、韓国での分離株を除いたすべての株は、今回のO104:H4株と同様にEAgg-EHECであることが示されている。

パルスフィールド・ゲル電気泳動法による解析とゲノム配列の比較解析から、今回のO104:H4株は志賀毒素遺伝子を持たないEAggEC O104:H4株と非常に近縁であることが示された。つまり、EAggEC O104にStx2遺伝子を持つファージが感染することで、毒素産生性を獲得したことが強く示唆される。

原因食材として、当初より生野菜との関連等が指摘されていた。北ドイツ地方の発芽野菜農場との疫学的関連が示され、さらに、詳細なコホート研究により発症と発芽野菜喫食との関連が明らかとなった。関連が示唆された発芽野菜のうちFenugreekの生産農場が複数の調査結果の共通項としてあげられたが、種子の汚染、生産過程における汚染、流通過程における汚染等、どの段階で汚染が起きたのかは不明であった。

2011年6月にフランスにおいてドイツ事例との関連が不明の、EAgg-EHEC O104:H4を原因とする小規模なアウトブレイクが発生し、分子タイピングの結果、細菌学的には同一の菌株が原因であるとみなされた。ドイツのアウトブレイク同様Fenugreekの発芽野菜が喫食されており、種子の流通経路の遡り調査が行われた。その結果、エジプトから輸入された種子がドイツならびにフランスに流通したことが明らかにされた。Fenugreekの種子の生産からドイツおよびフランスへの流通の共通部分において、なんらかの要因で汚染されたことが示唆されている。

2011年に発生した大規模アウトブレイクは約2カ月で終息した。EAgg-EHECに汚染された発芽野菜の喫食により多数の発症者、重症患者が発生した。稀な血清型であり、保有する病原因子も非典型的なEHECによる事例であった。しかしながら、いまだ重症化率の高さを説明するには至っていない。アウトブレイク期間中のドイツ滞在者の発症者も多く、国際的に波及した。幸いにも日本国内においてEAgg-EHEC O104:H4による患者の発生は2012年4月現在報告されていない。しかしながら、2011年9月トルコ旅行に出かけたフランス人グループの中で2名がEAgg-EHEC O104:H4によるHUSを発症したとの報告がなされた[Jourdan-da Silva N, et al., (2012): Euro Surveill. 17, pii: 20065]。ドイツ、デンマークにおいてもトルコ旅行と関連した症例が8~9月の期間に3件あることが報告されている。EAgg-EHEC O104:H4のリザーバーがどこに存在しているのか、Fenugreekの種子の汚染がどのように起こったのかも明らかにされていない。突然出現したように見えたEAgg-EHEC O104:H4であったが、過去にも散見されていることも事実である。正確なリスクアセスメントを実施するには、家畜等を含めた十分な調査が国際協調のなかで広範に実施される必要がある。また、日本国内においても非典型的なEHECの検査体制は必ずしも万全ではない。今後の体系的な検査体制整備が重要である。


国立感染症研究所細菌第一部
大西 真 伊豫田 淳 三戸部治郎 寺嶋 淳 

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