国立感染症研究所

ブルーリ潰瘍の疫学―WHO戦略と世界・日本

(IASR Vol. 33 p. 87-88: 2012年4月号)

 

ブルーリ潰瘍は、1897年にSir Albert Cookがウガンダにおける慢性皮膚潰瘍の記載をしたのが初めての報告とされる。皮膚抗酸菌感染症として初めて認知されたのは、MacCallum らが、1935年頃よりオーストラリアのBairnsdale地方の農村地帯を中心に発生していた無痛性の慢性皮膚潰瘍の原因菌としてMycobacterium ulcerans を分離同定した1948年である1) 。現在では、ブルーリ潰瘍は、結核・ハンセン病に次ぐ第三の抗酸菌感染症として知られ、熱帯地域の他に亜熱帯地域、また日本のような温帯地域など世界30カ国以上の国からの報告がある(図1) 2)。

1998年に、世界保健機関(World Health Organization: WHO)は、西アフリカ(特にベナン、ガーナ、コートジボワール)および中央アフリカにおける患者が増加傾向にあることを受けて、世界ブルーリ潰瘍戦略(Global Buruli Ulcer Initiative: GBUI)を設立した。GBUIの指揮のもと、WHOや各国政府、非政府組織(non-governmental organization: NGO)、研究機関などが協力して啓発活動、早期診断・治療、研究推進、治療法開発、予防法開発などに尽力している。しかし一方で、ブルーリ潰瘍は顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases: NTD)のひとつとしても指定されている疾患であり、戦略の推進は資金や人材の確保などの面において難渋している実態がある。

WHOは、年間少なくとも5,000例の新規症例があると報告している2) 。しかし、ブルーリ潰瘍が多い途上国では、本疾患の認知度・診断率が低く、報告義務もないため、正確な症例数の把握が困難なことが多く、実際にはそれ以上の患者が存在することが推測される。日本では、1980年に御子柴らの報告(文献発表は1982年)による初の症例以来3) 、計32例のブルーリ潰瘍の報告(2011年末現在)がある。特に、2007年以降28例と、次第に増加傾向にある。その背景としては、疾患の認知度が高まってきていることが重要な要因として考えられている。ブルーリ潰瘍というと熱帯地域の疾患のようだが、日本と同様の温帯地域に分類されるオーストラリアでも、年間約30~40例の報告がある4) 。その他、中国に渡航歴のあるブルーリ潰瘍患者から日本で分離同定されているM. ulcerans  subsp. shinshuense がヨーロッパにおいて発見された報告があり5) 、日本以外のアジアにも本疾患が分布している可能性が示唆されている。

地域別における年齢、性別、好発部位、臨床像を分類した表を示す(表1、WHO提供)。それによると、アフリカでは5~15歳の子供に発症する場合が多いのに対して、日本やオーストラリアでは中高年に一番多いことが分かる。性差は明らかなものはなく、男女共に1:1程度である。好発部位としては、四肢、特に下肢に多い。これは、感染経路がまだ不明の疾患であるが、水環境近辺での発症が多いという事実とともに、環境因子が関与しているという仮説を支持する特徴である。ブルーリ潰瘍の臨床経過は、皮下結節期(nodule)、硬結期(plaque)、浮腫期(edema)、潰瘍期(ulcer)の主に4病期に分けることができ、潰瘍期が最重症とされる。興味深いことに、日本やオーストラリアではほとんどが潰瘍化した症例であるのに対して、アフリカでは潰瘍期以前の患者が26%を占めている。これは、病気の認知度を反映してのものだろう。残念ながら、日本では医療者間での認知度が低いため、患者が医療機関にかかっていても診断が遅れる場合がある。

GBUIは、重症度別に治療方針を決定・予後予測をするために、ブルーリ潰瘍の病変を潰瘍の大きさから3つに分類している(カテゴリーI:5cm未満の病変、カテゴリーII:5cm以上15cm未満の病変、カテゴリーIII:15cm以上の病変、骨髄炎の合併、多発性など)。アフリカでは各々のカテゴリーの患者がほぼ1/3 ずつである(表1)。日本・オーストラリアでは潰瘍化している症例が多いにもかかわらずその程度が軽いのは、潰瘍後に早期の対応が行われているためであろう。なお、オーストラリアでは日本に比較してカテゴリーIの比率が高いのは、疾患の認知度が高いことが考えられる。ブルーリ潰瘍で特に問題となるのが、潰瘍が四肢・関節部にまたがるための瘢痕拘縮の後遺症である。ベナンにおける 271名のブルーリ潰瘍患者の後遺症の調査では、カテゴリーIIIに分類された患者45名のうち35名(78%)が何らかの生活に支障をきたす後遺症を残していると報告している6)。早期発見・早期治療することでこの後遺症は回避することができるため、カテゴリーII、カテゴリーIIIの患者割合を減らすことが、現在の最重要課題といえる。

ブルーリ潰瘍の疫学を、その背景を若干交えながら紹介した。ここから分かることは、各国でブルーリ潰瘍における問題点は異なるということである。それぞれの国に適したブルーリ潰瘍対策が求められる。

 参考文献
1) MacCallum P, et al ., J Pathol Bacteriol 60: 93-122, 1948
2) Walsh DS, et al ., Dermatol Clin 29: 1-8, 2011
3) Tsukamura M, et al ., Microbiol Immunol 26: 951-955, 1982
4) World Health Organization, Buruli ulcer endemic countries: http://www.who.int/buruli/country/en/
5) Faber WR, et al ., Trans R Soc Trop Med Hyg 94: 277-279, 2000

6) Barogui Y, et al ., Am J Trop Med Hyg 81: 82-87, 2009

国立国際医療研究センター病院皮膚科 四津里英

 

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