国立感染症研究所

(2013年06月19日改訂)

B型肝炎の原因ウイルスであるB型肝炎ウイルス(HBV)は、1964年Blumbergらによるオーストラリア抗原として発見された。発見当初は免疫血清学的手法を用いて研究されてきたが、1970年にHBVの本態であるDane粒子が同定され、さらに1979年ウイルス粒子から、そこに含まれるウイルスゲノムがクローニングされ、HBVおよびB型肝炎に関する知見は飛躍的に進展した。B型肝炎に対しては1985年に母子感染予防対策が確立し、2000年には核酸アナログ製剤が治療法として導入され、現在ではインターフェロン(IFN)製剤と核酸アナログ製剤を用いることで、B型肝炎はウイルス増殖を抑え、肝疾患の進展を防ぐことが可能になってきている。しかし、我が国でも欧米に多い遺伝子型Ae株の症例が増加しており、免疫・化学療法によってB型肝炎が再活性化する問題も明らかになっている。

 

国の肝炎対策

日本では、1972年から輸血・血液製剤用血液のB型肝炎スクリーニングが開始された。1986年から母子感染防止事業が実施され、垂直感染によるHBV無症候性キャリアの発生は減少した。しかし、対象児童の10%で予防処置の脱落または胎内感染によると見られる無症候性キャリア化が報告されている。また、現在の日本のB型急性肝炎患者の年齢を見ると14歳以下の小児、又は70歳以上の高年齢層の報告数が少ない。以上から、B型肝炎対策は母子感染予防処置の徹底と水平感染、特に性感染対策の強化が肝要であると思われる。

社会的に大きな問題となっていたB型肝炎訴訟が、2011年、当時の管首相が国の責任を認めて、裁判に訴えている人たちに謝罪し、解決に向けて動きだした。このB型肝炎訴訟は、幼少期に受けた集団予防接種等の際に、注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに持続感染したとされる方々が、国に対して損害賠償を求めていた集団訴訟である。この訴訟については、裁判所の仲介の下で和解協議を進めた結果、2011年6月に、国と原告との間で「基本合意書」を締結し、基本的な合意がなされた。今後提訴をされる方々への対応も含めた全体の解決を図るため、「特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法」が2012年1月13日から施行され、裁判上の和解等が成立した方に対し、法に基づく給付金等が支給されることになった。対象者は、7歳になるまでの間における集団予防接種等(1948年から1988年までの間に限る)の際の注射器の連続使用により、B型肝炎ウイルスに感染した方及びその方から母子感染した方(相続人)になる。給付金はその病態により異なるが、一人当たり最大3600万円になり、国は約43万人に支払う見込みとし、その費用は今後30年間で最大3.2兆円も必要になると説明している。

疫学

2002年の世界保健機関(WHO)の推計では、HBV感染者は世界中で20億人、HBV持続感染者は3.5億人、年間50-70万人の人々がHBV関連疾患で死亡していると報告している。HBVキャリアが人口の8%以上のいわゆる高頻度国は、アジアとアフリカに集中している。これに対し、日本、ヨーロッパ、北米などは感染頻度2%以下の低頻度国である。40歳以下は2001—2006年の日赤血液センターでの初回献血者集団においてHBs抗原陽性率を求めた結果から、40歳以上は節目検診受診者集団から得た値を用いて算出し、日本におけるHBVキャリア数を推測したところ、90万人であった。これは初回献血者集団および肝炎ウイルス検診受診者集団をもとにした値ということから、「自身の感染を知らないキャリア」と考えられる。HBVの持続感染は出生時または乳幼児期の感染によって成立し、 成人期初感染では、消耗性疾患・末期癌などの免疫不全状態を除けば、持続感染化することはまれである。持続感染が成立した場合、大部分は肝機能正常なキャリアとして経過し、その後免疫能が発達するに従い、顕性または不顕性の肝炎を発症する。そのうち85~90%は seroconversionを起こし、最終的に肝機能正常の無症候性キャリアへ移行する。残り10~15%が慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌)へ移行し、肝機能異常を持続する。一過性感染の場合、70~80%は不顕性感染で終わるものの、残りの20~30%のケースでは急性肝炎を発症する。このうち約2%が劇症肝炎を発症し、この場合の致死率は約70%とされている。

