国立感染症研究所

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静岡県で発生したEscherichia albertiiによる食中毒事例について-同定までの経緯

(IASR Vol. 37 p.254-255: 2016年12月号)

事件の概要

2016年7月,静岡県内の陸上自衛隊演習場において訓練中の隊員400人中154人が,下痢等の症状を呈していることが判明した。疫学調査の結果,患者の共通食が訓練中の食事に限られていること,患者の症状が類似していること,また,患者88人および調理従事者7人の便からEscherichia albertiiが検出されたこと,患者を診察した医師から食中毒の届出がなされたことから,所管保健所は訓練中の食事を原因とする食中毒事件と断定した。

発症者は,7月10日夕方から下痢,腹痛,発熱等の症状を呈し,その発生は7月11日午前0時~6時をピークとする一峰性の流行曲線を示した。

症状は表1に示すとおり下痢,腹痛,発熱を主徴とし,血便を呈した8人を含む48人が一時入院した。

E. albertiiの検出まで

本事例では,患者および調理従事者便からの病原体の分離を試みると同時に,便から抽出したDNAを用いて食中毒起因菌の病原因子16種の保有の有無を網羅的に検出するリアルタイムPCR法によりスクリーニング検査を実施した。その結果,患者10人中10人および調理従事者7人中5人からeaeが検出された。また,stx1および2は検出されなかった。これらのことから,病因物質として下痢原性大腸菌の関与が示唆された。

しかし,並行して実施した菌株の分離では,乳糖・白糖非分解のコロニーが優位で多数散見されたため,非定型の下痢原性大腸菌である可能性も考慮し,できる限り多くのコロニーについて生化学的性状を調べたところ,表2に示す性状を示した。これらの結果から,検出菌がE. albertiiであることが示唆された。

E. albertiiの同定

病原微生物検出情報Vol.37 No.5(2016.5)に従い,Hymaら(2005)およびOaksら(2010)の診断的マルチプレックスPCR法により検出菌の同定を試みた。その結果,lysPおよびmdhにおいてE. albertiiに特異的な塩基配列を検出し,clpXも他の報告同様陽性であった。また,ダイレクトシークエンス法によりE. albertiiであることを確認した。

なお,本事例では本県以外の2自治体で患者が発生していたため,菌株の分与を依頼してパルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)により遺伝子の相同性について比較した。その結果,制限酵素XbaIの切断パターンがすべての患者由来株で一致した()。

考 察

E. albertiiは2003年にEscherichia属の新種として発表された新種で,国立感染症研究所は新興感染症原因菌と位置づけている。近年,食中毒の病因物質と特定される事例報告も増え,今年は本事例以外に沖縄県でも本菌を原因とする食中毒が発生している(本号14ぺージ参照)。

今回,本菌の検出,同定にあたり,E. albertiiが特徴的な性状に乏しいことを実感するとともに,検査時には腸管出血性大腸菌や赤痢菌と誤同定する危険性をはらんでいることを注意する必要があると思われた。また,本事例では患者の多くが血便を呈していたため,stx2aおよびstx2fについても検査したが,保有は認められなかった。しかしながら,stxを保有するE. albertiiの報告もあることから,今後,疫学情報の集積とリスク評価が必要であり,さらに,E. albertiiの細菌学的な解明が急務であると思われた。

なお,本事例では自衛隊の訓練中ですべての食品が共通食であり,また,保存食がなかったため,原因食品および汚染経路は不明であるが,本菌による食中毒発生防止のため自然界におけるE. albertiiの浸淫状況等基礎的な疫学調査も重要な課題であると思われる。

最後に,今回,菌株の分与にご協力いただいた横須賀市衛生研究所ならびに山梨県衛生環境研究所の関係各位およびE. albertiiの同定等についてご助言いただいた国立感染症研究所細菌第一部・伊豫田 淳先生に深く感謝いたします。


静岡県環境衛生科学研究所微生物部細菌班
 長岡宏美 鈴木秀紀 村田学博 森主博貴 松橋平太 山田俊博
静岡県御殿場健康福祉センター
 泊 明季 岩田佐知子 杉山智登勢 鈴木眞二
静岡県健康福祉部生活衛生局衛生課
 杉本和也 落合公信 久川祐稔

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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