国立感染症研究所

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ブルーリ潰瘍の感染経路、自然宿主について

(IASR Vol. 33 p. 90-91: 2012年4月号)

 

感染経路
Mycobacterium ulcerans はヒト-ヒト間の感染は稀であり、患者発生の地理的分布から水系やその周辺に生息する何らかの媒介生物を介して感染すると考えられているが、特定の自然宿主や媒介生物は明らかにされていない。したがって、菌が一部の水系に高密度に分布し、傷口などから直接感染する可能性も否定できない。感染の危険因子として、沼地や河川での歩行、水泳、釣り、水田や河川の近くでの農作業、また生活用水に河川の水を使用することや、居住地がダムに近いことなどがあげられている。外傷は危険性を高めるが、農作業時に長ズボンを着用することや、創傷時に直ちに患部を洗浄したり、入浴時に石鹸を使用することで罹患率が低下するとの報告もある。蚊帳や虫除けの使用によって罹患率が低下し、四肢を蚊に刺されると上昇することから、蚊などの媒介生物が介在している可能性も考えられる。

自然宿主
PCR法によって、M. ulcerans ゲノム内の繰り返し配列IS2404 が、沼地やゴルフ場の水、水中の沈殿物や土壌から検出されている。また、蚊からも検出されて、その頻度と発症との相関が示されており、ボウフラから水棲昆虫の1種コオイムシに菌体が移行することが実験的に示された。コオイムシの他、コバンムシ、タイコウチ、ヤゴ、ゲンゴロウ、マツオムシ、ガムシなどからもM. ulcerans DNAが検出されている。これらの生物はすべて標的の体液を吸う捕食性の生物であり、まれにヒトも刺すことがある。コバンムシでは体外から取り込んだM. ulcerans 菌体が唾液腺に移行し、マウスに感染させると潰瘍を形成することや、アメンボからM. ulcerans の単離とマウスへの感染も報告されている。我々も本邦の家族発症例の住居敷地内の水路に生息するアメリカザリガニからM. ulcerans IS2404 を検出した。

一方、これら水棲昆虫以外にも、クモ、ツトガの幼虫といった陸生節足動物、ジャンボタニシやヨーロッパミズヒラマキガイなどの貝類、ティラピアを含む数種の魚類でもM. ulcerans が検出されている。また、M. ulcerans に感染し潰瘍を発症した動物として、コアラ、ウマ、フクロギツネ、ネコおよびネズミカンガルー、カメなどが報告されている。

M. ulcerans の細菌学的特徴
M. ulcerans の16S rRNA配列の系統解析により、M. marinum と極めて近縁であることが明らかにされている。しかし、M. marinum の全ゲノムサイズは 6.6Mbpであるのに対し、M. ulceransでは5.8Mbpと小さく、共通の祖先種から様々な遺伝子が脱落した結果、生息環境に制限が生ずるとともに、病原性プラスミドの獲得によりマイコラクトン産生能を得たと考えられる。M. ulcerans M. marinum はいずれも水系感染症でありながら、上記のような構成遺伝子の違いにより感染源や感染動物にも差異がみられるのであろう。

 参考文献
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国立感染症研究所ハンセン病研究センター感染制御部第8室(感染診断室)
鈴木幸一 赤間 剛

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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