病原体

HBVはDNA型の肝炎ウイルスで、ヘパドナウイルス科に分類される。直径約42nmの球状ウイルスで、外被(エンベロープ)とコアの二重構造を有している。表面を被うエンベロープ蛋白がHBs抗原、その内側のコア蛋白がHBc抗原と呼ばれる。コアの中には、不完全二本鎖のHBV DNAやHBV関連DNAポリメラーゼが存在している。HBV DNAは約3,200塩基からなり、HBs抗原、HBc抗原、X蛋白質、DNAポリメラーゼをコードしている。HBVは遺伝子レベルでの分類が行われ、これまでにA型からJ型まで9種類の遺伝子型(ゲノタイプ)が同定され、この遺伝子型には地域特異性があること、慢性化率など臨床経過に違いがあることが知られている。さらに、遺伝子型Aは欧米型(Ae)、アジア・アフリカ型(Aa)に、遺伝子型Bはアジア型(Ba)、日本型(Bj)の亜系に分類されている。遺伝子型Cはアジア、遺伝子型Dは南ヨーロッパ、エジプト、インド、遺伝子型F、Hは中南米に分布している。日本では遺伝子型Cが多く、次に遺伝子型Bが続き、遺伝子型Cは遺伝子型Bに比べて予後が悪いと考えられている。最近、急性肝炎では海外から持ち込まれたと考えられる遺伝子型Aが急増しており、遺伝子型BおよびCと比べて慢性化しやすい。治療では、遺伝子型A、BはC、Dに比べてIFNが効果的である。

臨床症状

急性B型肝炎は比較的緩徐に発病する。微熱程度の発熱、食欲不振、全身倦怠感、悪心・嘔吐、右季肋部痛、上腹部膨満感などの症状がみられ、引き続き黄疸が認められるようになる。黄疸が出現するのは成人例で30~50%、小児例では10%以下である。重症例を除いて、これらの症状は一ヶ月程度で回復する。また前述のように、宿主の免疫能に異常がなければ以上の過程でHBVは生体から排除され、キャリア化することはない。しかし、免疫能の不十分な乳幼児、宿主の免疫能が低下した病態、免疫抑制剤の投与を受けている場合などの感染においては、キャリア化へ移行する例が存在する。

病原診断

B型肝炎のウイルス診断としては、HBs抗原・抗体、HBc抗体、HBe抗原・抗体、HBV DNA検査、およびHBV DNAポリメラーゼ活性の測定が行われている。HBVの感染状態ではHBs抗原が持続的に産生されており、HBs抗原が陽性であれば現在B型肝炎に感染していると診断できる。最近、HBs抗原測定系は大変感度が良くなり、HBs抗原測定により感染者が見出される。急性B型肝炎の場合には、HBs抗原に加えて、IgM-HBc抗体高力価陽性を確認することで、急性肝炎で早期に陰性化するHBs抗原により見逃すことがなくなる上に、キャリアの急性増悪のIgM-HBc抗体低力価陽性と鑑別できる。

無症候キャリア(免疫寛容期)ではHBVは増殖しているが、ALTは正常で、肝臓組織もほぼ正常である。この時期は、血中HBV DNA量が多く、HBe抗原、HBs抗原陽性、肝内cccDNAも多い。HBe抗原陽性の慢性肝炎では、HBV排除のための宿主免疫反応が起こり、肝炎の症状を示す。この状態が長期に続くと肝硬変へと病状が進展していく。多くの患者では、HBe抗原が陰性化し、HBe抗体が陽性化(セロコンバージョン)し、非活動性キャリアとなる。しかし、HBV DNAはあまり低下せず、肝炎の再燃を繰り返し、肝硬変や肝癌へ病状が進行する症例もある。肝炎が落ち着いた非活動性キャリアでは、血中HBV DNA量が減り、肝発癌の可能性も下がる。一部の症例では、さらにHBs抗原も陰性化し、ほぼ正常に近い回復期となる。しかし、HBs抗原は陰性化しても肝細胞内にはcccDNAが残存しているので、HBVが完全に排除されたわけでなく、抗がん剤、免疫抑制剤等でB型肝炎の再活性化がみられることがあり、十分な経過観察が必要である。これまでHBVの活動性の評価には上記のようにHBe抗原・抗体およびHBV DNAが中心であったが、最近は抗ウイルス療法の新しいマーカーとして、HBs抗原量やHBコア関連(HBcr)抗原量が用いられるようになってきた。

