国立感染症研究所

百日咳とは

 

百日咳(pertussis, whooping cough )は、特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を特徴とする急性気道感染症である。母親からの免疫(経胎盤移行抗体)が期待できないため、乳児期早期から罹患し、1歳以下の乳児、ことに生後6 カ月以下では死に至る危険性も高い。百日咳ワクチンを含むDPT 三種混合ワクチン接種(ジフテリア・百日咳・破傷風)は我が国を含めて世界各国で実施されており、その普及とともに各国で百日咳の発生数は激減している。しかし、ワクチン接種を行っていない人での発病はわが国でも見られており、世界各国でいまだ多くの流行が発生している。1990 年にロシアから始まったジフテリアの流行同様、ワクチン接種が滞れば再び流行の可能性のある感染症である。

 

疫 学
 百日咳は世界的に見られる疾患で、いずれの年齢でもかかるが、小児が中心となる。また、重症化しやすく、死亡者の大半を占めるのは1 歳未満の乳児、ことに生後6カ月未満の乳児である。WHO の発表によれば、世界の百日咳患者数は年間2,000 ~4,000 万人で、その約90%は発展途上国の小児であり、死亡数は約20~40 万人とされている。
 わが国における百日咳患者の届け出数(伝染病予防法では届出伝染病として全例報告されることになっていた)は、ワクチン開始前には10万例以上あり、その約10%が死亡していた。百日咳(P)ワクチンは1950年から予防接種法によるワクチンに定められ、単味ワクチンによって接種が開始された。1958年の法改正からはジフテリア(D )と混合のDP 二種混合ワクチンが使われ、さらに1968(昭和43)年からは、破傷風(T)を含めたDPT 三種混合ワクチンが定期接種として広く使われるようになった。これらのワクチンの普及とともに患者の報告数は減少し、1971年には206例、1972 年には269 例と、この時期に、日本は世界で最も罹患率の低い国のひとつとなった。しかし、1970年代から、DPT ワクチン、ことに百日咳ワクチン(全菌体ワクチン)によるとされる脳症などの重篤な副反応発生が問題となり、1975年2月に百日咳ワクチンを含む予防接種は一時中止となった。
 同年4月に、接種開始年齢を引き上げるなどして再開されたが、接種率の低下は著しく、あるいはDPT でなくDT の接種を行う地区も多く見られた。その結果、1979年には年間の届け出数が約13,000 例、死亡者数は約20~30例に増えた。
 その後、わが国において百日咳ワクチンの改良研究が急いで進められ、それまでの全菌体ワクチン(whole cell vaccine)から無細胞ワクチン(acellular vaccine)が開発された。1981年秋からこの無細胞(精製、とも表現する)百日咳ワクチン(aP)を含むDPT 三種混合ワクチン(DTaP)が導入され、その結果、再びDPT の接種率は向上した。また、1981 年7 月から「百日せき様疾患」として、定点医療機関(以下、定点)からの報告による感染症発生動向調査が開始され、伝染病予防法に基づく届出数の約20 倍の患者数が報告されるようになった。1982年には全定点からの報告数が23,675(定点当たり12.59)で、その後は約4 年毎に増加するパターンを示しながら減少した。
 1994年10月からはDPT ワクチンの接種開始年齢がそれまでの2歳から3カ月に引き下げられた。
 1997年には報告数が2,708(同1.12)、1998年には2,313(同0.97)に減少した。1999年4月施行の感染症法の元では「百日咳」として定点把握疾患に分類され、全国約3,000の小児科定点から報告されており、2000年3,787例(同1.29)、2001 年1,800例(同0.60)、2002年1,488 例(同0.49)である。また、この報告数を元に算出した年間罹患数の推計値は2000年2.8万人、2001年1.5万人で
ある(厚生科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「効果的な感染症発生動向調査のための国及び県の発生動向調査の方法論の開発に関する研究」主任研究者:岡部信彦、分担研究者:永井正規)。

 

病原体
 グラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis )の感染によるが、一部はパラ百日咳菌(Bordetella parapertussis )も原因となる。感染経路は、鼻咽頭や気道からの分泌物による飛沫感染、および接触感染である。
 百日咳の発症機序は未だ解明されていないが、百日咳菌の有する種々の生物活性物質の一部が、病原因子として発症に関与すると考えられている。病原因子と考えられるものとしては、線維状血球凝集素(FHA )、パータクチン(69KD 外膜蛋白)、凝集素(アグルチノーゲン2、3)などの定着因子と、百日咳毒素(PT)、気管上皮細胞毒素、アデニル酸シクラーゼ、易熱性皮膚壊死毒素などの毒素がある。

 

