国立感染症研究所

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中南米における流行から初めてとなる,国内におけるジカウイルス感染症の発生例

(IASR Vol. 37 p.237-238: 2016年11月号)

ジカウイルス感染症は発熱や発疹などを引き起こす蚊媒介感染症である。わが国において,4類感染症として位置づけて以来初めてとなるジカウイルス感染症患者の発生例を経験したため報告する。

症例は,10代後半,男性。2016年2月下旬,顔面,体幹,上肢の皮疹を主訴に,当院皮膚科外来を受診した。発症11日前から発症直前までブラジルに滞在し,帰国途中の航空機内で,37.8℃の発熱があった(第0病日)。翌日(第1病日)の帰国時には発熱はなかったが,第2病日の夜に家族が体幹の皮疹に気がついた。当科外来受診時(第3病日),体温は36.3℃で,咳症状,結膜充血,口腔粘膜疹,頸部リンパ節腫脹,関節痛はなかった。顔面・頸部に融合性の淡紅色紅斑,体幹,上肢に淡紅色の不整形紅斑,丘疹が散在多発していたが,かゆみなどの自覚症状はほとんど認められなかった。渡航歴,および臨床経過よりジカウイルス感染症を疑い,管轄保健所に連絡し,ジカウイルス感染症の診断目的にて,尿検体を採取した。血液検査は採取できなかった。川崎市健康安全研究所で実施したZIKV1082/1162cプライマーセットとZIKV1107プローブを用いたreal-time reverse transcription PCR(RT-PCR)ならびにcFD2/MAMDプライマーセットを用いたconventional RT-PCRで,尿検体からZika virus(ZIKV) RNAが検出され1),さらに遺伝子配列解析2)を行ったところ,ブラジルで流行しているウイルス株と100%相同性があることが判明した()。同時に,国立感染症研究所で施行されたreal-time RT-PCRにおいても同様の結果が得られたため,ジカウイルス感染症と診断した。第3病日の午後に37℃台の微熱,夜間に皮疹が下肢に拡大したが,第4病日には36℃台に解熱し,体幹の皮疹はほぼ退色,下肢に淡い紅斑が残存していた。第5病日の診察時,皮疹は消退しており,後遺症なく治癒した。

2015年以前に国内で報告された3例はすべて海外感染例で,いずれも国立国際医療研究センターで診断された3-6)。3例とも血清もしくは尿検体のPCR検査が陽性であり,1例のみ血清ZIKV IgM抗体も陽性であった5,6)。いずれも後遺症なく治癒した。

ジカウイルス感染症は,一般的に2~12日(多くは2~7日)の潜伏期の後に発熱,発疹等で発症する。顕性感染は約20%とされ,大半の患者においては重症化することなく数日程度(2~7日間)で回復するが,感染した母体から胎児への垂直感染により,小頭症などの先天性障害を来すことがあるとされている。ZIKVは,血清よりも尿からの方が長期間検出される。発症後7日以降には,血液検体からZIKVは検出されなくなるが,尿検体からは発症後10日以降でも検出される7)。 また,発症181日後の患者の精液からZIKVが検出されたとの報告もあり8),性行為による感染も問題視されている。さらに,子宮頚管にはウイルスが長期に残存し,増殖する可能性も示唆されている9)。今後も,媒介蚊の生息する地域においては,輸入例を発端としたジカウイルス感染症の地域流行も懸念される。流行地からの帰国者に,軽度の発熱や頭痛,関節痛や結膜炎,発疹等が現れた場合には,本疾患を疑うことが大切である。ジカウイルス感染症では発症時に発熱がみられないこともあり,また,帰国の時点ですでに解熱している可能性があることも念頭に置く必要がある。

最後に,本例の届け出にあたって種々の調査,調整にあたられた,管轄保健所ならびに川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当の皆さま,ジカウイルス検出のダブルチェックをしていただいた,国立感染症研究所ウイルス第一部,に深謝いたします。

 

参考文献
  1. Lanciotti RS,et al.,Emerg Infect Dis 2008; 14: 1232-1239
  2. Scaramozzino N,et al.,J Clin Microbiol 2001; 39: 1922-1927
  3. 上村 悠ら,IASR 35: 45-46,2014
  4. Kutsuna S,et al.,Euro Surveill 2014; 19(4): pii= 20683
  5. 篠原 浩ら,IASR 35: 243-244,2014
  6. Shinohara K,et al.,J Travel Med 2016; 23: pii: tav011
  7. Gourinat AC,et al.,Emerg Infect Dis 2015; 21: 84-86
  8. Barzon L,et al.,Euro Surveill 2016; 21(32): pii= 30316
  9. Nadia P,et al.,The Lancet Infect Dis 2016; 16: 1000-1001

日本鋼管病院皮膚科 石橋正史
日本鋼管病院呼吸器内科 宮尾直樹
国立国際医療研究センター国際感染症センター 忽那賢志
川崎市健康福祉局健康安全研究所
 松島勇紀 駒根綾子 清水英明 三﨑貴子 岡部信彦

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