治療・予防

急性B型肝炎は本来、自然治癒する傾向が強い疾患である。治療上最も大切な点は極期を過ぎたか否かを見極めることであり、劇症化への移行の可能性に留意しながら対処する必要がある。 特に、肝予備能を反映するプロトロンビン時間、ヘパプラスチンテストなどの凝固系検査は明らかな改善傾向を示すまで測定し、また腹部超音波、CT検査により肝萎縮の程度を把握する。急性B型肝炎の生命予後は、重症化、劇症化しなければきわめて良好である。劇症化した場合には血漿交換、人工肝補助療法、生体肝移植などの治療が必要となる。

B型慢性肝炎の治療ガイドラインの基本的な方針は以下のように推奨されている。35歳未満はdrug freeを目指してIFNを基本とする。35歳以上は、HBV DNAの持続的陰性化を目指して、初回核酸アナログ製剤はエンテカビルとする。一方、Lamivudine及びEntecavir 耐性株に対しては、Lamivudine+Adefovir併用療法を基本とする。B型肝炎は、HBV遺伝子型により治療効果が異なるため、遺伝子型を測定して治療法を決定することが望ましく、特に、遺伝子型A,Bは、35歳以上でもIFNの効果が高率であることから、第一選択はIFN投与が望ましい。IFNの投与期間は、24週間を原則とするが、有効症例(HBV DNA低下、ALT値正常化)は、48週間投与が望ましい。

HBV感染の予防は感染経路を遮断することであり、輸血用血液および血液製剤のウイルス検査、またはワクチン接種が有効である。B型肝炎ワクチンは我が国では1985年に認可され、翌年からは母子感染防止事業にグロブリン製剤との併用で用いられ、大きな成果をあげている。また、医療従事者などのハイリスクグループにおいても予防接種が感染防止に有効である。第一世代のワクチンは、HBVキャリアの血漿より精製されたHBs抗原を用いたものであるが、その後、組換えDNA技術を応用してHBs遺伝子を酵母や動物細胞で発現させ製造した第二世代ワクチンが使用されている。WHOは5歳児のHBVキャリア率1%以下を到達目標とし、その手段としてB型肝炎ワクチン接種を勧奨しており、既に、多くの国や地域ですべての児(新生児、学童)にワクチンを接種する「ユニバーサルワクチネーション」が導入されている。ワクチン接種によって抗体を獲得し、HBVキャリア化しやすい小児期をHBV抵抗性に保持することが目的である。ユニバーサルワクチネーションの効果は接種対象となる小児のHBV感染を防ぐだけでなく、小児から大人への感染を防ぐ効果も期待できる。アメリカではユニバーサルワクチネーションを導入した結果、ユニバーサルワクチネーション対象年齢以外の急性B型肝炎数も減少した。一方、「セレクティブワクチネーション」はHBVキャリア母から生まれる児を対象とした感染防止プログラムである。妊婦検査、B型肝炎ワクチン及びHBIGを併用した処置を行う。日本では母子感染防止事業として1986年から実施され、1995年度からは健康保険の給付対象となっている。その結果、HBs抗原陽性率は減少した。このプログラムを完全に実施できれば、94〜97%の高率でキャリア化を防ぐことができるが、胎内感染、妊婦検査の漏れ、処置の煩雑さや不徹底、産婦人科と小児科の連携(新生児は産婦人科で診るがそれ以降は小児科に移るため、予防処置が引き継がれないことがある)などプログラムの不完全実施、さらに家族内の水平感染、など難しい面もある。また、対象児は感染を免れHBV抵抗性となるが、その他の児はHBV感受性のままである。国別急性B型肝炎報告数の年次推移によると、患者が多かった米国、イタリアはユニバーサルワクチネーション導入後、急性患者数が減少している。一方、もとから患者数が少なかった国はセレクティブワクチネーションを選択する傾向があるが、ノルウェーのように、ハイリスク集団からHBV感受性者に性感染を通して流行が広がるケースもある。