臨床症状
 臨床経過は3期に分けられる。
1)カタル期(約2週間持続):通常7~10日間程度の潜伏期を経て、普通のかぜ症状で始まり、次第に咳の回数が増えて程度も激しくなる。
2)痙咳期(約2~3週間持続):次第に特徴ある発作性けいれん性の咳(痙咳)となる。これは短い咳が連続的に起こり(スタッカート)、続いて、息を吸う時に笛の音のようなヒューという音が出る(笛声:whoop)。この様な咳嗽発作がくり返すことをレプリーゼと呼ぶ。しばしば嘔吐を伴う。
 発熱はないか、あっても微熱程度である。息を詰めて咳をするため、顔面の静脈圧が上昇し、顔面浮腫、点状出血、眼球結膜出血、鼻出血などが見られることもある。非発作時は無症状であるが、何らかの刺激が加わると発作が誘発される。また、夜間の発作が多い。年令が小さいほど症状は非定型的であり、乳児期早期では特徴的な咳がなく、単に息を止めているような無呼吸発作からチアノーゼ、けいれん、呼吸停止と進展することがある。合併症としては肺炎の他、発症機序は不明であるが脳症も重要な問題で、特に乳児で注意が必要である。1992~1994年の米国での調査によると、致命率は全年齢児で0.2%、6カ月未満児で0.6%とされている。
3)回復期(2, 3 週~):激しい発作は次第に減衰し、2~3週間で認められなくなるが、その後も時折忘れた頃に発作性の咳が出る。全経過約2~3カ月で回復する。
 成人の百日咳では咳が長期にわたって持続するが、典型的な発作性の咳嗽を示すことはなく、やがて回復に向かう。軽症で診断が見のがされやすいが、菌の排出があるため、ワクチン未接種の新生児・乳児に対する感染源として注意が必要である。これらの点から、成人における百日咳の免疫状況に今後注意していく必要がある。
 また、アデノウイルス、マイコプラズマ、クラミジアなどの呼吸器感染症でも同様の発作性の咳嗽を示すことがあり、鑑別診断上注意が必要である。
 臨床検査では、小児の場合には白血球数が数万/mm 3に増加することもあり、分画ではリンパ球の異常増多がみられる。しかし、赤沈やCRP は正常範囲か軽度上昇程度である。

 

病原診断  
 確定診断のためには、鼻咽頭からの百日咳菌の分離同定が必要である。培養には、ボルデ・
ジャング(Bordet ‐Gengou)培地やCSM (cyclodextrin solid medium )などの特殊培地を要する。菌はカタル期後半に検出され、痙咳期に入ると検出されにくくなるため、実際には菌の分離同定は困難なことが多い。血清診断では百日咳菌凝集素価の測定が行われることが多く、東浜株および山口株を用い、ペア血清(2 週間以上の間隔)で4 倍以上の抗体価上昇があるか、シングル血清で40 倍以上であれば診断価値は高い。ただし、凝集素を含むタイプのワクチン接種者では、シングル血清での判断に注意を要する。また最近では、ELISA 法による抗PT 抗体、抗FHA 抗体の測定も時に行われる。研究室レベルでは菌の染色体DNA 解析、PCR 法などによる病原体遺伝子の検出も行われる。

 

治療・予防
 百日咳菌に対する治療として、エリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が用いられる。これらは特にカタル期では有効である。通常、患者からの菌の排出は咳の開始から約3週間持続するが、エリスロマイシンなどによる適切な治療により、服用開始から5日後には菌の分離はほぼ陰性となる。しかし、再排菌などを考慮すると、抗生剤の投与期間として2週間は必要であると思われる。痙咳に対しては鎮咳去痰剤、場合により気管支拡張剤などが使われる。全身的な水分補給が必要なこともあり、また、重症例では抗PT 抗体を期待してガンマグロブリン大量投与も行われる。
 予防では、世界各国がEPI (Expanded Program on Immunization:拡大予防接種事業)ワクチンの一つとして、DPT ワクチンの普及を強力に進めている。わが国で現在使われている無細胞百日咳ワクチンを含むDPT 三種混合ワクチンは、第1期初回として生後3 ~90カ月(標準的には生後3~12カ月)に3回、及びその12~18カ月後に追加接種を行い、第2期として11~12 歳に、百日咳を除いたDT 二種混合ワクチンによる接種が行われている。わが国の無細胞百日咳ワクチンの有効成分はPT とFHA が主であるが、その量比率はメーカーにより異なっている。さらに、それら主成分以外に凝集原、パータクチンを含むものもある。接種後の全身および局所の副反応については、従来の全菌体ワクチンに比較して格段に少なくなっている。
 また、年齢、予防接種歴に関わらず、家族や濃厚接触者にはエリスロマイシン、クラリスロマイシンなどを10~14日間予防投与する。

 

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

 

学校保健安全法における取り扱い(2012年3月30日現在)

第2種の感染症に定められており、特有の咳が消失するまで又は5日間の適正な抗菌性物質製剤による治療が終了するまで出席停止とされている。ただし、病状により学校医その他の医師において感染の恐れがないと認めたときは、この限りでない。また、以下の場合も出席停止期間となる。
・患者のある家に居住する者又はかかっている疑いがある者については、予防処置の施行その他の事情により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで。
・発生した地域から通学する者については、その発生状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間
・流行地を旅行した者については、その状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間

 

(国立感染症研究所感染症情報センター)

 

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