公共経済学的な観点からB型肝炎ワクチンを論じた報告は少ないが、各国により事情は異なると考えられる。HBVのキャリア率、HBV感染によって引き起こされる疾患、特に肝硬変や肝がんによる死亡数、ワクチンのコストなどが重要な要素となる。米国の場合、80万人から140万人のHBVキャリアが存在すると推定され、年間2,000から3,000人がHBV感染に関連する原因で死亡している。1982年からハイリスク群に対するワクチン接種とキャリアの妊婦からの垂直感染予防が実施され、1991年より全出生児に対してワクチン接種開始、1995年から11〜12歳児に接種開始、1999年から19歳以下に全員接種開始、2005年からは出生後24時間以内に全員接種開始、2006年からハイリスク群の成人も全員接種が開始された。ハイリスク群以外の20歳以上の成人についてはワクチン接種が自己負担である。その効果として急性肝炎症例数が減少しているが、経済的な効果についてはまだ報告されていない。日本と同じくセレクティブワクチネーションが行われているアイルランドの成績では人口10万対8.4人の急性肝炎があり、HBVを含む6種類の混合ワクチンを用いるとすれば、ユニバーサルワクチネーションのほうが、差し引き費用が少ないと結論している。日本の本格的な費用対効果分析のためには適切なデータが必要であり、今後の調査が望ましい。地域別ユニバーサルワクチネーション導入の状況は、WHO加盟地域の92%がB型肝炎ワクチンを定期接種に組み込み、3回接種実施率は71%に達する。セレクティブワクチネーションは、日本、イギリス、北欧などの数カ国にとどまる。特に西太平洋地域においては出生後24時間以内接種及び3回接種を2008年において加盟37の国及び地域中26カ国が達成した。西太平洋地域における5歳児のHBs抗原陽性率はワクチン接種実施前の約9.2%から2007年には1.7%まで減少したと推定されている。

B型肝炎ワクチンは長く世界中で使われているが、安全性の問題が起こったことはない。ワクチン接種によるHBVエスケープミュータント(中和抵抗性変異ウイルス株)の発生が危惧されているが、エスケープミュータントはHBV自然感染下でも発生する。これについては現在も研究が進められている。現在の標準的な見解では、「ユニバーサルワクチネーション実施下では、HBVエスケープミュータントが一定の割合で検出されるが、そのような変異株が広がる兆候はみられない」とされている。B型肝炎ワクチン接種の副作用としては、5%以下の確率で、発熱、発疹、局所の疼痛、かゆみ、腫脹、硬結、発赤、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、倦怠感、関節痛、筋肉痛、手の脱力感などが見られる。いずれも数日で回復する。ワクチン成分(酵母)に対するアレルギー反応がある人はHBIGを選択するが、予防効果は短期間である。多発性硬化症などいくつかの副作用の疑いが報告されてきたがいずれも科学的な根拠は否定されている。

B型肝炎ワクチンによる抗体獲得率は若いほど高い傾向にある。40歳までの抗体獲得率は95%、40〜60歳で90%、60歳以上になると65〜70%に落ちる。HBV曝露後には早期(7〜14日後まで)にHBIGの筋肉内接種に加えてB型肝炎ワクチンを接種すれば感染予防効果が期待される。また、HBVキャリア化予防効果については、台湾で1,200人の児童を対象にして、ワクチン接種時の7歳から7年後の14歳まで経過観察を行ったデータがある。これによると、対象者のうち、経過観察期間中に11人がHBV感染していたことが判明した(HBc抗体陽転)が、HBVキャリア化した児童はいなかった。B型肝炎ワクチンは全接種者の10%前後のnon responder、 low responderが見られる。この場合は追加接種、高用量接種、接種方法変更(皮内接種)などで対応する。遺伝子型が異なるウイルスに対するワクチンの有効性は今のところ不明である。遺伝子型が異なっていても血清型が重複し、血清型間の交差反応が認められていることからある程度の有効性は期待できる。また、自然感染において異なる遺伝子型ウイルスの重複感染が大きな社会問題となったことはない。しかしながら、遺伝子型が異なるウイルスの抗原エピトープの立体構造がワクチン株と異なる場合、ワクチンによる感染防御能が弱くなる可能性があるという研究結果もある。前述のエスケープミュータントの問題も含めて、今後の検討が必要である。ワクチン3回接種後の防御効果は20年以上続くと考えられている。抗体持続期間は個人差が大きい。3回接種完了後の抗体価が高い方が持続期間も長い傾向がある。

感染症法における取り扱い (2012年7月更新)

「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

(国立感染症研究所 ウイルス第二部)

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